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第19話

 ◇



 他人の屋敷で主人然とした尤もらしいことを言ってのけた破流姫は、涙ぐむ下女たちの見送りを受けて本来の目的の場所へと向かっていた。


「いくら綺麗な格好したって、さすがに城は不味いんじゃないか?」

 この期に及んでまだ二の足を踏む華青が、破流姫の後ろから声をかけた。

「心配するな。ちゃんと私の従者に見える」

「いや、そういうことじゃなくてだな」


 もういい加減諦めればいいのに、と三杉は思った。

 破流姫がこうと決めて動き出したからには、立ち止ることなどできない。これまでの経験から、三杉は早々に破流姫の意見に沿うことを覚えた。

 これからは華青もそれに慣れるべきだし、そうせざるを得なくなるだろう。


「ほんとに王様は会ってくれるのか? 門前払いが落ちじゃないのか?」

 可能な限り疑問をぶつける華青に、破流姫は淡々と答える。

「先に知らせを走らせておいたから大丈夫だ。今頃首を長くして待っている」

 それが本当かどうか、華青にはわからない。知らせてあるのはともかく、首を長くしてとはどういうことだ? 着いた途端に捕縛という、最悪の事態が待っていないとも限らない。

 不安は解消されるどころか、益々募る一方だ。

「そう心配するな。お前は意外と心配性だな」

 楽観的なのか、破流姫の軽い物言いに心底不安になった。

「お前、信じらんねぇ。王の住む城になんて、そう簡単に行けるもんじゃないんだぞ? 警備は厳重だろうし、不審者と見られたら即刻牢屋行きだぞ? 牢屋ならまだしも、処刑ってこともありえるんだからな。友達の家に行く感覚みたいだけど、どこに大丈夫だって根拠があるんだ? 事の重大さがわかってるのか?」


 華青はいまだ破流姫の正体を知らない。いい加減教えてやったほうがいいだろうか、と三杉は思ったが、腹の中で小さな黒いシミが躊躇わせる。

 醜い嫉妬心だ。

 わかってはいたが、それを消す術がわからない。

 教えなかったからと言って重大な結果を招くわけでもないと自分に言い聞かせ、嫉妬心を正当化させた。


「まぁ、見ていろ。悪いようにはしない。それより、ちゃんと従者らしく振る舞えよ。珍しいからと言って間抜け面を晒していると、私の品位に係わる」

 ニヤリと笑って言うと、華青は途端にムッとした顔つきになり、

「俺を甘く見るなよ? 百戦錬磨の華青様にできないことはない」

 と、それこそどこからきた自信なのか、胸を張って偉そうに言った。

「そうか。それは楽しみだな」

 破流姫の笑みの本当の意味に気が付いているのは三杉だけだった。



 ◇



 豪奢な客間に通され、第一王子の熱烈な歓迎と、淑やかにコロコロと笑う別人の破流姫の姿に、あんぐりと口を開けて華青が注目している。

「あぁ、感激です。姫がこうして私の城にいるなんて」

 もう何度目の台詞だろうか。数日前に『黄色い頭のヤツ』と破流姫に呼ばれていたウェイン王子が、頬を上気させ、目を潤ませ、あまりの興奮に居ても立っても居られないといった様子でそわそわとしている。

