令嬢と恥ずかしがりやさん
リベルテの面倒を見始めてから早くも数週間が経った。人見知りらしい少女ははじめのうちこそクロードから離れようとしなかったが、彼にも仕事があるわけで、それをエリアーデと二人丁寧に説明したところ、瞳を潤ませながらもわかったと――わかりたくなかったと言いたげだが――頷いた。
だがそんね彼女も数日エリアーデと共に過ごすことで随分エリアーデになついた。どのくらい懐いたかというと―――それこそ彼女の姿が近くにないと「エリアーデさん!? エリアーデさんどこぉ!?」と泣き出すほど。もう少し他の人にも慣れてくれればよいのだけど、というのがエリアーデの今の悩みごと。クロードに相談するも「よかったねぇ」と笑うばかりで解決にならない。きちんと責任持ちなさいよ! と叫びそうになったのは片手では数えられないほど。だがそれはイゼット家の令嬢らしい行動とは言えないので、ぐっと我慢する。もっともクロードがそんなことを気にするわけがないので避けんでもよかったのかもしれないが、令嬢云々以前にリベルテが怯えてしまう。そちらもあり心のなかで叫ぶにとどめたのだった。
そんなある日、背後に光を携え、それ自体が光を発しているのでは? と思えるほどに輝く笑顔をもつ少女がエリアーデと、それからリベルテを尋ねてきた。こんな知り合いいたかしら、と首をかしげそうになったそのとき、リベルテが彼女の名と思わしきものを叫びながら抱きついたのだった。それを受け少女も「リベルテ、元気だった?」と満面の笑みを浮かべる。置いてきぼりにされたエリアーデはというと、リベルテの声でああと思い出した。
―――この少女、『勇者様』だ
だがそれ以上に思い出したことがある。前世の記憶によれば―――彼女は、エリアーデの前世の友人らしい。親友といっても過言ではないほどの。世間は狭いのね、と感慨に耽っていれば、エリアーデを放置してしまったことに気付いた勇者がさあっと顔を赤らめ「すみません!」と謝った。普通の貴族のお嬢さんであれば自分を放っておいた彼女を許しはしないのだろうが、そんなことを気にする変わり者令嬢ではない。お気になさらず、と微笑み客間へ案内させる。むしろそのまま放っておいてくれて構わなかったのだけど、と思いながら。
だが、以前も話した通りエリアーデに前世の記憶があるとはいえ、それは知識でしかなく、エリアーデは所詮エリアーデでしかない。よって、前世の親友が出てきたところで敢えて「久しぶり」などと言うつもりはないのだが―――それでも、前世の記憶は、「ウソでしょう、どうして?」と戸惑っている。その戸惑いが私にでなければよいのだけど。誰にも見つからぬよう、そっとため息をついた。
「エリアーデ様、大変遅くなりましたが、リベルテの面倒を見てくださりありがとうございます」
本当であればもっと早くに訪れたかった、と付け加え勇者は深く頭を下げた。それに倣い一緒に頭を下げるリベルテの仕草はどこかぎこちなく可愛らしい。
「私こそ礼を言わなくちゃならないわ。こんなに可愛らしい子を預けてくださってありがとう。楽しんでいるから構わなくってよ。頭をおあげになって」
ふんわりと微笑めば、勇者はふたたび礼を告げ頭をあげた。
「リベルテは迷惑をかけていませんか?」
「全然そんなことはないわ。最近は私やクロードがいなくても泣いてしまうこともないし」
勇者にそう教えてやると「エリアーデさんそれは言わないで!」とリベルテは恥ずかしそうに俯いた。可愛らしいな、と目を細めれば勇者も同意件らしく、リベルテの黒くまっすぐな髪を撫でた。
リベルテが眠たそうに欠伸を漏らした。時計を見ればリベルテがお昼寝をする時間をとうに過ぎていた。これでは眠たくても仕方がないだろう。そんな彼女を見て勇者が「眠たいの?」と尋ねた。
「だい、じょうぶ。まだ、ねない……よ……」
語尾が不安定である。全く大丈夫でないのだろう。エリアーデは困ったように笑い侍女を手招きした。
