ラ、ランボーする気でしょ!?
部活が終わり、疲れた体を引きずるようにして帰宅する。
勉学、部活、たまのバイト、それら三重苦を終えた後の疲れた体に甘いもんは格別である。ぼーっとして心休まる時間、誰でも欲しいよね。部活?バイトが三重苦?だったら、辞めればいいじゃんとか思われるかもしれないが、人間適度に負荷を掛けなきゃ、ダメになるって言うだろ?
まあ、今はそんなことはどうでもいい。
そんな訳で、染みついた己の習慣に従い、今日も今日とて俺は帰宅すると台所に乗り込み、おやつが冷やしてある冷蔵庫に向かう。今日のおやつは極上エクレアです……。ああ、エクレア……お前を早く食べたい、今すぐ食べたい、即座に食べたいっ。そんな気持ちで冷蔵庫を見やると、左手に腰かけ、右手で紙パックの牛乳をゴクゴクと飲んでいる俺姉貴、松阪夢がいた。首に白のタオルでも掛けてやれば、忽ち、銭湯の風呂上りに出現するじじぃになっちゃうだろう。
「……あっ。ち、違うのケンくん。こ、ここここれは違うの。お姉ちゃん、違うの」
「何を焦っているんだよ。牛乳くらい誰だって飲むだろ。そのラッパ飲みはどうかと思うが」
「も、もっと性的にいやらしく飲みやがってください、っていうこと……?」
俺の存在に気付いた姉貴は上目遣いで、俺を誘うような眼で見つめる。
バカは嫌いだ、一生治らないから。俺は姉貴の戯言を聞き流して、冷蔵庫に近付く。一刻も早くこの体が甘いもの欲しているのだ。バカの話をまともに聞いていられない。
「……あっ、あっ、あっ。ま、待ってケンくん……れ、冷蔵庫にナニする気?」
「……お前は一体何を意味不明な事を言っているんだ? 冷蔵庫には何もしねえよ、冷蔵庫に用事があるのは確かだが。だからさっさとどいてくれ」
「だ、だめよ、れ、ら、ランボーする気でしょ」
姉貴は冷蔵庫の前で両手を広げ、鉄壁で構える兵士の様に死守する。
この方はマジ顔で一体何を仰っているのでしょう。それとも何か、俺が短気だかシバかれるとでも思っているのだろうか。まあ、それならば俺にも米粒程、責任がある。自重しよう。
「ランボーなんてしねえよ、姉貴が今すぐその冷蔵庫の前からのいてくれたらな。だから、早くどきやがってどけお姉様」
「だ、だめよ……そんなこと言って……冷蔵庫にランボーする気でしょ!?」
首降り人形の様に、首を振り、俺に向かって囀る姉貴。
……冷蔵庫に乱暴?俺が?冷蔵庫に?ランボー?俺が?れい…ぞう…こ…に…?うっ、うーん……頭が……。
「俺が冷蔵庫に乱暴? ははっ、いくら短気な俺でもストレス解消に冷蔵庫を蹴ったりしねえよ。だいたい固いし、ちょうどいい柔らかさ……そうだな、やるなら姉貴だよ」
「なんかお姉ちゃんケンくんに酷いこと言われてるような気がするけれど泣かないモンっ、ぐすっ……」
冗談の通じない感受性のお高いお姉さまは、涙目でそう呟く。
泣かないモンっ、じゃねえんだよ、即座に泣いてるじゃねえか。さっき、馬鹿は嫌いといったが、もう一つ嫌いなもんがある、それは女の涙だ。モノホン女の涙は大好物だが。いや、いやいやいや……それだと超絶語弊があるな……心からの涙はそれはいいんだ。ただ、うちの姉貴の場合は、結構、泣く回数が多い。つまりは武器として女の涙を使用しているのだ。あれだ、さばげーでスナイパーを駆使している奴。うざくて仕方ありません。
「はいはい……分かったよ。俺が悪かった。だから早くそこから立ち退いてくれませんかねお姉様」
「だからっ、だめよっ!! ケンくんはまだ素人童貞なのよっ!!」
ホンマに一回しばいたろかこのアマ。
「冷蔵庫から食いモン取り出すのに素人とかプロとか童貞とか一切合切関係ねえから。何にもカスってねえから。『冷蔵庫からおやつ取り出しのプロフェッショナル』とかそんなダサい称号聞いたことねえから」
「関係あるのっ。ケン太くんは絶対受け……げふんっごふんっ」
「えっ、ケン太……くん、ってなんスか姉貴。此処にはそんな人物いませんよ? あと……受けとか……何か、なんスか、その微妙にくっさい言葉。あれですか、お得意の腐女子的なナニか……スか?」
「……のよ」
「えっ、何、聞こえない。もう一回言って?」
「絶対、絶対……絶対、冷蔵庫は攻めで、ケン太君は受け一辺倒なのぉおおおおお」
姉貴はハスキーワンコに負けない声で、台所から飛び出し、どこかへ行ってしまった。
……あの女、絶対何か変なキノコ喰っただろ。まあ、姉貴の事はどうでもいい。さて、さっそくおやつタイムと参ろ……。
「ありませんやん、ヤダー」
俺のエクレアは姉貴に喰われていた……。




