身分登録と魔法訓練
見ず知らずの俺を、それも異世界からやって来たとわかっているにも関わらず弟子にしようなんて… この女ひょっとするとヤバいやつなんじゃないのか?
「俺からしたら願ってもないことだが、そう都合よく進むわけでもないんだろ?」
「もちろんです。まぁ悪いようにはしませんから。」
全く否定されなかったことに驚きすぎて突っ込む気にもなれないが、とりあえず何かされることはわかった。兵士でさえ そんなはっきり言うのは… とたしなめている。こちらの方がよっぽどまともだ。
「具体的には何をすればいいんだろうか?」
研究されるのはあまり気が進まなかったが、いずれにせよ俺が元の世界に帰る方法なんぞ見当もつかないし帰ろうなんて気もさらさらない。ならばいっそこいつに協力して魔法使いになった方が楽しいかもしれない。
「あなたの頭を覗いた時、こちらではありえないほど膨大な量の知識が私に流れ込んできました。知識階層でさえ持つことの敵わない量です。それを少しばかり伝えてほしいんですよ。」
知識…?何のことを言ってるんだ?俺は一応進学校に通ってはいたが特段優れているわけでもないし、ましてや魔法のある世界の知識階層よりも深い知識なんか持ってるわけない。
「ちょっと待ってくれ。俺は別に優れてるわけじゃないし、お前が求めるような知識なんて持ってないぞ?」
「じゃあ一つ質問したさせてもらいます。あなたの世界に《科学》は存在しますね?」
「そりゃあもちろんあるけど…」
「それが何よりの証拠なのです。私達の世界… この《イグノリア》には科学が存在しません。別の世界線にそのようなものがある、という神のお告げが記録に残っている程度です。」
まったく話が見えてこないがとりあえず元居た世界とこの世界、2つの間にはだいぶ違う点があるらしい。
「じゃあつまり俺は科学の知識を、お前は魔法の知識をそれぞれ渡すって認識でいいのか?」
「それでかまいませんよ。まぁ私が与えられる魔法の知識にも限りがありますけど。」
「それはこっちも同じだ。俺は文系だから理系はちょっとな…」
「あなたさっき自分のこと小説家って言いましたよね?という事は語彙力も優れているのでしょうか?」
「自慢できるほどじゃないがな。普通の人よりはあると思うぞ。なんでそんなこと聞くんだ?」
「魔法とは使用者の知識ないしは語彙力にその威力が依存するのです。この国で最強の術師は最下級の魔法で一個中隊を消し飛ばしたという伝説が残っていますね。」
なるほど。語彙力が魔法の威力に依存するなんておもしろいな。
「よしわかった。お前の申し出を受けて弟子入りすることにするわ。」
「ではとりあえず身分証でも作りに行きましょうか。これを持ってないことがバレたら、侵入者を排除しようと警備兵がすっ飛んで来ますからね。」
ちょっと待ってください と声があがる。さっきまで俺を拘束していた兵士だ。
「密偵の容疑が晴れたことに疑いはありませんがこのような素性もわからない男をあなたの弟子にするのは… ただでさえ黄の国の動向が怪しいというのに…」
「その辺は私の部下に任せておくので安心してください。さすがに国が潰れそうになっても動かないほど薄情じゃないですし、防衛戦では頑張りますよ。」
「以前皇帝陛下の勅命を無視して採集に出掛けたのをお忘れですか。」
「あら、そんな昔のこと忘れちゃいましたね。」
この国は皇帝が治めてるのね。で、パメラはそこそこの権力者と見た!
「パメラはどのくらいの立場なんだ?」
「その辺は追々話してあげますよ。今はあなたの当面の生活の確保が先です。」
話を一方的に打ち切って先に部屋の外へ出ていきやがった。兵士達の方をチラッと見てみるが(好きにしろ)といった感じだ。そんじゃまぁ追いかけますか。
あれ?俺こんなところ通って来たかな?いやいやいや、絶対こんなお役所的なところ来たことないぞ!
