『Q. 俺の愛天使はオナペットでした。先生、これはもしかして精神的な病気なのでせうか?』『A. 大丈夫、それなら先生がオナペットだよ』
午前十一時半、ハチ公前。
人の波が絶えない変わり過ぎ行く時の中、俺は一人、佇んでいる。
待ち人たる伊藤の姿はまだ見られない。ちょっと来るのが早すぎたかな、待ち合わせの時間になっても来なかったらどうしよう、ドタキャンされたらどうしよう。母親の帰りを今か今かと待っている幼子のような気持ちになる俺。そわそわ、ドキドキ……そ、そうだ。ふ、服装は大丈夫だろうか。俺は今一度、自分の姿恰好を見直すことにする。
ピンク色のカッターシャツに、青色のタイ、パンツは黒のチノパン。
最初は白のタキシード姿に薔薇の花束でも携えていたらいいかな、と張り切って凪咲さんとユキに確認したのだが何故か珍種の生き物を見るような瞳でドン引きされた為、凪咲さんの提案でこうなった。姉貴からは喪服姿に黄色の菊の装備を強要されたが、全力でスルーした。
「お待たせー」
姿恰好を確認していると、前方から甲高い声が聞こえてきた。
俺は口から心臓が飛び出しそうになる程の緊張感で、前方に全力で意識を向ける。そこにいたのは…………溢れんばかりの笑顔を向け、片手を上げる黒髪ロン毛の不潔戦士、一之瀬であった。
「セイッ」
全力笑顔の一之瀬に俺は全力正拳突きを彼奴の鳩尾に叩き込む。
すると、彼奴はヴッ、と豚のような汚い声を上げながらその場でお腹を押さえながらしゃがみ込んだ。
「うっ……う。な、ナニをするのぢゃ、プリケンよ……」
「何が、お待たせー、だよ。こちとらてめえ何か待ってねえんだよ!! 帰れ陰毛野郎!!」
「そ、そんなあ、松阪しゃんがとっても冷たい……あの頃の優しくて豆腐のように柔らかい松阪しゃんは何処に行ったのぢゃろか。二人で仲良くウイスキーボンボンを舌でコロコロと舐めあった友情は最早既に消えてしまったというのだろうか……」
「遠い目をして、意味不明なエピソードを交えながら気持ち悪いことを言ってんじゃねえ!! とっとこ、帰れハム●郎!!」
「いたっ、あいたっ……わ、分かったよう……松阪しゃんはきっついなあ」
「きっついのはお前の顔だ!!」
俺はげしげしと蹴りを入れ、黒づくめの男根なる汚戦士を追い返した。
はあはあ、何なんだよ、あの男は……くっそー、意味不明なタイミングで沸いて出やがって。俺の乙女で卑猥な気持ちを返せ馬鹿野郎。そして、背後にまた俺に近寄る陰気もといオーラを感じた。ぐっ、あのチン毛野郎、俺の純真な気持ちを弄びやがって……どぎつい脅しをかけて今度こそ追い返してやるっ。
「あの、もし……?」
「何だこの野郎、てめえのケツのアナリストにヤスデを突っ込んで直腸を孫の手で滅茶苦茶に引っ掻き回す…………よ?」
「ヒッ、ヒェ……! は、犯罪者……! う、うわぁーん」
「…………あ、あれえ? ま、待ちんなし、ちょっと……」
俺は指差し姿勢で硬直する。両手を上げ、走り去る人物の背中を見つめる。
今の俺の犯罪的な罵声で走り去ったのは……お、女の子?黒髪ツインテ?み、見たことない女子だが…………や、やべえ。お、俺、今、見ず知らずのそれも可愛い女子に指差して罵声を浴びせちゃったぞ。俺はその場で頭を抱え込んだ。
「わっ……早い。松阪くん、こんにちは……って、ど、どうしたの? 日光の見猿みたいな恰好でしゃがみ込んで……お、お病気?」
「あ、あぁ……ちょっと、軽く自己嫌悪に陥っているのだ…………って、うおわぁああ、い、伊藤!?」
いきなりの聞き覚えのある声で目覚め、飛び上がる俺。
そこにはいつも誰に対しても天使のような笑顔を向けてくれる伊藤の姿があった。
「あ、あはは……そんなびっくりしなくても。でもごめんね、ちょっと遅かったかな私?」
「い、いやっ……! そ、そんなことないぜ! 待ち合わせ時間より早く来てくれてるし! ていうか、伊藤との待ち合わせならその場で全裸で徹夜待機する勢いでも待ってるから俺っ! 凍死しても待ってるから俺! うん!!」
