『天泣の巫女』はいるのかしらね
急に始まって、唐突に終わります。
「ウイ、リアしゃま。お茶もってきた…です」
「ありがとう、サヤカ。そこに置いてください。それから、わたくしの名前はウイリアではなく、ヴィルリアよ」
「はい、ブイリアさみゃ」
わたくし付きの侍女が、たどたどしい言葉遣いで白磁のティーカップがテーブルに置いた。
黒髪と黒目でとりたてて顔立ちが良いわけでも、悪いわけでもない、ごく普通の女の子で侍女。
歳は自分よりも下に見えるが、本当のところはどうなのか分からないですけど。
そっと窺うように少女を見れば、彼女はブツブツと呟いています。
発音が難しいのかもしれないですわね。彼女の『世界』とはまったく異なる言語のようですから。
「ブイ……。まあ、いいですわ。この三か月でここまで言葉を習得したのは、褒めるべきことですものね。
言いづらいのなら、リアでいいですわよ」
「りあ……リアしゃ。リアさま!言えた!」
なにがそんなに嬉しいのか、彼女はキラキラと瞳を輝かせ拳を握りしめてますわ。か、かわいいですわ!
申し遅れました。わたくしの名前はヴィルリア。ヴィルリア・ガリーと申します。
ガリー伯爵家の娘で今日17となりました。来年には顔も知らない同家格の伯爵家、ナルキス家のご嫡男との婚姻を控えてまいす。
同家格と言っても、あちらはお祖父さまの代から没落の一途をたどっています。
いってはなんですが、前ナルキス伯爵と現ナルキス伯爵は領地の運営手腕がよろしくないので年々傾きが激しくなってきているようです。
まぁ、要するに、没落の一途を辿るナルキス家を助けるために、わたくしが持参金を持って嫁ぐ予定なのです。
経営手腕は悪くとも、人柄は評判がよろしいですから。それと現ナルキス伯爵とわたくしの父は友人ですものね。
それはそうと、今は彼女のことですわね……。
「そろそろ、語学だけではなく知識も本格的に習得しなければいけないかしら」
「リアさま、今日はどうする、です?」
「そうねぇ、誕生日と言っても我が家は身内だけで祝うし……。
あら、そういえばお兄様はいつ来られるのかしら」
「リイさま、夜くる言ったです」
「夜ならディナーの席でお祝いしていただけるわね。王宮住まいで、碌に顔も合わせていないし寂しいですもの」
兄のリュートは、王宮騎士団所属で寄宿舎に住んでいるので、気軽に会えるわけでないのですわ。
「リイさま、がんばる言ってたです。今日王子さま守る、遅くなる……です」
「……」
つまり王子殿下の護衛で遅くなるでの、遅れるかもしれないということかしら。
王宮騎士団のそれも王子付近衛騎士に抜擢は誉ですけど、その殿下のわがままに付き合う近衛騎士のお兄様には同情しますわ。
見かけはお伽噺で出てくる王子さまですのに、俺様?というのかしら。俺様な性格で周りは振り回されています。
「殿下の『巫女様病』には困りものね。巫女様の天を操る御業は、この国にとって大事なお力ですが、政を疎かなのはいかがなものかしら」
「巫女のさま、私とおなじ聞いた、です。同じ黒髪と目。……巫女さま、おなじ国の人?」
「ええ……、おそらくは」
この国――エレンフィアは、三年に一度、異世界から天を操る御業を持つ巫女を召喚してきました。
なぜかわかりませんが、この国は天候に恵まれず日照りが続くのです。
昔、日照りで作物が育つことができず、食糧自給率が下がり一時は隣国から援助をしていたほどです。
当時の国王は自国を憂い、神殿の神官たちに雨乞いを頼みました。しかし日照りは続くばかり。
しかし、みなが諦めかけ国が滅びようとしていた時、一人の神官が古代の書物に『天泣の巫女』という存在が実際にいらしたことが記載されているのを発見しました。
『天泣の巫女』は神が存在していた神時代に、天を司る神の巫女として天候を操ったそうです。
