オセロクラブ
対話アプリ『グループ:セロクラ』
駒鳥:最近どう?
JK:まーまー。あ、皆俺チビデブ雀斑言うんだよあのジャイ◯ン共
リンゴ:デブってはないだろ中肉中背女子
JK:これはバツゲーム!
駒鳥:何の?
JK:数学の教科書忘れたからってよ!俺今日数学無いのに!おーぼー!
リンゴ:安定(笑)
リンゴ:ほい【ホラゲの画像】
JK:う
駒鳥:ちょおJK息してない!この変態!鬼畜!
リンゴ:あっは
駒鳥:きもい
リンゴ:ふふふふふふ
表裏:きゃー!うっざーい!死んでー!
駒鳥:ぬるっと出てくんなチャラ男!
JK:いーーーやーーーー!!!
表裏:お化けが出たっすーー!
JK:ギャーーーーーー!!!!!!!!
駒鳥:やぁめろっての!特にオモテ!!
表裏:JKJK、大丈夫っす。それ開けなきゃただの壁紙っす
JK:かへかみ、おっけ おっけ
リンゴ:笑っていーい?
表裏:いっすよ。三分だけな。
リンゴ:ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ
表裏:おれ元気だから、じゃ
駒鳥:フリーダム落ち着いてから来れないのか
リンゴ:ふふふ。むりじゃない?
コマ、RP、オセロ、ジャック。
オセロクラブの同級生、憐れなあぶれ物。
※※※※※※※
「おひさ」
「うぃ」
駅前を移動しコマが手を振ると、締まらない態度で男が返した。近況報告は手短に済ませる。毎回同じような中身になると解っているからだ。商店街が身近なコマが実情を述べておいくと、頭に入ってないような返事が返される。意図してゲームコーナーのあるビデオショップを避けると、不機嫌そうに男は苦言を吐いた。
「いやRPにゲーム与えたらずっと貼り付いてるじゃん」
「エサかこの野郎、まあ解るけど。てかなっつかしいわ、久々」
「コマ呼びももう暫くは無いなぁ」
当時ロールプレイングに嵌まっていた男が、こっそり持ち出していたゲームのカセットにちなんで、男はRPと呼ばれていた。コマはそのまま、コマ回しから取った自分の渾名である。小学校の頃、単純な渾名で呼び合う事が流行っていた。
「めっちゃゆっるいイラスト部。ゲームしてても無視だよ無視、んふふ」
「たくましいなおい」
「んふ」
コマとRPが向かった先は、図書館の共有スペース。二階へ上がった先にある穴場的その場所は人気が無く、たまに子供を預けておく以外では少しのおもちゃがある程度の、こじんまりとしたスペースだった。騒ぎ回るよりは黙々と作業していたいコマらのような人種は、こうして静かで居られる穴場を幾つか持っている。昼寝をかまそうが漫画を持ち込もうが、迷惑をかけなければ目こぼししてくれるこの図書館の人たちを、二人は好ましく思っていた。
ふらりと立ち寄ってはそこに籠もるのは甘ったれと言われても仕方ないが、悪事でないのだから見逃して欲しい。まるで逃亡犯のようじゃないかと、よく知った面子を思い浮かべる。
上がり込んで早々ヘッドホンにゲームと洒落込んだRPを横目に、館長のご好意で置かれたクッションを腹で潰しながら、シーツをぐるりと頭から被った。何も動かない、視界の中に動く物が何も無い。そういう視界が、一番落ち着いた。
都合のついた奴が今回はRPだった。独りでも行くつもりではあったが、尻込みしてしまうだろうと思ったので連絡を取ったのだ。
背中に衝撃が走り、口を次いで「何!?」と上半身を起こす。もたもたとシーツを退かすと、足蹴りにしたらしく持ち上がった足のままRPが見下げてきた。文句の一つは言ってやろうと口を開くが、それを遮り「飯行こう」と壁の時計を決られる。
時刻は丁度、12時半。昼時だった。
