第2話
「シスト様はもっと素直になるべきだと思うんです」
「は?」
神殿での一幕の大体1週間後——展開が早いのはご都合主義という物ですよ——シストは夜会の為に自身が幼い頃からこの神殿に仕える巫女の手によって着飾られているところでした。
「シスト様はお美しいんですから、もっと素直になれば殿方が放っておきませんことよ」
本当ならお淑やかにしてほしいところですが、それを戦女神である貴女様に求めるのは酷というものでしょう。と巫女は彼女の髪を梳きながら言います。
「いやいやちょっと待って。なんでそういう話になるの?」
あと私、よく色んな奴から「お前は分かりやすすぎる」って言われるんだけど。と彼女は主張します。
「あら、シスト様、ご自分がおいくつになられたかお分かりですか?」
「生まれてから22年だけど?」
神族としては子供とも言える年齢。それでもその力は十分なもので、彼女と弟神の眷属国となってからというものシストリアが戦で大きな被害を受ける事はなくなりました。
それほどの女神を前にして巫女は尚も言い募ります。
「見た目はともかく、中身はれっきとした女性なのですから結婚のことも視野に入れてもらわなくてはならないんです」
「結婚って……」
私100年単位どころか下手すると1000年単位で生きるんですけど。と彼女はこぼします。
「それは……まぁ、そうでしょうけれど。けれど私たちとしてはシスト様の御子が見たいというのも本音ですし」
あなたもそうよねぇ?と部屋の角で控えていた2人の年若い巫女たちに同意を促す。
「えぇ。女神様の御子ですもの、きっとお美しいに決まってます!」
瞳を輝かせて力説する巫女を鏡越しに見てシストは口元をひきつらせました。
「いや……そんなこと言われてもピンとこないし」
「あら、でもシオンとはお似合…もがっ」
「バカっ!」
さらりと言いかけた女の口を隣に控える巫女が慌てて押さえる。
「シオン?シオンが一体どうしたの?」
普段は着ることのない――というより着るのを嫌がっている――豪奢なドレスを着付けられながらフクロウの様に小首を傾げるシスト。
「いえっ!なんでもないです!」
「そう?」
何処か釈然としないまま、飾り立てられる自身の姿を鏡で確認すると、そこには女神の名に相応しい神々しさを持った女が立っていました。
「いや、もう誰よこれ。うちの部隊の奴に会ったって素通りされるって、絶対」
呆れつつため息をつくと
「まだまだ、これだけじゃありませんことよ」
神族なのですから、それなりの格好をしていただかなくては。と巫女は言います。
「げっ……」
「何が『げっ』ですか、はしたない!」
「いやぁ、もう十分でしょう。そんな目立ちたくないし」
それに動きづらい。と口を尖らせました。
「動きづらくていいんです!絶対破らないでくださいませね?貴女様ときたら昔、動きづらいからといってドレスを切り裂いて暴れまわったことがあるんですから」
母親代わりを務めてきた巫女はここぞとばかりに説教を始めます。今更ですけどね。
「流石にこの年になってドレス破いたりはしないわよ。あ。ねぇ、護身用に短刀持っていったりとかは……」
「ダメです!当たり前でしょう?どこに舞踏会に短刀忍ばせていく女性がいるんですか!」
一蹴です。
「いや、ほら万が一賊が現れて姫様やらなんやら危険にさらされたりするとマズいし」
適当に並び立てていますが、要は不安なのです。自分の身を守る術を持てないことが。前回はしれっと急所蹴り上げましたが今回はそんなことも出来ないくらいの豪奢なドレスですからね。
「そんなもの、城の警備に任せてしまってください。大体王族や貴族が何です。あんなもの放っておいてもその辺に血筋のものはゴロゴロいるんですよ」
酷い言われようですが巫女たちにとって何より大切なのは目の前にいる女神ただ一人なので仕方ありません。王族だろうが貴族だろうが平民だろうがたかが人間なのだから死のうがどうしようが痛くも痒くもないというのが彼女たちの持論です。
「……ま、いいか。どうせシオンがいるし、いざとなったらアイツが帯剣してるの借りればいいでしょ」
「ダメです。万一のことがあったら、シオンの背後にでも隠れていてください」
「そんなか弱い深窓の令嬢じゃあるまいし……ていうか"戦女神"が誰かの背後で怯えてるってどうなのよ」
彼女にとっては正論を返しますが巫女はまったく耳を貸しません。
「ではお聞きしますが、大尉で、しかも男性であるシオンが貴女様から剣を取り上げられて、丸腰で何もできない方がマズいんじゃありませんか?」
更に正論を返されるとぐ、と言葉に詰まります。
「……分かりました。大人しくしておきます」
小さく肩を落とし、しぶしぶといった様子でシストは答えました。
「はい、是非そうしてくださいませ。さて、できあがりましてよ」
髪を結い上げられ、化粧を施され、ようやく解放されたシストは大人しく用意された椅子に注意深く腰掛けます。
