転生コーディネーターのおしごと
俺は最近気に入りの世界を眺めながら午後のゆるやかなひと時を過ごしていた。
フィナンシェやパウンドケーキ、クロテッドクリームと杏ジャムをたっぷり盛ったスコーン。そしてハムやキュウリのサンドウィッチがそろったアフタヌーンティースタンドを前に、満足げな笑みがこぼれるのを止められない。
今日も最高に楽しい一日だ。
ここまで来るにはそれなりに大変なこともあったが、まあ、この苦労あっての幸せだ。
ポンっと通知が届く。ティミ様からのお仕事案内だ。
そのままタブレットをスクロールすると、出身世界と地域が書いてある。
まあ、俺に届くのはだいたい、同じ身元の彼らなのだが。
このタブレットも、見やすいからこうしてもらっただけで、本来なら天啓が降ってくるタイプの連絡だった。
正直ぱーっと通り過ぎちゃうのでこうやって文章でもらうのが一番だ。仕事って、文字で共有しておくのも大切だよね。
「さあ、頑張りますか~」
俺は短パンにTシャツという超楽ちんスタイルから、お仕事用の白の貫頭衣に着替えた。
ほら、TPOってあるじゃん?
タブレットも扉の向こうに行くと分厚い本に早変わり。
威厳というものが必要な相手もいるってことだ。
「何!? なんなんだよここ!!」
ふわふわとした綿飴のような白い大地に突然放り出された転生者たちはだいたい言うことは同じ。
説明して欲しいとわめく。たまーにやたらと察しのよいやつらもいるけど。転生転移は乙女のたしなみとか言われて、いやいや、そんな常識知りませんって。
「こんにちは、坂上祐介さん。私はティミ様の代理人。残念ながら貴方は亡くなってしまいました。ただ、何の因果か世界の理から外れた貴方にはチャンスが与えられます。新しい世界で生きる機会をもうけました」
「え、俺、死んだの……あ……思い出した。俺、犬が、犬が突然道路に飛び出して、追いかけたらこっちが青だったはずなのにトラックが……」
「はい。残念ですがあちらの世界で貴方の身体ははかなくなりました。つまり貴方は次の世界に転生することになります」
「はっ、異世界転生ってやつ!?」
はいきた、物わかりのいいやつー!
俺はここには反応しないようにしている。薄ら浮かべた笑顔のまま、彼が考えをまとめるまで待つ。
「小説では定番の、お約束のやつだ。うっそだろ……くっ……元の、元の世界に転生するってことは!?」
「残念ながら」
「うあああ!! そりゃ異世界転生もの、俺だって好きだけどさああ」
ひとしきり感情を暴発させた彼は、ようやく落ち着いて話のできる人になった。
「お恥ずかしいところをお見せしました」
「いえいえ、突然で驚かれて当然ですよ。説明をさせていただきますね」
「……神様ってそんなに物腰柔らかなんですね。俺が読んだ異世界転生って、神様ろくでなしなの多かったから」
喧嘩売ってるんかこいつ。ティミ様になんてことを。お前らみたいなやつらのせいでティミ様が病んだんだぞ!?