チーズバーガー三つとコーラL、アップルパイを頼んだRPと、フィッシュバーガーとポテト、珈琲を頼んだコマは向かい合わせでテーブルに着いた。半分寝ているような思考で咀嚼していると、RPが一つを軽く平らげて問いかける。
「報告」
「え?」
「何かあったんだろ?」
何を当たり前なといった顔でRPが言い、苦笑を返してコマは言った。
「まあ。よくある、悪口聴いちゃったーって奴」
「どんな?」
ずけずけと物を言われ、苦みを滲ませる。苦手意識は無くならない。悪い事をしている気になってくる。
「あー、悪口、あいつの悪口。何だろうな、くっだらねー言い掛かり。気にしなきゃーいーのに、ニュアンスがさ、残ってて。怒鳴り散らしてやればマシなのに、怒鳴んねーし怒んない自分がさ、ほんっと」
「しゃーないんじゃない?」
「いやそこまでキツいってんじゃなくてさ。友達がいのない奴だって言うかなー薄情な奴だなーって。俺薄情だわって」
「そうだな」
既にアップルパイを囓っているRPは、冷めた眼で壁の方を見ている。頭の良さそうな顔で実はゲームねの事しか考えていない事をコマは知っていた。
コマは全部覚えていて欲しいような、重く取って欲しくないような散らばった感情を抱いている。知人に関わる話に自然と身を傾けてしまって、それが今の憂いになっている。心が弱いなぁと、強い意志が無いなぁと嫌悪に囚われている。曇る内情が自分本意なのがまた、嫌になる一因だった。
騒がしいのは少し苦手だ。波風にならないよう、消化しちしまいたいのだろう。
何より、そっとしておいて欲しいという、臆病な願いだ。
「気持ち悪いんだと。バカ面晒してこび売ってるって。真面目ぶってるけど、あんなの仮面だってさ。何か目眩する気がしたわ、マジかよって感じ」
「丸っきりハズレでもないな。パツキンだし」
「真ん前で言う気無いからコンビニの裏とかで言ってんの。もうさ、あー不良と折り合いつかない見下すタイプだーってのが」
「スレてたのは事実だしな」
「卑怯過ぎて自己嫌悪ってますもう無視マジむりぽ」
「重症かよ。ねぇそんな事よりちょっと殴ってくんない?刺激が足りない」
「ホラゲしてろよ」
「新作無い」
「欲に忠実かよ無理」
図太いドMの世話をしている暇はないのだ。ここにジャックも居れば何か変わっていたかと考え、いや混沌が加速するだけかと頭を抱える。ブラックジャック(カードゲーム)から取った渾名で呼ばれていたその男は、弄られキャラでビビりであった。テンパりやすいからよくからかわれるし、あの面子で集まったらコマのツッコミが追いつかない。RPからも弄られるのだから相当だ。対話アプリにホラゲの画像を投下されては悲鳴を上げているような奴だ。
辞めよう今そいつの世話はできっこない。
「なあコマ」
コーラのストローを啜りながらRPが言う。何だよと顔を上げると、至極真面目そうな態度でRPが口を開いていた。ああ、と。しょーもない事、若しくは身も蓋もない事を言うんだろうと予想通りできた。
「俺らは、キモい」
「何ちゅう事を言っとんの」
それ見ろしょーもない事だった。
「ぼっちにぼっち足しただけだし?ハブられるって事はお前それ、ダサかったからだろ。俺もあいつもキモいし、お前もキモい。もちジャックも。セロクラブ居た奴全員キモいじゃん?」
「言い方」
もっと言い方ってもんがあるだろう。そんな何を当たり前の事をみたいな。
よろしいかコマくん、とRPは気取った所作で言う。
「俺は泣かなかった」
コマは息を呑む───触れる気の無かった痛い所だ。続く言葉も予想出来たが、止められない。
冷めた眼で言うRPは、業と淡々とした口調で言った。
「お前はどうなん?