そのタイミングを見計らったかのように1人の巫女が室内にやって来てシオンの来訪を告げました。
「――――影武者か?」
着飾ったシストを見ての第一声がそれでした。
「誰がよ!」
張っ倒すわよ!?と巫女が見ていないのをいいことに彼女は語気を荒げます。
流石に失礼にも程がある。
「あぁ、本人か」
すまん、そこまで豪奢に着飾るとは思わなかったからつい。とシオンは素直に謝罪します。
「しかしいつもなら言葉と同時に手が出るくせに、どういった心境の変化だ?」
「巫女に約束させられたのよ。今日は大人しくしてる。って」
「ああ、それは盛大に猫を被る必要があるな」
「あああああ、もう面倒くさい……」
へなへなとしゃがみこみそうになる彼女の手を引っ張って強引に立たせます。
「ほら、ドレスが汚れるとまたうるさいんだろう」
ううっ。と項垂れながらもされるがままになるシスト。
「お前そんなんで大丈夫なのか?」
「多分……?」
なんとも不安な返答にため息をつくしかありません。
(いざとなったら、連れて帰るしかないな)
「ほら、行くぞ。しっかりしろ」
「ちょっ、待って!踏む!!裾踏む!!」
こける!とわーわー騒ぐ彼女を呆れた目で見つめ、お前なぁ。と頭を軽く掻きむしります。
「あぁ、もう騒ぐな!」
シオンはそう言うとシストの膝の裏に右腕を差し入れ、左手でその背を支え持ち上げる――所謂お姫様抱っこという奴ですね。
「はっ!?ちょっ、アンタ何してんのよ!降ろしなさいっ!!」
「お前が裾を踏むだのこけるだの騒ぐからだろう。大人しく運ばれろ」
じたばたと暴れるシストを無視し、建物の外へと向かいます。
「このまま外出たらアンタあとで河に沈めるからね!?」
「沈めっ……。お前は山賊か何かか!?」
言われなくても出入り口のところで降ろすに決まってるだろう。と呆れながら返します。
言葉通りに出入り口のところまで来るとスノウを降ろしました。
「何か文句は?」
「…………ない」
「そうか。じゃあ」
つい、とシストに向かって手を差し伸べます。
「何よ、この手は」
「何って。一応淑女が男のエスコート無しはマズいだろう?」
「え、あー……そっか。そうなるか」
分かった分かった。と自らの手をシオンのそれに重ね合わせました。
「舞踏会とか久しぶりすぎて作法とか大分うやむやになってた」
そっかそっか、お嬢様方は殿方にエスコートしてもらうものだったね。と頷きます。
ついでに面倒くせぇ。とも呟きました。舞踏会面倒くさいなう。
「久しぶりって……最後にそういったものに出たの何年前だ」
さり気ない呟きを聞かなかったことにしてシオンが問います。
「聞いておどろかないでよ!かれこれ7年ぶり!!」
「15が最後……?結婚適齢期の女が見合いも兼ねた舞踏会その他に出てないってどうなんだ」
「ぶっちゃけて言うと、逃げてた!」
「清々しい笑顔で宣言することじゃないだろ」
こいつ大丈夫なのかと言いたげな若干憐れみのこもった視線を投げかけるが彼女は一向に介しませんでした。
「あれ、そういやリアは?」
「先に馬車に乗ってる……疲れやすいからなアイツ」
「体力無いわねー男のくせに。平和神だから?……あら4頭立て?豪気ねぇ。流石、腐っても貴族」
「人の家を没落寸前の様に言うんじゃない。これでも妥協させたんだ。迎えに行くんだったら6頭立てにしろ、2頭立てなんてふざけてるのか。相手は女神だぞ。だのなんだの騒ぐから」
手を貸してやりながら、馬車に乗せ、自身も乗り込みようやく一息つきます。
「あ、シスト。やっと来た。綺麗に着飾ったね。やっぱり似合うよ」
「えっらいめにあったわよ。動きにくいったらありゃしない」
「……それが普通だよ?」
呆れた目で言うリアを無視してシストはシオンに話しかけます。
「そういえばうるさかったのっておば様?それともお兄さんの方?どちらにしろ、元気?」
「どっちも元気だよ、鬱陶しいくらいにな。さっさと嫁を貰え、孫の顔を見せろと見合い話を次々仕入れてくる」
「ふぅん?しちゃえばいいのに、結婚。おば様たちが仕入れてくるんだもの、大人しくてふわふわした感じの可愛らしいお嬢様方なんでしょう?シオンなら家柄も顔も良いし、選び放題でしょうよ」
「好みじゃない」
ばっさりと切り捨て、視線を窓の外へと移すシオン。
そういうもの?と首をかしげるシストを見てリアは小さくため息をつきます。
(ああ、もう。じれったい。さっさとくっつけばいいのに。どうしてシストはこうも鈍いんだろう)
「ほら、そろそろ王城に着くぞ」
「え?あぁ、もう?」
シストが、猫かぶんなくちゃ。と姿勢を正します。
「エスコート、よろしくお願いしますね?シオン?」
「仰せのままに、女神様。いつもそのくらい大人しくしとけ」
「シオンの言う通り」
シオンがシストの右手を恭しく取ると馬車から降りました。