第7章 光の塔と、世界樹へ続く道導
魔法都市ルミナートの夜は、昼よりも明るかった。
街灯が星のように瞬き、店先からこぼれる魔法灯が石畳を染める。
遠くで楽団の音が聞こえ、風はどこか甘い香りを運んできた。
セレスティアは宿の窓からその光を眺めていた。
胸の光が、眠らずに脈打っている。
ずっと、ずっと呼ばれている——世界樹の奥から。
(……あした……しれる……?
このひかりが、どこにいくのか……)
ミロの歌も、フィンの知識も、ガイルの守りも。
みんなが「明日は大事だ」と言っていた。
セレスティアは胸に小さく手を添え、寝台へ身を丸めた。
「……ひかりの……きみ……」
眠る直前、いつもの夢の声が響いた。
◆ 朝の光、塔の開扉
翌朝。
四人は早い時間に宿を出て、光の塔《大図書館》へ向かった。
塔は朝日を浴びて淡く輝き、石造りの外壁が金色に染まっていた。
それは世界樹の幹のようにも見え、どこか生き物めいていた。
「世界樹を模して造られた建物だからね。
光を吸って、反射して……特別な魔法構造なんだよ」
フィンが説明する。
セレスティアは塔を見るたびに胸の光が反応するので、足を止めてしまった。
「……ひかりが、さわいでる……
こわいけど……なにか、おしえてる……」
「大丈夫だよ」
ミロが背中を軽く押す。
「セレスの光は、きっと正しい道を知ってる」
「俺がついている。心配はない」
ガイルの言葉は短いが、不思議と安心する重さがあった。
やがて塔の大扉へ着く。
そこには昨日彼らを迎えた管理長が立っていた。
白い髭と白いローブ、金の瞳。
まるで世界樹の分枝のような神秘をまとっている。
「来たか、精霊の少女よ。そして旅の者たち」
管理長は掌を扉へ向ける。
重い石扉に刻まれた光紋が、セレスティアの胸の光と同じ色で共鳴した。
——カォンッ。
低く響く開扉の音。
塔の内部から光の風が吹き込んでくる。
「……ひかり……」
「さあ、入りなさい。
今日、君の光は“道”を示すだろう」
◆ 大図書館《光の塔》の内部と、光の反応
塔の中は外観よりもずっと広かった。
天井は高く、空に浮かぶように書架が幾重にも重なっている。
本が風に乗り自らの棚に帰っていく。
階段は回廊のように絡まり合い、どこまでが床でどこまでが空中なのかわからない。
「……ふしぎな、ところ……」
「この塔は“光の絡織”と呼ばれる構造だよ」
フィンが説明する。
「魔力が文書を守り、塔そのものが記憶庫になっている」
ミロは目をキラキラさせている。
「わぁ……何回来ても飽きないなぁ……ほらセレス、あれ見て!
本が自分でページめくってる!」
「ほんが……? ほんが、ひとりで……?」
「そう。記憶を整理してるんだ」
フィンが笑う。
ガイルは周囲を警戒しつつも、塔の奥を見つめていた。
静寂の中に、得体の知れない緊張が落ちている。
「……気配が違う。
この塔、ただの知識の集積ではないな」
「その通りだ、騎士見習いよ」
管理長が杖をつきながら歩み寄る。
「光の塔は“世界樹と王家の記録庫”。
君たちが知りたいことは、この塔の深層にある」
管理長は塔の奥にある螺旋階段へと案内した。
◆ 深層 ――封印の記録室へ
塔の深層は薄暗く、結界の膜がゆっくり揺れていた。
一般の魔術師でも決して足を踏み入れることができない場所。
ひとつだけ光っている書架があった。
セレスティアが近づくと、胸の光が震える。
「……ここ……」
「そうだ。
“光の王家と世界樹の誓い”が記された最古の文書庫だ」
管理長は古びた石扉に手を当てた。
「この扉は、世界樹の光を持つ者しか開けられぬ。
——精霊よ、君が触れてみるとよい」
セレスティアは恐る恐る扉に手を伸ばす。
指先が触れた瞬間、光が走った。
——ぱあああ……!
