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第13話

 ◇



 ともかく大量の武器の存在と在処を確認しなくては、単なる噂話にしかならない。


 破流姫の意見には華青も賛成し、そのために再び侯爵の屋敷に潜り込んでいた。

「って言ってもなぁ。貴族様のお屋敷は広いから探すのも楽じゃないよな」

 裏の小さな勝手口から火の落とされた台所に忍び込み、独り言を呟いた。

「お姉さんに聞いとけばよかったな。失敗したなぁ」

 言いながら、寝静まって物音もしない廊下へ出た。

 ここからは口を噤み、足音も忍ばせて進む。


 物騒なものを数多く隠しておくなら、日の当たる部屋は論外だろう。


 華青は地下室の扉を探して進んだ。

 ひとつひとつの扉に耳を寄せ、中の気配を探ってから静かに開く。鍵の掛けられた扉は隠し持っている七つ道具のひとつ、万能鍵でこっそり開けて中を覗く。

 そうやっていくつか扉を開けたが、地下に通じる扉はなかった。


 今夜中に見つけられるのか?


 内心で溜め息を吐いて、長い廊下の先を見遣った。


 突然、隣の扉が開いて男が出てきた。


 華青は心底驚いて飛び上がった。

 男は手にした書類に目を落としたまま出てきたが、ふと顔を上げて華青と目が合うと、驚愕の表情を張りつかせて固まった。

 お互い驚き過ぎて声も出せず、ただ相手を凝視して硬直していた。

 頭の中では、誰、何で、どうしよう、という疑問が目まぐるしく浮かんでは消えて行くのだが、どちらも時間が止まったかのようにピクリとも動かなかった。


 やがて男の持っていた書類がバサバサと音を立てて手から落ちた。

 華青はそれを目で追って、床に散らばった書類を見た。それからおもむろに視線を上げ、まだ目を見開いたままの男にヘラリと笑って言った。


「やぁ、どうも」


 時間が動き出した。


「だ、誰だ、あんた!?」

「しーっ。大声出すと誰かが起き出すだろ」

 華青が声を潜めて諌めると、男も肩を竦めて小声で言った。

「あんた、誰?」

「俺か? 俺は最近入ったばかりの護衛だ」

 台所で言った大嘘をここでも繰り返した。

「護衛が何でこの時間にここにいる? 大体、屋敷には入るなって言ってあるだろう?」

 あの女性と同様、護衛という立場には疑いを持たれなかった。


 人が良すぎやしないか?


 騙す立場でありながら、少々心配になった華青だった。


「ちょっと飲み過ぎてさ、台所で水を飲んできたんだ。外に出たと思ったらこんなところにいたんだよね」

 あはは、と軽い笑いまでつけると、男は肩の力を抜き、やや蔑むような視線を華青に向けた。

「酒を飲むのは勝手だが、屋敷の中をうろつくな」

「悪い悪い」


 男は一度華青を睨んでから、落とした書類を拾い始めた。

 華青が手伝おうと一枚拾い、何気なく記されている文字に目を走らせた。


 物の名前と数字。

 暗い中をよくよく目を凝らして見ると、日付、名称、個数、金額の羅列だった。


 男が慌てて書類をひったくる。

「おい、これって……」

 男は無言で書類を集め、胸に抱えて踵を返した。

 華青は男の襟首を掴まえ、壁に叩きつけて凄んだ。

「これって、俺たちが運んだ荷物の中身だよな?」

 使用人然とした男は、自分が太刀打ちできない相手と瞬時に判断したのか、急にビクついて視線を逸らした。

「旦那様が武器を買い集めてるって、ほんとの話だったのか。集めてどうするんだ? 戦争でも始める気か?」

 覗き込むようにして問えば、男は廊下のずっと先に視線を送ったまま、上ずった声で答えた。

「あ、あんたに関係ないだろ」

「なくはないな。俺が運んだ荷物だ」

 本当に護衛であったのなら、の話だが、真実を教えてやる理由はない。

「旦那様は誰にでも慕われる人格者なんじゃなかったか? それともそれは作り物で、本当の顔は別にあるのか?」

「旦那様は立派な方だ!」

 突然叫んだ男の口を、華青は慌てて塞いだ。

「大声出すなよ」

 男は鼻息荒く華青を睨みつけてくる。


 台所の女性と同様、この男もサリアード侯爵を心から慕っているようだ。ますます侯爵の人となりがわからなくなってくる。


「いいか? 手を離すから叫ぶなよ?」

 男は目を吊り上げながらも小さく頷く。解放されると一つ深呼吸をした。

「何で立派な旦那様が武器なんか集めてんだよ? 何かマズイことに使うとしか思えないだろ?」

 男は唇を噛み締め、俯いた。

「それとも、ここの旦那様は戦争を起こすのが立派な行いだと思ってんのか?」

 途端に男は顔を上げ、何かを言おうと口を開いたが、華青は自分の唇に人差し指を当てて叫ばないように示した。男は吸い込んだ息を大きく吐き、落ち着いてから静かに言った。

「旦那様はそんなこと考えてない。誰よりもこの国を愛している方なんだから」

「じゃあ武器を集める理由は何だ?」

 男は視線を彷徨わせ、言うべきか否かを迷っているようだった。雇われの護衛に詳細を知らせるわけにはいかない。だが怒らせて酷い目にも遭いたくない。そんな葛藤が無言の中で行われているようだった。

