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 店を出た後、いくつかアトラクションに乗ったりショーを見たりと、テンションの高い雫につられて僕も時間を忘れて夢中になって楽しんだ。アトラクションの待ち時間も雫と一緒だとまったく苦ではなく、なんなら無言の時ですらなんだか心地がよかった。

「次はどうする? 雫の行きたがってた……これとか行く? いや、でもここは夜の方がいいか……。あ、そういえば見たいって言ってたショーがもうすぐじゃない?」

「………………」

 朝からずっとはしゃいで疲れてしまったのだろうか。雫からの返事はなく、朝と比べると口数もかなり減っていた。

「疲れた……? 少し休む?」

「……あ、ごめんなさい、ぼーっとしてたわ。なに?」

 今まで遊ぶのに夢中で気が付かなかったが、よく見ると彼女の顔色があまり良くないようにも見える。それに……。

「ごめん、ちょっといい?」

「えっ――」

 彼女の頬に触れると、赤くなったそれは異様なほどに熱を帯びていた。にもかかわらず、その顔にも首元にもなぜかほとんど汗をかいていない。

「行くよ」

「え? どこに……」

 異常な状態にすぐさま雫の手を取ったのだが、その手は顔とは真逆で凍ったように冷たく冷えきっていた。

 そうして彼女の手を引いてすぐさま近くにあった飲食店へと入った。冷房の効いた涼しい店内ではレジで軽食やドリンクが売っていて、それを買って座席で食べることはもちろん、購入せずに座って休むこともできた。あまり人目につかなそうな一番奥の席がちょうど空いていたので、そこに雫を座らせる。エアコンも効いて涼しいし、人目もほとんどないし、ここならゆっくり休ませられそうだ……。

「ちょっとスマホ貸して」

「ええ、いい、けど……」

「ありがと。雫はここで休んでて」

 ぽかんとする雫からスマホを受け取り、彼女を残したまま外に出てとある人物に電話を掛ける。

「はぁ、はぁ……」

 耳元で鳴り響くコール音を聞いた瞬間、心臓がバクバクと脈打ち、スマホを持つ右手がガクガクと震えだす。そんな右手を左手でグッと押さえ込みながら耐えていると、幸いなことにその電話相手がわずか数コールで電話を取ってくれた。

『もしもし、どうした? 雨宮――』

「もしもし楓さん!?」

『うわっ――! えっ、香也……? お前……』

 久しぶりに聞く電話越しの楓さんの声に、さっきまでの緊張が少しほぐれる。

「あの、実は――」

『なんだよーデート中にー、あっ、もしかして泊まりの連絡か? かーっ、お前もやるねぇ』

「ふざけてる場合じゃなくて! 実は雫が……」

 そうして雫の状態を話すと、楓さんがおふざけモードから一転していつもの頼りになる時のあのトーンへと変わる。

『あーそりゃ多分熱中症だなー。汗もかいてないとなるとかなり危険な状態だな……。雨宮は今日あまり水分を取っていなかったのか?』

「そういえば……、朝からほとんどなにも飲んでなかった、かも……」

 家を出てから今までずっと一緒にいたが、飲み物を飲んでいる様子はなかった気がする。

『そしたらまずは、日の当たらない涼しいところでたくさん水分取らせて。寒そうでも首とか脇の太い血管が通っているところを冷やして、それで汗が出るようになれば回復してる証拠だから。もし動けそうだったら、あー多分そういう所って救護室とかが……、あった。入り口のすぐそばに救護室があるからそこで休ませてもらえ』

「わかった。ありがとう、楓さん」

『香也もこまめに水分取って倒れないようにな。あ、帰り迎えに行こうか?』

「あーうん、もしかしたらお願いするかも。その時はまた連絡するよ」

『雨宮のこと、頼んだぞ』

「うん」

 電話を切り雫の元、ではなく飲み物を買いに売店へと全力疾走する。売店で向かう途中、園内の中央にある水辺では雫が朝から楽しみにしていたショーが始まっていた。

「見せてあげたかった、けど……」

 僕も楽しみにしていたがそんなことより今は雫が心配だ。すぐ隣から聞こえる魅力的な音楽と、それと共に繰り広げられる豪華なショーにも目もくれず、一目散に売店へと向かった。


「はぁ、はぁ……。はいっ、これっ! 飲んで!」

「えっ? えぇ……、でも私、本当に大丈夫だから……」

 汗だくで帰ってきた僕に少し引いたような雫だったが、僕の必死な顔を見るや否や渡したスポーツドリンクはとりあえず受け取ってくれた。

「いいからまずはそれ飲んで、少しずつでいいから。あー、あとこれ。寒いかもだけど我慢して首とか脇冷やしてみて」

 袋からもう一本取りだして彼女の首に当て、持っていた袋をドンッとテーブルの上にのせる。こういう時どれくらいの水分を取れば良いのか分からなかったので、とりあえず袋に入るだけたくさんのスポーツドリンクを購入してきた。

「でも……」

「ちょっと前から具合、悪かったでしょ? 気持ち悪さとか目眩はない?」

「……ちょっとだけ」

 少し返答に悩みながらも小さく頷いて応える雫。こういう場所だし、僕と一緒に来ている手前、中々言い出すことができずにずっと我慢していたのだろう。僕が同じ立場でも同じようにしていたかもしれないから気持ちは分かる。それに今回の件は、一緒にいたのに気がつけなかった僕にも責任がある。