そう、俺がこんなところでティミ様のお手伝いをしているのは、俺もまた異世界転生をするためここに来たのが始まりだ。
定期的にこういった異物が生まれ、元の世界に戻せなくなるらしい。そこで比較的余裕のある世界に魂を転生させる仕事を担っているのがティミ様だった。
俺がここに来たときのティミ様の顔色といったら……神様ってさ、いつもつやつやしてるイメージじゃん? それが土気色の落ちくぼんだ目。思わず心配して声掛けちゃったよね。
「私は神様の代理人です。さて、坂上様。あなたのこれから生まれ変わる世界は、剣と魔法のファンタジー世界です。今回転生できる対象は三つ。ヒューマン男性、貴族息子魔力もそこそこ。ただし、赤ちゃんからのスタートです。二人目はエルフ男性、今年で五歳、川に流され下流のヒューマン老夫婦に助けられたところからです。記憶喪失でいけます。三人目はリザードマン雄。王を決める決闘に敗れ、国を追い出されて冒険者になったところです。筋力魔力はダントツ。この世界は人種の壁はそこまでありませんので、強さがあればかなり好き放題できます。ちなみに、婚約者だったリザードマン雌は、決闘で負けた相手に寝取られ済み」
「最後がハードモードすぎるだろ!!」
「リザードマンの肌はひんやりとしてなめし革のような肌触り。高級品として扱われております」
「剥がれるエンド!?」
いや、夜のお店での話だけどまあいいや。
「最後はなしだなあ。俺自身がリザードマン受け入れられないかもだし。赤ちゃんから……はっ、チートは!? チートは??」
ほら来た。日本人……順応しすぎなんだよ。
「ございます。どんなチートがお望みですか?」
「えっ!? どんなのでもいいの?」
「ただし、ポイント制ですのでポイント制限内でしたら……」
そう、スキルポイント制です。
チートスキル、だしね。
結局彼はスタンダードプランについている〈言語〉、だけを残し残りのポイント全振りで〈豪運〉を持って転生していった。根は悪くなさそうなので、アリよりのアリ。
と、休む暇もなくぽん、と再び通知が入った。
今日は忙しい日のようだ。
「私はティミ様の代理人。残念ながら貴方は亡くなってしまいました。ただ、何の因果か世界の理から外れた貴方にはチャンスが与えられます。新しい世界で生きる機会をもうけました」
そうやって転生する人たちをさばいていくのだ。
「もっとさあ、いいスキルないの!?」
大変傲慢なお客様に、俺は辟易していた。
「チートがスキルがポイント必要とか、意味わかんないんだけど」
「何でもかんでもと言うわけにはいきませんので」
ほんのり笑みを浮かべたままでそう答えると、少女はふんっと鼻で笑った。
「だいたい、神様がこんな冴えないモブ顔なんて……ぷぷ」
モブ顔は大切なんだよ? 嫌われないって大切。お前みたいなやつに彫刻のようなティミ様を見せるわけにはいかん!
「チートってわかる? すごいってことだよ?」
ちげーよ、いかさまとか不正行為って意味だよ。
「すっごいスキルじゃないといけないのに、この、〈健康体〉とか、〈三属性〉とか、地味だよ」
この世界は衛生的に過ごすには金がいるし、魔法使いになるには魔力が必要で、さらに属性はほぼ一つだ。三つ持ってたら大魔法使いです。
説明してやってるのにこの娘は理解しようとしない。
こりゃ、早々に死ぬぞ……。
ティミ様は、転生した異世界人が無慈悲に死ぬことを望まない。可哀想な子羊が、転生先でも幸せに生きることを願うのだ。
「そうですね……詩織さんに必要なのは、無条件で相手が貴方を救おうと思わせるスキルなのかもしれません。これはとびきりのスキルで、あまりお見せしないものなのですが……〈魅了〉といいます」
「はあ!? チートハーレムざまあになるじゃん! あたしそーゆうのはパス」
「このスキルは使用しようと思わなければ発動しないものですから、とびきりの権力者に少しだけ使えばいいのですよ。たとえば、ヒューマンの令嬢に転生し、学園の王子様へ向けて、とか」
「ええ……でもハーレムはなあ」
「ハーレムというものがわかりませんが」
知っていますよ。
「一人にだけ、この人と決めた人と幸せになるのなら問題ないのでは?」
「うーん」
「または身近な頭も、顔も、能力もある幼なじみとか」
「あー、生活全般任せて私はお気楽に生きるってやつね~たしかに、しおりん、働きたくないしぃ」
「ちなみにこのスキル、強弱をつけられます。家族内の家族愛程度なら弱、で。この人こそ手に入れたいというときは強を発動」
「あー、愛され系になれるやつか~それもいいかもー」
そうして、スキル〈魅了〉を携えて詩織さんは去って行った。
あの世界はダメだな。ブラックリストに入れておこう。
「なんと、異世界転生!! よもやよもやでござる!! ありがとうございまする」
好感度高いござるがきた。
「生前は陰キャで生きてきたのでいきなり陽キャのすくつ……いやいや、巣窟である冒険者になるのはちとハードルが高いでござる。こう、生まれ変わってから学べばできそうな商売事をしている親御さんのもとに転生するなどと、高望みでござろうか?」
低姿勢のござるは嫌いじゃないです。
「そうですね……」
検索するからちょっと待ってね。
「……これなんてどうでしょう。エルフ、三歳。大水で川に流され下流のヒューマンの夫婦に救われます。彼らは子がなせず、貴方を大切に育ててくれるでしょう。この夫婦、パン屋を営んでいます。街も冒険者が多数寄る、いわゆる迷宮近くの街ですので、真面目に親の家業を手伝えば生活は安定しています」
「いいでござるね。種族が違う子どもを大切に育てる夫婦とかポイントアップアップでござるね。拙者も二人に恩返しできるように頑張るでござる」
「では、パン屋として生活する上で困らないようなチートスキルを考えましょう」
「なんと! この上チートスキルのプレゼントまでくださると!!」
お前はポイントアップだござるよ。
「スタンダードコースの説明をさせていただきます。まず、絶対に〈言語〉。これは外さない方がよろしいでしょう。これにより、読むことも書くこともできます。気をつけることは、周囲の人は知らないその国以外の言葉もわかってしまうことです。ただそのときはガサガサと、音が割れて聞こえますので、気づくことができます」
「大切なスキルでござるね」
「さらに、どうしても衛生面で日本よりは劣りますから、〈健康体〉はつけておくべきです。〈微幸運〉は、〈幸運〉よりは劣りますが、使用ポイントが少ないのでつけております」
「ほうほう。これが代理人様のオススメでござるか。オススメには従うたちでござる」
素直でよし!!
