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虚恋

作者: 綱太郎

 ◆

 

 あくまで興味本位だからね、と彼女の月子は切り出した。

 

 「悟って、私の前に他の誰かと付き合ってたことある?」

 

 「ないよ」

 

 俺はそっけなく返した。

 

 あったとしても、烏羽色のショートヘアが映えるこの女性を前にしては、どうでもいいことだ。

 

 「じゃあ、私が初彼女ってことだよね?」

 

 「そうだけど、それがどうかした?」

 

 「ううん、別に。何でもないよ」

 

 月子は何やら、嬉しそうな照れくさそうな笑みを浮かべていた。

 

 何を考えているのかはわからなかったけど、この小さくあどけない顔が無邪気に笑っているだけで、俺には十分だった。

 

 月子と付き合い始めてから今日でちょうど1年。1年前のこの日に俺が一世一代の勇気を振り絞った新宿のカフェは、今日もたくさんの人で賑わっている。

 

 「でも、嬉しいなあ。初めて告白してくれた人と、こうして1年もうまくやってこれたんだもん。何だか、夢みたい」

 

 そう言った月子は、本当に夢見心地だ。

 

 「ってことは、月子も誰かと付き合うのは俺が初めて?」

 

 「そうだよ。だから、好きって言ってくれたときは、本当に嬉しかった」

 

 白い大福餅のような顔に見つめられて、たまらず目を逸らした。

 

 こんな話をするのは今日が初めてだ。1周年というプレミアムな言葉の響きが野性的な感受性を誇る彼女の心を揺らしたのかもしれない。

 

 「どうしたの。恥ずかしいの?」なんて、いらぬことを月子は聞いてくる。

 

 「別に。恥ずかしくなんかないけど」

 

 そう答えたけど、強がったことは否めない。

 

 「じゃあ、もう1回言ってみて」

 

 「何を?」

 

 「わかってるでしょ。1年前の今日に、悟がここで言ってくれたこと。もう1回言ってほしいなあ」

 

 こんなことを言われるだろうことは1週間前から予測していた。月子にはこういう妙に押しつけがましいところがある。とは言ってもまあ、そんなことは玉の瑕程度にもならないのだけど。

 

 心構えはできていたから、割合すぐに言うことが出来た。

 

 「……好きだよ」

 

 月子はたまりかねたようにして吹き出した。

 

 「ああ、もう、悟ったら。そんな真面目な顔して言わないでよ。恥ずかしいじゃん」

 

 「自分から言えって言ってきたんだろ。なのに、何だよ、それ」

 

 「だって、悟のことだから、初めてのときみたいにもっと恥ずかしそうにすると思ったんだもん。なのに……ああ、おかしい。でも、嬉しい」

 

 月子が自分の世界に入ってしまったので、俺は不満の眼差しを向けながら黙って飲み物に口を付けた。アイスカフェモカ・トールサイズ。1年前に頼んだのと全く同じものだ。

 

 月子もやっと笑い止んで落ち着くと、自分の飲み物に口を付け出した。抹茶・キャラメル・フラペチーノ。カフェの覇者である彼女は、来る度に店員に聞きなれない言葉を発し、凡人である俺には理解することすらままならない非常に高度なメニューを注文している。

 

 少し間を置いてから、今度はこちらから切り出してみた。

 

 「でもさ、俺以外にも告白してきた奴とかはいたんじゃないの?」

 

 「いないよ」と、さらっとした返事が来た。

 

 「じゃあ、自分から好きになった人は?」

 

 「いないよ。だから、悟が私の初恋の人」

 

 胸がむず痒くなった。嬉しいというのが本音だけど、ちょっと不思議な感じもした。

 

 俺の気持ちを察したように、月子は首を傾げる。

 

 「何か納得いってなさそうな顔してるね。他に好きになったことがある人がいるって言った方が良かった?」

 

 「いや、そういうことじゃないけど……」

 

 「けど、何?」

 

 「お前ってさ……ほら、可愛いから。だから、何か、俺が初めてっていうのが意外だなあ、って思って」

 

 月子はくすりと笑った。

 

 「嬉しいけど、そんなに褒めても何も出て来ないよ」

 

 「別に、何が欲しくて言ったわけじゃないから。思ったことを言ったまでだよ」

 

 小さな子どものように月子は微笑んで、ありがと、と言ってきた。初めて会ったときに俺の心を射止めた笑顔は未だ衰えることを知らない。

 

 「悟はどうなの? 初恋の人は違う人だった?」

 

 月子の問いかけに、俺はちょっと間を置いてから答えた。

 

 「……いや、俺も月子が初恋の人だよ。ほら、俺って中学高校と男子校だったからさ。女の子と仲良くなることなんてあんまなかったし、そもそも部活が忙しくて恋なんてしてる暇なかったんだ」

 

 「そうなんだ。何か、不思議だね。お互い初めて好きになった人同士で付き合えるなんて。すごく特別感あるなあ。これからもよろしくね」

 

 月子は俺の言ったことを何も疑っていない様子だった。不審という言葉を知らない純粋そのものの笑顔だ。おそらくこの女性は、俺が何を言っても親の言うことを何でも聞く子どものように鵜呑みにしてしまうのだろう。

 

 月子がそういう性格なだけに、ちょっと罪悪感があった。俺が言った言葉には半分嘘があったからだ。

 

 初恋の人は他にいた。でも、月子にはあまり知られたくない話だったから、言わずにいておいたんだ。


 ◆


 「こんにちは。私、陽子っていうの。あなたは?」

 

 いきなり目の前に現れた着物の女の子は俺にそう尋ねてきた。

 

 「悟だけど、君、誰?」

 

 道もない山の中にこんな綺麗な格好をした女の子がひとり。探検中に思わぬ発見をした俺は少々訝しんだ。

 

 「悟っていうのね。私、このすぐ近くに家があるの。良かったら遊びに来ない?」

 

 言うなり、陽子は斜面を登る方向に進んで行った。

 

 突然の招待に俺は戸惑いこそ覚えたが、足は自然と彼女の後をつけていた。

 

 

 白地に黄や赤の花柄模様の薄物、腰まで垂らした黒のおさげ髪にピンクの花飾り。透き通るような肌にぱっちりとした目つき、薄い唇。

 

 幼心に俺は好奇心を覚えていた。それ以上に陽子にはどこか、普通とは違う、触れ難い、ある種神々しい魅力めいたものがあった。

 

 華奢な体の陽子は、その体でとは思えない軽々しさで山を登って行った。

 

 必死に後を追っていると、やがて藪に囲まれた小道にたどり着く。道に沿って、子どもひとりがやっと通れるくらいの朱塗りの鳥居が押し寄せてくるように並んでいる。赤と緑のトンネルを抜けると、原っぱのように開けた空間に出た。

 

 小学校のグラウンドほどの広さだった。背の高い森に囲まれていて、外側は全く見えない。澄み渡った空が頭上に広い。


 出てきた場所の向かいに、大きな神社があった。

 

 ものすごく大きな神社だった。3階建ての小学校の校舎と同じくらい、もしくはそれ以上だったかもしれない。東照宮を思わせる荘厳な造りだ。


 横は原っぱの幅いっぱいに広がっている。朱塗りの柱や壁が緑と青の背景に鮮やかだ。両脇に等間隔に並ぶ灯篭を従えるようにして、拝殿まで石畳の道が続いていた。

 

 ここに来た途端、空気が変わったことに俺は気が付いた。山の空気というのは木々の香りが漂う新鮮なものだけど、この場所の空気の新鮮さは違った。

 

 まるで、無条件に気分が良くなり、嫌なことを全部忘れさせてくれるような。後先顧みず、この空間に身を任せてしまいたくなるような、さわやかな空気だった。

 

 陽子はためらいなく神社へ向かって駆けていく。後を追おうとすると、振り返った彼女に止められた。

 

 「悟、真ん中はお父様が通るところだからだめ。端っこを通って」

 

 疑問には思ったものの、口にはせずに言われた通りにした。別に大したことではない。

 

 建物の入り口は子どもの背くらいの階段を上ったところにあった。

 

 階段の左側に、等身大の狐を象った石像がある。しかし、右側にも台座はあるのに、上には何も乗っていなかったことが妙に印象的だった。


 陽子はすたすたと登っていき、内開きの扉を押し開けた。分厚い、重みのある扉だったけど、自ら動いているかのように軽々と開いた。

 

 中は真っ暗だった。


 陽子に続いて中に入った途端、俺は意識を失った。


 ◆


 月子と一周年記念デートをしてからというものの、俺は妙に気分が浮かなかった。

 

 デートがうまくいかなかったというわけではない。むしろ、お互いの絆を改めて確認でき、どちらかと言えば大成功だった。カフェでは3時間も話し込んだし、都庁の展望台からの夜景は絶景で、月子も大層喜んでくれたようだった。

 

 福徳円満、「俺は幸せだあ!」と叫びたい気分になっていてもおかしくないはずなのに、何故だかどうしてもぱっとした気分になれない。

 

 悪い夢でも見ているような感じだ。それも、日常の光景なのに不安に満ちていて、夢だとわかっているのに抜け出せない、とても嫌な感じ。

 

 思い当たることがあるとすれば、ある昔の記憶を思い出してしまったことだ。

 

 小学校3年生の夏休み、長野の山中にある祖父の別荘に家族で遊びに行ったときの記憶。ひとりで山の探検をしていた俺は、そこであまり人には言えない非日常な体験をした。

 

