第6章 魔法都市ルミナートと、三人の案内人
森を抜けて数日。
石畳の道の先に、光の塔が空へ突き立つように見えた。
それはまるで、森で見ていた朝露の光を巨大にしたかのような都市だった。
「……ひかり……の、まち……?」
セレスティアは思わず立ち止まり、胸の光を押さえた。
ゆらりと揺れる。
まるで、この街そのものが「来い」と呼びかけているようだった。
隣で、フィンが微笑む。
「ここが魔法都市ルミナート。
世界中の魔法と学問が集まる、“知恵の都”だよ」
目の前には高い門、人の行列、魔法で浮かぶ荷物、光る街灯。
森とはまるで違う世界。
ミロは楽しげに尻尾を揺らす。
「わー! セレス、見て! 噴水から水が空に跳ねて……ほら、あれ! 鳥の形になった!」
セレスティアは目を丸くした。
「……みず……とんでる……?」
「うん! 魔法仕掛け! 楽しいでしょ?」
一方、ガイルは厳しい表情のまま、周囲の人波を警戒していた。
「気を抜くな。人が多い。
セレス、お前は俺のそばから離れるな」
セレスティアはこくりとうなずき、ガイルの外套の裾をそっとつまむ。
自分でも気づかないうちに、心が不安を訴えていた。
けれど、胸の光は逆に、ほんの少し強く脈打つ。
——いきたい。
——この先へ。
そう言っている気がした。
◆ 門の魔法、光の揺れ
門の前では魔術師の門番が、入城者の魔力を確認していた。
一人ひとり、淡い光の膜に包まれ、その中を通ると魔法陣が反応する。
順番が来て、セレスティアが結界に触れた瞬間——
ぱ、と光が弾けた。
「……っ!」
セレスティアはびくりと肩を震わせる。
魔法陣が、他の誰よりも強く明滅した。
「え……なに、いま……」
門番が驚きの声をあげる。
「光の反応……これは精霊の波動!?
いや、それだけじゃない……世界樹系統の、もっと深い……」
ガイルが前に出る。
「彼女は精霊だ。王城からの許可証もある。
問題があるなら俺が説明する」
フィンもすぐに続く。
「危険はありません。
ただ、彼女の光は特殊なんです」
門番はしばらくセレスを見つめ、やがて静かに頷いた。
「……通行を許可しよう。
ただし、明後日の朝、光の塔《大図書館》で正式な魔力調査を行うこと。
これは義務だ」
「もちろんです」
フィンが丁寧に頭を下げる。
セレスティアは胸を押さえながら門をくぐった。
その瞬間、街の光が、一斉に彼女の羽に反応するように揺れた。
「……あったかい……」
胸の光が、かすかな熱を帯びる。
まるで、待っていたと言われたようだった。
◆ 今日は自由行動——三人が案内役になる
宿へ向かう途中、フィンがポケットの時計を見た。
「……どうやら今日は、大図書館の中央書庫には入れないみたいだね。
許可は明日の午後になるらしい」
「えー、それってつまり……」
ミロがくるりと回って、笑顔をセレスに向ける。
「セレスに街を案内できる時間がいっぱいあるってこと!!」
「……あんない……?」
セレスティアは瞬きを繰り返す。
ミロは両手を広げた。
「そう! せっかくだから、僕ら三人が順番に君を案内するってのはどう?」
フィンが眼鏡を押し上げ、淡く笑う。
「それは悪くない。
僕も、セレスに見せたい場所がたくさんある」
ガイルは腕を組み、不満げに眉をひそめる。
「……別行動は危険だ。
護衛としては——」
「はいストップ、ガイル」
ミロが間髪入れずに挟む。
「危険じゃないように時間を分けるの!