ジャックは泣く、オセロも。根っこイイ奴なのは結局あいつら何だよ。俺は泣かなかった。
平等にセロクラブだった理由さ、下手くそだったからだろ。でも下手くそでもハブられなかったのって、何でだと思うよ?」
コマは、考えた。ポテトは既に冷めてしまって、パサついている。温くなった減っていない珈琲も、総じてマズそうに見える。自分はそれを、自然に流しに捨てて店を出た事がある。誰でもやることだろうと、よくも考えず。でもたまに、それは地球に悪いんじゃないか、勿体ないんじゃないかと、思う事もある。些細な事で嫌悪するような、都合の良い自分が、確かにある。
自分たちが上手く馴染めなかったのは、確かに何か下手だったからだ。序でに、自分が自分しか好きじゃなかった。そういう自分が好きだった。
他人と違う自分が好きな、みっともない自分たちだった。
下手くそは他にもいっぱい居て、それでもハブられる奴は少なくて、違いがあるのかと言われれば、確かに違っていたんだと思う。
ちょっとくらいの僅差で分けられた。そんなのの理由は、毎回大したもんじゃないのだとコマは思う。苦みが湧いてくる心地になりながら、口角を上げてこう言った。
「ハズレだろうさ」
結局運でしかないのだろうと。
ハズレを引いた事にじゃなく、自分がハズレだった気がしているのだ。下手くそはハズレで、ひっくり返して顔にでかでかと、貼り付けていたのが自分たちだったんだろう気がしている。
「飴に当たりハズレあるみたいにさ、捲るまではどっちでも良いって買って、ハズレ引いてがっかりされただけ何だよ、アレ」
「地味に残酷な奴な」
言い得て妙じゃん、とRPは氷を口に入れた。
それを見てコマはああ、と納得した。自覚が無かった訳じゃないが、今更にRPの言い分が理解できた気がするのだ。悪人とも善人とも違うと自分に浸りながら、普通ともズレているのだと。それは正しく中二病。他に言い様が見当たらないのですはさう呼ぶが、要するに自分たちはまだ自分が大好きなのだ。それに罪悪感を覚える位にはマシになったというだけで、大層気色悪い事に変わりは無い。
イタい奴らがどうまともっぽい事を言っても、一蹴されれオチが見えるのと同じで。自分たちはいっそ、狂人蔓延る異世界の方がまともで居られる。萎縮して半歩で蹴散らされるとしても、その方がまだまともっぽく居られそうなようだった。
だが現代日本今現在、どこぞの勇者は要らないし魔王も居ない。
斜めに曲がってる自分が好きな、とんだハズレ共が白々しく友人を案じている、となれば。やらない偽善で通り過ぎていったくせに、言う訳だ。なるほど。
「確かに、キモいわ」
「だぁろ?」
それは強烈な印象でカモフラージュを図る目の前の奴も同じなのだと、暗にRPは言っている。
自虐にしては、皮肉ったらしい。
※※※※※※※
先日喜ばしい知らせがあった。ぼっち歴が長く自分らの中でとびきり、こねくりねじれていたオセロに、友人が出来たという。これは祝わなければならない。何せ小中同じ穴の狢をやっていたのだ。高校がばらけてそれぞれなけなしの勇気を振り絞り、漸く普通に居る生徒に成れた。慣れずに潰れそうになれば対話アプリを開いていた。あのRPが一番にクラスに馴染んだとはと些か不服だが、演劇部に引っ張り込まれて面白可笑しく弄られているジャックも居るし、それなりにバカでイイ奴らの仲間入り出来たコマは、音沙汰無くなって心配していたらばケロッと出て来て、「友達できました」と来たオセロ。言いたい事はあるが兎も角、祝わずにいられるかという話だ。あ”の、ぼっぢがねぇ……っ!ってなもんである。勿論泣いて喜んだとも。
「どうにかなんないのその三下っぽいの」
『むりむり。もう抜けないっすわぁ』
「演出にしたってもっと何かあっただろー」
『ぱっと見であ、あいつバカ、ってのがいーんじゃん』
「チャラさが増すだけ」
『いーのっ。ダチがさ、不良だから。』
「ねぇ大丈夫その友達」
『おれには無害~。なら大丈夫~』
「俺らも無害枠に入れといてくれぇ」
『言ってはみるー』
「おー」
元気そうでよかった。本当に。
地味っ子からチャラ男へのキャラチェンジは、それはもう度肝を抜かされたものだ。面合わせたら別人レベルで見た目が変わり、口調も随分軽くなった。頭の悪そうな言動は知っているオセロと大分違っていて、けれどそれは、必要だって気もしているのだ。
※※※※※※※
地味キャラを脱却してからというもの、バカっぽく乱入して来ては散々引っかき回してそのくせ、二重人格並の変わり身でもって善人丸出しのカウンセラーと化す。きっちり収拾をつけてからすぅ……っと居なくなる、全く以て変な方に海老反ったものだ。
対話アプリ『グループ:擬態系リア充』
三下オセロ:今までありがとう御座いました。
三下オセロ:腐れ縁ご一行殿。