日照りが続くようならば雨を、雨が続くようなら日を。『巫女』は祈りを天の神に捧げ、 神は巫女の願いに応える代わりに神の目となるよう、地上を見ていたのだと書いてあったのだといいます。
しかし『巫女』は神が地上に住まう人間のために創られた存在でしたが、『巫女』は自我を確立し人と結びつきました。
元々は神が創った人形です。神の目となる役目を放棄したことに、神が怒り巫女を異界に飛ばしてしまいました。
消滅させなかったのが謎ですが、それは歴史学者が考える分野なのでそこは省きますわ。
その飛ばされた巫女を、今度は召喚することを当時の国王は試みました。
異界で巫女が存在し続けているのか疑問を持ちながらも、召喚の義は行われ見事『巫女』が召喚されました。
召喚された『巫女』は黒髪黒目の15、6歳ほどの少女だったと、当時の記録に書いてあるそうです。
召喚された『巫女』は、人々の期待に応えるかのように地上に雨を降らせました。
そして国が潤い、巫女は王族の一人と恋におち婚姻を結び、この国に根を下ろしたと伝えられていますわ。
これが『天泣の巫女』の伝説。そして国が、王族が巫女を大事にする理由なのですわ。
ですが、これには一つ残念なことがあります。『巫女の力』は婚姻を結び、血を交わらせたことで消えてしまいました。
ですので以来、この国に巫女が必要になった時には、巫女の召喚が行われ『巫女』が召喚されてきました。
今回召喚された巫女様も、前任者さま同様に召喚で来られましたが、歴代の巫女様のような方ではないようなのですわ。
なんというのかしら、あざとい……かしら。顔の良い男性や家格が高い男性に、色目を使っているようなのですわ。
アカリ・サクマ様。小柄でかわいらしい容姿だと噂の彼女ですが、男性と女性では態度が違うともっぱら噂の巫女様。
そして男性でも家柄や容姿を重要視しているのだとか。
それにですわ、彼女が召喚されたというのに、天気が不順で大雨の日があれば晴天が続く日もあるので、作物が育たず物価が上がってしまっています。
本当に彼女が巫女様なのでしょうか。彼女が祈っても、雨が降ることが少ないと聞きますわ。
「同じ国、言葉なぜ……」
「あ……」
そうですわ。サヤカは言葉がわからず困っているのに、巫女様が不自由していないのは理不尽と思いますわよね。
わたくしは理由を知っているのだけれど。
しょんぼりと肩を落とすサヤカに、いつかは言わなければならない事だと心を決めましたわ。
「サヤカは頑張っていますわ。お兄様に連れられて屋敷に来たときには、言葉を話せなかったのですもの。
……巫女様が言葉を理解されておられるのは、女神の滴と言われる聖水をお飲みになられたからですわ。
女神の滴は、神殿に安置されてある、天空の神たる女神像から流れ落ちた滴のことです。
巫女様が召喚され、言語に不自由されないようにとの神のご慈悲だとか。
召喚された巫女様のために、女神像の目から涙のように流れ落ちた一滴の聖水をお飲みになられると言葉がわかるようになるのです。
アカリ様も女神の滴のおかげで、お話できるようになられたのです」
「めがみ、しずく?……私、飲む」
「いいえ。それは無理なのです。一回の召喚のさいに一滴しか流されないのですわ」
わたくしの言葉に、サヤカはキョトンとしました。言葉の意味がまだあまり分からないからでしょう。
しばらくすると、彼女は意味を自分なりに理解したのか、眉をハの字にし泣きそうに顔を歪めました。
泣きそうですが、どこか諦めのようなものも含まれた表情に、わたくしの心も痛みます。
それにしても、迷子になってしまった子供のような、ご主人に置いてかれた動物にも見えますわ。
いつも思いますが、どうしてこうも彼女は愛らしいのかしら。片言もかなりグッときますもの。兄様がデレデレになるのわかりますわ!
