幼馴染は俺のアへ顔ブロマイドを所望する。
出会いと別れの卯月。
麗らかで暖かな例年の気候とはうって変わって、今年の春先の朝方はまだ肌寒い。故に、布団という名の防寒防具から身を出したくないし、現在の時刻は…六時五十分。今日は世にも珍しく朝練は無いし、つまりは後五分おきに五回は二度寝、三度寝……と惰眠を貪ることができるというわけだなうんうん、と心の中で勝手に納得した俺は、再びを閉じt
「こらあ!! さっさと起きなさいよ、この親の脛かじり虫!!」
……せめて、俺の心の雄叫びを最後まで言わせてくれませんかね。
いきなり掛け布団が取り去られた瞬間、肌寒さが俺の脳を刺激し、否が応でもバッチリ目が覚めてしまう。最初に視界に現れたのは、制服の上から花柄エプロンを身に纏う一頭の幼馴染。名は小鳥遊柚香という。性別は雌。薄い茶髪で染め上げた髪をミディアムヘアーで仕上げている……と本人が『今流行りのふわ軽で女子力を上げてみました』みたいなドヤ顔で俺に語っていたが、美容室で髪型を矯正する前にお前のそのキッツイ性格を矯正しやがれこのメス豚ビッチビチ……何てことは死んでも本人には言えないです。
「……ううっ、寒っ……まだ、早いじゃねえか……肉体的に乱暴しないでもう少し寝かせてくれよ」
「何が肉体的に乱暴よ、人聞きが悪いわね。ほらっ、朝練が無いからって怠惰な生活を送ることはおばさんが許してもこの私は許さないわよ」
パンパンと、まるでサーカス小屋のエテ公を手懐けるみたいにベッドをフライパンで叩いて、起床を促す柚香。完全にペット扱いですよ。……ちなみに、この人様をペットみたいな扱いをする柚香とかいう調教師はお隣にお住いの小鳥遊さんちの幼馴染である。もう一頭、性格が正反対の幼馴染がいるが、それは後日紹介しよう。そして、同時に部活のジャーマネである。うちのばばあもといお袋は歳の癖に壊滅的に朝が弱いお方である。それ故か、頼んでもいないのに朝練が無い日はこうやって俺を肉体的にたたき起こしてくるとっても怖い女子なのである。……えっ、何で人様んちに入れるんだって?それはうちのばばあが柚香にスペアの家の鍵を渡しているからですよ。何だ、この家族。お袋も、姉貴も、俺も、親父(最下層)も……完全に柚香に手懐けられちゃってるよ、ペット、ペット家族だよ。
「なっ、何がオナペット家族よっっ!! ぶっぶぶぶ殺すわよっ!!」
「げげっ……エスパー!? ぐええ、な、何か変な属性が付加されたぞ!!」
声に出していないはずなのに、ベッドの上でチョークスリパーで俺をオトしにかかる柚香。ひ、ヒィィ……お、おたすけ~~!死にかけの麻呂のように必死に助けを求めている……と、いきなりひとりでに部屋の扉が開いた。
「ケンくん……柚ちゃんと大好物のプロレスごっこなんかしちゃって……いいなあ、楽しそう……」
羨ましそうな目で見つめる寝起き髪ボッサボサの姉貴がいた。
何が、大好物のプロレスごっこだよ!!鑑賞してないで助けろっ!!そう言葉を発したかったが、柚香に首をキメにかかれている為、声が出せないっ。へ、ヘルプ!ヘルプスミ~~!!