「おーい。こっちですよー。」
遠くからパメラの声が聞こえてくる。そっちの方を見るとカウンターの前の椅子に腰掛けている。
「ほら、早くここに座ってください。いろいろ書いてほしいことがあるんですよ。」
「へいへい… 今行きますよ…」
パメラの横に座り、事務員に提示された用紙を見たが何語で書かれているのかまったくわからん。
「おい、これなんて読むんだよ。」
「あぁ、こっちの文字は読めないんですね。童話のようなご都合主義は無いんですね。」
こっちの世界にもその手の本があるのね… まぁ嫌いじゃないけどあんまり読んだことはないな。
「なんで言葉は通じるのかわからんがとりあえず口で伝えあって必要なこと書いてくれよ。」
「ええ、いいですよ。まず名前は… 何でしたっけ?」
「お前なぁ… 綿石 隼人だ。」
その後年齢などを聞かれたが出身や身分などどうしようもないところは適当に偽ってもらった。
「はい、登録はこれで終わりです。左手をゆっくり出してください。」
言われたとおりに左手を出すとその上にさっき書いた用紙と事務員が差し出した印鑑のようなものが置かれた。
「バランスを取りながら横の穴に突っ込んでください。」
左の方に15cmほどの穴がある。それが口になるように顔も描かれている。まるでローマの(真実の口)だ。
「これ噛んだりしないよな?」
「いい年した大人が何言ってるんですか。あれこれ考えないで早く突っ込んでください。今日中に魔法の基礎まで教えておきたいんですから。」
こうなったら覚悟を決めるしかない。勢いよく突っ込むと穴から光が漏れてくる。光が消えた後抜いていいと言われたので恐る恐る手を抜くと用紙と印鑑が消えていた。かわりにタトゥーのようなものが刻印されている。
「それがこの国で過ごす上で必要になってくる身分証です。腕ごと持っていかれない限りなくすことはないと思いますが気をつけてくださいね。」
「それはつまり腕ごと持っていかれることもありうるってことかよ…」
「そんなことはどうでもいいのでさっさと魔法の練習しに行きましょうねー。」
どうでもよくねぇよと思いつつ再びパメラの後についてドアをくぐる。
まただ。こんなところ通った記憶はない。
「おい、さっきから気になってたんだが明らかにワープしてるよな?」
「ええ、各地の扉を結びつける魔法なんですよ。便利でしょう?」
もうなんでもありだな。それにしてもここはどこだ?大きな屋敷みたいだが。
「ここはどこなんだ?」
「ここは私の屋敷です。先に外に出ててください。私の用意が終わりしだい魔法の特訓に移ります。」
おおー!いよいよファンタジーっぽいじゃねえか!そんなことを考えつつ外の光が差し込んでいるドアを開けて外に出る。日も傾いてきて幻想的な光景の庭には綺麗にかられた植え込みに噴水、バラ園なんかもある。
10分ほど待っていると杖と本を両手に持ったパメラが現れた。
「じゃあまずはあなたの適正を調べますね。まぁ青色の魔力なんで多分水ですけど。」
そう言うとパメラは昼間のように俺の頭に手をかざした。今度はちょっと冷たい感じだ。
「あれ?おかしいな?」
「おいおい、頼むから不安になるようなこと言わないでくれよ…」
「いやーあなたの魔力は青なのに適正は火なんですよねー。微妙な色合いの違いで適正が変わるのはたまにあるんですけど、こんなにはっきり色と適正が違うのは見たことないですよ。」
青い火を使うのか… なかなかかっこいいな!
「火属性ってことは赤一色のこの国で受け入れてもらえそうじゃないか?」
「はい、この国では火属性の魔法使いが一番優遇されますからね。ちなみに私も火属性なんでちょうどいいです。まずはこれからやってみますか。」
パメラは右手を前に出し、目を閉じる。その手の周囲が陽炎のように歪んできて、ついに火が灯る。
「この大きさに調整するのって結構難しいんですよね。最初は全力の威力でも構いませんのでなんとなく手に火がつく様子をイメージしてみてください。」
そう言われて俺は同じように右手を出して目を閉じる。火がつくイメージ… ガスコンロみたいなもんか?
そんなことをイメージした途端、急に右手が暖かくなった。あー… なんかこれ気持ちいいな。ずっとこのままでもいいかも…
「手を上に向けてください!!早く!!」
いきなり怒鳴られてめちゃくちゃびっくりした俺はその勢いで手を上空に向けた。それとほぼ同時に右手から火球が飛び出す。その大きさは俺の手から飛び出たものとは思えないほど巨大だった。そして目を開けた時には気づかなかったがパメラはすでに100mほど退避している。
「あなた… いったい何者なんですか…」
パメラの怯えきった声が夕日の映える庭に響いた…