俺の姉貴のパトロンの一割はグロンギ族のようです。
桜の花弁が宙で踊り狂う姿を目で追いながら、通学路を俺、幼馴染二匹、その他の計四人で歩く。校門前で小さな学生グループが点々と、他愛もない下らない世間話を喋っている姿を見据えながら門を潜ると我が学び舎が見えてくる。大きな時計塔が目印の校舎は本校舎で、職員室やら調教室という名の指導室やら音楽室やら美術室やら教室やら……そんなイロモノ部屋でひしめき合っている。あと、何の特徴も面白味もない旧校舎と新校舎がある。
「あっ……夢様。おっおおおおはっおはようございますっ……!」
……あ、これ、俺のセリフじゃねえですよ。
夢様とか、毛穴から毛虱が湧き出そうで、歯が浮きそうな言葉、俺が言う訳ないじゃないですかー。校門を潜ると、俺たちの前に蜜に群がる蟻の様な勢いで女子生徒が続々と集まり、姉貴の前には女子生徒の行列ができていた。最初の女子生徒が頬を染め、しどろもどろになりながら姉貴に向かって挨拶を噛ますと続いて、「おはようございますう、お姉さまぁ」とか「愛してますっ、ねーねっ!」とか「君氏に給うことなかれ、真祖」とか「オンドゥルルラギッタンディスカー!」とか「ゴギ、ゴラエンキタネェマンズグワセソ」とか「見てぁあああ あぉたしのぉおおきたにゃいぃお゛ぉおォおんち●ちん見てぁあああ」とか……それぞれ女子生徒がの思いの丈を言葉を駆使して姉貴に向かって吐いていく。……何か変な宗教団体の集まりですか?もう言うまでもないが、こいつらは姉貴のパトロンもとい追っかけである。
「はい、おはようございます。今日も良いお日柄ですね」
当の姉貴は嫌な顔一つもせず、それどころか本当に憎たらしいくらいの満面の笑みを浮かべ、こんな感じの台詞で一人一人の女子生徒に真面目に挨拶を返すのである。うん、今までの姉貴のキャラ的に違和感が使用後のビニ本並みにバリッバリなのだが、もう俺は慣れました。姉貴は学校の門を境に『内』と『外』で『性格』を使い分ける。もうちょい分かりやすく言えば、『ケンくんっケンくんっケンくんっぶっちゅううううう(通学路状態A)』→『おはようございます、ケンくん(学校状態B)』……という感じなのだ、げ~ろげろげーッ。
「ユキちゃんもおはよっ、今日もかぁいいねえ~、お~よしよしよしよし」
「ん……」
姉貴だけではない。
この幼馴染を含めた四人で登校すると決まって、ユキも女子生徒に大の大人気である。姉貴の傍にいたユキは複数の女子生徒に頭を愛撫されて、可愛がられている。姉貴とはまた違った、マスコッティ的な人気である。きぃ~~うらやましぃ!俺も色々なところをなでなでされてぇ~何てさもしい思いは抱いていない……ような気がする。
「はえー、夢さんとユキって相も変わらず人気なのね」
姉貴とユキの人気度に改めて思うところがあるのか柚香は溜息を吐き、遠い目でその光景を見つめている。うーん、まあ俺ほどの嫉妬心は無いだろうが、柚香は人気者の二人を見て、ちょっと寂しいのだろうか。俺は柚香の傍に近付き、肩をポンと軽く叩く。
「うんうん、あいつら羨ましいよな。その気持ち、俺にも痛いほどわかるぞ、柚香」
「え、ちょ、ナニ、気持ち悪いから触らないで、生ゴミ」
ぱちこーん。
柚香は俺を一瞥した後、俺の手を方から払いのける。
…………あ、あるぇあるぇ~?
「……あんた、何を落ち込んでるのよ。あの様子じゃ、一緒に校舎に入れないし、どうせ夢さんとユキとは校舎で別れるんだし、さっさと教室に行くわよ」
柚香は数秒前の出来事を何事もなかったように俺に向かって続けて話す。
あんた数秒前、俺の事を廃棄物扱いしませんでしたっけ?……そう言いたいのをぐっと堪え、トボトボとサーカス小屋の客の前でちょっと失敗して反省して落ち込んでいるエテ公のような佇まいで柚香についていく……と?
「…………」
さっきまで教祖様の様に女子生徒に挨拶の返事を向こうの方でしていた姉貴が俺たちの目の前でニコニコと笑い、立っていた。……おい、こいつはエスパー魔●か?い、いったい何の用なんだよ……。
「ケンくん、ネクタイ、曲がってるよ?」
俺の首元のタイに優しく手を添え、平日の若奥様のテンプレ行動を実践する姉貴。……そこには何一つ下世話な普段の姉貴の様子は微塵も感じられず。唯々、等身大の乙女を体現したような姿をした一人の女子生徒が俺の目の前にいた。……まるで、悪魔に天使が乗り移ったような感じだな。騙されてはいけない、この優等生の面を被った目の前の女の本性は……下ネタ大好きブラコンちゃんだーよ!
