雨の中
彼女を見かけたのは、雨の降りしきる少し肌寒い日だった。
会社から帰り、自分の住むマンションに入ろうとした時、俊也はマンションの前に佇む彼女をを見つけた。
まだ幼さを残す、十代後半だろう少女が、そこにいた。
いつからいたのだろう、彼女は傘も持たずにざあざあと振り続ける雨の中、道の真ん中に立ち、身動きもせずに空を見上げていた。
彼女の着るノンスリーブのワンピースも、ゆるくウエーブのかかった長い栗色の髪も、彼女自身もぐっしょりと雨に濡れている。
雨に濡れる彼女の姿は美しく、けれどとても儚く見えた。今にも消えていなくなってしまうのではないかと思うほど彼女の存在は希薄で、しかしその儚さがかけがえのないもののように感じた。
今に倒れてもおかしくない華奢な体が俊也の目に映る。
まるで人間ではない、別の世界の生き物のようだ。
彼女と俊也の間に見えない壁があり、彼女の周りだけが別の世界になっているのではないかとさえ思う。
きっと死ぬ瞬間も美しいのだろう。そう思えてしまうほど彼女の存在は希薄で、美しい。
俊也は我を忘れて彼女を見つめた。
雨音も、近くを走る車の音も、すべて彼の耳には届かなかった。
まるで世界に彼女と二人だけになってしまったかのような錯覚を覚える。
視界に映るのは、人間味を帯びない美しい彼女と、そしてしきりに彼女に振り落ちる雨だけ。
ずっと彼女を見つめていたい。
彼女がその場で死んでしまうまでその姿を見ていたい。
そして。
突然彼女はその場で倒れた。
がくん、とひざを折り、物音も立てずに彼女はアスファルトの上に崩れ落ち、そのまま、身じろぎもしない。
まるで糸が切れてしまった操り人形のように、細長い手足を投げ出している。
ざああ…
雨は彼女に、俊也に、二人の周りのすべてに平等に、容赦なく降り注ぐ。
これが、彼女との始めての出会いだった。