令嬢と騎士様
今までと長さのバランスが悪いのですが、途中で切るとなると中途半端になりそうであきらめました。
あらいやだ。頬を押さえ「あらまあ」と呆れたように目の前のものを見つめる。
「エリアーデ、どうかしたの?」
リベルテはトコトコとエリアーデのそばによってくると、ぎゅっと腰に抱きつき後ろから彼女の見つめるものを覗きこむ。――ドレスに皺が、と嘆く侍女のことは二人とも無視だ。申し訳ないと思いつつも自分に抱きついてきたこのかわいい少女を無下にはできない、というのがエリアーデの考え――
「この間来たときに忘れていったみたいね」
「これって……クロードの本?」
ひょいと持ち上げ少しページを捲れば、随分と使い込んでいるようでエリアーデには意味のわからない書き込みが多くあった。自分も見たい!と手を伸ばしたリベルテに「落としちゃダメよ」とそれなりの重さのある本を手渡せば大事そうに受け取った。
「だめね、私には全然わからないわ」
「んーとね、たぶんこれ、転移魔術についての本だとおもうよ」
「わかるの?」
驚いたように尋ねれば「ちょっとだけ」と照れたように本をエリアーデに返した。
―――魔術に関しての才がありそうね。だからクロードがこの子をあずかることになったのかしら?
とはいえ結局面倒を見ているのはエリアーデのためあまり関係なさそうだが。何も言わずリベルテをあずかることのできる器量と一人の少女を育て抜く財・知識を持ち合わせている人間というのが自分だった、とエリアーデは考えている。
さてそれにしてもどうしましょうか。彼のことだからなくても困らないだろうけど、今日家に来ると約束したわけでもない。うむ、と顎に手をかけ悩みつつ「どうしよっか」とリベルテの頭を撫でる――丁度良い位置にあるためついつい撫でたくなってしまう。それはイゼット家の人間やそれからクロード、勇者たちも同意件のようで、見るたび見るたび頭を撫でられていると思う――。
「えっと、ね……」
顔を輝かせエリアーデを見るリベルテは「クロードのところに行きたい!」と言っているようにも見えて、まあ行っても良いか、というきにさせられてしまう。だがこの子を城につれていっても良いものだろうか。クロードの現在所属している魔術師団は城内部に存在している。帰還の凱旋パーティーを抜けてまでイゼット家に来たクロード。きっとその理由は自分に会うためだけでなく、リベルテを隠すためでもあったのではなかろうか。はっきりしたことを教えてもらっていないため推測にすぎないが、女の勘が正しいと告げているようにも思える――また前世の記憶もそうだと思う!と叫んでいた――。
ま、なるようになるでしょう。いざとなったらクロードの隠し子ということにすれば納得するだろうし。瞳の色こそクロードは夜空のような黒に光が散っているもので、リベルテは宝石のようなアメジスト色だが、二人とも吸い込まれてしまいそうなほど艶やかな黒髪の持ち主。瞳の色は母親の色なのよ、とでも誤魔化せばどうにかなるだろう。二人とも美人さんだし。
そのような言い訳を考えたエリアーデだったが、こう、なんともいえないムカつきを覚えた。原因は、嘘と言えど、あの人が他の女と子を成すなんて嫌だわ、というただの嫉妬。だが残念ながらリベルテとエリアーデに接点はない。リベルテは先にも述べた通り黒髪にアメジスト色の瞳、対してエリアーデは光輝くブロンドに満月のようだと称される黄金の瞳。その容姿より幼少期から夜空のクロードと満月のエリアーデと社交界では有名だ。
「エリアーデ?」
何も言わず顔を顰めるエリアーデに不安になったのか、しょんぼりと眉を下げるリベルテ。自分が行きたいと思ったせいでエリアーデが悩んでいる、と思ったのだろう。「あらあらごめんなさいね」と笑い「クロードのところに行きましょうか」と告げれば、リベルテは花が咲くように微笑み大きくうなずいた。
「私が良いと申しているのに、それでもだめとおっしゃるの?」
つばの大きな帽子をかぶり顔を隠したリベルテは、おろおろと困ったようにエリアーデの手を強く握る。自分のせいでエリアーデが困っている、と思っているのだろう。大丈夫よと安心させるように手を痛くならない程度に強く握り返してやる。
イゼット家の家紋入り馬車に乗り、リベルテと二人城まで来たリベルテ。いつもしているように何も告げず登城しようとすれば、普段は何も言わず頭を下げている門番が「お待ちください!」と声を掛けた。飾りじゃなかったのね、と驚きつつ猫を総動員し「なにか問題でも?」と尋ねれば、令嬢らしさに騙された一人が陥落され「いえなんでも……」と答えた。前世の記憶の中にあった『ラッキー』という言葉を心の中で呟きそのまま門を通り過ぎようとしたのだが、残念なことに陥落してくれなかったもう一人の門番が「申し訳ありませんが、そちらのお嬢さんは?」と尋ねてきた。その門番曰く、イゼット家の令嬢であるエリアーデならそのまま登城して構わないが、身分も正体も知れぬリベルテは登城を許可できないそうだ。