 昔のことだし、文字通り夢みたいな出来事だったから、大学に入ってからはずっと頭から抜けていた。それを、月子との会話の中でふと思い出したというわけだ。

 

 それにしても、この気分は何なのだろう。別に、今更あの時の体験のことをどうこう考えるつもりもない。今までもずっと、そんなこともあるのかな、くらいの気持ちでいたし、何なら本当に夢だったんだろうとも思っていた。

 

 それなのに、今になって、あの時の映像が頭にまざまざしく蘇ってきた。切り離そうとしても、こびりついたようにして取れない。頭蓋骨の内側が記憶の煙で充満されていく。

 

 3時限目の講義中、隣にいた拓哉の声で思わずびくりとしてしまった。

 

 「またぼーっとしてるぞ。ここ一週間ずっと気抜けた顔してるけど、ほんとに大丈夫なのかよ」

 

 慌てて平静を取り戻して答える。

 

 「大丈夫だよ。ちょっと考え事してただけだから」 

 

 「そんなに何考えてんの? 彼女のこと?」

 

 「まあ、それも少し」

 

 すると突然、拓哉はにやりといやらしい笑みを浮かべた。

 

 「まさかとは思うけどさ……。お前、フラれたんじゃねえよな」

 

 「馬鹿!」

 

 思わず大声を上げてしまった。周囲の視線を浴びて我に返る。大講義室の後ろの方の席だったから、教授には聞かれずに済んだようだった。

 

 「だって、こんな長いことお前が考え事してるなんて、それくらいしか理由が思いつかねえぞ」と、拓哉は完全に面白がっている様子だ。

 

 「馬鹿。違うよ。ほら、今期中間レポート多いからさ。いつやろうかとか考えてただけだよ。月子にフラれたら、俺もう学校来なくなるから。下手したらこの世からいなくなるかも。考え事どころじゃない」

 

 てきとうにあしらった。拓哉は「随分と気合入ってんだなあ」などと抜かしていた。


 ◆


 気が付いたら、広い部屋の中にいた。


 明るい。正面の壁いっぱいに開け放された戸から差し込む日差しが眩しかった。


 さんさんと降り注ぐ光は、渦巻く煙のように部屋を淡い輝きで包み込んでいる。


 和室のようだった。漆喰の壁は目に優しく、枯草色の畳は見ていて心地よい。8畳ほどの広さの部屋が2間続きになっていて、子どもの目からすれば大食堂にいるような気分だった。

 

 本当に気を失っていたのかはわからない。ただ、神社の扉を潜ったと思ったらこの場所にいたので、その移動の工程を説明するなら、そう解釈するしかなかった。

 

 後ろでぱたん、と音がする。

 

 振り返ると、陽子が襖を閉めたところだった。目に鮮やかな朱色の襖だった。そのままだとこの飾り気のない淡色の部屋に、一か所だけ毒々しく浮き出ることになる。

 

 だからなのかはわからなかったが、陽子は襖の前に薄い桃色の屏風を置いた。桜の花模様がこぢんまりと描かれている。濃い赤の壁がちょうど和らげられた形だ。

 

 振り返った彼女はにこりと笑い、

 

 「いらっしゃい。ここが私の家。どうぞくつろいでいってね」と、至って気さくな調子だ。

 

 俺は戸惑いもあったけど、妙に胸が躍り出すのを抑えることが出来ないでいた。

 

 「へえ。すごい広い家なんだな」と、率直に思ったことを、流されるように口に出す。

 

 「お父様がこのお山を管理してる偉い人だからなの。こんなものじゃなくて、もっと広いのよ。来て、案内するわ」

 

 陽子に手を取られ、促されるままに俺は駆け出した。

 

 なるほど巨大な屋敷だった。先ほど見た神社の姿など跡形もない。部屋は数えきれないほどあり、連れられて走っていても建物の構造をまるで理解できない。

 

 最初に入ってきた部屋があるのが、中心の屋敷となっているようだった。その正面、俺が入って来て最初に向いていた方向に大きな庭があり、まずそこを囲うようにしてコの字に建物は伸びている。

 

 そこを正面だとすると、その背後には大小何十もの屋敷、庭が控えていて、無数の廊下で文字通り迷路のように繋がっている。

 

 本来ならば中心の屋敷の後ろは、灯篭が並ぶ境内になっているはずだった。周りは森で囲まれ、神社の建物以外は何もない広い空間。何故なら、俺はそこからこの建物の中に入ってきたのだから。

 

 でも、いくら探せど見覚えのある光景は見つからなかった。

 

 あるのは瓦葺に板張りの屋敷に渡殿。岩や池、石橋や石灯篭が綺麗に配置された庭ばかり。神社の扉を潜ったときに、違う場所へワープしてしまったとしか考えようがなかった。

 

 でも、不思議と気にはならなかった。最初こそ奇妙に思えたものの、すぐに小学生の俺の関心はこの屋敷の広大さ、和風建築としての貫禄、粛々とした壮麗さに惹きつけられていった。

 

 途中、ふと気になったことがあって、俺は陽子に聞いてみた。

 

 「ここの家、他に人はいないの?」

 

 案内されている中で、人っ子ひとり見かけなかったのだ。聞こえるのは風の音や鳥の声ばかり。これだけ立派な屋敷の中に、人の気配が少しもしないのは幾分奇妙なことだった。

 

 「普段はいるわ。お手伝いの人がたくさん。近所の子どもたちもよく遊びに来るわ。でも、今日は悟が来てるから、みんな恥ずかしがって隠れてるのね」

 

 陽子は事も無げに言う。

 

 「隠れてる? そんなに大勢の人がどっかに隠れてるって言うの? そんな感じはしないんだけどなあ」

 

 「みんな隠れるのがうまいからね。外の人が来たからって、そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに」

 

 陽子の言葉の意味を図りかねて、俺は口を噤んだ。彼女がそう言うのならそういうことなのだろうと、取り立てて気にすることはしなかった。

 

 「陽子の家族は? いるのはお父さんとお母さんだけ?」と、さりげなく話題を変えてみる。

 

 「ううん、お母様はいないの。昔からお父様だけだったわ。あと、本当はお姉様がいるんだけど……」

 

 陽子が口ごもったので、俺は気になって先を促した。

 

 陽子は言いづらそうにしながらも、しぶしぶという感じで話してくれた。

 

 「お姉様はね、私たちがまだ小さい頃に、外へ行ってしまったの。外は外でも、境界の外よ。境界から外へは絶対に出ちゃだめって、お父様から厳しく言われてたんだけど、お姉様は外のことがすごく気になってたみたいで、お父様が目を離した隙に抜け出しちゃったわ。それきり戻ってこない。お姉様は力があるから、外でも存在を保つことはできると思うけど……。いくらお姉様でも、こんなに時間が経ってしまった今ではもうこっちのことを忘れてしまっているかもしれないわ。探しに行くって言っても、この辺りで外に出ても平気なくらい力があるのはお父様くらいだわ。でも、お父様はここから離れることはできない。お父様にはこのお山を管理する大事なお仕事があるから。だから、お姉様はもう、どこにへ行ってしまったのかもわからないのよ」

 

 最後の方には陽子が涙ぐみ、声も掠れてしまっていたので、俺はそれ以上口を出すことが出来なかった。

 

 結局そのまま屋敷の探検は続き、一通り終わった頃にはもう日が傾いていた。

 

 夕焼けが赤い。血まみれになってしまったかのように真っ赤だった。でも、綺麗だった。

 

 袋にはち切れんばかりに詰まった情愛が滲み出てきているかのような空だった。

 

 この情愛の色に包まれた俺は、その温かみに身を任せ、寒空の下で露天風呂に入ったときのように、抜け出しがたい安らぎの境地へと陥った。

 

 「悟、今日はうちに泊まっていかない? 遊びに来てくれたお礼にご馳走するわ。うちのご飯はとってもおいしいのよ」

 

 陽子はお客をもてなすことに興奮を抑えきれない様子だった。

 

 俺はふたつ返事で了承した。

 

 自分の家族のもとへ戻らないといけないという思いは、霧のように霞み、やがて消え失せていた。

 

 ◆


 6月に入って、季節は梅雨となった。

 

 最初の日曜日、俺は時間を空けて月子の家に遊びに行った。

 

 月島にあるマンション。グレー基調で13階建てのこの建物は、閑静な住宅街に落ち着いてはいるけど、威風堂々とした佇まいを見せている。

 

 月子の家は4階。チャイムを押すと、いつものようにすぐに月子が出迎えてくれた。

 

 「やっと来た! 雨の中わざわざありがとね。さ、早く上がって上がって」

 

 リボン襟の白ブラウスに水玉模様のスカート。部屋着だから簡素ではあるけど、いつもより見栄えが劣ることは決してない。

 

 リビングへ行くと、月子の両親が快く出迎えてくれた。月子の両親は娘と俺の交際を認めてくれている。最初の頃こそ緊張したけど、今では自分も家族の会話に混じって純粋に楽しめるようになっていた。

 

 俺が用意したお菓子をつまみながら、しばらくテーブルを囲って団欒の時間を楽しんだ。あまり広いとは言えない部屋だけど、無駄なものがなく、綺麗に整頓されていて居心地はとてもいい。1周年のお祝いをしてもらったり、学校のことや将来のことを話したりと、話題が尽きることはなかった。

 