扉そのものが世界樹の葉のように砕け、消えていく。
「……ひらいた……!」
「やはり、君は“世界樹の生まれ子”だ」
管理長の声は揺れていた。
◆ 古文書――光の王家の誓い
部屋の中央に一冊の古い書物が置かれていた。
表紙には古代語でこう刻まれている。
『光の王家と精霊の約束』
フィンが震えた指でページをめくる。
そこには、美しい文字と絵が並んでいた。
『初代王と世界樹の精霊は契約を結んだ。
王家には、世界樹の光が宿される。
王の光が絶えぬ限り、精霊は王家を導く。
もし王の光が失われるとき、
世界樹は新たな精霊をひとり生む。
その精霊は“失われた光”の行き先を知る』
ミロが息を呑む。
「……じゃあ……
王子の光が消えた夜に、セレスが生まれたのって……」
ガイルが低く続けた。
「セレスは、王子の光の“導き手”……」
セレスティアは胸を抱えた。
「……わたし……
おうじの……かわりの、ひかり……?」
胸の光が、かすかに疼く。
フィンは首を振る。
「“かわり”じゃない。
君は“つながり”。
王子の光を、世界樹が“送り込んだ精霊”なんだ」
「つながり……?」
「そう。
だから君は王子の夢を見る。
声が届く。
君を“光の君”と呼ぶ」
セレスティアははっと息を呑む。
「……よんでる……
ずっと……わたしを……」
ガイルは拳を握りしめた。
「王子の居場所も、危険も……
お前の光に刻まれているのだろう」
ミロがそっとセレスティアの手を握る。
「……大丈夫だよ、セレス。
怖かったら、僕たちが隣にいる」
胸の奥の光が、ふるふると揺れた。
◆ 世界樹の根――帰還門
管理長は、さらに奥の石版を指し示した。
「これは……世界樹の根を描いたものか?」
ガイルが問う。
管理長は深く頷いた。
「世界樹には“根の聖域”がある。
光が還る場所……“帰還門”。
そこだけが、王の光と精霊の光が結ばれる場所」
石版にはこう記されていた。
『帰還門は、世界樹の最深部。
王家の者すら近づけぬ。
辿り着けるのは、世界樹に選ばれた精霊と、その導きに従う者のみ』
フィンが目を細める。
「つまり、セレスの光の“行き先”は……
世界樹の最深部……」
「根の聖域……」
ミロが呟く。
「じゃあ、そこに行けば……王子に会える……?」
セレスティアは胸に手を置いた。
光が——はっきりと、ひとつの方向へ脈打つ。
「……いきたい……
おうじに……あいたい……」
管理長は静かに、しかし強く頷いた。
「ならば行くがいい。
精霊セレスティア。
君が辿るべき道は、そこにしかない」
ガイルが一歩前に出た。
「……道の安全は、俺が守る」
「知識と記録は、僕が支える」
フィンが続く。
「歌と心は、僕が一緒にいるよ!」
ミロは胸を叩いた。
セレスティアは三人の顔を見て、ゆっくりと微笑んだ。
「……みんなとなら……
いける……」
その瞬間——
塔の天井から光の粒が降り注いだ。
まるで世界樹の花びら。
淡い金色の光が舞い、セレスティアの羽を包む。
『……光の……君……』
夢ではない——現実の声として、耳元で響いた。
セレスティアは息を呑む。
「……おうじ……?」
光が、胸の奥で熱く震えた。
世界樹の根へ。
帰還門へ。
王子が眠るその場所へ。
旅はついに、“帰るべき場所”へ導かれ始める。
セレスティアは胸を抱きしめて言った。
「……いく……
わたしのひかりの、さきへ……
おうじのところへ……」
三人も同時に頷いた。
「行こう」
「一緒に」
「どこまでも」
こうして——
精霊の少女の旅は、
世界樹の根の聖域へ向かって動き出した。
その光の道導は、もう誰にも止められない。




