第11話
◇
道の先が緩やかに弧を描き、その先は木々に遮られて見通すことはできない。ちょうどそこへ消えて行こうとしている、荷台を押す数人の姿が遠目に見えた。
「いた! あれがそうだな?」
破流姫は指を差し、なぜか目を輝かせて華青を見た。
「そうみたいだな」
「すごいな。お前は何でもわかるんだな。何でもお見通しだ」
「ふふん。師匠と呼べ」
華青は調子に乗って、胸を張って偉そうに鼻で笑った。
「師匠! 素晴らしい!」
破流姫も本気で感動し、手を叩いて華青を褒めた。
ますます絆を深めていく二人を、どこか他人事のように、だが少し寂しげに三杉は見ていた。
自分の入る余地はどこにもない。寧ろ邪魔にすらなっているのではないかと、卑屈な考えすら頭をもたげる。もしかすると城へ帰り着いた途端、お役御免の宣告が待っているのかもしれない。
それは寂しい限りではあるが、意外と冷静に身の振り方を考えている自分もいて、やっぱりなるようにしかならないと、もはや諦めの境地にいた。
破流姫とは会えなくなってしまうのだけが心残りだ。あと数日で綺麗さっぱりと笑って別れが言えるように、今から覚悟しておく。泣くことだけはしたくない。豪胆な性格の破流姫なら、そんな湿っぽい場面は嫌がるだろう。呆れ半分、嫌悪半分で最後の別れとはしたくない。だから一言お礼を言って、それでおしまいにする。
姫様の花嫁姿も見たかった、と心残りがもう一つ浮かんだ。どこの国からも引く手あまたの破流姫なら、最高潮の幸せに包まれたそのとき、さぞや美しく、神々しいだろう。そんな輝きに満ちた瞬間の笑顔を、間近で見たかった。欲を言えば生まれてくる子供も目にしたかった。きっと破流姫に似た、誰もを虜にするほどの可愛らしさに違いない。
城を離れてしまえばもう、遠くから幸せを祈っているしかできない。
それでも破流姫のお側付だったという事実は、三杉を幸せな気持ちにしてくれる。
叱られてばかりで役に立つことはほとんどなかったように思えるが、城で過ごしてきた日々は幸せだった。それはきっとどれだけ遠く離れても、どれだけ月日が経っても、忘れることはないだろう。
「おい、破流。右端にいる男を見てみろ」
幸せな回想から現実に引き戻したのは、華青の遠慮もない呼びかけだった。
破流姫と華青は頭を寄せ、道から外れた草むらから荷車の方を見ていた。
「あ! あいつ、盗賊ではないか」
三杉も思わず身を乗り出した。
「やっぱり襲われた後だったのか?」
「んー、どうだろうな」
「どういう意味だ?」
荷車が視界から消えてから、三人は草むらから小道へ出た。
「荷車を押していたのが三人いただろ? あれは盗賊という感じじゃなかった。どこかの下男のように見えた。周りに五、六人いたのは荷車を警護してるみたいだったな」
「ということは、奪われた車ではないのか? 盗賊も盗賊ではない?」
「かもしれないな」
三人は無言で荷車の消えて行った道の先を見つめていた。
盗賊でないのなら追いかける必要はない。だが破流姫に無礼を働いた男はどう見ても盗賊だった。
あの荷車と護衛をする男たちには、どんなつながりがあるのだろう?