「うっ、うーん、そ、それは流石に申し訳ないを通り越して私が夜もおちおち寝られないかも。というか、全裸待機ってお巡りさんに捕まっちゃうよ」
苦笑しながら俺の戯言に真面目に付き合ってくれる愛天使伊藤。
そして俺は伊藤の恰好を視姦、もとい観察する。上は右胸にアルパカさんのあっぷりけをあしらった紺色のパーカーに、下はデニムスカートに黒のタイツ。うーむ、伊藤の神々しく白くて陶器のようなおみ足ならぬ生足を拝見できないのは少し悲しいのだが、俺の愛天使はナニを着ても可愛らしい。メスゴリラが赤いちゃんちゃんこを着ようとジーパンを着ようと喪服を着ようとメスゴリラにしかならない。そして、猥褻に服を着せたような姉貴が何を着ようともわいせつ物陳列罪で捕まってしまう。それと同じような事である。
「俺は貴方のアルパカになりたい……」
「えっ」
「あっ、いやっ、何でもないです、何でも、はい」
いかんいかん。
伊藤の恰好を眺めているうちについポロッとご飯粒がこぼれるように変な台詞が出てしまったぞ。き、気を付けよう。普段から下ネタの権化のような輩(主に姉貴とか姉貴とか姉貴とか)に絡まれているから俺の台詞の節々に下ネタが見え隠れするかもしれない。想い人の前だ、発言には十分に気を付けよう。気を付けろ、俺!
「松阪くんって、アルパカさんが好きなの?」
「あっー、いやっ! 別に今の『貴方のオナペットになりたい』とかそういう意味じゃないから! 断じて、はい!」
「……えっ。お、おな……ペッ? えっ、え……?」
伊藤は少し頬を染めて、困惑する。
……バカッ、俺のばかちん!数秒前の地の文は何だったのぉ?しかし、猥褻台詞を口に出してしまったからにはもう後にも先にも戻れない。下手に誤魔化すよりごり押しで話を進めていくしかないだろうと、俺の幼稚園児脳はそう判断した。
「あー、いやっ! えっと、その……ど、動物! 『夢』っていう『オナペット』がいるんだよ! そういう動物がいるの! 『オナペット』ってのは『夢』の学名なんだ!」
「えっ、えっ、え……そ、そう……なんだ」
伊藤は首をかしげて、謎な顔をする。
ふ、ふう。な、何とか誤魔化せたぞ。さすがに、そう何度も誤魔化せないぞ。不自然だからな。
『お姉ちゃんの太ももが好きです。でも、お姉ちゃんのパイ乙の方がもっとオカズです(CV:松阪ドリーム)』
俺のパンツの尻ポケットから、突然けたたましく鳴るスマホの着ヴォイス。
「うおおおおっ、何じゃこの着信音!? こんなん、入れてねえぞ!! って、あああっ。い、伊藤! ち、違うんだ……これは何かの悪魔の悪戯で……って、電話かよ、もしもし!!」
『…………はあはあ、おぢょうちゃん…………開脚して、ちょっとオ●ニーしてみてよ…………はあはあ』
プツッ
俺は電話を切った。あの姉貴絶対あとで、しばく。
「松阪くん……青白い顔してるけれど、大丈夫?」
「……いや、うん。大丈夫じゃない……かも。伊藤、思いっきり俺の頬に平手打ちをください」
「な、何で? な、何も悪いことしてない人にそんなことできないよ……」
伊藤は手を振り、苦笑する。
……。
そうか、伊藤は悪い事……例えば、『お前の事が大しゅきなんだぁ』とか大声を上げながら両胸を揉んでくるような事をすれば俺を引っぱたいてくれるのかな。
……。
い、いかんいかんっ、其れは本気で犯罪だっ。
だめだだめだ……姉貴からのはあはあ電話でいきなり病んでどうするの。今日という日はまだ始まったばかりよ!し、仕切り直しだっ仕切り直し!俺は再び、目の前の想い人に向き直る。
「い、伊藤……さん」
「は、はい……? な、何でしょう」
すーはー、すーはー、すーはぁはぁ。
深呼吸して、落ち着け俺。……よし、当初の予定通りまずは昼飯にしよう。『とりあえず、昼飯にしようか。俺、美味いとこ知ってるんだ』これだけ言えばいい。なあに、こんなクソ台詞、朝飯前よ。俺は堂々とした面持ちで緊張気味の伊藤に向かって口を開く。
「俺と付き合ってください」
俺は全然落ち着いていなかった。




