令嬢と婚約者殿④想うはあの人
前世の記憶の『死亡フラグ』の意味がよくわかった。クロードのカップが割れたあと、王城から使者が訪れ、震える唇でエリアーデに告げた言葉。
―――それは、クロードの死を告げるものだった。
エリアーデはそれへ冷静に返し、心配そうに自分のことを見る使用人に暫く部屋に近付くなと人払いを命じ、割れたカップをそっと持ち上げた。見るも無惨に割れたそれはクロード自信を表しているようにも見えたが、そんな術をカップにかけるくらいなら死んだあとにすぐ自分へ伝わるような術をかけそうだな。周りはエリアーデがクロードの死にショックを受けだがそれを悟られぬよう冷静に対処しているのだと思っているようだが、事実は反しエリアーデは大変本心から冷静だった。むしろ、先程までの心配で仕方がない、胸が張り裂けそうな思いも溶け、本当に、落ち着いていた。その感情がどこからわいてくるものなのかエリアーデ自信図りかねたが、恐らく。
「あの人に限って、私を置いて逝ってしまうなんてことあるはずないわ」
それはある種の信用であり、またある意味互いが互いを縛る鎖のような感情。
さすがに、どちらかが死んだらもう片方も死ぬ、なんて魔術をかけたりはしていないと思う。だが、クロードが自分に何も告げず永遠に傍を去るなんてこと絶対にないとエリアーデは言い切れた。
「でも本当に死んでいたら私が死んだあとで喚き散らしてやるわ」
もちろんその死んだあとというのは、大往生したあとでのこと。そう簡単に死んでやるものですか。でも、クロードのいない生活というのはなんともつまらなそうね。ぎゅっと唇を結び、割れたカップを机の引き出しにしまいこんだ。
そういえば、どうしてあの人が死んでしまったらしいのか聞いていなかったわね。クロードの訃報から十日ほど経ち、はたと気付いたものの誰に聞けばいいのか悩む。イゼット家の使用人の誰かに聞けばよいのかとも思ったが、誰もがエリアーデに気を使いクロードの話をしようとしないため、エリアーデまでもが逆に気を使ってしまい、この家でその話をするのはタブーであると暗黙の了解となってしまった。
あとは誰に聞けばよいのか。エリアーデの両親ならば彼女のことをよく理解しているし、もしかしたら、彼女の今の思いもわかっているのかもしれない。血の繋がりに頼りすぎかとも思うが、エリアーデがここまでのびのびと育ってこれたのは両親の育て方あってこそのもの。
かすかな期待を抱いたものの、魔王が現れて以来そういえば両親とまともに話をした覚えがないことを思い出した。貴族筆頭、王家に次ぐ権力を持つイゼット家の主夫婦は魔王による王国の混乱の収拾のため、クロードとは別の戦場にこもりっきりであった。
本来であれば、イゼット家令嬢であるエリアーデも両親と共に王城へ向かうべきだったのだろうが、クロードが前線にでるということにより憔悴しきった彼女には酷であったために、自室にこもることを許可されていた。そうなってしまうと、両親と同様の理由で家を空けている兄たちに尋ねることも叶わない。
どうすれば良いのかしら、と首を傾げつつも、この十日程どう考えようにもクロードが死んでいるとは思えないので、ここまで来ると逆にもう聞かずともよいかもしれない。きっとあの男は生きて自分の元へ戻ってくる。そうしたらその時にでも「どうして貴方は死んだことになったの?」と直接聞いてやろう。彼のことだからきっと垂れ目をもっと下げ、困ったような笑みを浮かべ話してくれることだろう。そう考えたらこれ以上悩む必要は全くないな、と割れたカップを撫でた。
―――その時。
どんどん、と勢いよく扉をノックする音が自室に響いた。イゼット家に関わるもののノックとは言えないわね、とエリアーデは肩を竦めつつも、それを気にする彼女ではなかったため、「どうかなさった?」と扉の外へ声を掛けた。
丁度良い。両親や兄たちに限ってどれ程切羽詰まった状況であったとしてもこのようなノックをするとは思えない――むしろそのような状況であればノックをせずに入ってくるだろう――ので、きっと外にいるのは使用人だろうが、このようなノックをしたのだ。暗黙の了解を破ることになってしまうが、罰としてクロードについて聞いてみよう。
本人に聞くのも良いがそれ以上に「貴方こんな死に方をしたんですってね」とクロードをからかうのも楽しいだろうから。クロードの訃報に国中が追悼を見せているにもかかわらず、やはりというかなんというか。エリアーデは変わり者と称されるだけあった。
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