 外がどんよりとした雨天なだけに、家族を包む温かみがより心地よく感じられる。至って幸せそうな家庭だ。

 

 1時間程話し込んで、月子と俺は月子の自室に移動した。シンプルなデザインの家具が多く、所々にリボンや花で飾りつけがしてあって、彼女らしい趣向が伺える部屋だ。

 

 ふたりきりになって、最初は映画を見た。アンドリュー・ニコルの『タイム』。月子は意外と派手なアクション物を好む。映画鑑賞は俺たちが家デートをするときの定番メニューだ。

 

 見終わってお互いの感想を言い合った後、少しの間テーブルゲームで遊んでいた。こういうことに関しては俺の方が何枚も上手で、よほどハンデを与えない限り月子に勝利の女神が微笑むことはない。何回も負けて悔しがっている月子の姿を見るのも、俺にとってのテーブルゲームの醍醐味だった。

 

 やがて負け飽きた月子がやけくそ気味にベッドに転がり込んだので、俺もその脇に腰かけた。お互い疲れたこともあって、しばらく沈黙が続く。

 

 こういう時間も、恋人と一緒にいる身にとっては貴重なものだ。相手が自分のことを認めていてくれているのだという意思が、何も根拠はないけど、無言の空気の中を見えない電波のように伝わってくるようで、何とも言い難い幸福感が得られる。

 

 その電波の強度が絶頂に達し、急速に弱まっていくと思われたとき、ふくれっ面の月子が起き上がった。

 

 そのまま隣に腰かけてきたので、俺はその肩を抱き寄せた。月子も何も言わずに身を任せてくる。体と体が触れ合い、お互いの成分が流れ出して行き来する感覚に至福の気分を味わう。

 

 何とはなしに、お互い向き合った。自然の流れで顔を寄せ合い、唇を重ねる。

 

 キスをしてまた向き合ったときには、月子も少し頬を赤らめて、笑顔に戻っていた。

 

 そして一言、


 「へたっぴ」

 

 今度は俺がふくれっ面になる番だ。


 「ひどいな。俺だってがんばってるんだから、そろそろ褒めてくれたっていいじゃん」

 

 「だって、本当にへたっぴなんだもん。もっとしっかりしてくれないと、気持ちが全然伝わってこないよ」

 

 月子はからかうような軽い調子だったし、いつも言われることだけど、この言葉は毎回心にグサリと刺さる。

 

 「そんなに言うなら、お手本を見せてみろよ。どんな風だったらちゃんと気持ちが伝わるか、教えろよな」

 

 すると月子は、待ってましたと言わんばかりにベッドから降りたかと思うと、飼い犬のように飛びついてきた。

 

 体重任せに抱き付かれたので、俺はたまらず悲鳴を上げて仰向けに倒れこんだ。覆いかぶるようにのしかかられ、気が付いたときには、やわらかい唇がぎゅっと押し付けられている。

 

 ディープ・キスとまではいかないものの、濃厚な接吻だった。俺はされるがままに月子のキスを堪能した。確かに、これなら気持ちが伝わる度合いは幾分高いかもしれないが、ちょっと強引というか、無理やりな気もする。

 

 やがて唇と唇がゆっくりと離される。その体勢のまま、月子と俺は約20cmの至近距離でお互いを見つめ合っていた。

 

 しばらく無表情だった。静かな水面のように、決して揺れ動くことのない瞳。しかしそれは、奥底に太陽の光が届くことのない深海のように深い。

 

 このぱっちりとしていて、愛くるしい眼光に満ちていながらも優しさの溢れる目。

 

 健康そのものを表しているかのように明るい薄桃色の唇。

 

 百合の花びらのように白く綺麗な肌。

 

 

 ――似てる。

 

 

 大事な用事をうっかり忘れていて後で思い出したときのような、あの焦燥の混じった胸苦しさを突如に感じる。

 

 

 ――あのとき出会った人に似てる。

 

 

 ここ数週間、よく感じることだった。

 

 誰にも言えないあの体験。幼心に恋した陽子という名前の女の子。

 

 もちろん、当時は恋なんてものをよく理解していなかった。だから、彼女と付き合いたいだとか、自分のモノにしたいだとか、男の本能的な欲求により生み出される念を感じていたわけじゃない。

 

 後々気が付いたことではある。俺は彼女に、言うなれば惚れていた。蠱惑的とも言える彼女の魅力に惹かれていた。

 

 でも、そんなことはとっくの昔に忘れた思いだ。今も同じことを思っているわけではない。

 

 それなのに、何故なのだろう。

 

 この前から、月子と一緒にいるとあの時の記憶が強制的に思い出される。

 

 月子の顔を見ていると、あの時出会った女の子が、記憶の画面を通して話しかけてくるかのように頭の中に映し出される。

 

 記憶の色は日に日に濃くなっている。

 

 

 ――ただ、似てるだけだろ。

 

 

 そう思って、気にしないようにしていた。


 あの出来事は、本当にあったのかもわからない、ただの昔の記憶だ。


 できる限り他念を取り除き、俺は月子との時間に没頭した。


 ◆


 地平線まで続く白の大地。見渡せど見渡せど、目に映るのは清らかな白色。風にそよいで揺れる花の海は、青空の下、どこまでも果てしなく広がっている。

 

 「どう? 私のお気に入りの場所なの。綺麗でしょ。ここには、よくお友達と遊びに来るの。お父様ともたまに来るのよ。ここにあるお花は、シロツメクサって言うの。ちっちゃくてとっても可愛いお花だわ。悟にも気に入ってもらえればいいんだけど」

 

 花畑の中ではしゃぐ陽子は、さながら花と戯れる蝶のようだった。

 

 百花繚乱の着物がひらめくのはやわらかな羽がはばたくようで、軽やかな足取りはひらひらと舞っているかのよう。

 

 陽子は、人がまだ一度も足を踏み入れたことのない自然の景色の一部となっていた。

 

 ぼーっとしていたら、そこには誰もいないのだと見間違えてしまいそうだった。

 

 「ねえ、悟。よく見てみて」

 

 陽子に促されて、足元の草花に目をやった。

 

 綿毛の玉のように純白の花とふわふわとやわらかな緑の葉が所狭しと生い茂っている。

 

 「この葉っぱを見て。3枚くっついてるでしょ? これが普通なんだけど、中には4枚くっついてるのもあるの。とっても珍しいから探すのは大変なんだけど、四つ葉は幸せを呼んでくれるって言われてるのよ。さあ、どっちが先に見つけられるか競争しましょ」

 

 陽子がすかさず屈んで探し始めたから、慌てて俺も後に続いた。

 

 何てことはない、四つ葉のクローバーを探せばいいんだ。

 

 そう思って、驚いた。

 

 地面に生えているのは、確かにクローバーのようだった。

 

 でも、俺の知っているものと比べて、葉が明らかに大きい。手のひらほどもある。

 

 しかも、葉はみんなハートの形をしていた。

 

 緑のハートが咲き乱れ、辺りには愛が溢れている。

 

 「みっけ!」

 

 数分と経たない内に陽子が声を上げた。

 

 得意げに掲げるその手には、確かに四つ葉のクローバーがある。

 

 「あっ、もう見つけたのかよ。早いなあ」

 

 先に見つけてやろうと意気込んでいた俺は、あっけにとられて得意満面の陽子を見つめた。

 

 「フフ、私の勝ちね。でも、他にも探せばあるはずだから、もっと探してみて。じゃないと、悟には幸せが訪れなくなっちゃうわ」

 

 陽子と俺はそれからもしばらく探し続けた。

 

 四つ葉でなくとも、大きな三つ葉のクローバーたちは天に向かって微笑んでいるようで、十分幸せそうだ。

 

 わざわざ四つ葉を見つけなくても、ここにいるだけで幸せになれる。そんな気さえした。

 

 30分ほど経って、陽子が合計で四つ葉を3つ見つけたのに対し、俺はひとつも見つけることが出来なかった。

 

 「あら、残念。それじゃ、悟には幸せが訪れなくなっちゃう。そんなのあんまりだわ。ちょっと待ってて」

 

 陽子はそう言って、ひとりで少し離れた場所へ行き、屈んで何か作業を始める。

 

 残された俺は、もう幸せだよ、と言ってしまいたくなるような気分だった。

 

 包み込まれるような優しい陽光。

 

 嫌な思いを消し去ってくれる精白の花に、疲れることを忘れさせる癒しの緑葉。

 

 吸っているだけで快い夢を見ているような気分になれる、この空気。

 

 せせらぎのように時間がゆっくりと流れていくのを、俺は静かに堪能していた。

 

 やがて作業を終わらせたらしい陽子が、立ち上がりざまに、

 

 「できたわ!」  

 

 声を上げてこちらへ駆け寄ってくる。

 

 見ると、その両手ですくうようにして持っているのは、シロツメクサの花かんむりだ

 

 細い茎が綺麗に編み込まれ、花びらのシャンデリアのような白い花が隙間なく顔を並べて輪になっている。

 

 咲いている花々は葉のように手のひらほどの大きさがあるけど、陽子の作ったかんむりの花はその半分くらいの小さめのものが揃っている。

 

 陽子は既に自分のを頭に被っていた。

 

 緑の黒髪に白い花が合わさっているのは、さながら夜空に浮かぶ天の川のよう。

 

 よく似合っている。

 

 可愛い、と俺は思った。胸を打たれるような思いだった。

 

 「はい、これは悟のね。フフフ、可愛いでしょ? お揃いだわ」

 