「……あ、夢さん、おはようございます」
姉貴の存在に気付いた柚香は俺を解放し、挨拶する。
はあはあ……い、イキそうだった……二重の意味で。
「うんうん、おはよ~~柚ちゃん。昨晩はケンくんでスッキリできた?」
「……なっ何言ってるんですか夢さんっ、お、おおおオカズニなんてしてませんよっ……お姉さんが渡してくれた健児の風呂上がりのブロマイドなんてっ……あ、あああああまり顔のふてぶてしさにムカついて、びりっビリに噛み千切ったくらいですからっ」
柚香は顔をちょうどいい塩梅の茹蛸のように紅潮させ、アタフタしながら捲し立てる様に言う。おい、今何か聞き捨てならない事を言われたような気がするんですけど。どうなってんだ、プライバシー。どうなってんだ、倫理観。どうなってんだ、この国。おーい、セ●ム呼んで来い、セコ●。
「そっかあ、お気に召さなかった? じゃあ、今度はケンくんのアへ顔写真でいい?」
「はいっっ、い た だ き ま す !」
「いただきます、じゃねえよ。本人がいる目の前で犯罪的な会話は謹んでもらえませんかね」
「何よ。あんたのアへ顔の一つや二つや三つや四つ……減るもんじゃないんだし。いいじゃないそれくらい」
「何、人畜無害な顔してトチ狂ったこと言ってんだ!! ふざけんなっ、減るだろうがっ俺のプライド的なナニかがっ! ていうか、年頃の女の子がアへ顔アへ顔言わないのっ、メッッ」
「あんたのチン毛みたいなプライド、肥溜めに捨ててしまいなさいよ」
「うっわっ、この女めちゃくちゃ口悪っ。ていうか、そもそもアへ顔なんてレア顔、どうやって撮影するんだよっ!! 変顔以上に難易度高いわっそんなもん」
「大丈夫よケンくん、ケンくんの日課の自家発電のラストビューティフルフェイスをこのカメラで収めてあげるう、てへぺろり」
「うっ、うわああああああ、やっやめろおおおおおお!!」
姉貴は悪いことしたペコちゃんみたいな顔して、俺に向かってそう仰る。
うおおおおおんっ、あ、悪魔だ……こいつらは、悪魔だっ!男の子のプライドを平気で踏みにいじるモノホンの悪魔だ!こ、今度から背後と部屋の変な隙間には気を付けようぜみんなっ。学校で俺のアへ顔トレーディングカードが流行るとか嫌過ぎる。『へへへっ、俺の健児のアへ顔レベル3だぜえ~』『うっわ、こっちは健児のアへ顔レベル2だぜ、負けたあ~~』……超絶に嫌過ぎるぅうううう!!
「……あ、朝から疲れた……大体、そんなゲテモンブロマイド、ナニに使うんだか」
「……っ、このエッチ!!」
ばちこーん。
俺が呟いていると柚香は顔をちょうどいい塩梅のカリ梅みたいな顔して、俺の頬を引っぱたく。はいー、とっても理不尽なビンタ、いただきましたー。
「それより、柚ちゃんが家に来るなんて珍しいね。どしたの」
「はあはあ……あ、ああ……えっと、今日は久しぶりに朝練が無いから、健児を起こして朝エサを作ってあげようかなって思ったんです」
姉貴と柚香はビンタで傷心中の俺をよそに、会話する。
朝エサって……完全に俺をペット扱いですよ、この子。完全にその辺で寝そべってる方に恵んでやる的なアレな扱いですよ、これ。しかしまあ、こんな乱暴で口の悪い幼馴染であるが、メシは犯罪的に美味い。メシ食わせてやるから、その場で全裸になんて逆立ちして尻尾振れとか言われたら絶対するね、俺。……うん、ゴメン、それはさすがに卑屈過ぎた。兎にも角にも、柚香のメシは意地の悪い姑が改心するくらい美味いということだ。
「そっかそっかあ、ありがとー柚ちゃん。うちのお母さん、朝も弱いし、メシマズだし、お父さんも何であんなメシマズ嫁をもらっちゃったんだろねー、あはは」
姉貴はまるで人ごとの様にそう囀る。
メシマズはてめえもだよ姉貴っ。ついでに朝弱いのもだっ!さらに性質が悪いのはシスコンという病も患っているとこだっ。将来はお前もお袋と同じ道を歩んでんだよっ。間違ったことを言ってはいないので口には出さないが、俺は姉貴をジッと睨み付ける。
「……やん、ケンくん、お姉ちゃんをねっとり視姦しないで……お姉ちゃん、変な気分になっちゃう」
姉貴は顔を両手で抑え、プリプリ身体を身もだえる。
……頭の中で何か変な蟲でも飼育してんのかなこいつ。こんな馬鹿を相手にしてると、俺まで気が狂いそうだ。無視するに限る、蟲だけに。
「……はあ、そうこうしてる内にもう七時よ。朝エサ喰らわせてあげるから、こっちに来なさいよ、健児」
「ぐあっ、ひ、引きずるな俺はお前の手癖のいいペットじゃねえぞ!!」
「あー、待ってよ。お姉ちゃんも、いくいく~」
柚香は髪をいじり、溜息をつきながら俺の首根っこを掴んで引きずっていく。
それに連れそう姉貴。ドナドナよろしく、俺は台所に連れてかれるのだった。