プロローグ
「――私と付き合ってくださいっ!」
運動部の掛け声と吹奏楽部の演奏が心地よく響く、放課後の屋上。
そこに立つ制服姿の二人の男女。
屋上に差し込む夕焼けが、告白をする女子生徒の白く透明感のある肌をよりいっそう際立たせている。
「――えっ!? あ、あの……」
春の温かく穏やかな風が、彼女の腰のあたりまで伸びた艶やかな長髪を揺らす。
まるで一つの作品かと思ってしまうほどのその美しい立ち姿に、つい視線が釘付けになってしまう。
「………………」
「あの……、それで返事は……?」
「――ちょっ!?」
そんな僕の視線を好意と感じ取ったのか、彼女がここぞとばかりに距離を詰める。
「――ちょっと待って! 落ち着いて話し合おう? 僕なんかに告白なんて、きっとなにかの間違いだから! ねっ!?」
だがそんなたじろぐ僕のことなどつゆ知らず、彼女は一歩また一歩とこちらに近づいてきてしまう。
「……間違いなんかじゃないですよ? 私はあなたのことが好き、ですから……」
「んなっ……」
頬を赤らめ、恥ずかしそうに僕へと好意を伝えてる彼女。
そんな彼女との距離が近づくにつれて、僕の心臓はバクバクと激しく波打つ。
「――っ、――っ」
うまく呼吸ができない……。いったい僕はいつもどうやって呼吸をしていたのだろうかと、酸素を失い働かなくなった頭で考えようとするも、焦りが募るばかりで息苦しさはさらに増していく。
「………………」
なおもじりじりと詰め寄ってくる彼女。
そんな彼女と顔を見合わせたまま、一定の距離を保つように僕もゆっくりと後ずさる。
「なっ――!?」
だが、そんな拮抗も長く続くことなかった。
さきほどまでずっと後ろにあったはずのフェンスが突然背後に現れ、もうこれ以上引くことができなくなってしまったのだ。
「っ……」
彼女のぷっくりとした綺麗な桜色の唇がすぐ目前にまで迫り、僕は咄嗟に目を瞑って俯く。
「………………」
彼女の吐息が聞こえるほどに二人の距離が縮まる。
「っ……」
そして迫り来るその瞬間に備え、両手の拳を強く握ぎりしめてゆっくりと息を呑んだ。
「……私じゃダメ、かしら……」
「――っ!?」
だが次の瞬間、耳元で囁かれたその声に驚き思わず身体がビクッと跳ね上がってしまう。反射的に目を見開くと、僕の長く伸びた前髪越しにこちらを覗く、彼女の大きく澄んだ瞳が僕を捕らえた。
「……ダメ、とかじゃなくて、その……」
「その……?」
「だから、僕は――」
僕の顔を下から覗き込むように上目使いで見つめてくる彼女。
「っ……」
近くで見れば見るほど実感する彼女の顔の小ささと、その端正な顔立ちにまたしても目が奪われてしまう。
「……いい、わよね……?」
「――ちょっ、まっ――!」
そして、再び彼女の顔が僕へと迫った。
「っ――! ……あら、意外と積極的なのね」
だが二人の唇が重なることはなく、気がつくと僕の両手は彼女のそのか細い肩をがっしりと掴んでいた。
「――あっいや! これは違くて……」
自分でも身体が熱を発しているのが分かるくらい全身が熱い。
「そのっ――! 僕は、僕は……」
熱と共に自分の中から込み上げてきたそれを彼女へと伝えようとするが、息苦しさのせいかうまく言葉にすることができない。
「――う、うっ……」
「……う?」
僕と彼女、他には誰もいない二人きりの放課後の屋上。
そんな告白にはもってこいのシチュエーション。
今にも唇が重なりそうなほどに近づく二人の距離。
こんなに綺麗な子に迫られて頷かない男がいるのだろうか。
当然、僕の返事も決まっている。
こんなの迷うことはない。
それにこの〝気持ち〟をもう抑えることなんてできない……。
そうして僕は、肩を掴んだその手にグッと力を込め、自分の内から湧き上がってきたものを吐き出して彼女の告白に応えた。
「――うぉえぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
優雅な放課後の音色が嘘だったかのように、辺りがしんと静寂に包まれる。
「……………………」
僕からの予想外の返事に状況が呑み込めずに固まる彼女だったが、それも一瞬で……。
「――きゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
皆が部活に恋愛にと勤しむ穏やかな放課後。
そんな青い春の一ページをビリビリと引きちぎるほどの大きな悲鳴が学校中に響き渡った。




