黒の竜と月の蜜
この世界ではその昔、空に“月”という星が浮かんでいたらしい。
その月は、太陽ほどではないものの――
世界を照らす役割を担っており、人々の暮らしを見守っていたそうだ。
しかし、この世界は様々な脅威に晒されていた。
その代表的なものの一つが――
世界中の荒野から荒野へと飛び回っているという、“黒の竜”である。
腹を空かせた黒の竜によって、人々は次から次へと食べられ。
このままでは、数年で絶滅してしまうという所まで追い込まれていた。
そこで月は、このままではいけないと――
黒の竜に契約を持ちかけたのだ。
「私に満たされた蜜であなたの空腹を癒しましょう。
その代わり、地上の生き物を襲うことを止めなさい」
この世界で、それ以上に美味なものは存在しないという“月の蜜”。
黒の竜はその契約を迷わず呑んだ。
それからは、黒の竜は人や動物を襲わず――
ただ月から零れ落ちる蜜だけを食べるようになる。
満ち満ちた月から、一ヶ月使ってゆっくりと蜜を吸い上げ。
そうやって空になった月は、また一ヶ月かけて蜜を満たす。
空に浮かんでいる月は、こうして満ち欠けを繰り返すようになった。
しかし、月はある時からこの世界に顔を出さなくなってしまう。
黒の竜が、月の蜜を誰にも奪われないよう隠してしまったと考える者もいる。
はたまた、月が耐え切れなくなり、人間を見捨てて逃げたとも。
今のこの世界では。
月が出なくなったため、太陽が一日中、空に浮かんでいる。
当然、地上に夜は訪れなくなった。
常に照りつける日光の熱さのため――
動物たちが生きてゆくには、厳しすぎる世界になってしまった。
更に悪いことは続く。
月が表れなくなった今、黒の竜が再び人を襲い始めたのだ。
そして、暮れることもない、明けることのない世界で――
黒の竜と人は今も争いあっていた。
――その少年は、夜の世界に思いを馳せる。
物語で語られる月に――
暗い世界を照らす、眩しくも冷たい光に――
とても興味を持ったから。
もう一度でいい。
この世界に顔を出して、夜の世界を照らして欲しかったから。
子供用の絵本に書いてある、眉唾ものの話だけれど――
それに縋って、世界中の荒野という荒野を渡り歩いた。
そして、永い時間をかけて、厳しい暑さに耐えて。
――ようやく、昔見た物語に出てきた、黒の竜に会うことができたのだった。
「……なんだ? 人間がわざわざ、この荒野へ何しに来た。
食糧になりにでも来たのか?」
「――月を返して貰いにだ」
それを聞くなり、空気が震えるほどの音量で。
ゲラゲラ笑い出す黒の竜。
口の端から炎が漏れ出す。
鼻先を少年に近づけるが――
少年は目を開けるのも辛そうにしていた。
「月を返して貰いに?
その台詞を言うのは儂の方だ」
口を開いて話すだけで――
熱気が少年の前髪をチリチリと焦がす。
「太陽と手を組んで、儂から月を奪いおって」
…………
「…………今、なんと言った?」
――月を奪われた?
――太陽と手を組んで?
「あの“月の蜜”を口にして以来――
それ以外の物は、とても不味くて食べられたものじゃなくなった」
黒の竜の虚言ということもある。
だが、人ひとり襲うのに、いちいちそんな嘘をつくだろうか。
「もともと、食事を必要としていなかったが……。
どうしても、減るものは減る。空腹になるとイライラしてしまう。
これはもう、呪いと言ってもいいぐらいだ」
食事をする必要がないのに、人を襲っていた。
そのことに、少年は多少の怒りを覚えたが――
今はその話をするべきではないと堪える。
「それなら……」
月を取り戻す為に戦っていた、人と竜。
その原因となる月の消失は、どちらの手によるものでもなかった。
竜の話が本当だとするならば――
やらなければいけないことは一つだろう。
「俺と一緒に――
月を取り戻さないか」
手がかりもなにもないけれど。
人と竜の争いを止めて、この世界に夜を取り戻す。
そんな、荒唐無稽な目的の旅が――
この一言から始まった。
続きません(大声)。
少なくとも今は、ですが。
リハビリ三題噺第九弾
[月] [竜・ドラゴン] [蜜]
お題を見たときには、
童話でいけるかなー、とも思ったのですが。
ドラゴン出ちゃったらねぇ……。
前半だけで纏められたらよかったのですが、
結局、『物語の中でのおとぎ話』みたいな、
そんな扱いになっちゃいました。
始まりと終わりは、パッと思いついたけど、
道中はどうすんの?って、
少し長い話を書くときのあるある。
なので、道中の話が浮かんだら、
連載で上げ直すかもしれません。
※2015/12/31 更新
タイトル変更しました
三題噺 [月] [竜・ドラゴン] [蜜]
↓
黒の竜と月の蜜
まぁ、シンプルに。
『月の蜜』は、このお話で強調したい部分なので、
妥当なところなのではないでしょうか。