何をしよう─ 彼女はオーナー ─(改訂版?)
付け足して、混ぜて、完結したものです。
続きは未定。
弟妹たちが全員独り立ちした。
お役御免、晴れて自由。さぞや晴れ晴れとした気分になるだろうと思えば、あら不思議。くったりとした脱力感を味わった。
二十前後の少女だ。赤み無いアッシュベージュの髪は、肩上で揃えられている。今は青組紐で止められていた。カレコレ一ヶ月はそれだ、情緒も何もあったもんじゃない。
彼女は怠惰だった。一応身形は女とわかる格好をしていたが、前掛けを括ったり、レースの部分をたくし上げたりで、腕巻きを手放さない色気の無さ。てんで味の無い女である。
室内の一角はカウンターで遮られ、端にベンチと本棚がある。正面は窓。右手は勝手口だ。
彼女の城は、このカウンターの内側。これでも宅配業の一オーナーを務めている。
有るだけ有れば良かった資金も、弟の晴れ着を買うのに使ったのが最後だ。四人も減れば、馬鹿みたいに金が要るということもない。相応に暮らせるよう配分を済ませて、さあ一人でと意気込んでみても暇はできる。意欲が湧かないというのがこれ程困りものだとは思いもしなかった。
「仕方が無いから、娯楽に本と、お菓子作りを取り入れたのよ。ケーキが壊滅的に向いてなかった」
「贅沢だねぇ、今日食う金にも困る奴が居るってのに」
「ただ、自分に手間暇かけて菓子なんかを振る舞うって、誰かに食わせてやる物でもないのに測りだの泡立てだの、面倒くさい。だから止めて、食べるのも適当になった。流石にげそっと痩せてからは止めたけどもねぇ」
「じゃあ良かったの?派遣で、素性の知れないのに運ばせるの」
「任せることに、してるからね。信用してるから、万が一には私が責任負う。かったるいけど」
「逞しいんだかいい加減だか」
イドは、派遣の中ではモトと年が近い。年上ではあるが、割かし気さくだ。
暇ができると、ひょっこり現れる。風体というか、身形が怪しい体を折り曲げて、世間話の相手を務めてくれる。
「張り切る動機って大事なのねぇ、それひとつってだけじゃ、無くなった後のスペアがない」
「何にも無いの?本当に全部やり切って、満足しちゃった?」
「何かは有るんじゃない?今は全然、ピンと来ないからこんなだけど」
「おばさんみたいな事言うね」
「んだと?」
重荷が下りて身一つになって、放り出していたツケが顔を出した。身軽になって一皮、剥けるかと思えば、果肉果汁すっかり干上がった皮だけ残されて。
うわぁ、マズそう。食べたくない。仮にも自分自身にそう思ってしまったのだ。憐れなものだろう。
有るんだか分からない望み薄の種と、草臥れきった外側の皮。どう料理してくれよう、煮るか、焼くか。そんな事を脱力感の真ん中で煮詰めながら、困った、困ったと思う。
「言うほど困ってはいないのかもしれない」
「死なない限りは些末だよ」
「それもそうだ」
弟妹たち全員が独り立ちした。
世話を焼く親は役目を追われる。娘息子という訳では無いから、際限無く手を貸そうとは思えなかった。けども、モトは数年間親代わりだった。
「偶にでいいから、帰ってこないかね」
「反抗期じゃなけりゃ、手紙くらいくるでしょ」
僅か、一年ほど経った、窓際でのことだ。
◆
日が昇り、暫く。昼食前の時間帯だった。今日は客も、運び手も居ない。出払っていたのだ。
がたいがいい割に、年は下。活力のある美形の青年。本日最初のお客様。
「積荷を頼みたいんだ」
「まいど」
確か何処かの三男坊だったか。シルブは気持ちよく笑ってみせる。
届ける品は、金物の装飾品のようだった。
「プレゼントの?」
「いや?元々はそこの、届け先にあった物だ。金の工面に集めていたものを、使わずに済んだから返すっていう」
わかっていて作った顔、モトは、「庶民面しても合成は合成ね」と野次る。
人間の顔は一つ一つ、パーツを統計してやれば整った美形が出来上がるという。混ぜれば美ならばどれでも同じだ。
「そんな言い方ないだろう」
「色目は金にならないのよ。手間、無駄。何より、」
面倒くさい。
他に勝るものはない。
「第一ね、私見るならウチの妹見なさいって」
身を乗り出さんばかりにモトは言う。
「五つ下で舞台に上がれる子よ、大道芸人の一座見つけて、ウチの小猿こそを見なさいよ」
「はっはは、今度は妹か」
「目元だけはね、母方、父方のおばあちゃんに似たのよねぇ。髪は両親から貰って。妹と末は父方、三白眼。他は色の透けた猫目で。がたいだけボコボコ山になり棒になり…、」