「無理せず寝ていらっしゃい。夜クロードが来たとき起きていられないわよ」
むぐぐ、と動物のように唸って眠気を覚まそうと――それで覚めるとも思えないが――していたが、どうやら睡魔には勝てないらしい。勇者に「ごめんね……」と謝ると、侍女に手を引かれ退室した。
「眠りやすい体質らしいわね」
「そう、らしいです」
曖昧に言葉をごまかし、何かを悩む勇者。「どうかなさって?」と尋ねれば、なんとも言い辛そうに口を開いた。
「エリアーデ様は、クロードさんからあの子の事、どこまで聞いていますか?」
わけあり、ということは聞いた。だがあの男、肝心なことは何も話そうとしていない。深い事情があるのだろうな、とエリアーデも立ち入ろうとしなかったが、勇者の表情を見るに相当深い事情のようだ。
「リベルテという名だけ、私は聞いているわ」
「……そう、ですか」
耳朶を引っ張り眉間に皺を寄せる。前世の記憶曰く、その仕草をするときの彼女はどうするのが一番良いのか悩んでいるときらしい。
―――面倒を見ているエリアーデが蚊帳の外というのは申し訳ない。だがそれでもリベルテのことを話すわけにはいかない。でも、でも
そんなところだろう。本当に……仕方のない子たちね。
紅茶を口にし、話しやすいよう唇を湿らせる。
「話したいなら話せば良いし、話したくなければ話さなくても良い。ただ、私は敢えて尋ねようと思っていなくってよ」
エリアーデの言葉にはっと目を見開くと、勇者は迷った挙げ句
「ごめんなさい」
と謝った。気にしないでとエリアーデは笑うも、勇者は申し訳なさでいっぱい、といった表情を見せるばかり。その日はそのままお開きとなった。
その夜、イゼット家を訪れたクロードに勇者が来たことを告げれば、「リベルテ喜んでいたでしょ」と笑った。勢いよく抱き付いていったわ、と答えればリベルテらしいねとその姿を想像するように目を瞑った。
ほのぼのとしているクロードに告げるのは申し訳ないなと思いつつも、今告げなければ言い損ねるだろうなと思い、「あのね」と口を開いた。
――リベルテがいないから、というのもある。彼女は結局昼によく寝なかったためか睡魔に負け夢の中にいる――
「リベルテについてどこまで知っているのか聞かれたわ」
「え、と……」
予想外だったらしい。動揺を見せたクロードに「無理に聞いたりしていないわ」と告げれば、顔を顰めどうすべきか悩んでいる様子。
「俺と君の間に秘密はなしだよね」
それは小さな頃の約束。どんなことも話そう。どんなことも一緒に悩もう。
「でも、……ごめん」
拳をきつく握りしめ、苦しそうに謝った。
どうしても言えないんだ、と泣き出しそうなクロードに「馬鹿ねぇ」と困った子をあやすようにエリアーデは頭を撫でた。
「別に無理に聞こうと思っていないわよ。言いたいときに話しなさい」
これは勇者にも告げた言葉。想いは変わらないのだ。リベルテについて、事情があるのなら仕方がない。話せるときに話してくれれば良い。それまで私はあの子を愛するだけだから。
頬を撫でながら伝えれば、「エリーは、やっぱりエリーだね」と眉を下げた。それからごめん、と困ったように笑い、そのまま帰っていった。
まったく、困った子が多いわね。
翌日、エリアーデはリベルテの髪を梳いてやりながら
「貴女が何者なのかわからないけど、私と一緒にいてたのしいと言ってくれる子をぞんざいに扱ったりしないわ。だから安心してここにいていいのよ」と笑う。
突然の言葉にリベルテは吃驚したようで、ぱちぱちと何度か瞬きを繰り返すと、大声で泣き出してしまった。
「リベルテ!? え、ど、どうしたの?」
最近では泣くことが少なくなっていたからこそそんなリベルテに焦るエリアーデ。
だが、泣きながらもありがとうというリベルテを見て、どういたしましてと笑った。
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