 かんむりを頭の上に載せられても、俺の意識はあまりそちらへ向かなかった。

 

 帰り際に、俺は陽子に尋ねた。

 

 「ねえ、ここって本当に他に誰かいるの? 本当は、陽子しかいないんじゃないの?」

 

 「そんなことないわ。普段はちゃんといるのよ。悟がいるから、みんな恥ずかしくて姿を見せないだけだわ」

 

 陽子はしれっとそんなことを言う。

 

 もちろん俺は納得がいかなかった。陽子の家に来てからかれこれ一週間。人ひとりどころか生き物の姿を一度も見ていない。

 

 今の花畑に関しても、蝶のような陽子はいても、本物の蝶や他の虫の影はひとつもなかった。

 

 光や緑には溢れているのに、そこに暮らしているはずのものたちの姿がどこにも見えない。


  陽子の存在が心の中で占める割合が大きかったからあまり気にしてはいなかったけど、さすがに奇妙に思えた。

 

 「人ならまだしも、動物が恥ずかしがってるって言うわけ? そんなの変だよ。動物は普通恥ずかしがったりしないじゃん」

 

 「外ではね。でも、ここではそうなの。人も動物も、あんまり外の人と関わりたがらないのよ。決まりもあるのよ。できるだけ外の人と関わっちゃだめ、っていう。こっちの人が外の人と関わると、戻ってこれなくなっちゃうこともあるんだって。って言っても、聞いた話だから詳しくはわかんないんだけれど。とにかく、お父様くらい力を持った人じゃないと、外の人と関わるのは危ないんですって」

 

 「でも、陽子は俺と関わってるじゃん? これって、危ないの?」

 

 「悟は危なくないわ。外の人と関わるのが危ないって言っても、きっとみんながみんな危ないっていうわけじゃないんだわ。少なくとも、悟は危なくない。私にはわかる。だから連れて来たのよ」

 

 説明がよく理解できず、俺は頭がこんがらがった。

 

 結局、危ない危なくないの話は置いといて、ひとつ疑問に思ったことを口にする。

 

 「何で陽子は、俺を連れて来たの?」

 

 「あら、悟は来ない方が良かったかしら? けっこう楽しんでもらえてると思ったんだけれど」

 

 そう言った陽子の様子は至って天真爛漫だ。

 

 俺の方が返答にしどろもどろになる。


 「いや……楽しいよ。うん、楽しい。来て良かったと思ってる。ただ、何でなのかなあ、って。何で陽子は見ず知らずの俺を連れてきてくれたんだろ、って、ちょっと思っただけ」

 

 「どうして私が外の人をここに連れて来たのかを知りたいのね?」


 「あ……うん、まあ、そういうこと」


 陽子が突然立ち止まってこちらに向き直ったので、俺は思わずどきりとしてしまった。

 

 陽子は心なしか寂しそうになった目を少し下げて、ゆっくりと言う。

 

 「それはね、ひとつお願いしたいことがあったからなの」

 

 「お願い? どんな?」

 

 聞き返すと、陽子は少し話しづらそうにしながらも、

 

 「お姉様の話はしたでしょ? 外に出て行ってしまって、それきり帰って来ない、っていう。お父様や他の人は、生きていたとしてももうこっちのことは覚えていないから、諦めるしかないって言うの。お姉様であって、お姉様でない、外の人になってしまってるって。私も最初は諦めるつもりだったんだけど、だめなの。私、どうしてもお姉様に会いたい。家に戻って来て欲しい。でも、私の力ではとても外に探しに行くことなんてできない。だから、お願いできる人を探していたの。危なくない、信頼できる外の人を。そうしたら、たまたまあそこで悟を見つけたのよ」

 

 「……ってことは、俺が陽子のお姉さんを探してくるってこと?」

 

 「無理にとは言わないわ。もちろん、どこへ行ってしまったのかもわからないお姉様を探すのが思いもよらないくらい難しいなんてことはわかってるわ。そんなことを悟ひとりに押し付けるのがどんなに酷いかっていうことも。でも、それでも、私、どうしても誰かにお願いしたくて……。こうするしか、方法がないのよ」

 

 陽子が急に真摯になって話すので、俺は気まずくなって返答に困ってしまった。

 

 そんな俺の心境を悟ったのか、陽子は我に返ったようにはっと、いつもの屈託のない笑顔に戻る。

 

 「ごめんね。別に、押し付けるつもりはないのよ。悟が嫌だったら、無理にとは言わないから。どっちにしても、次の満月の日まではまだ時間があるから、それまでは心置きなくゆっくりしていってね」

 

 俺はもやもやとした気分のままだったけど、それ以上この話題を口にすることはなかった。

 

 どこにいるかもわからない見ず知らずの人を探すなんて、途方もないことだ。他人事のように考えていた。

 

 だから、最後の日に陽子に再びそのことを言われるまでは、思い出すことすらしなかったんだ。

 

 ◆


 あの女の子は、自分の姉を探してほしいと、俺に頼んできた。


 『大丈夫、悟ならきっと見つけられるわ』


 まるで、俺が将来その人に出会うことを見透かしているかのように。


 『私も悟がお姉様と会えるように祈ってるから。きっと会える。心配しないで』


 あの時言われたことなんて、ずっと忘れていたことだ。


 時々思い出していた頃でも、夢だったのだろうと思っていた。


 それか、何かの勘違いだったのだろうと。子どもの頃の記憶だ。似たような思い出が知らぬ間にあらぬ方向へ変えられていたのだろうと。


 「どうしたの?」


 月子の顔から目が離せない。


 「何か言ってよ。ぼーっとしちゃって、変だよ。私の顔に何かついてる?」


 月子の顔にもうひとりの少女の顔が重なる。


 そんなことはないと、自分に言い聞かせた。


 月子には、ちゃんと彼女の家族がいる。


 「……お前ってさ、妹いたっけ?」


 無意識に口から出た。


 「なあに、ほんとにどうしちゃったの? 暑くてとぼけちゃったの? 私、妹がいるなんて言ったことあったっけ」


 月子はひとりっ子だ。


 妹がいるはずなんてない。


 『一度こっちへ来た悟に、お姉様はきっと気が付くはずだわ。こっちのことを覚えてなくても、何かしらの形で引き寄せられると思うの。記憶は失くしちゃっても、こっちの匂いを忘れることはないはずだから』


 そんな偶然、あり得ない。


 『悟の方も、お姉様に会えばわかるはず。お姉様は、私によく似た人だわ。だから、私のことをよく覚えておいて。大丈夫。もし忘れちゃったとしても、いずれお姉様に会えれば、思い出せるはずだから』

 

 月子が陽子の姉だなんて、あるわけないじゃないか。

 

 「……月子は、東京生まれだったよな?」

 

 ガラス張りの壁を背にして、月子はあからさまに怪訝な顔をする。

 

 「そうだよ。そうだけど、何なの? 授業で嫌なことでもあった?」

 

 「いや、別に、そういうわけじゃないんだけど」

 

 「じゃあ、どうしたの。何か、様子が変だよ」

 

 5限終わりの学生ホール。学期末試験前のキャンパスはこの時間でも昼間のような活気に包まれている。

 

 「ごめん。ちょっと考え事してて。ぼーっとしてた」

 

 「ぼーっとしてるのは見ればわかるよ。大丈夫? 何をそんなに考えてたの? 悩み事なら相談乗るよ」

 

 「いや、大丈夫。大したことじゃないからさ。試験のこととかでちょっといろいろあって」

 

 苦しすぎる。


 「試験に私の問題が出たりでもするの?」

 

 「いや、そうじゃなくて。それは……ごめん、寝ぼけてた」

 

 「ほんとに大丈夫? 熱中症じゃない? 今日はもう帰った方がいいんじゃないの?」

 

 「大丈夫。ほんとに大丈夫だから。ほら、試験の準備しよう。早くしないと時間なくなっちゃうぜ」

 

 月子は月子だ。

 

 『もうこっちのことを忘れてしまっているかもしれないわ』

 

 神田月子。都会の家庭のひとり娘。

 

 『お姉様であって、お姉様でない、外の人になってしまってるって』

 

 ベッドの中で、ひとり思案に耽る。

 

 

 ――仮に月子が、陽子の姉だったとしたら?

 


 陽子は姉を連れ戻してきて欲しいと言った。

 

 

 ――連れ戻したとしたら、残された者はどうなる? 月子の家族は?

 


 そもそも、月子にはちゃんと両親がいる。お父様は外に探しに行けないと陽子は言っていたのだから、月子の父親が陽子の父親だとは考えにくい。矛盾している。

 


 ――俺は?

 


 月子を連れ戻したら、どうなってしまうのだろう。もう会えないなんてこと、あるのかな。

 

 常識的に考えれば、陽子の姉が月子だなんてことはあり得ない。笑止千万、おかしな話だ。

 

 陽子が実在の人物だとすれば、異次元だとか、時空のゆがみだとか、そういったオカルト的な現象が存在することになる。

 

 俺があの女の子と過ごした場所は、明らかに普通ではなかった。事実、あの体験以降、俺はあの場所に行くことができなかった。

 

 夢か勘違いだったとしか考えられない。


 でも、なぜかはわからない。その記憶は今、この上なく現実味を帯び、他のどの思い出よりも色鮮やかに頭の中を駆け巡っている。

 

 全てを覚えているわけではない。あやふやなくらい断片的だ。幻想的な記憶の欠片が、頭の内壁にずぶずぶと突き刺さっている。

 

 麻薬中毒になったら、こんな感覚なのだろうか。

 

 でも、俺は正常な人間だ。それなのにどうして、こんな狂気じみた感覚に囚われるのだろう?