そこで。「私が良いと申しているのに、それでもだめとおっしゃるの?」と告げたのだった。確かに警備の関係上仕方のないこととはわかっている。エリアーデ自身もリベルテのことは『自分が預かっている子』ということしかわかっていない。
面倒ね、どうしようかしら。
やれやれといった様子で溜め息をついてやれば、門番がびくりと反応するのが見えた。恐らく、イゼット家の令嬢であるエリアーデに逆らったことに今更ながら怯えだしたのだろう。別にそんな反応しなくたって良いのに。門から離れようとするリベルテを押さえながら今度はばれぬようそっと溜め息を吐いた。
仕方がない、これ以上何かをしようともリベルテを連れて登城するのは無理だろう。クロードの隠し子説はできれば使いたくない。怯えだしたとはいえ門番がすんなり通してくれるとは思えない。リベルテには悪いが、またの機会にでも―――そう思ったとき。
「エリアーデ嬢? いったいそんなところで何を……なんだ、リベルテじゃないか」
聞き覚えのある声に、声の持ち主の方へすっと視線を向ければ、そこにいたのは王国三大貴族の一つ、ノーブル家嫡男、ジェイコット・イスラ・ノーブルの姿だった。
「ジェイコット様……お久しゅうございます」
リベルテから手を離さず、片手でスカートをつまみ令嬢らしくお淑やかに礼をする。互いによく知る相手、親しき仲にも礼儀あり、とはいうがどうやらリベルテのことも知っているようなのでこのような体勢でも構わないだろう。もとよりこの男はそのようなことを口煩く言う性格ではない。
だが、どうしてリベルテのことを? 疑問に思いジェイコットを見れば、本当に興味がなさそうだなと言うような呆れた視線を向けられた。―――あぁ、そういえばこの男も勇者一行の一人だった。ちらりと門番を盗み見れば、恭しく頭を垂れている。態度が全然違うのではなくって! と言ってやりたかったが、身分は同じでもジェイコットは勇者一行の一人、対するエリアーデはただの令嬢。仕方のないことだろう。
ぐるぐると考えていれば、リベルテが嬉しそうに「ジェイク!」と彼の名を呼んだ。その様子を見た門番が、「ノーブル卿のお知り合いだと……」「お通しすべきか?」などと小声で話す。だがそれを気にすることなくリベルテはするりとエリアーデの腕から抜けると、ジェイコットのもとへ走りよった。
「久しぶりだな、リベルテ。元気にしていたか?」
「うん!」
満面の笑みを浮かべるリベルテ。仲睦まじい二人の様子に、門番は今更ながら「早々にお通しすべきだったか」と後悔し始めている。そんな様子をエリアーデは視界の隅におきつつ、ジェイコットが居るならばリベルテを連れてクロードのもとへいけるかもしれないなと画策した。何せジェイコットはノーブル家嫡男でありながら騎士団でもそれなりの地位を築く男。貴族としての位こそイゼット家令嬢のエリアーデの方が上であるが、門番を含む城に勤めるものたちの信頼度で言えば彼の方が格段に上。そんなジェイコットと仲のよいリベルテ。登城を認めなければジェイコットを信頼していないという
ことになり、多くの者を敵に回すことになりかねないだろう。大袈裟に見えるが、ジェイコットという男はそれほどの権力と力を持っているのだ。到底ただの令嬢――実家が王家に次ぐ権力を持っているとはいえそれはエリアーデ自信の力でない――であるエリアーデには真似することは不可能。
―――だから身分なんて気にしなくていいのに。
今はここにいないクロードへ心の中でそっと囁く。大切なのは自分がなにをしたかではないだろうか。そう考えるエリアーデは、やはり『変わり者令嬢』かもしれない。
「それで、いつまでそうなさるおつもりかしら?」
「ああ、すまない。すまないが彼女たち二人を通してもらえぬだろうか」
頼むなどという殊勝な態度をとっているが、門番たちからしたらその言葉は命令にも等しい。大慌てで門を開き、エリアーデとリベルテの二人の登城を許可したのであった。
城に入り、「どうせクロードのところだろう」と尋ねるジェイコット。きちんと目的の場所まで送っていってくれるつもりらしい。その通りよと言う代わりに「さすがは勇者一行のリーダー」と門での件を含め茶化せば呆れたように肩を竦められた。
「それがイゼット家令嬢に対する態度?」
「こんなときばかり家を持ち出すな。普段は家は家、自分は自分のくせしてまったく」
「だって私ですもの」