「別にさぁ、趣味で集めてるだけならいいんだぞ? 個人の嗜好にとやかく言うつもりはないし。だけどこれは度が過ぎてるだろ。俺が知らずに運んだ荷物が戦争の一端を担うなんざ、夢見が悪い。旦那様には悪いけど阻止させてもらうよ」

「ど、どうやって?」

「んー……役人に訴えるとか?」

 適当にそう答えた瞬間、男は華青の胸倉を掴み、自分が出てきた部屋に引っ張り込んだ。そして華青に掴みかかったまま、

「頼む! そうしてくれ!」

 と切羽詰まった様子で訴えた。

「……は?」

 思ってもみなかった答えが返ってきて、華青は一瞬混乱した。

 やめろと言われるならともかく、やってくれと懇願されるとは、さすがの華青も予想外だ。

「本当は私がやるべきなんだ。だけど旦那様を裏切るような気がしてできなかった。このままでいいわけないとわかってはいたんだが……」

 男は急に萎れて手を離し、項垂れた。

「えー、と。イマイチわかってないんだけど?」


 男は顔を上げた。悲しそうな目で、それでいて覚悟を決めたように口を結び、華青を見上げた。

「旦那様はこの国を愛しているんだ。それはわかってくれ」

「あ、あぁ……」

 とりあえず了承しておくと、男は踵を返し、トボトボと窓際にある机に向かい、書類を置いて椅子に腰掛けた。


 暗くて良く見えないが、どうやらこじんまりとした執務室のようだ。


「あんたもそこに座んなよ」

 男が指差す先の椅子に、華青も腰を下ろした。


「この国はさ、あんたも知ってると思うけど、軍隊ってものがないんだ」

 膝の上で組んだ手を見るともなしに見ながら、男は話し始めた。

「先々代の王様が当時あった大戦のあと、武力を放棄したんだ。この国は小さいから、武力を持ったところで大した意味はないんだけど、争いごとに嫌気の差した王様がそう決めたんだ。王様は話力に長けていたから、言葉で国を治めて、外交もこなしたんだ。軍隊なんかなくてもこの国は平和だし、周りの国ともうまくやっていると思うよ」

 そこで男は一呼吸置き、顔を上げて華青を見た。

「今の王様もとてもいい方なんだ。とても優しいし、国民のことを真摯に考えてくれる。でも旦那様は、優し過ぎるって言うんだ」

「優し過ぎる?」

 優しさを厭われるとは皮肉な話だ。あちらの顔を立て、こちらの言い分を取り、双方にとっていいように妥協することが却って不満を煽るのだろう。良かれと思ったことが裏目に出るのだ。

「争いを嫌うあまりに、多少無理な要求でも飲んでしまうって。この国の意思を曲げてでも大国におもねる必要なんかない、この国は属国じゃないって。ひとつが通れば次も、その次もって要求される。強い意志を見せなきゃ駄目なんだって」

「それで軍隊を立ち上げて力を見せつけるって?」

 華青の言葉に男は返答せず、悲しそうに俯いた。

「ある日、旦那様がひどく憤って帰ってこられた。二人の公爵様と一緒だった。何やら夜遅くまで話し込まれていたけど、翌日の朝、私に一枚の紙を出して、数日後に取引があるからそれの管理をするようにって言われたんだ」

 男は机の上の書類を漁り、その中の一枚を華青に渡した。


 暗がりの中で目を凝らすと、そこにはやはり武器の品名と数量が記され、そして取り引き相手とサリアード侯爵の署名もなされていた。


 これはサリアード侯爵が秘密裏に反乱を企てている明らかな証拠だ。


「私も最初はお止めしたんだ。こんな……大それたこと」

 止めはしたが、止めきれなかった。主人の命令を突っぱねることのできる使用人などいないだろう。書類を持って役人の元に駆け込むこともできなかった。敬い慕う主人を窮地に追いやることに躊躇ってしまった。

「だけど、こんな反逆罪を放っておいていいわけないだろ? 主人の命令は絶対かもしれないけど、主人のためを思うなら加担するんじゃなくて、何としてでも止めるべきじゃないのか?」

 華青の言葉には男も返す言葉がなく、口を噤んで俯いた。

「まぁ、あんたの気持ちもわからないではないけどな。旦那様は人格者みたいだし、仕えてるものとしては誠心誠意尽くしたいってことなんだろ? ちょっと方向が違っただけなんだよな」

 俯く男の目からぽたりと滴が落ちた。暗がりの中では華青も気づかなかった。

「告発したらこの家も旦那様もただじゃ済まないと思うけど、それでもいいのか?」

 駄目だと言ったところで裏取引を見逃すつもりはないが、男の覚悟のほどを確かめてみた。


 男は俯いたまま頷いて見せた。

「旦那様にはこれ以上罪を犯して欲しくない」


 華青はそれを聞いて膝を打って立ち上がった。

「よし、わかった。俺が旦那様を止めてやる。この書類、もらって行くぞ」




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