「パン作りに便利なスキルがいいでしょうね……うーん」
「拙者のもといた日本という国は、なんというか、他国の料理を己の中に取り込み本国をも唸らせる、食に対する熱意がすごい国でござって……レシピ再現なんかはできるでござるか?」
レシピ再現……食……うーん……ポイント足りない!!
ちなみにチートスキルは希望によっては作り出すことができる。
「〈レシピ再現〉には、〈言語〉や〈健康体〉まで手放す必要があります。ううん……劣化版になりますが、〈レシピ再現(ただしパンに限る)〉ですとギリギリいけますね」
さっきから態度がいいのでちょっとポイント足しちゃうよ! ちなみにこのポイントは、今までの態度が悪かったヤツからちょっとくすねて置いた俺のへそくりポイントです。
「それじゃあそれでお願いするでござる。拙者親御さんを大事にして、世界一のパン屋さんになるでござる! 代理人さんに披露できないのが残念でござるが」
あ、後でお取り寄せしよーっと。
「チートスキル〈奴隷〉がいい!」
「……」
世に解き放ったらダメなタイプがやってきたよ。
「それでもって、外見最高によくしてな? 身体も丈夫であっちもバッチリな感じでヨロ!」
ダメダメ。こーゆうやつダメ。はい、処す~!!
「残念ですが転生先は三つから選んでいただきます。美醜に関しては私の方ではわかりかねますので……」
「じゃあ、顔見せてよ、成長したときの顔。で、え? ポイント? は? んじゃこのスタンダードプランっての解約で。こーいうのさ、みんなホイホイ受け入れるけど、罠ね、いらないんだって。で、〈奴隷〉いけるの? いけないの?」
「残念ですが、こちらのチートですと、〈言語〉までなくなってしまいますので、さすがに暮らしていけないかと……」
「はあ? そーいうのはさ、ここに連れてきた責任ってことで無条件で付与しろよ~」
俺はにこりと笑ってやり過ごした。
「でもさ、スキルがあるってことは、どうにかして手に入れられるってことだろう? なあ、なんとかなんねーの?」
案外頭がいいなこいつ。
「そうですね……貴方の望む奴隷スキルは難しいかもしれませんが、少しだけ範囲を指定したり、条件をつけたりすればポイント内に収まる可能性はあります」
「ああ、しばりってやつね! 制約があると強くなる。わかるわかる。いいよ、ちゃちゃっとやっちゃって!」
大事故に遭って転生してきたというのになんだろうこのまったく気にしていない様子は。これだからティミ様が病むんだよ。「ニホンジンワカラナイ」って言ってたぞ。
まあ、お望み通り縛りを入れてやろう。
もちろん、まったく奴隷スキルが発動しないようにすることはできる。だが、ティミ様は無条件に転生者が不幸になることは望んでいないのだ。とてもお優しい方なのだ。
故に、日本人転生者たちの謎の言動に戸惑いを重ねて、俺に頼ってしまうまでとなった。
ある日突然、俺の身に不慮の事故が起こった。まあそれはよくある異世界転生のきっかけだ。
気づけばフワフワ雲の上。
そこにはじっとり目の据わった彫刻のような美丈夫。彫刻と違うのは色味があることだ。
「顔色わるっ!!」
思わず出た俺の言葉に、ティミ様は突然滂沱のごとく涙を流し始めたのだ。
そして転生手続きの前に延々聞かされた。我らが日本人のスキルに対する要求要望、無茶な請求、手慣れた脅し。異世界チート転生になれすぎた者たちに翻弄される日々。すっかり参ってしまっているティミ様になんだか申し訳なくなった俺。
思わず提案してしまった。「日本人の相手は俺がしましょうか?」と。
特にティミ様が頭を悩ませているのは、明らかにあちらの世界を狂わせる存在だ。そう、こいつのような。
「〈奴隷(制約あり)〉なら、〈言語〉を外さずになんとか。制約の説明をいたしますね」
「いや、いいよいいよ。ほら、悩んでる間にあんたの提示した三人の中から一人選んどいたよ。この子爵の五男。両親の顔も悪くないし、そこそこにはなりそうだ」
「転生先は了解いたしました。それでは制約の説明を……」
「いいって。じゃ、とっとと転生ヨロ」
取説を読まないタイプ。
……だとおもったんだよねー!!