「偶然、こちらにくることになりましたの。突然でごめんなさい」

「そんな! あなたならいつでも大歓迎です。これからも是非来て下さい」

「まぁ、そんなお優しい言葉を掛けられた、本気にしてしまいますわよ?」

「是非! 是非!」

 作り物の言葉と笑顔でウェインを魅了する破流姫の傍らで、三杉もまた魅了されていた。


 常日頃からこうであればいいのに。

 あたたかさと優しさ、それに愛らしさ。笑顔ひとつで誰をも魅了するこの可愛らしさが、自分を作る時にしか出てこないなんてもったいなさ過ぎる。

 だからこそ貴重ではあるのだが。

 それに、普段が普段だから、こういった場面ではなおさら魅力が増すのも事実だ。

 素の破流姫を見られるのは特定の人間だけだ。その最たる者が自分であるのだから、それを特別と言わずして何と言おう。

 やはり自分は恵まれている。

 そう結論付けたところで、これからは自分ではなく、華青の役目になるのだと落ち込んだ。


「ところでウェイン様。わたくし、本当はこちらへお邪魔する予定ではありませんでしたの」

 いよいよ本題だ、と三杉は肩に力が入った。

「え!? そ、それはどういう……」

 自分に合いに来たのではないとあっさり言われ、ウェインは目に見えて動揺した。

「数日前から自国の街や村を視察に回っていたのですが、あるところで得体の知れない男たちに襲われました」

 嘘も堂々と言い放てば、どうにも本当らしく聞こえるから不思議だ。

 それを疑いもしないウェインは、目を丸くして思わず立ち上がった。

「えぇ!? 襲われたって……ご無事だったのですか?」

「えぇ、この通り元気ですわ。この者たちもおりましたし」

 心配げな眼差しを破流姫から自分に移され、三杉は軽く笑みを浮かべて頭を下げた。

「あれはどの辺りだったかしらね、三杉?」

 唐突に話を振られ、驚いて笑みなど消し飛んでしまった。

「あ、え……も、森……確か、森です」

「あぁ、そうね。国境近くの森だったわ。あなたの弟君もちょうど近くにいて、助けていただきましたわ。そうよね、三杉?」

「はい。お陰様でこうして無事でいられます」

 すぐに気を持ち直して、破流姫の作り話に便乗する。

 ウェインはほっとして気が抜けたのか、どさりと腰を降ろした。

「そうですか……ヒールが……」

 本当の意味ではヒールの命を受けた従者たちが襲ってきて、ここにこうしている羽目になっているのだが、話の流れで随分と美化されてしまった。

「それにしては、あいつは何も言ってきませんが……」

 三杉はヒヤリとしたが、破流姫は表情を曇らせ、さも心配げに、

「体調を崩されたようです。わたくしがとんでもないことに巻き込んでしまったから……」

 と伏せ目がちに言った。

 破流姫の報復により先程は怖がって姿も見せなかった、とは、破流姫と三杉だけが知る事実である。

 破流姫の並べる嘘八百を真に受けたウェインは、慌てて慰めの言葉をかけた。

「いいえ! あなたのせいではありません。あいつは少し無鉄砲なところがありまして。ああして城から離れて暮らしているのも、ここでは窮屈すぎると飛び出して行ったのです。あれで繊細で優しい面もあるのですが」


 チッ、と舌打ちが聞こえたのは恐らく三杉だけだろう。ウェインは弟の身を案じ、破流姫の身を案じ、こんな場違いなところで舌打ちが舌打ちに聞こえなかったに違いない。


「ですが、姫が無事で何よりです。弟もあなたのお役に立てて良かった」

 ほっとして笑うウェインは、まるで弟と違う。人が良く、優しい。王としての器には少々不安が残るが、それはこれからの努力次第でどうとでもなるだろう。周りを固める重臣たちの能力によるところも大きいだろうが。


「それで、ウェイン様。サリアード侯爵は御存じでいらっしゃいますわよね?」

「サリアード卿……ですか? え、えぇ、父上の最も信頼する重臣ですが……それが何か?」

 突然の重臣の名指しに、ウェインは怪訝な、それでいて不安げな表情を浮かべた。

 破流姫は言いあぐねている風に胸の前で両手を組み、視線を逸らした。

 それでウェインの不安は煽られたらしい。目を見開いて身を乗り出した。

「ま、まさか、姫を襲った暴漢は……」

 破流姫は視線を逸らしたまま、小さく頷いた。

「そんな!」

 ウェインは勢いよく立ち上がった。顔面蒼白で、そのまま倒れてしまいそうだ。

「ご本人がいらっしゃったわけではないようでしたから、確かなことは言えません。サリアード卿がどういった方かも存じ上げませんし。ですが、わたくしは見てはいけないものを見てしまって、それで襲われることになってしまったようなのです」

「見ては、いけないもの?」


 破流姫は傍らの机の上に置いてあった巾着を逆さにしてぶちまけた。その中からクシャクシャに丸められたものを手に取った。

 もしかしなくても証拠の書類だ。何てぞんざいな扱いだ。しかも机の上にはギルドの依頼で集めた花の小さな一株もあった。きっと城の庭に植える気なのだろう。そのほか街でもらったお菓子の残りらしい包みと、どこから解いたのか緑色のリボンと、なぜか木のスプーンまであった。


 三杉はやけに疲れを感じたが、ウェインはそんなものを気にするどころではない。

 元は四つ折りにしていたらしいクシャクシャの紙を広げ、体裁よく伸ばしたものを破流姫が差し出すと、ウェインは恐る恐るといった体で受け取った。

「とある取引現場のようでしたわ。何か大きな荷物を車で運んで行きました。この者たちが調べたところ、サリアード卿の屋敷へ入って行ったとのこと。そうだったわね、華青?」

 初めてきちんと名前を呼んでもらえたにもかかわらず、華青はまだ呆けたままで呼ばれたことにも気づいていないようだった。

「これは……」

 ウェインは書類を見ながら絶句した。

「運んでいたのは恐らくは武器。書類の一番下に荷主と受取の署名がありますでしょう? 送ったのは隣国の貴族。そして受け取ったのは――」

「サリアード卿」

 ウェインは顔を上げて破流姫の言葉を継いだ。

「でも、なぜサリアード卿が……。あの者は誰よりも王と国に忠実なはずなのに」

「聞いた話ですと、何やら思うところがあっての決行だとか。それも、思い悩んだ末のことのようですわ。サリアード卿と何か問題でも抱えていらっしゃるの?」

「いえ、そんなことは……」

 そう言葉を濁してウェインはまた書類に目を落とした。破流姫は何も言わなかった。そうしてウェインからの言葉を待っているようだった。


 素の状態なら暴言と暴力で無理矢理言わせるのに、と三杉は心の中で思った。胸倉を掴んで凄まれるとか、肩を小突かれて追い詰められるとか、あぁ、そう言えば踏みつけられそうにもなったことがあったな、と何だか懐かしく思い出していた。


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