午前はフィン、昼は僕、夕方はガイル。で、夜に合流して宿へ戻る」
フィンが頷く。
「場所も分かってるし、もしもの場合は魔法通信で連絡も取れる。大丈夫だよ」
「……む……」
ガイルはまだ納得していないようだったが、セレスティアが不安そうに胸を押さえたのを見て、ため息をついた。
「……分かった。
セレスが行きたいなら、従う」
「……いきたい……」
セレスティアは胸の光を抱きしめながら、小さく微笑んだ。
「みんなの“すき”……みたい……」
三人の表情が、それぞれ違う形でやわらいだ。
「じゃあ決まり」
フィンが静かに言った。
「午前は僕がセレスを案内する。魔法具市場と学舎通りだ」
「昼は僕ね! 広場で歌も歌っちゃおうかな〜!」
「夕方は俺の番だ。安全な場所に限定する」
「がいる……ありがとう……」
ガイルの頬がほんの少し赤くなる。
「……礼を言うほどのことではない」
その表情に、ミロはにやりと笑った。
「はいはい、ツンツン騎士さんは夕方まで我慢だよ〜!」
「黙れ」
フィンがため息をついた。
「喧嘩は後にして。行こう」
◆ フィンと巡る魔法具市場
午前の街路は、露店や魔法具店で活気に満ちていた。
セレスティアの胸の光が、きらきらと跳ねるように揺れる。
「ここは“魔法具通り”。
魔術師用の道具から、街の生活道具まで様々な魔法具を売っている」
フィンの声には熱がこもっていた。
「……ふぃん、すき……?」
「うん。好きだよ。
知ることも、道具も、魔術も“世界の一部”だから」
店の棚には、
光る羽ペン、
自動で紙をめくる本、
水で絵が描ける石板、
小さな光の球——。
「これ……?」
「ああ、“魔力記録球”だ」
フィンは小さな水晶玉を手に取り、魔力を少し流した。
すると、球の中に光の像が浮かんだ。
——それは、さっきのフィンの笑顔だった。
「……ふぃん……?」
「うん。今の僕の姿が“光の記録”になった。
こういう道具を使えば、旅の記録も残せる」
セレスティアは両手で球を包み込む。
光の中のフィンが、ゆっくり揺れた。
「……あったかい……」
「セレスが触れると、光が安定するね」
フィンは少しだけ真剣な眼差しでセレスを見る。
「……セレス。
君の胸の光は、世界樹と同質の“根の魔力”だと僕は思っている。
だから、こういう光の道具に反応している」
「……わたしのひかり、せかいじゅ……?」
「そう。
だから君が何者で、どこへ向かうべきか——
きっと、この街で知ることができる」
セレスティアは胸に手を当て、強く頷いた。
「しりたい……
こわいけど……しりたい……」
フィンの表情が、一瞬あたたかくゆるむ。
「……そう言ってくれてよかった」
◆ ミロと巡る光の広場
昼。
太陽が高く昇り、広場は人と光でにぎわっていた。
「はーい! セレス、準備はいい?
ミロと行く“街ツアー第二弾”始まるよ〜!」
「……つあー……?」
「そう。君に笑ってもらうツアー!」
ミロは屋台から“光る綿あめ”を買ってくる。
淡く光るそれを、セレスティアの口元へ寄せた。
「はい、あーん」
「あ……あーん……」
口に入れた瞬間、綿あめは光と一緒に溶けた。
「……あまい……! ひかる……!」
「だよね〜! 僕も大好き!」
セレスティアはくすりと笑い、ミロの尾がぴこっと立つ。
「セレス、笑った!」
「みろが……たのしい……から……」
ミロは照れくさそうに頬をかいて、広場の楽団へ目を向ける。
「ちょっとだけ歌ってくる。そこにいてね」
ミロが歌い始めると、広場に柔らかな光が集まっていく。
ミロの声に呼応するように、セレスティアの胸の光も揺れた。
「……みろの、うた……すごく……あったかい……
ひかり、ないてるみたい……」
歌い終え、人々の拍手の中ミロは戻ってくる。
「ありがとう、セレス。
君の光が揺れてくれると、僕も嬉しいよ」
「……みろ……
わたし……すき……」
「んへ!? す、好き……?」
「うん……“あったかい”……すき……」
「……そ、そっか……!!」
ミロは顔を真っ赤にして、尾をぶんぶん振った。
◆ ガイルと歩く城壁
夕方。
空は茜色に染まり、城壁の上は静かだった。
ガイルは無言で階段を上り、セレスティアを手招きする。
「……きれい……」
「高い場所は、敵が来る前に“気配”を感じられる。
守る側にとって大切な場所だ」
「がいるは……ここで、みんなをまもる……?」
「ああ。
俺は“守るため”に剣を持った」
セレスティアは横からガイルの横顔を覗き込む。
その瞳には、夕陽の炎が映っていた。
「がいる……やさしい……」
「優しくなどない。
ただ……お前が泣く姿は、もう見たくないと思っただけだ」
「わたし……また、なきそう……」
セレスティアの声は震えていた。
「なんでだ」
「……みんな、わたしをまもって……
わたし……なにも、できない……」
ガイルはしばらく黙っていた。
やがて低く静かに言う。
「——できなくていい」
「……よくない……」
「よくないと思うなら、いつかできるようになればいい。
その“いつか”までは、俺が守る」
「……ほんとう?」
「ああ」
夕陽を背に、ガイルは優しく言った。
「それが俺の“案内”だ。
怖くても、歩けるように隣にいる」
胸の光がやわらかく震えた。
◆ 夜の宿で
三人との時間を終え、宿に集まった頃には、街は星と魔法灯で輝いていた。
「どうだった、セレス?」
ミロが身を乗り出すと、セレスティアは胸に手を当てて答えた。
「……たのしかった……
みんなの“すき”を、しれた……」
フィンが柔らかく微笑む。
「明日は大図書館《光の塔》の調査だ。
今日見たものが、必ず役に立つよ」
ガイルも静かに言う。
「本番はここからだ。
セレス、お前の光の行き先を探しに行く」
胸のひかりが、ふるり、と震えた。
眠っている誰かの声が、風の底から呼ぶように。
——ひかりの……きみ……。
「……あした……いく……
わたしの、ひかりの……さきへ……」
三人は同時に頷いた。
「もちろん」
「任せて」
「俺たちがいる」
こうして、魔法都市ルミナートでの一日は、
三人それぞれの“案内人”としての想いをセレスティアに刻み込みながら、
静かに夜へ溶けていった。
その夜、セレスティアの胸の光は、いつもより静かに、しかし確かに——
“世界樹の根の方向”へ向かって揺れていた。