「あるいはあれそのものが盗賊」
後ろで呟いた三杉を、破流姫と華青は振り返り見た。
「あの下男もか?」
三杉は問い掛ける破流姫に頷いて見せた。
「そうでなければ一緒にいないでしょう。あの荷車を護衛しているのも、自分たちのものだからかもしれません」
「なるほど。そう言われてみればそうかもしれないな。ではあの荷車は、奪った金品を運んでいるのだな」
「いや、そうとも限らないだろ」
否定した華青を、二人が見る。
「あんな山積みになるほどの金品はここでは奪えない。ギルドのおやじが言ってただろ? 盗賊が出るようになってからあまり人は近寄らないって」
荷車には大きな布が被せてあって積み荷はわからないが、遠目からもわかるように山積みになっていた。下男らしき男が三人で押していたから、かなり重さがあるのだろう。
それほどの金品を、ひと気のないこの森で奪うのは不可能だ。どこかの家に押し入ったということも考えられなくはないが、街に出て強盗を働くとは聞かなかった。
「ではあの積み荷は何だ? あいつらは何を運んでいるんだ? そもそもあいつらは盗賊なのか?」
矢継ぎ早に繰り出される破流姫の疑問には、さすがに華青も三杉も答えられない。
「気になるときは追求する」
華青は一歩を踏み出した。
「それが仕事を請け負った者の務めだな?」
破流姫が麻袋を抱え直して付いて行く。
「いや、これは俺の好奇心だ」
偉そうに教え諭すような口調で華青が言えば、破流姫も真面目な顔で頷き、納得した。
三杉はもう考えることも放棄して二人の後に続いた。
◇
荷車と男たちはしばらく森の中を進んだのち、街の外れへ戻ってきた。本道へは入らず、迂回してわざわざ遠回りをし、人目につかないよう木々の間を縫ってようやくたどり着いたのは一軒の屋敷の裏だった。
「でかい家だな。誰の屋敷だ?」
華青は誰に言うともなく言った。
「行って訊ねてみよう」
答えた破流姫を二人の男は慌てて咎めた。
「な、何を言ってるんですか! 私たちは今、ものすごく怪しい人物なのですよ? 良くて門前払い、悪ければ警備に引っ張られます」
「馬鹿だな、お前は。行って簡単に教えてくれるわけないだろ。こういう金持ちの家は警備が厳しいんだ。大体、顔が知られてるんだぞ? とっ捕まって牢屋に放り投げられるに決まってるだろ」
二人で頭ごなしに否定され、ムッとはしたものの、言っていることは尤もだと思って我慢した。それに師匠と認めた二人の言葉だ。口答えはしない。
「じゃあ、どうやって探るんだ?」
破流姫の問いには二人とも答えなかった。
三杉は困ったように目を逸らし、華青は考えているのか、眉根を寄せて屋敷を見ていた。
「そう、だな……俺が行ってくる」
そう言って華青は木の陰から出た。
「お前だって顔が知られてるだろう?」
破流姫の疑問も至極当然だったが、華青はニヤッと笑い、
「経験の差だ」
と言って走り去った。
経験を持ち出されると、破流姫には成す術はない。大事に抱えている麻袋だけが、今の破流姫の経験の証だ。生まれながらの経験であれば華青など足元にも及ばないだろうが、今それは何の役にも立たないものだ。
「城に帰れば私の方が経験者だよな?」
振り返って三杉に訊ねる破流姫は、どこか幼い子供のようだった。
「もちろんです。華青に真似のできるものではありません」
期待した答えが返ってきて、破流姫はほっとしたような嬉しそうな笑みを見せた。
「だよな。私の勝ちだよな」
勝ち負けの問題だったのか、と三杉は内心がっかりはしたものの、破流姫が喜んでいるのならそれでいいという結論に達する。
「ですから破流様。一日も早く城へ――」
お戻りください、という台詞は強引に遮られた。
「しかし、あいつはどうやって探ってくるんだ?」
破流姫の興味はすでに華青に移っていた。
「姫様、聞いてますか? 王様もきっとご心配されてますから」
「経験がものを言うなら、三杉、お前もできるのか?」
聞こえない振りをしているのか、本当に聞こえていないのか、三杉にはどちらとも取れる強引さだった。
「ギルドの高いクラスになれば、そういうこともできるようになるのか?」
「あのぅ、姫様」
「なぁ、どうなんだ?」
じっと見上げてくる破流姫の視線をまともに受け、三杉は確信した。
わざとだ。わざと無視している。
目の奥に、余計なことは言うなという、口にしない恐喝の言葉が見て取れた。
「三杉、どうなんだ?」
聞こえてくるのはただ無邪気な疑問。だが三杉は心臓を掴まれたような息苦しさを感じた。
「あ、あの……私は……」
「できないのか?」
その問いはもはや問いではなかった。
やれるものならやってみろ。
そんな脅迫だった。
破流姫に睨まれて、三杉に何が言えただろう。
「申し訳ありません……」
お決まりの謝罪しか出てこなかった。
「三杉には無理か。まぁ、誰にでも向き不向きはあるからな」
慰めるような台詞だったが、三杉には頭を殴られたような衝撃だった。
三杉には不向きだ。
それは従者としての素質を意味しているように聞こえた。こうも機嫌を損ねるようなことばかりしているから、お役御免の宣告は確実だろう。そしてそのあとにはきっと、意気投合している華青が付くに違いない。能力不足は否めないが、こと破流姫に関しては華青よりも理解しているし、劣るはずはないと自負している。しかし破流姫が三杉を拒否すればそれでおしまいだ。
華青にはできて三杉にはできない。
そんな言葉の裏を読んで激しく落ち込んだ。




