ちいさなゆきだるま
冬の童話祭向けに書いたものです。
参加表明をしていなかったので、選考作品外ですが…
深い冬のある日。夜のうちにしんしんと振り積もった雪は子供の膝ほどまでになっていました。
普段はあまり雪の多くない地域ですから、大した除雪道具があるわけでもなく、大人たちは困り果てていました。除雪車の数も足りないようで、もう朝の6時になるというのに子どもたちの通学路になっているひび割れたアスファルト舗装の村道には除雪車が通ってきません。
せめて子供が使うバス停までは、と30半ばほどの村の若いもので集まって村道の雪かきをします。
えっせらほっせら
えっせらほっせら
「除雪車さえ通れば」「いいや、どこもこうなんだろう」「あぁ雪なんて嫌いだよ、もう」
まだ薄暗い冬の村道を、口々に文句を言いながら雪かきをする大人達をこっそりと見ている女の子がいました。町内会長の孫娘、ミサキです。普段はギリギリまで眠っているミサキでしたが、この地域ではめったにない大雪にざわめく大人たちの声を聞いて早々に起き出してきたのです。
ジャンパーや分厚い手編みのセーターをもこもこに着込んだミサキは、まだ薄暗い家の庭で腰ほどまでの小さな雪だるまを作っていました。
「除雪車7時にはくるんじゃないか?」「それだと来なかった時に間に合わねぇ」「雪なんて大嫌いだ!」
心底嫌そうに呟きながら雪かきをする大人の声を聞いて、ミサキの雪だるまを作る腕がピタリと止まりました。そしてジャンパーについた雪をさっさっと払うと雪かきをする大人たちのもとへと走ります
「あれぇ、ミサキちゃん今日はえらい早起きだねぇ…」
目を丸くしてミサキを見る大人に向かって、ミサキは嬉しそうにこう言います。
「雪はやだねぇ!」
「またミサキちゃんの癖がはじまったよ」クスクスと笑いながら大人は笑います。ミサキには少し変わった癖がありました。
それは、なんでも大人のマネをするというようなもので、子供らしい発言や行動は避けていつでも大人のマネをしていました。「子供は気楽でいい」だとか「ふきのとうはあの苦さがいいのよ」だとか、そういう事をマネするのです。
それからミサキは「雪で喜ぶのは子供だけだねぇ」と言って、家へと戻って行きました。
家の庭にある作りかけの雪だるまをミサキは、蹴飛ばして壊してしまおうかと思いましたが、それは出来ず。ミサキは小さなカマクラのような壁を作って小さな雪だるまを隠してしまいました。
朝の7時にはもう村道の雪は綺麗に除雪されていました。
セーターやジャンパーをもこもこに着込んだミサキは、やっとのことでランドセルを背負うと、除雪された村道を歩いてバス停へ向かいます。
バス停では、ミサキと同じ小学3年生のタクヤと、その弟のジュンヤが雪合戦をして遊んでいました。
雪にはしゃぐ二人を見て、ミサキは得意げな表情で覚えたばかりの言葉を言います。
「雪なんて大嫌いよ!子供だけよ、雪が好きなのは」
気取ったミサキの表情に、タクヤは少し間を置いてから笑い出しました。
「でたー!ミサキのおとなごっこ!本当は自分だって雪遊びしたいくせになー!」
大笑いするタクヤを見て、ミサキはゆでダコのように顔を真赤にすると「アンタみたいなガキとは違うのよ!」と大声で怒鳴ってバス停の中へと入って行きました。
バス停の中では上級生のお姉さんたちと中学生が静かに本を読んでいました。ミサキは急いで家へ帰ると、お父さんにねだって買ってもらった太宰治を持ってバス停へ戻りました。
お姉さんのマネをしてミサキも太宰治を読みますが、三年生のミサキには感じも言葉も内容も分かりませんが、ただ大人が読むような本を読みたいからという理由で買ってもらったのでした。
バスは、予定の時間を30分も遅れて来ました。外で遊んでいたタクヤとジュンヤは遊びの時間が終わってしまったので少し残念そうにバスに乗り込みます。
ミサキも「もっと本を読んでいたかったのに!」とつぶやきましたが、内心では読めない本を読んでいる振りから開放されて、安心していました。
バスはゆっくりゆっくりと進み、学校につく頃にはもう二時間目の授業が始まる時間でした。
お昼休み、ミサキの席に青いカチューシャがよく似合う女の子がやってきます。ミサキの親友のユリネです。
「ねー!ミサキちゃん、そとで雪だるまつくって遊ぼ、さっちゃんとみゆちゃんも誘ってるんだよ-!」