「閉園までまだまだ時間あるしさ、今は少し休も?」

「……ごめんなさい」

「よしじゃあ、それ飲み終わったらこれも飲んで」

 よっぽど身体が水分を必要としていたのだろう、雫は小さく頷くと渡していたスポーツドリンクを一気に半分ほど飲んでしまった。自分で水分が取れるならまだ大丈夫そうか……。

「っ――」

 そんな彼女の様子に安心したのも束の間、くらっと一瞬視界がぼやけ、倒れるように背後の椅子へと腰を下ろしてしまった。そういえば僕も朝に持ってきていた飲み物を飲み干してからは全然水分を取っていなかったな……。そう意識しだした途端、急に頭までクラクラとしてきてしまう。

「――冷たっ!」

 意識が遠のきそうになり目を閉じかけたその時、突然首元にひんやりとした感覚がして驚いて我に返る。

「これ、あなたも……」

「あ、あぁ、ありがと……」

 彼女からスポーツドリンクを受け取り、すぐに口に入れる。僕の身体も水分を欲していたのだろう、そのまま一気に飲み干してしまった。

「ふぅ……」

 そんなにすぐに効果が出るような物でもないのは分かっているのだが、少し体調が良くなった気がする。それより僕まで倒れる訳にはいかない。しっかりしないと……。

「本当にごめんなさい……」

「僕もほら、ちょっと疲れちゃったしさ、ちょうど良いし少し休もうよ」

「うん……」


 そうしてしばらくして雫が動けそうなくらいに回復したので、もう一度彼女からスマホを借りて救護室までの道を確認する。

「これ我慢して被って」

「ありがとう……」

 まだ外は日差しも強いので、念のためさっきまで僕が被っていた帽子を彼女の頭にぽんっと乗せると、そのまま自分で帽子のつばを持ってグッと深く被ってくれた。

 彼女の様子を確認しながら、なるべく涼しい店内や日陰を通って休み休み少しずつ救護室へと移動する。そして救護室に到着後、看護師さんに事情を話すとすぐに中へと通され、カーテンで仕切られたベッドと保冷剤をしばらく貸してくれることとなった。

 カーテンを閉めて雫をベッドに寝かせ、借りた保冷剤で首と脇を冷やさせた。そんな彼女の休むベッドのすぐ側で僕も椅子を借りて休ませてもらった。

「……大丈夫そう? なにかあったらすぐ声かけてね」

「…………ごめんなさい」

「ん? あーいや、こっちこそ体調悪かったのに気が付くのが遅くなってごめん。ほらこれ、また少しずつ飲んで」

「うん……」

 飲みものを飲みベッドに仰向けになると、雫の瞳から涙があふれて顔を伝った。

「えっ? どうした!? そんなに具合悪い?」

「いえ、違くて……、ごめんなさい……」

 朝の楽しそうだった彼女とはまるで別人のように、暗い表情を両手で覆い隠して涙を流す雫。

「全然大丈夫だから、今はゆっくり休んで」

「でも、でも……」

「というかさ、救護室なんてあるんだね。初めて来たよ。え、他のテーマパークにもこういう所があるのかな?」

「ごめんなさい……」

「………………」

 きっと一緒に来た僕へ迷惑を掛けてしまっているという罪悪感に苛まれているのだろう。落ち込む彼女にどう接したら良いのかと考えていると、ズボンのポケットにさきほど雫から借りたスマホをそのまま持っていたことに気が付く……。

「……ごめん、これずっと持ったままだった」

 そうして彼女の枕元にスマホを置き、話を続ける。

「そういえば、さ。今日の格好って、エルがお城に行く前に街で着ていた服、だよね……? ゆいちゃんの黄色いドレスは王子様と出会ってから着ていたドレスで……」

 手で顔を覆ったまま小さく頷く雫。

「この服着ていた時のエルはさ、最初は塞ぎ込んで泣くだけだったけど、それを止めて幸せを夢見て笑っていたから、王子様と出会えて幸せになれたんでしょ? じゃあほら、雫も笑ってないと。あー、でも雫の場合、王子様なんていらないだろうけど……。まぁでもほら、幸せなんていくつあっても困らないしさ」

 今度は少し間を置いてから雫が頷く。

「そしたら笑ってないと、ねっ? ほら、せっかくの可愛い格好なんだから」

「うん……」

「よし、じゃあ元気に笑うために、今はちょっとだけ休憩しよっか」

「うん……、ありがとう……」

 いつかの保健室の時と同じように彼女の手をギュッと優しく包むように握ると、今度は彼女の方からも少し力を入れ返してくれた。繋がり合うまだ冷たさの残る彼女の手と熱くなっていた僕の手が、もうどちらのものか分からないほど心地よく解け合った。


「……もう大丈夫、だと思う」

「ほんと? ちょっといい?」

 少しずつ水分を取り、身体も冷やしながら二時間ほど休んだ頃、大丈夫という彼女の頬と首元に触れ状態の確認をする。店の時とは違い少し汗も出てきていて、体温がまだ少し高い気もするがほとんど平熱に戻っているようだった。

「大丈夫そう、だな。良かったー……」

 看護師さんにも診てもらい、今日明日は安静にしているようにと言われたものの、とりあえずは危険な状態からは回復できた。

 そして話を聞いた後、雫からスマホを借りて楓さんにとりあえずは復活できたことの報告と、念のため帰りの迎えのお願いをした。楓さんが車で迎えに来るまではまだ時間があったのでもう一時間ほど休ませてもらい、最後に看護師さんにお礼を言ってから救護室を後にした。

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