 

 何とはなしに起き上がった。真っ暗な部屋の中、何が見えたわけでもない。

 

 ただ、確かめずにはいられなかった。この奇妙な気分の原因が何なのか、突き止めずにはいられなかった。

 

 ほとんど本能的とも言える行動だった。考えるより先に体が動く。長い眠りから覚めた記憶が形を持ち、俺の体を動かしているかのようだった。

 

 答えを求めて、俺はクローゼットを漁る。端に埋もれていたダンボール箱を引っ張り出し、外のわずかな明かりを頼りに中を探る。

 

 幼い頃の思い出の品々が詰まった箱だった。小学校の頃の作品や絵日記が綺麗にしまってある。そこにありながら、何年も存在を忘れていたみすぼらしい箱。

 

 その奥、図工の時間に作った箱型の迷路のような作品の下に、ひとつの小さな箱があった。

 

 開いた手くらいの黒っぽい和紙の箱。所々痛んではいるが、固くしっかりとしている。

 

 俺はその箱を、両手で慎重に取り出した。


 見た目の割に軽い。軽いけど、心なしか、どこか重々しい。


 この箱が何なのかを思い出す前に、俺は正体のわからない激しい後悔の念に駆られた。

何故これをずっと忘れていたのだろう。


 忘れてはいけないものだった。それなのに、頭の中からすっかり抜けていた。


 いや、違う。俺は意図的にこれのことを忘れていたんだ。


 初めて月子を見たとき、俺は真っ先にこれのことを思い出していた。


 義務感の波がどっと押し寄せてきた。懐古の念に襲われた。昔の甘い記憶の香りが鼻を掠めた。


 しかし、月子の魅力が勝った。あの天使のような笑顔に、俺は全面的に降伏した。込み上げる思いを全て振り払ったんだ。


 ゆっくりと箱を開ける。蓋はすんなりと取れた。中を覗いて、俺はおぞましいものを見たときのように息を呑んだ。


 目を突く紫の閃光。生々しい輝き。

 

 中にあるものは光っていた。


 まるで生きているかのように。生気溢れるように。

 

 どくどくと中を流れる血流が発光しているかのように、毒々しく光っている。

 

 禍々しいまでの光彩。咲き乱れる花のように美しくも、切れ味を持っているかのように鋭い。

 

 俺はすぐに蓋を閉じた。光を失った部屋は、元の静けさを取り戻す。

 

 恐ろしい思いだった。あのまま光を見続けていたら、俺は中のものの意志に取り込まれて、正気を失っていたかもしれない。

 

 この夜、俺は覚悟を決めた。

 

 真相を確かめずにはいられない。結果がどんなことになろうと、この謎を解き明かさずにはいられない。

 

 約束を果たさなければならない。


 翌日、俺は月子に夏休みの旅行の話を持ち掛けた。


 ◆


 「でも、俺、まだ帰りたくないよ。もっとここにいたい。もっと陽子と一緒にいたい」と、俺は抗議を唱えた。


 対する陽子は、申し訳なさそうに目を落としている。


 「私も、悟ともっと一緒にいたいわ。とっても楽しいんだもの。普段は外の人とこんな風に関われないから、なおさらよ。でも、ごめんね。お父様にしかられてしまったの。これ以上、外の人をここにいさせちゃいけないって。もともと、悟をここに連れて来たのも、私の勝手だったから、すごくお怒りだわ。勝手に連れて来ておいて、さらに勝手なことを言ってるのはわかってる。でも、ごめんなさい。今日は満月の日。悟、あなたは元々いた場所に帰らないといけないわ」

 

 「別に、今日いきなりじゃなくてもいいじゃん。話が急すぎるよ。せめてあと一日だけでも、ここにいられない?」

 

 俺は陽子と別れたくなくて必死だった。

 

 「本当にごめんね。今日を逃してしまったら、また次の満月の日まで待たないといけないの。そうなってしまったら、お父様だけじゃなく、他の人たちも我慢できなくなって、私たちふたりともここから追い出されることになってしまうかもしれないわ」

 

 納得はできなかったけど、とにかく、今日中に帰らないとまずいことになるということだけは、陽子の有無を言わせぬ口調からも伺えた。

 

 それでも、名残惜しかった。元いた場所に帰るということは、少なくともしばらくは陽子と会えなくなるということだった。

 

 理由はわからなかったけど、そういうことらしい。陽子の住んでいる場所に、俺は本来いてはならない存在らしかった。

 

 陽子と一緒にいたいという気持ちも強かったけど、駄々をこねて嫌われたくないという思いもあった。

 

 渋々と俺は従い、

 

 「いつかまた会える?」

 

 うん、と陽子が言ってくれることを期待した。そう言ってくれると思った。

 

 でも、そんな望みとは裏腹に、陽子は心底残念そうに首を横に振るのだった。

 

 「わからない。わからないわ。さっきも言ったけど、本当はね、悟。あなたと私は会ってはいけなかったの。こっちの人は、外の人と関わってはいけないの。今回は、私が決まりを破って外に出たから会えたけど、次があるかはわからないわ。お父様にも厳しく見張られるだろうから。もしかしたら、もう二度と会えないかもしれないわ」

 

 「そんな。そんなのないよ! せっかく友達になれたのに、もう会えないなんてひどいよ! 陽子と俺がほんとは関わっちゃいけないなんて、そんなのあんまりだ!」

 

 泣きすがるような思いだった。陽子と別れることは、家族のように大切な人を失うことかのように思えた。

 

 すると、陽子は真剣な顔つきになり、

 

 「だからね、悟。そのためにも、私たちがまた会うためにも、お願いしたいことがあるの」

 

 「……陽子のお姉さんを探してくる、っていうやつ?」

 

 俺はほとんど涙声になりながら答える。

 

 「そう。もし悟がお姉様を連れて帰ってきてくれれば、お父様も、そのときだけは悟を中に入れることを許してくれると思うの。お姉様に会いたいのはお父様も同じだから、連れて来てくれた人を粗末に扱うことなんてできるはずないわ。だから、どうかしら……。悟さえ良ければ、私は悟にお願いしたい。あなたならきっと、見つけてきてくれると思うから」

 

 「でも……やっぱり俺、自信ないよ。いくら陽子に似てるって言っても、顔も見たこともないんじゃ、見つけられっこないよ」

 

 「大丈夫。そんなに心配しないで。悟がわからなくても、きっとお姉様の方が悟を見つけてくれる。私も、悟がお姉様に会えるように祈ってる。こう見えて、私のお祈りもけっこう効くのよ。今までだって、色んな人を助けてきたんだから。お父様やお姉様ほど強くはないけど……」

 

 「それでも……」

 

 やっぱり、自信がなかった。

 

 見たこともない人を見つけるなんて、できない。出会えたとしても、その人だとわかる保証がない。

 

 まだ迷っている俺を励ますように、陽子はにっこりと笑った。

 

 「もし、お姉様を見つけたら連れて帰ってきてくれるって約束してくれるなら、いいものをあげるわ。きっと、探すのにも役に立つものよ」

 

 陽子の笑みは眩しかった。うっとりと見とれてしまうくらい綺麗だった。

 

 こんな女の子の願いとあれば、断ることもできない。

 

 陽子の笑顔と言葉に、根拠はないけど言葉では言い表せない自信を得た俺は、無意識に答えていた。

 

 「……わかった。ほんとに見つけられるかはわからないけど、できるだけ探してみるよ」

 

 陽子は破裂せんばかりの喜びをあらわにした

 

 「ほんとに? ありがとう! 嬉しい。ほんとに嬉しい。悟ならきっと、そう言ってくれると思ったわ」

 

 「でも、自信はないよ。もしかしたら、どんなに探しても見つけられないかも」

 

 「大丈夫。きっと見つけられるから。いつか会えたときに、ここに連れてきてくれればいいの。どう、約束してくれる?」

 

 「……約束する」

 

 「ありがとう。じゃあ、指切りしましょ」

 

 喜色満面の陽子は手をグーにして小指だけ立てた形にして、目の前に差し出してきた。

 

 俺も同じように手を出し、お互い小指をひっかけた。指切りげんまんの歌を歌い、約束が交わされる。

 

 すると陽子は、ちょっと待っているように言い残して部屋から出て行ってしまった。

 

 大広間にひとり残される。陽子に連れられてここへ来て、最初に入った部屋だ。

 

 大きな庭の向こうには、広い広い景色が続いている。山に囲まれた場所だけど、ちょうど正面は谷になっていて、ずっと遠くの山まで見渡せる。

 

 今は空が曇っていて、谷全体に霧がかかっている。霧がかかっていても、雨に濡れていても、青空の下でも、この深緑の山水はどこまでも深く清い。

 

 この風景ももう見られなくなるのかと思うと寂しかった。この澄み渡った空間は、縹渺たるその胸で尽きることのない慰めを与えてくれた。

 

 景色を眺めながら呆然としていると、「お待たせ」と、陽子が戻ってくる。その手には、10センチ平方くらいの紺色の四角い箱があった。

 

 陽子はその箱の蓋を開け、目の前に差し出し、

 