満面の笑顔でミサキを誘うユリネに、やはりミサキは得意げな表情をして
「私は雪が嫌いなのよ、それに太宰治もまだ読み終わってないし」
そういって机の中から太宰治を取り出して読み始めます。
ユリネは目をぱちくりさせると、首をかしげてそのまま友達と一緒に校庭へと向かっていきました。
教室にはミサキと宿題のプリントのチェックをする担任の安藤先生だけが残っています。
「ミサキさんはみんなと一緒に遊ばなくていいの?」
安藤先生が穏やかな声でミサキに声をかけます。ミサキは得意気に本から顔をあげると
「私は雪が嫌いなんです。積もったら邪魔だし、教室で太宰治を読んでる方がずっといいですわ。」
と気取ったように言います。安藤先生はくすくすと笑ってから、ミサキに言いました
「あら、ミサキさんもう太宰治なんて読んでいるのね。私なんか中学生に上がっても太宰治がよくわからなかったのよ。ミサキさんはもう大人なのね」
先生の言葉にミサキはぱぁっと顔を輝かせ、本をペラペラとめくりながら本を読んでいるふりをしました。外からは雪遊びをする友人たちの声がします。ミサキは時折羨ましそうに窓の外を眺めますが、すぐに本へと目をやります。
いつもはあっという間に感じる30分の昼休みが、1時間にも2時間にも感じられるようでした。
放課後も、次の日の昼休みもミサキは一人で本を読んでいるふりをしていました。雪で遊ぶのは子供だけだと自分に言い聞かせ、聞かれれば得意気に周りにも言って見せました。しかし、本を読んでいるふりをするだけというのは退屈でした。
次の日の夜、ミサキは夢を見ました。
夢のなかで、ユリネ達が雪だるまを作り、タクヤとジュンヤは雪合戦をしている中でミサキだけ本を読んでいました。退屈そうに本を読むミサキに、聞きなれない声が話しかけます。
「ねぇ、ミサキちゃんは雪で遊ばないの?」
ミサキは本から顔を上げないまま声の主にお決まりのセリフを言いました。
「私は雪は嫌いなのよ、雪ではしゃぐのはガキなのよ」
声の主は、ミサキの言葉を聞いて驚いたようにこう続けました
「本当はミサキちゃんも雪遊びが好きなんでしょ?読めもしない本を読むのは退屈じゃあない?」
ミサキは顔をゆでダコのように真っ赤にして声の主を振り返りながら大声を上げました
「雪なんてきらいよ!それに私はこの本よめるもの!」
そこに居たのは、不格好な未完成の雪だるまでした。
ミサキは目を白黒させると、またすぐに本に向き直ります。
「私は昼休みが終わるまでずっとこうしているの!」
意地っ張りなミサキに、雪だるまは大きなため息を吐くと「じゃあずっとそうしていなよ」とつぶやきした。
ミサキは相変わらず本を読み続けます。しかし、いくら待っても昼休みは一向に終わってくれません。
ぱら…ぱら…
ミサキは本を何周もしましたが、昼休み終了のチャイムは全然鳴ってくれません。
ぱら…ぱら…
もう10周はしたのではないでしょうか?チャイムはまだなりません。
ぱら…
ミサキはとうとう字を眺めるのにも疲れて、目の前で雪遊びをする他の子たちを眺め始めました。
楽しそうにはしゃぐ友達を見て、ミサキの目に涙が滲みます。
でもだれもミサキの事なんて気にしないで夢中になっているものですから、ミサキの涙には気付きません。
ミサキは自分があんまり惨めで、情けないように感じてとうとう大声で鳴き始めてしまいました。
普段気取ったことしか言わないミサキを見てユリネ達は驚いた表情をしてからすぐに柔らかく微笑み、ミサキに手を差し出します
「ねぇ、ミサキちゃんも雪遊びしようよ!」
ミサキはユリネの手を取りました。
そしてみんなでミサキの背丈ほどの大きな雪だるまを完成させました。すると先ほどまであんなにならなかったチャイムが鳴り始めました。と、同時にお母さんの大きな声が聞こえてきます。
「ミサキー!ご飯よー!」
夢からさめたミサキはしばらくボーっとした後、急いで朝の準備を始めました。
庭先には、崩れたかまくらの中から顔をのぞかせる未完成の小さな雪だるまがありました。
ミサキはその壊れかけの雪だるまにそっと南天で目を付けてやると、バス停へと向かいました。
「タクヤ-!雪合戦しましょ!」
ミサキはそれからというもの、大人ごっこをしないようになりました。しかし、見栄をはらずに自分に素直に遊ぶようになったミサキは、それまでより少しだけ大人になったように見えるのでした。