「喋る割にはつまらなそうですね、風邪ですか」
ぺったりした付箋を思わせる前髪。年は十代半。どこぞの元締めから預かった連中では、比較的マシな敬語を使う。
「デル、いつも通りダッるそうな石女だろ。魂にでも彫り込んであんだぜ、『ワタシ、ハタラキマセヌ』ってよ」
転じてチビで、仕事が早い彼も年は十代半だ。見た目や挙動を見てそう判断するが、正確さは無い。彼は敬語が下手だ。
「クレイ、失礼だぞ」
「失礼なもんか。仕事減らすような上司、何処が。酒場にでも行った方がまだ稼げるぜ」
彼ら運び手は中々に優秀だもんで、全盛期はよく重宝させてもらった。活力有り余る若者だからこそ、今の体制には不満も感じるだろう。特にクレイは、物足りなさそうだ。
「えり好みですか、贅沢な」やや憤慨したように「金はいんだよ金は!やり甲斐だろ!」と返す。「金は入るなら何でもいいって昔、」「今は昔!あれ、今は今!…あれ」「童謡のこと?」
キリキリ働く気は、まるで無い。
脱力、倦怠、停滞、ぐったり。
昼食は、長いこと手を付けておらず、微妙な色合いをしたチーズを片づけた。そして夕食は、残りを処理するためにシチューを作ると決める。
ぽつり、ぽつりと客足はあった。死に物狂いで働いた実績が、その日の稼ぎに困らないくらいのお客を呼んでくれる。
常連さんもいた。いかめついお頭に魔術師の山本さん。変わり者だったり、六つ下の弟の、仕事先の上司だったりする。
「魔石には、気をつけなさいね。素人が持っていいモンじゃあ無いからね。魔石はね、力を蓄えた源みたいなもんね、危険。いいね?危険なモンなんだから。だめね。心臓が狂っちまうんだよね、危ないから、いいね?いいね?」
「耐性あるの付けるから、信用しなって」
「冗談無しに、足が動かなくなっちゃって。座って仕事してただけなのにこれはおかしいんじゃないか?あー何か良くないモノに憑かれちゃったんだと。過労は幽霊も呼ぶんだねぇって」
「嬢ちゃん、熟しきったリンゴじゃあねぇんだからよ」
稼ぎを数え、金庫にしまう。箒で掃き、カウンターは布巾で。何時ものルーチンワークだ。
ふと、ランプの灯が消える。足元もろくに見えなくなる。
よくある事ではあった。ずぼらをやると、大抵油を切らす。毎回やっている悪い癖だ。だから動じない。間取りも馴染みが過ぎて、不安定さに欠けていた。目玉が腐り落ちた赤黒い瞳孔の女が顔を突き出して来ようが、気のせいでしたと視界から消してしまえるくらいに。そんなものは出ようが無いが。
埃を残したとて、履いて片すのは明日の自分なのだ。なら罪悪感など浮かぶはずもない。あっさりとそのまま寝てしまう算段を立てたモトは、方向を変える。
「オーナ。真っ暗ん中、何やってんの?」
にゅ、と灯りの玉一つ。口調と眼の形が問題なく相手を知らせ、それなら早いとあごで示してみせた。
「勝手口から入って。棚にアルコールランプが幾つか入っていた筈だから」
遠出してもらっていた彼は、一稼業に長く居たためか特有の影を飼っていた。大まかに、四つほど年上の男である。彼ら運び手の年齢に正確さがないのは、まあ珍しくない。
「ヤバいの引っ掛けたの、アンタ。ウロチョロしてたのが邪魔だったんだけど」
「モノは兎も角、相手はズブよぉ。詳しくは知らないけど」
「アンタ、一応真っ当な商売のヒトでしょうが」
どことなく怪しい風体の彼は、厳しい顔で詰問染みた忠告をしてくる。ただそれは形だけで、どうなろうが知ったこっちゃないという態度が滲んでいる。
「ヘマやるなら出来ない仕事をするな、って?」
「お綺麗ならお綺麗なまま、使ってほしいものですから」
たまにこういう、剥き出しの「刃物」が寄越される。
だが不条理でなければ切りつけられることも無いし、それならそれで、良いかという気がするのだ。
刃先が未だに、向けられていようが。
◆◆
天気は晴れ。陽気は好調。私は自由だ、齢19にして人生最高潮。やることは全てやってお金も纏まって、さぁ自由。もう何事にも囚われず、自由に出来る。お金、時間、柵み、全て自分でどうにかできる、環境が整った。
さぁ来たぞ、嘸や晴れ晴れとするだろう。
かと思えばそうでもなく、そうなることなく、まるで張り合いがないとばかりに萎んで、くてーっとてんで動けなくなった。
あら、これは、どうなんだろう、と。
一生分の生命力を、使い切ってしまったのではないかしら、なんて。
喜ばしく誇らしい弟妹たちの門出は、もう幾分か日が経つというのに。
殊更しっかりしなきゃいけないワタシは、どうもしっかり出来そうにない。