 「これはね、約束の種って言って、約束を忘れないようにするためのものなの。約束を果たすときが来たら、教えてくれる。お父様が力を込めて作った、不思議な種よ。悟と私は今約束したから、悟がお姉様に会ったときにわからなくても、これがきっと教えてくれるわ。だから、心配しないで。これをいつも、すぐに取り出せるところに置いておいて。そうすればきっと、お姉様を探すのもずっと楽になるわ」

 

 箱の中には指でつまめるほどの小さな黒い粒のようなものが入っていた。綺麗な卵の形をしている。表面は磨かれた宝石のように滑らかで、そこだけ空間が欠落しているかのような漆黒だった。

 

 俺はいまいちピンと来てないながらも、その石を箱ごと受け取った。


 とりあえず持っておけばいいのだろう。それくらいに考えていた。


 あとね、と陽子は続ける。


 「ただ教えてくれるだけじゃないわ。約束を果たせば、この種は芽を出す。そしたらね、咲いた花が幸せを呼んでくれるの。どんな幸せかはわからないけど、とっても喜ばしい出来事に巡り合えるのは間違いないわ。私も、よくお友達とこれで遊ぶのよ。ちゃんと約束を守れば、その日はおいしいご飯が食べられたり、ぐっすり眠れたり、必ず良いことが起きる。でも、簡単な約束じゃだめなの。お互いにとって本当に意味のある約束じゃないと、種は芽を出さないわ。悟との約束は、ちゃんと意味のあるものだから大丈夫。悟がお姉様を連れて来てくれれば、必ず幸せが訪れるわ」

 


 ――幸せなんて。

 


 俺は心の中で呟いた。

 


 ――陽子とまた会えるのなら、他の幸せなんて別にいらないや。

 


 残された時間は、あとわずかだった。


 ◆


 レンタカーを借り、関越道に乗って長野を目指す。


 助手席に乗る月子は何も知らない。1泊2日の旅行に胸を弾ませ、流れる景色を眺めてはしゃいでいる。


 ノースリーブのシャツにショートパンツ。露出の多い季節感溢れる月子のファッションも、今の俺の目には映えなかった。


 いつもなら胸を躍らせて眺めるところだけど、気分が乗らない。恋人であるはずの彼女が、得体の知れない生き物のようにさえ感じられた。


 外へ出て行ってしまったという陽子の姉が月子だということは、俺の中でもはや確信に変わっていた。


 陽子にもらった種が教えてくれた。あのときもらった種が、残っていた。俺が本当に陽子と会って、あの場所に行ったことの何よりの証拠だ。


 信じられなかった。こんなことを信じている自分が信じられなかった。


 紛れもなく東京の家庭で育った人物がどうして、夢の中の存在でしかない人物の姉妹だなんてことになるのか。


 俺の恋人の月子がどうして、見つけられるはずもなかった陽子の姉であるのか。


 何度もおかしな念を頭から振り払おうとした。


 しかし、その度に夢の中の少女の顔が脳内に色濃く映し出される。


 先日の夜、箱を開けたときに見た恐ろしい光が視界を過る。


 何か明確なメッセージがあるわけではない。


 ただ、それらの残像から俺は陽子の悲痛な叫びが聞き取れるようだった。


 愛する姉を失った悲しみの叫び。


 愛する人に会いたい切なさの叫び。


 信ずる人に裏切られる、苦痛の叫び。


 そのことを思うと、俺は居ても立ってもいられなかった。


 月子を元いた場所へ帰さなければならない。陽子との約束を果たさなければならない。


 後のことはそのとき考えればいい。


 月子がもし本当に陽子の姉だったとしたら、東京の住宅街に住む月子の家族はどうなるのか?


 学校は? 友達は? そもそも、陽子は何者? あの場所は何?



 ――俺との関係は?



 全ては俺の記憶が夢なのか夢じゃなかったのか、真相がわかってからの話だ。


 サービスエリアで休憩を取り、上信越道に乗り換える。


 空は絶好のドライブ日和と言わんばかりに晴れているけど、俺の気分はどんよりと曇り、霧の中にいるかのように世界が霞んで見える。


 そんな俺の様子を見兼ねたようにして、月子は不満そうに言った。


 「ねえ、どうしたの? 気分でも悪いの?」


 「大丈夫だよ」


 俺は特に何も考えずに答えた。


 「大丈夫そうに見えないけど。すごいむすっとしてるように見えるけど、もしかして怒ってる? 私何か悪いことした?」


 「怒ってなんかないよ。大丈夫だって。心配しないで」


 「それなら、もっと喋ってよ。話してくれないと楽しくないよ」


 「……」


 気まずい空気だった。


 俺は無心で運転を続ける。

 

 1時間ほど走り続け、碓氷軽井沢ICが見えてきた。

 

 カーナビからは出口を降りるように指示が来る。目的地は軽井沢駅に設定してあった。プレミアムアウトレットで昼食を取り、買い物を楽しむというのが当初の予定だった。

 

 でも、俺はICをそのまま通り越した。

 

 「あれ、ここで降りるんじゃないの? 出口過ぎちゃったよ?」

 

 すかさず月子から指摘が来る。

 

 「ちょっとさ、他に行きたいところがあって」

 

 「何それ。まずアウトレット行くんじゃなかったの?」

 

 「そうだけど、月子をどうしても連れて行きたい場所があるんだ。そう……ほら、サプライズにしたかったから、内緒にしてたんだ。後にしようと思ってたんだけど、気が変わって、早く行きたくなっちゃって。あんまり時間かからないからさ……」

 

 理由を無理にこじつけて、予定を変更した。

 

 月子は最初こそ納得がいかない様子だったけど、サプライズでとっておきの場所に連れて行くという提言が気に入ったらしい。

 

 徐々に上機嫌になっていくのが隣にいてわかった。

 

 「そういうことなら、最初から言っておいてくれればいいのに。どこ行くの? どんな場所? 悟のサプライズかあ。楽しみだなあ」

 

 あながち嘘ではない。

 

 月子の質問攻めをてきとうにかわしながら、再び走り続けること約30分。

 

 佐久ICで高速を降りる。

 

 コンビニで一旦休憩し、俺はカーナビを設定し直した。

 

 目的地点は、ここから更に西の方へ10キロほどの山の中。

 

 地図上には道以外ほとんど何も載っていないような場所のど真ん中だ。

 

 それを見た月子は当然疑わしそうな顔をする。

 

 「これ、どこ? こんなとこに何かあるの?」

 

 俺は至って平静に答えた。

 

 「長野に俺のじいちゃんの別荘があるって話したじゃん? それがこの辺にあるんだ。それで、その近くにとっておきの場所があるんだ。もうここからならすぐに着くよ。どんな場所かは、着いてからのお楽しみ」

 

 月子は口を尖らせていたようだけど、もともと珍しいくらいに純粋で、特に俺の言うことは疑うことをしない人だ。

 

 このときも渋々ながらもどこか期待も抱いているような様子で黙ってついてきた。

 

 念のためにナビは設定したけど、この辺りは何度も親の運転で来たことがある。

 

 免許を取って、初めて自分の運転で来るわけだけど、大体道は覚えていた。

 

 最後に来たのは高校2年生のときだ。それまでは毎年来ていたけど、3年生のときは受験で忙しくて来れず、大学に入ってからも何だかんだ家族の予定が合わなくて一度も来ていない。

 

 だから、実に4年ぶりとなる来訪だ。

 

 あまり変わらない街並みにも、どこか懐かしさを感じる。この道を自分で運転しているという、新鮮さもあった。

 

 「すごい田舎だね。こういうとこで暮らしてる人たちって、何してるのかなあ。畑仕事ばっかりなのかな。コンビニもあんまりないし、大変そう」

 

 月子が車窓の景色に見入ってくれているのが幸いだった。いつ怪しまれるかと気にしないで運転ができる。

 

 月子――少なくとも、俺の知っている月子――は根っからの都会っ子だから、田舎の景色は彼女の目に珍しく映るらしい。

 

 その俺の知っている月子が、俺の知らない月子になってしまうのかと思うと、何やら胸騒ぎのような、背筋がぞくぞくとするような、妙な不安感に襲われた。

 

 もうすぐ入る山の中で出会った陽子との約束は、彼女の姉を見つけて連れて帰ることだ。

 


 ――でも、どこへ?

 


 約束を果たすと決めてから、ずっと心に浮かんではいたけど気にしていなかった疑問だ。

 

 陽子の家は、最初に行ったきり、二度と行くことはできなかった。

 

 陽子と別れた直後にも、その後別荘を訪れたときにも何度か、山の中を探し回った。

 

 あんなに大きな屋敷なんだから、見つからないわけがない。

 

 それなのに、見つからなかった。家族に聞いてみても、近所の別荘にいた人たちに聞いても、そんな屋敷は知らないという。

 

 屋敷はおろか、陽子に連れて行かれて最初に見た鳥居の道に、大きな神社も、そんな大きな広場も見つからなかった。

 

 それに、そもそも俺は、陽子に連れられて辿った道のりを覚えていない。

 

 長い距離を走ったような気もするけど、あっという間だった気もする。山を登ったような、下ったような気もする。どの方角に向かっていたか、まるで思い出せない。

 

 だから、そのうち探すのは諦めて、あれは夢だったのだと思うことにした。

 

 そうしたら自然と夢の記憶は薄れていき、やがて最近になるまで思い出さないくらいに忘れかけていたんだ。

 


 ――そんな場所へ、どうやって行ったらいい?