「……うんうん、これで、良し。はい、治った」
「お、おうよ……さ、サンキュ」
途中でいきなり舌を絡めた悪魔のディープキッス攻撃が入るかと、内心冷や冷やもんで構えていた俺であるが、蓋を開けてみればこりゃまたびっくり。特に何もされず、タイを直してくれる姉貴の姿がそこにあった。……余計なお世話デスヨビッチ!バーカ!……などという、素直じゃない態度を取りたいけれど取れないやっぱり素直な俺は素直に姉貴に感謝の言葉を口にする。く、悔しい……でも、とってもうれしいョ?
「じゃあ、ケンくん、柚ちゃん、放課後はまた一緒に帰ろうね」
くっくるかっ……それでも最後まで俺は警戒しながら姉貴が再び信者の巣に帰るまで、ファイティングポーズの構えをとる……がホントに何もなかったでござるの巻。ついでに、信者の熱を帯びた視線もとい死線がきつかったでござるの巻。
「…………はあ」
俺の隣で一部始終を見ていた柚香はファイティングポーズの状態で固まっている俺を冷ややかな目線で見つめ、何とも言えない溜息を吐く。やめて、そんな瞳で俺を見つめないで?やめて、そんなちょっと意味深な溜息を吐くのやめて?オレ、ウサギチャン、サビシイト、シンジャウ、ヨォ?
「柚ねぇ~、健にぃ~」『お~よしよしよしよし』『きゃわわっ』
姉貴と入れ替わる様に、ユキがとてとてと俺達の元へやって来る。
……何か変なオプションもとい愚民が二匹ついているんですけど。ひっつき虫かこいつら。それはともかく、姉貴もユキも……何かと俺のところに来ないと蕁麻疹が出る体質でもお持ち何ですかね。あわわわっ……はい、アロエ。
「どうしたのよ、ユキ。もうすぐ、始業のチャイムが鳴るわよ。早く、教室に行きなさい」
「うん。でも、柚ねぇと健にぃに言い忘れたことがあったよ」
「な、何っ……! お、俺のハンサム★ガイな顔が眩しすぎて困っちゃうっ……ユキ、今すぐお嫁さんにイキタイデス!ってか……!?」
「……なにそれ。健にぃの偶によく分からない意味不明な悪ノリする、そういうとこ嫌い。あと全然、面白くもないし」
「妹を言葉で傷物にした者、死、ある、のみ! ファ●ク!!」
ユキには素敵な冷ややかな目線を、柚香サンには素敵な暴言と中指立てをプレゼントされちゃう僕ちゃん。……そんなに、マジで切れなくてもいいんじゃないですかね。俺、泣くぞ?生まれたてのうーぱーるーぱーみたいに情けない声で産声上げて泣いちゃうよ?うーぱーるーぱーがどんな産声上げるのかしらねぇけど。あと、うーぱーるーぱーって揚げると美味いらしいぞ。
「……で、ユキ。言い忘れたことって何?」
「……うん。行ってくるね、柚ねぇ、健にぃ」
相も変わらず無表情な顔で俺と柚香に向かって、そう言い残し校舎に入るユキ。
……わっかんねぇなあ。まあ、俺にはよくわからんが、儀式みたいなもんか。お赤飯を炊いちゃうぜこの野郎、みたいな?全然、違うか。
「……んふふっ」
柚香サァン!?柚香サァンが笑っているぅ!!柚香サァンが笑っているよぉ!!
と大げさに驚いてみるが、こいつも姉貴に負けじと劣らずのシスコン女である。但し、本人はその事を隠している(正確には隠そうとしている)。まあ、俺が見るにあかん奴(百合姉妹でアレなこと)までには行っていないから大丈夫だと思うが。まあ、柚香は同姓にも異性にもキッツイ性格をしているが、妹想いのお姉さんなのである。
「……なっ何、こっち見てんのよ! な、殴るわよっ!?」ぱちこーん
「うぷすっ、ゆ、柚香サァン! な、殴ってる! もう既に顔面にビンタ入っちゃってるよぉ柚香サァン!!」
さっすがっ!
俺達の柚香サァン!!口よりも手出しが早い柚香サァン!!
「ふーっはっはっは、今日も二人とも仲が良くて元気じゃなぁ~~」
馬鹿が現れた、俺たちの目の前に。
続きはCMの後で!!