けたけたと到底ふつうの令嬢には真似できぬような笑い声を上げれば、何事かとリベルテが目を丸くした。そんな彼女にジェイコットは「アーデだからな、仕方がない」と先ほどのエリアーデの言葉に続けた。
「アーデ?」
そっかあ、エリアーデだからか、と変な納得をしたリベルテだったが、ジェイコットの『アーデ』という呼び方が気になったらしい。「小さな頃の愛称のようなものよ」とエリアーデが繋いだ手を揺らせばリベルテは「かわいいね」と笑みを浮かべた。
「ああ、そういえば」
あと少しでクロードの執務室というところで――実は以前にもきたことがあったのだった――何かを思い出したようにエリアーデが呟いた。どうしたと言いたげにジェイコットとが足を止めればエリアーデとそれから彼女と手を繋いだリベルテも立ち止まる。
エリアーデはジェイコットをまっすぐ見つめると、どこにでもいるごくごく普通の令嬢のように、だがそれでいてとてもじゃないが普通のどこにでもいるような令嬢では太刀打ちできないような美しい笑みを浮かべる。そんな笑みを浮かべるのはパーティの時か何か面白いことを企んでいるまたは面白いことを知ったときと経験上わかっていたジェイコットはなにごとかと身構えた。だが、その緊張は杞憂に終わる。
「ご婚約、おめでとうございます」
「…………なんだ、知っていたのか」
その『なんだ』という言葉には、知っていたのかと続ける接続詞の意味とそれから身構える必要はなかったのかという意味。ジェイコットの表情の変化から「当たり前でしょう。最後の幼なじみがようやく収まってくれたんですもの」と今度は実にエリアーデらしくニマニマと笑う。
勇者一行リーダーであるジェイコットは、その支えるべき勇者とあろうことか恋仲になって帰ってきていたのだった。「クロードから聞いたのか?」と話の出所を探るジェイコットへ「そんなところよ」とリベルテの手を引き歩き始める。エリアーデが何の説明をしなくとも何も口を挟まないところから、リベルテはそのことを知っていたのだろう。
「まあ、その言葉には礼を告げておこう。色々と含むものを感じるが」
「何もないわよ。ただおめでたいなと思っただけ」
ニマニマとした笑いを止めぬエリアーデにジェイコットは疲れた気にため息を吐いた。この幼なじみは相も変わらず……、といったところだろう。それを口にすればすかさず「だって私ですもの」と返ってくるのがわかっているので心の中にとどめておく。
だがその代わりに、こんな言葉を漏らす。
「そういうおまえたちはどうなっているんだ。婚約はとっくにすんでいるのにどうして未だに結婚しない」
エリアーデにとってそれほど攻撃力のある言葉ではなかったので、色々とあるのよとてきとうに返そうとしたら、「え! エリアーデまだ結婚してなかったの!?」と下の方から反応があった。
「……時期が悪かったのよ」
繋いでいない方の手でリベルテの頭を帽子の上から撫でる。まったくデリカシーのない男め、と心のなかでジェイコットを罵るのを忘れずに。
本来であれば、とっくに結婚しているはずだった。式の準備は始めていたし、招待状を送るリストの作成も済んでおりもう一日遅ければ取り消し状を送る羽目になっていただろう。
―――魔王が復活したその日に、招待状を送る予定だった。
魔王復活により結婚は延期――間違ってても中止ではない。ひとまず取りやめになっただけだ――となり、クロードは勇者とともに旅だった。その後かえってきてからも後処理など忙しくしているクロードに「早く結婚しましょう」だなんてエリアーデにはいえなかった。自身落ち着いてからで良いと考えているのもある。
だがそのことを、ベアトリス姫とともに魔王に囚われていたらしいリベルテに告げるべきことでないだろうと思い本当にデリカシーのない男、と内心溜息を吐きながら口を閉ざす。
黙ったまま歩き続けていた三人だったが、クロードの部屋の前まで来たところで、エリアーデが楽しくって仕方がないといった様子で笑顔を見せた。
「私たちと貴方たちと姫様たちと、どこが一番に式を挙げることになるかしらね」
エリアーデとクロード、ジェイコットと勇者様、それからベアトリス姫ともう一人の幼馴染である婚約者。一番結婚が早いといわれていたエリアーデ・クロード両名の結婚がまだとなると、もしかしたら他が先に挙げてしまうかもしれないわね。競争でもしてみる? とでも言いかねない様子のエリアーデに、「本当に、お前は……」とジェイコットは手で額を覆った。
「だって私だもの」「だってエリアーデだもの」面白がったリベルテと二人声をそろえそう言うと、軽くノックをしクロードの部屋へ入った。
次回『令嬢と姫様』予定(予定は未定)(いつ更新できるかもわからない)
20150818//微修正しました