ダンスホール2
アインはモルガンに連れられ衣装室へとやって来た。衣装はどれも豪華絢爛で遊園地の備品とはとても思えないものばかりだ。
「アイン様、このドレスはいかがでしょう?」
モルガンは黒いロングドレスをアインに見せた。そのドレスは質素な作りだが素材は決して安いものではなく、むしろ非常に高価であることが容易に想像できる。肩もむき出しではなく胸も開いていないもので、下品なものではない。とはいえ、アインにドレスに関する知識は皆無。こういった時は専門家に任せるのが一番だ。
「それでお願いします...」
アインは声を振り絞ってそういった。知識が無いから任せたと思われないように自信のある声を出したかったのだが、そのせいで緊張して逆に声が震えてしまった。
「かしこまりました。ではそちらの個室にてお着替えください。着替え終わりましたらフィス様とアウラ様の元へ参りましょう」
そう言われてアインは個室へ入った。大きな鏡とハンガーがあるだけの、試着室と何ら変わらない部屋だ。アインは鏡に映った自分に向かって笑顔で手を振った。なんとなくだが疲れているのかもしれない。それに対し鏡の中の自分は何の反応も示さない。
(せっかく私は笑ってるのにな...鏡の私もやっぱり私なんだ...)
そう思ってアインは鏡から目を逸らし着替えることにした。ドレスの見た目からして着替えるのに時間がかかると思ったが予想に反し数分で着替えることが出来た。そこでアインはあることに気がついた。
(...この服、ここに置いとくの?なんかやだな)
アインは自分の脱いだ服を個室に置いておくことになんとなくだが嫌悪感を覚えた。年頃の女子としての防衛本能ではない。なんとなく、ここに置いておくともう2度と着れないような不安を覚えたためだ。そこへモルガンが声をかけてきた。
「アイン様、お着替えは済みましたでしょうか?
もしドレスの着方がわからないと言うのであればお手伝いいたしますが...」
モルガンの言葉に対しアインは慌てて個室から出てきた。モルガンは自分がアインを慌てさせてしまったことを謝るように頭を下げてからフィスとアウラの元へ戻ろうと言うようなことをアインに言った。アインもそれに従い二人の元へ戻った。
アインが二人の元に戻ってみるとフィスは壁にもたれかかって立ったまま寝ており、アウラはカクテルを飲んでいた。
「おやおや...おかえりアイン。綺麗な服だね。君にぴったりだよ。さすがはモルガン、君のセンスは最高だね。」
フィスはアインが近づくとすぐに目を覚ましそういった。眠りが浅かったのかそれとも寝たフリだったのか、フィスに寝ぼけた様子はない。むしろアウラの方が深刻だった。アウラはアルコールに弱いのか、少しふらついていた。
「ありがとうございますフィス様。ところで...アウラ様は大丈夫なのでしょうか?」
モルガンはアウラを心配したかのように言ったが、その声はいつも繰り返しているやり取りのような響きがあった。つまりアウラはいつもここでカクテルを飲んで酔っているのだろう。
「大丈夫...なんじゃないのかな。いつものことだし。あと20分何をして待とうかな。」
「であればフィス様、ここはダンスホールでございますからダンスをすればよろしいのでは無いでしょうか?」
「ふふ...悪いけど僕はダンスが嫌いなんだよ。アインがモルガンと踊りたいなら止めはしないけど、ね」
そう言ってフィスはアインの方を見た。アインは首を横に振った。踊りたくないという意思表示だ。
「残念だねぇモルガン。彼女は君と踊りたくないらしいよ。君が女の子から断られるなんて珍しいねぇ」
フィスはなんだか嬉しそうにモルガンに話しかけた。
「お言葉ですがフィス様。提案されたのは貴方様でございますから断られたのは私ではございません。それにアイン様が断ったのは踊ることであって私と踊ること限定で断ったものではないと思われますが?」
「いうねぇモルガン。しかしそれは同じことさ。どういった意味があろうと君とのダンスを彼女が断ったという事実は変わらないからね」
「いや、ですから...」
そうしてフィスとモルガンは言い合いを始めた。どう考えてもフィスが煽ったことが原因だ。少し見ていたが二人の口論が終わる様子がない。アインはそんなやり取りに嫌気がさしダンスホールの人々へと目を向けた。
すると一人の男性が女性を押し倒し服を脱がせていた。周りの人々がそれを気にする様子はない。その光景にアインはなにか嫌なもの感じ、モルガンに言おうと思った。しかし次の瞬間、男性は女性の首を手で締め始めた。