 


 正直なところ俺は、月子が陽子の姉だということにはほぼ確信を抱きながらも、未だにそうではないでほしいという願いも抱いていた。

 

 何かの間違えであってほしい。陽子なんて夢の中の存在で、大きな神社なんて妄想の産物で、探しても何もなかったということになってほしい。

 

 月子ともっと一緒にいたい。

 

 月子が陽子の姉だということは、月子も陽子と一緒で、本当は外に出てはならない存在だということだ。

 

 つまり、帰してしまったら、もう二度と会えない。

 

 俺は中に留まることができないのだから。

 

 その念と相反するもうひとつの念がある。

 

 そして、その念は、目的地へ近づけば近づくほど、何かに助長されるかのように大きくなっていく。

 

 

 ――陽子に会いたい。

 


 あの微笑みをもう一度見たい。あの優しさにもう一度包まれたい。

 

 

 ――あの家にもう一度行きたい。

 

 

 やがて車は山中へ差し掛かった。

 

 麓の辺りには民家がちらほらと見られたが、標高が上がるにつれて道は木々に挟まれていき、その緑はどんどん深くなっていく。

 

 くねくねとひたすら山道を進み、やがて平坦になったかと思うと、途端に視界が開ける。

 

 畑や果樹園がそこら中にあるせいだ。その間の細道を進み、また山道に戻る。

 

 この辺りからは別荘地になっていて、道も比較的広くなる。あと10分も走れば、祖父の別荘にたどり着く。

 

 と、そのときだった。

 

 「そこ、曲がって」

 

 山の中に入ってから口数を減らしていた月子が唐突に言った。

 

 妙に真剣で、切羽詰ったような口調だったから、俺は急に何を言い出すのかと訝しんだ。

 

 「え? 何で? 別荘はまっすぐなんだけど……」

 

 「いいから」

 

 有無を言わせぬ口調だった。

 

 月子はダッシュボードに身を乗り出し、辺りの景色を食い入るように見回している。

 

 様子がおかしかった。

 

 まるで信じられないものでも見ているかのような形相だ。


 何かを血眼になって探している獣のように、異様にきょろきょろと首を動かしている。

 

 俺は嫌な予感がしながらも、月子に従った。

 

 この辺りは別荘地の中を走る道が迷路のように入り組んでいる。

 

 月子はあっちこっちと何度も指示をしてきた。

 

 俺は黙ってその通りに運転する。

 

 同じところをぐるぐると回っているような気がした。

 

 山の中の探検は何度もしたけど、車で走るとなるとわけが違う。カーナビの進路再探索も追いつかず、どこだかわからない道を延々と走り続ける。

 

 やがて、ふと俺は異変に気が付いた。

 

 現在地をなるべく掴もうとちろちろとナビの地図を見ながら運転していたのだが、その地図から、一切の道が消えたのだ。

 

 残ったのは、自車の位置を知らせる矢印のマークだけ。地図を広域化しようとしても、反応しない。

 

 「何か変だぞ。どこへ行こうとしてるんだよ」

 

 呼びかけても、月子は聞こえていないかのように応じない。

 

 だんだん不安になってきた。

 

 別荘地を抜けてしまったようで、もはや見えるのは道路を囲む深い木々だけ。

 

 その道路も長年ほったらかしにされているようでかなり傷んでいる。幅もすれ違いが難しいほどに狭く、枝葉の屋根のせいで薄暗く視界も悪い。

 

 道は不自然なほどにまっすぐだった。合わせ鏡を見ているかのように同じ景色がずっと続いている。

 

 似たような話を聞いたことがある。

 

 山の中をドライブしていたら、同乗者が突然変な方向に行くように言い出し、それに従っていたら危うく崖から落ちそうになったなどという話だ。

 

 その話の最後は確か――。

 

 「月子。おい、月子。どこに行こうとしてるんだよ。答えろよ!」

 

 本気で恐ろしく感じ始めた俺は、救いを求めて月子の肩を揺すり、呼びかけた。

 

 しかし、反応がない。

 

 冷や汗が出、動悸がし始める。

 

 月子は何かに目を奪われているかのように、ただひたすら前を凝視していた。

 

 その姿はさながら、何かに取り憑かれているかのよう。

 

 車を停めようかとも思った。停めて引き返したかった。

 

 元の道に戻りたい。山から出たい。

 

 でも、道の幅からしてUターンはできない。それに、何故か止まってはいけないような気がした。

 

 止まったら取り返しのつかないことになりそうだった。形容し難い不穏な空気が車内に充満していた。

 

 ふと、月子は言った。

 

 「止まって」

 

 最初は反応できなかった。止まってという言葉の意味は理解できても、発言の意図が理解できなかった。

 

 しかし、すぐにその言葉通りにしなければならないこととなる。

 

 道がそこで終わっていたからだ。

 

 舗装路はそこで途切れ、そこから先は何事もなかったかのように森になっている。

 

 「何だこれ?」

 

 俺は思わず声を上げてしまった。

 

 どう考えてもおかしい。

 

 山のど真ん中で忽然と途切れる一本道なんてあるわけがない。

 

 何にしても長すぎる。こんなにまっすぐ続いてきていきなり終わってしまうなんてあまりにも不自然だ。

 

 インクの切れかけたマジックペンで森の中に直線を引いただけのような道。

 

 道沿いにも、道の先にも何もない。地図にも載っていない。

 

 

 ――どういうことなんだ?

 


 俺が不可解に思っているのを尻目に、月子は黙って車を降りていく。

 

 「おい、待てよ!」

 

 慌てて追いかけた。車のドアが勢いよく閉まる音が静謐な森の中に響く。

 

 月子はぽけっと虚ろな目をして、木々の間をとぼとぼと歩いて行く。

 

 どんな呼びかけにも応じなかった。無理矢理止めようとしても、止められない。

 

 腕を掴んでも、両肩を掴んでも、何故か月子を止めることが出来ない。

 

 掴めなかった。ぬるぬるしたウナギを掴もうとしている感覚だった。掴もうとしても、何故かごく自然な風にするりと月子は抜けてしまう。

 

 そんなに長い距離を進んだ覚えはない。でも、ふと振り返ると、車も道路も見えなくなっていた。

 

 深緑の森の中。違和感は他にもあった。

 

 生き物の気配がしない。

 

 風の音は聞こえる。木々がそよいでいるのはわかるけど、動物が動く音はおろか、鳥の鳴き声も、セミの鳴き声すらも聞こえない。

 

 夏だというのに、山の冷気が異様に冷たく感じられる。湿度が高いようで、辺りが微かに霞んでいるようにも見える。

 

 どうしても月子を止めることが出来ないので、黙ってついて行くことにした。

 

 この感じには覚えがある。今この空気を吸って、俺は記憶の断片をありありと思い出すことができた。

 

 あのときと同じだった。

 

 陽子と出会い、神社まで連れて行かれた道のり。

 

 足場の悪い斜面を颯爽とかけていく着物の女の子。不審に思いながらも、必死について行ったあのとき。

 

 そう、あのときもそうだった。

 

 ついて行った先には、鳥居の道があった。

 

 木々の落ち着いた緑とは対照的に、目に鮮やかな朱色。

 

 トンネルを抜けると、そこは見渡す限りの原っぱ。やわらかい黄緑色の湖。

 

 奥にそびえるのは、大きな大きな神社の建物。

 

 夢を見ているのかと思った。

 

 夢の映像の中に飛び込んだのだと思った。

 

 それくらい、何もかも一緒だった。

 

 あのとき見た光景そのままだった。

 

 戻ってきたんだ、と俺は思った。

 

 約束通り、月子をここへ連れて来た。だから、俺ももう一度、ここに来ることができたんだ。

 

 感銘を受けたのも束の間、俺は月子がいなくなっていることに気が付く。

 

 

 ――どこに行った?

 

 

 鳥居のトンネルを潜るまではすぐ前にいたはずだ。

 

 ちょっと遅れて抜けたと思ったら、忽然と姿が見えなくなってしまった。

 

 代わりに目に入ったものがある。

 

 1匹の動物だった。

 

 見た目は狐のようで、金色とも言える綺麗な黄色の毛をしている。

 

 中型犬ほどの大きさのそれが、小走りで尾を揺らしながら神社の方へ向かっていく。

 

 その様子を見ているうちに、俺は神社の正面の扉が開いていることに気が付いた。

 

 元々開いていたのか、それとも今しがた開いたのかはわからない。

 

 中から、同じような狐がもう1匹出てきた。

 

 走っていた方の1匹がその傍までたどり着くと、2匹はそこで身を寄せ合った。

 

 親子なのだろうか。身を絡め合うようにしてはしゃいでいるその様子は、再会を喜んでいるかのようにも見える。

 

 やがて2匹は身を離し、まっすぐに立った。

 

 そして、こちらを振り向いた。

 

 その瞬間。

 

 

 ――!!

 

 

 俺は頭に稲妻が走ったかのような衝撃を覚えた。



 ――まさか、そんな。



 2匹の狐はこちらへ向かってお辞儀をするかのように頭を軽く下げる。


 無意識のうちに、俺は全力で走り出していた。



 ――待て。待ってくれ!


 2匹は踵を返し、扉の中へゆっくりと進み始める。



 ――そんな。行くな!