「どういった理由で、あなたがこちらに来てしまったのかわかりません。
巫女様がいらっしゃるのに、もう一人異邦人がいるのは国にとってどうなるのか未知数です」
「はい……」
「ですが、心配はしないでくださいな。あなたは我がガリー伯爵家がずっと庇護します。どのようなことがあっても、あなたを見捨てるようなマネは致しませんわ。
ほら、そんな顔をしないで。あなたが泣いて目を赤くしてしまったら、わたくしがお兄様に問い詰められてしまいますわ。
お兄様、サヤカのこと大好きなんですもの」
「リ、リイ様、私好き、違う気するです……!」
「あら、本当よ?うふふ、お兄様が来たらわかるわ。早くお帰りにならないかしら」
「リアさま、いじわる言う、です」
リスのように頬を膨らませたサヤカに、わたくしはにっこりと笑い返しました。
泣きそうな顔より、怒ったり笑ったりしていたほうがいいですもの。
あとはお兄様次第で、この子は未来のわたくしの義姉になりますわね。
あら?今年の誕生日プレゼントはコレにしましょう。うふふ。
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日が差し込むテラスに、黒髪黒目の愛らしい少女が立っていた。
彼女の色彩に対比する白のドレスを纏い、佇む姿はまさに『巫女姫』。
しかし、彼女の表情は巫女とは到底言えないものだ。にんまりと頬を緩ませ、暗い笑みを浮かべていた。
「青春を謳歌している最中に死ぬとかないって思ったけど、この世界に来れたんだからもういいわ。
あたしが『主人公』になったんだもん、この世界はあたしの好きにしていいのよね。だってみーんなの『巫女』さまだもん。
あたしがいなかったら、この国はすぐにでも壊れちゃうんだもんね」
ブツブツと独り言を口にしながら、テラスから庭園を見つめる。
シャランと涼やかな音が手首から鳴り、ふわりと暖かな風が髪を纏める琥珀の髪飾りをさらう。髪に隠れるようにつけられていた耳飾りもまた、風によって揺れる。
最上級の白いドレスは王子から、繊細な造りの腕輪は宰相の息子から、琥珀の髪飾りは神官の青年から。
そして珊瑚で作られた耳飾りは、お城に出入りしている商人の青年から。
彼女が身に着けているものすべて、彼女を信奉する男性からの贈り物だ。他にも様々な贈り物があるが、それらは全て与えられている部屋で眠っている。
欲しいとは言ったことなどない。にっこりと微笑んで『選択肢の言葉』を言えば、男たちは簡単に落ちた。そして勝手に贈り物をしてくる。
勝手に熱を上げ、勝手に勘違いをし、勝手に崇めてくる。
彼女――アカリは昔の自分とは全く違う、今の自分に満足げに微笑む。
ここに来る前はなんの変哲もない女だった。
真っ直ぐな黒髪なのに剛毛でバサバサしていた。それなのに今は艶やかで柔らかい黒髪だ。
目だって黒だけだったのが、黒いのに見方によっては藍色に見える虹彩だし、唇も薄くてかさついていたのが、柔らかでふっくらしている。
この世界――『小夜時雨にあなたと』というタイトルの世界の主人公とは、全く別の姿だが不満はない。
だって今の姿に満足だからだ。昔の自分に未練などない。家族も関係が崩壊していたから未練なく今を楽しんでいる。
生まれたときからいるわけではないので転生とはいえないし、かといって同じ容姿で来たのではないのでトリップでもないけど。
今の自分はあいまいな存在だけど、この世界に存在しているのだ。
存在しているのなら、持っている知識を存分に使って好きなことをしていいではないか。
昔は根暗で男になど見向きもされなかったけれど、今の自分はこの通り。かわいい、美しいと賛辞の嵐。
これで虜にならない男などいないはず。いてはならない。
俺様王子、鈍感宰相息子、生真面わんこ目神官、チャライ商人の青年。みんな自分の虜になってるけれど、まだ『攻略対象者』が残っている。
堅物騎士の青年と隠しキャラの隣国王太子が。隣国の王太子は、条件が整わなければ出会えないので、ここで狙うは堅物騎士。
「まってて、リュート。うふふ」
補足。
乙女ゲームの世界で、そこに住んでいる女性視点。
実は伯爵家にいる少女が、本物の主人公…だった設定。
巫女として崇められている少女は、ただ巻き込まれただけなのに、落ちたところが逆転してしまった。
そんな話を連載で書くつもりでした…。




