こんな夢を観た「歌舞伎町に山ができる」
新宿・歌舞伎町に、一夜にして山ができた。
「これは登るしかありませんねえ」友人の志茂田ともるが、ぽんっとわたしの肩を叩く。
「おれは行くぜ、誰が何と言おうともなっ」桑田孝夫の顔には、固い決心が浮かんでいた。
「え~、行かなきゃダメ?」一方、わたしはあまり気乗りがしないのだった。「けっこう登るよ? 身延山って登ったことある? あの階段、本当に大変な思いをしたんだ。ぱっと見、それよりもまだ高そうだけど……」
2人は呆れたようにわたしを見下ろす。
「ここまで来て、何を言ってるんですか。むぅにぃ君、今こそ、そのたるんだ心を鍛え直す時です」
「そうだぞ。わかったら、さっさとこいつを担げっ」
桑田は持ってきた金棒の1本をわたしによこす。ずっしり重い。なんといっても、むくの鉄の棒だ。
「こんなの持って登って、どうするのさ?」金棒が肩にめり込んで痛い。
「手ぶらで行くつもりですか、むぅにぃ君。富士山の登山だって、杖を持っていくじゃあ、ありませんか。それと同じことです」至極当然のように志茂田は言う。彼の言葉は、いつだって妙な説得力がある。
「わかった、言う通りにするよ」
「おれが言っても、まるで聞かねえくせにな」桑田が面白くなさそうに、ぶつくさと言う。
志茂田を先頭に、桑田、わたしの3人は「歌舞伎町新山」を、えっちら、おっちらと登っていった。
何しろ急ごしらえの山だ。道なんてあるはずもなく、ごつごつとした岩の間を、しがみつくようにして這い上がっていく。
「今、金棒から手を離したら、そのまま都庁まで滑り落ちていくんじゃないかな」わたしは息を切らせながらぼやいた。実際、持つ手がしびれて、きりきりといっている。
「ばかなことを言わないで下さい、むぅにぃ君。転がり落ちたとしても、せいぜい、ゴールデン街入り口まででしょうに。どちらにしても、金棒をしっかり担いできてくださいね」
「ところでさ、登った先には何があるの?」わたしは聞いた。
「おまえ、そんなことも知らずについてきたのかよ」桑田は大げさに驚いた顔をしてみせる。「聞いたか、志茂田。こいつ、なんにも知らねえんだってさ」
「いやはや、これはこれは」
「黙ってついてこい、って言ったのはそっちじゃん。別に登りたくなんかなかったのに……」
「いいか、よく聞くんだ。山頂には、『この世で一番うまいラーメン屋』があるんだ。おれたちは、その店を目指して登っているのさ」
ラーメン屋なんて、いつの間にできたんだろう。でも、この世で一番うまいのか。それなら、行くしかない。
「わかった。頑張って、ついていくよ」はっきりとした目的がわかって、わたしはやる気を出した。
中腹まで来たところで、突如として赤鬼が現れた。
「お出ましだっ」桑田が先頭に躍り出て、赤鬼に先制攻撃を仕掛ける。「正義の金棒を喰らえっ!」
2度3度と、金棒がぶつかり合う甲高い音が響く。そして、桑田の金棒が、見事、相手の脳天を捉える。赤鬼は、キュウッと叫んで、その場で倒れた。
「桑田、強っ!」わたしは目を見張った。
「なぁに、たいしたことはない。しょせん、三流の『味噌ラーメン』の化身にすぎねえ」
さらに進むと、今度は青鬼が物陰から飛びかかってきた。志茂田は素早く金棒を持ち替えると、鬼の腹に強烈な突きをお見舞いした。
「来る頃だと思ってましたよ」よろめく青鬼の股間めがけ、渾身の力を込めて金棒を振り上げる。「必殺技、鬼に金棒っ!」
鬼はたまらずその場に崩れ落ちた。あれって、相当に痛いらしい。お気の毒に。
「青鬼は『塩ラーメン』の化けた姿なのですよ、むぅにぃ君」志茂田は金棒を担ぎ直す。
そろそろ頂上が近づいてきた。立派な御殿が見える。
「あれが『この世で一番うまいラーメン屋』かっ」わたしは疲れも忘れ、駆け出した。
「あ、お待ちなさい、むぅにぃ君っ」志茂田が呼び止めるが、すでに遅かった。
「げははっ、待ってたぞお~っ!」ピンク色の鬼が立ちはだかった。
「わあっ!」びっくりして転けそうになるわたし。けれど、よく観察してみれば、これまでに登場したどの鬼よりもひ弱だった。背も150センチあるかないかだし。
これなら勝てる、そう確信したわたしは、金棒を肩から下ろし、振り上げた。
「これでも喰ら――」
ところが、金棒は思いのほか重く、振り上げた拍子に、そのまま後ろへ倒れてしまう。
「残念だったなっ。おまえの負けだ。わしのところのとんこつラーメンをたらふく、喰らわせてやるぞっ」
桑田と志茂田が追いついてきて、わたしを残念そうに見つめた。
「だから、待てと言ったのに。ほんとにあなたは、人の言うことを聞きませんね」
「ばっかだなあ、むぅにぃ。こんなところでとんこつラーメンなんか食ってみろ。せっかくの『この世で一番うまいラーメン』が、もう腹に入らねえじゃねえか」
わたしはピンク鬼に首根っこをつかまれて、店の中へと引きずられていった。
悠々とラーメン御殿に入っていく2人を、うらやましそうに見つめながら。