それではいってらっしゃい!!
彼の奴隷スキルの制約は、自分のレベルの半分以下の者が、体力が通常の五パーセント以下の場合使用可能。さらに奴隷には己の魔力を魔力全体の十パーセント吸収される。
奴隷化されることで体力は回復。与えられた魔力によって不調を回復。
転生者にはステータス確認という特典がつく。あの取説を読まない男がこれに気づいたときどんな反応をするか。ステータスを見て絶望するのだろうか。
まともに使うためにはレベル上げをしなければならない。だがスタンダードプランの〈健康体〉を手放したので、衛生的に保たねば病気にかかりやすくなっている。だがそれもレベルを上げ、身体を丈夫に作っていけばなんとかなる。その上で己のレベルの半分以下の者にしか通用しないのだ。努力し研鑽し、そうしてレベルを積み上げたあとも、あのようなスキルが必要だろうか?
ちなみに、あのスキルを使うオススメの職業は医者だ。病気で体力を失い死にかけている者たちを奴隷化、魔力を分け与え病や怪我を治癒すればいい。そのあと奴隷化を解けば、相手には感謝しかされないだろう。
どんな風に生きていくことになるのか、たまに覗いてみるつもり。能力の有用性に気づいて面白くなれば、定期購読お気に入りに入れておく。
「カケルよ……最近アメリカ合衆国とやら出身の者たちも、要求がおかしなことになってきているのです……」
「あ-、海外に翻訳されたってよく見るな……」
ひと仕事終えた俺は、アサリの酒蒸しをつまみに日本酒をたしなんでいた。以前は一人酒だったのだが、最近はティミ様も来る。俺が注いでやると、美味しそうに飲んで食べる。
この仕事を請け負うことになって、俺はなんでも出てくる冷蔵庫をもらいました。
材料から完成品まで願ったものが入っている冷蔵庫は最高です。たまに料理もしたいから、システムキッチンも作ってもらった。憧れのアイランド型。
ティミ様はそんな俺のキッチンに来て酒を飲んでくだを巻く。俺は今ではティミ様のメンケア要員だった。なんとなく放っておけないので、この泣き虫神様に付き合う日々だ。
「皆には幸せになってもらいたいのです」
「そうですね、ティミ様のお気持ちはわかりますよ」
「昔は不安な顔をしている彼らに、少しでも現地の生活に役立つものを与えていただけなのです」
ところが異世界転生シチュエーションに秒で理解を示し、その先まで考え出した奴らは自分の欲望に、第二の人生を謳歌するために、チートスキルを要求し始めたのだ。
当初は望むがままに与えていたのだが、どうもその後の世界がとんでもないことになってしまったらしい。転生者の望みと、それがその世界にどんな影響を与えるかにこの優しき神は心を悩ませたのだ。
そこに現れたのが俺。感情が決壊したティミ様を手伝うことになった。
「う~ん、ティミ様。もうまとめて地球は俺が担当しましょうか?」
がばっと顔を上げるティミ様は、たぶん男神なんだが、まつげが長くて鼻筋がすっと通ってて、俺でも惚れ惚れする笑顔を浮かべた。
「カケル! 望む施設はなんでも作りましょう!!」
「じゃあ……温泉ください」
「任せなさい!」
海外の方々、お手柔らかにお願いします。
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転生するときは謙虚にね!!!
なんか思いついたので、箸休めにご堪能ください。
神様を困らせる日本人ユーザーたちであった。
※一部他作品のキャラと思われる登場人物がおりますが、他人の空似です。
ござるにするとみんな同じになっちゃうね!!