 中へ入る直前に、1匹がこちらを振り返る。


 微笑んでいるかのようなその顔に、俺は陽子の笑顔を見た。



 ――待って。



 もう1匹も振り返る。



 ――俺も。



 月子だった。



 ――俺もそっちへ。



 2匹の姿が中へ消える。



 ――連れてって。



 扉は閉まった。


 その瞬間、世界が一瞬で消えてしまったかのように目の前が真っ暗になった。


 ◆


 俺は山の中にいた。


 後ろにいるはずの陽子はいない。あるはずの屋敷はない。神社もなければ、鳥居もない。


 随分と見覚えのある景色だった。懐かしいとさえ思える。


 ここがどこかはすぐに思い出した。別荘のある山の中だ。探検して入ってきた場所。別荘地からも道路からも外れた場所だから、普通人が立ち入りすることはまずないだろう。


 初めて陽子と出会った場所だ。



 ――その陽子は、今どこに?



 屋敷を出たはずだった。


 最初に陽子の家に上がったときと同じ、朱色の襖を潜ったはずだった。


 神社の前に出ると思った。灯篭の並ぶ道があり、鳥居のトンネルを潜るところまで陽子が見送ってくれるのかと思った。


 でも、彼女はどこにもいない。屋敷も神社もない。鳥やセミの鳴き声、暑い夏の空気が妙に五感に心地よかった。


 夜に出てきたはずなのに、辺りが明るい。部屋の中で夜中に電気をつけたときのように日差しが眩しい。太陽の高さからして、まだ2時、3時と言った時刻のようだった。

 


 ――どうして、こんなところにいるの?



 それから日が暮れるまで、俺はあの神社を探し回った。

 

 来た方向を見失いようにしながら、あちこちを駆け回った。

 

 しかし、そんな苦労も甲斐なく、神社はおろか、鳥居のトンネルも、陽子の家の屋敷も見つかることはなかった。

 

 それどころか、陽子に連れられて通った道すら思い出せなかった。

 

 連れられて走ったことは覚えている。山の斜面をぜいぜい言いながら登ったことも覚えている。

 

 それなのに、どの道を通ったのか、どの方向へ向かったのか、全く思い出せなかった。

 

 必死に記憶を辿ろうとしながら、俺はふとあることに気が付く。 

 


 ――夢だったのかなあ?

 


 陽子と会った。神社に入った。屋敷で遊んだ。長い時間を過ごした。

 

 間違いないはず。その記憶は確かにある。

 

 でも、それらは全部跡形もなく消えてしまった。朱色の神社はない。広大な屋敷はない。陽子なる人物もいない。

 

 全部本当に見たように思うけど、よくよく考えてみるとおかしなことも多い。覚えている光景はどれも靄がかかっているようだ。どこか幻想じみていて、現実味がない。

 

 長い夢を見ていたような気分だった。本当に夢だったのかもしれない。

 


 ――でも。

 


 夢にしてはいやに濃い内容だった。かなり多くを覚えている。

 


 ――夢じゃなかったとしたら?

 

 

 本当の出来事だったようにも思える。陽子はとても可愛い女の子だった。屋敷も立派だった。楽しかった。

 

 でも、快い記憶なだけに、夢中の出来事だったようにも思える。あんな魅力的な人、あんな快適な場所が本当に存在するだろうか?

 


 ――どっちなんだろ?

 


 時間が経てば経つほどに、夢のような気がした。記憶が遠ざかっていくようだった。思い出そうとしても、はっきりと思い出せなくなっていった。

 

 答えを見つけることが出来ない俺は、とりあえず狐につままれたような気分で別荘へ戻ることにする。

 

 辺りはすっかり暗くなり、夜の山道に煌めく明かりを見たときには、変な夢を見た後の気分になっていた。

 

 悪夢というわけではない。とは言っても幸せな夢とも言えず、ただ色濃いだけの、よくわからない夢だ。

 

 両親には遅くなったことで少し怒られた。

 

 日付は変わっていなかった。8月15日。探検に出かけた日と同じ日だ。

 


 ――やっぱり、夢だったんだ。

 


 夜、寝る前にはそう結論付けた。

 

 完全に納得しきれていないような気はしたけど、疲れていたから特に気にすることはなかった。すぐに安眠へと落ちる。

 

 それから何度か、他の年にも本当にあの神社や屋敷がないか探したけど、見つかることはなかった。

 

 着物の女の子と会うこともなかった。


 そして、時が経つにつれて、やがて夢の記憶は頭からすっかり抜けていくのだった。


 ◆


 月子の家を訪れる。


 ピンポーン、ピンポーン……。


 呼び鈴を押しても反応がない。


 マンションの管理人のおばさんに聞いてみると、


 「ああ、405の人ね。うちでも困ってるんだよねえ。急に連絡取れなくなっちゃって。たまたま隣の部屋の人が訪ねたときにいなかったみたいで、何日経っても戻ってこないからってここに連絡が来たってわけ。あそこの家族と仲良かった人たちが何回連絡しても出ない。うちから連絡しても出ない。マスターキーで中を確認しようにも、もし何でもなかったりしたら大変だからねえ。でも、もし何か事件に巻き込まれたとかだったら、それはそれで大変だし。どうするかはまだ検討中のところだよ。まあ、もう1週間経っても連絡が取れなかったら、万が一のことも考えないといけないかもなあ」


 月子がいなくなってから2週間。


 月子本人だけでなく、家族もいなくなってしまったようだった。


 大学に確認しても、連絡が取れないとのこと。


 月子も彼女の家族も、消えてしまった。


 元からそこには何もなかったかのように、跡形もなく消えてしまった。


 俺は夢を見ていたようだった。


 限りなく幸せな夢。もう現実に戻りたくないと思わせるような心地よい夢。


 夢は覚めた。


 恋の幻影は去った。渦のように流れ落ち、足元のふわふわとしたの基盤を崩壊させる。


 「はーあ」


 ベッドに寝転び、黙々と天井を眺めること半日。


 何もやる気が起きない。


 動く気もしない。


 俺は今まで何をしていたのだろう。


 とても気分が良かった気がする。胸の内がとろとろととろけ落ちてしまうような、とても甘い気分だった気がする。


 どうしてそんな気分になったのだろう。そんなことは今までに一度もなかったのに。


 月子がもう戻ってこないという証拠があるわけではない。


 それでも、この先会うことはもう二度とないのだと、俺にはわかった。


 月子は自分の家に帰ったんだ。姉思いの可愛い妹のいる、本当の自分の家へ。


 俺は陽子との約束を守った。月子を見つけて、連れて帰った。


 いや、俺が見つけたのではないのかもしれない。


 月子と出会ったのは、大学のクラス授業でのことだった。


 たまたま俺の隣に座ってきた彼女と、自然と仲良くなったのが始まりだった。


 偶然にしてはできすぎだ。月子が本当に、何か故郷の面影のようなものを感じて俺に近づいてきたのかもしれない。



 ――ある意味、運命ってやつだったのかも。



 神様は本当にいるのかもしれない。


 ふと携帯が鳴る。


 覗いてみると、表示されていたのは1件のメッセージ。


 この前知り合った女の子からだった。


 苦々しい記憶が思い出される。


 長野からの帰り道。


 サービスエリアから出発しようとしていたら、隣に停めようとした車のリヤバンパーが俺の借りていたレンタカーのフロントバンパーに接触。


 運転していたのがその女の子だった。


 平謝りされて、弁償すると言い張られたけど、俺はレンタカー会社の補償プランのおかげで特に金銭負担がなかったから、何とかなだめて一件落着。


 もういいと何度も言ったはずなのに、改めて謝罪がしたく、食事でもどうかということだった。


 何かあったときのためにと連絡先だけ交換してきたが、こういうためだったのか。


 俺と同年代で、女子同士での旅行の途中だったようだ。


 そのときは気が滅入っていて特に気にしなかったけど、思い返してみれば、一般的にかなり高評価は得られそうな容姿の子だった。


 黒髪ロングで目鼻立ちも良く、細身でスタイルもいい。


 ふたりきりの食事だ。行って損はないかも。


 すぐに了承の返事を送った。


 彼女は埼玉住みだというから、会うのにそこまで苦労はいらない。


 話はとんとん拍子で進み、夏休み最後の日曜日に新宿で会うことが決まった。


 ◆


 祖父の別荘の前にいた。


 動かした覚えは無いのに、車は隣に停まっている。


 太陽は空高く、木々を通して夏の日差しが燦燦と降り注ぐ。


 動植物の活気が山全体を包み込んでいるように空気は生き生きとおいしかった。


 俺は呆然と立ち尽くしていた。


 いつからそこにいたのかわからない。


 しばらく頭がぼーっとしていて、目の焦点が合わなかった。


 ふと手に何か持っていることに気が付き、見てみる。


 種だった。


 陽子にもらった、不思議な黒い種。


 幸せを呼んでくれるというその種から、立派な白い花が生えていた。


 花びらのシャンデリアのような、豪華な花。


 茎が枝分かれした先には、大きな四つ葉のハート型クローバーが元気よく背伸びしている。


 風に揺られて、満足そうに笑っていた。


 俺はそれを別荘の庭に植えた。


 ところが、植えると同時にそれは動きを止め、ゆっくりと萎れていってしまった。


 倒れながら土色に変色し、息絶えた動物のように枯れ果て、地面と同化し、やがて消え失せる。


 俺は安堵のため息をついた。心なしか身が軽くなったようで、スッキリした気分だった。


 約束の種が花を咲かせた。たった今、約束が果たされた。


 この山に生きとし生けるものが喜び舞い、木々と花々は笑いさざめいているようだった。


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