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第4話 光の道導


◆ 村の朝──小さな光の揺れ


 セレスティアは、柔らかなまどろみの中で目を開けた。


 フィンの家の空き部屋。

 暖かな陽が差し込み、木の床を金色に染めている。

 窓の外では鳥がさえずり、子どもたちの笑い声が遠く聞こえた。


 胸の奥で、ふるり、と光が揺れる。


「……ひかり……」


 問いなのか、呟きなのか。

 本人にも分からない。


 けれど、その揺れは朝の風よりも優しく、

 どこか“遠くの誰か”が触れてくるようだった。


 セレスティアが戸口へ出ると、フィンの妹が顔をほころばせる。


「セレスちゃん! おはよう!」


 少女は嬉しそうにセレスティアの手を引いた。


「もうすぐミロ兄ちゃんが帰ってくるんだよ!」


「……みろ?」


「うん、吟遊詩人のミロ兄ちゃん!

 森のお話も、精霊のお歌も、なんでも知ってるんだから!」


 セレスティアの胸の光が、ふわりと反応した。

 呼ばれたわけではないのに、風がそっと顔に触れた気がした。



◆ 村へ帰ってきた吟遊詩人──森の守り人


 昼前。

 村の門に、一つの影が現れた。


 肩に弦楽器を背負い、

 軽やかな足取りで歩く青年。


 獣人特有の耳が風に揺れ、

 尻尾の先がリズムを刻むように揺れている。


「ミロだ!」


 子どもたちの声に、青年は手を振って笑った。


「ただいまー。いい風だねぇ、今日の森は」


 ガイルが薪割りを止めて声をあげる。


「お、帰ったのか。相変わらず賑やかなやつだな」


「ガイルも元気そうだねえ。

 ……で、その後ろの“光ってる子”は誰?」


 ミロの視線は、セレスティアを一目見た瞬間に止まった。


 ただ見つめるだけで、

 彼の獣人としての感覚が反応する。


(……あれは……精霊の気配。

 しかも、人の形……?)


 ミロは自然と、ゆっくり膝をつき、

 セレスティアと目線を合わせた。


「こんにちは。君が……セレス?」


 セレスティアは戸惑いながらも、小さく頷く。


「……せれす……てぃあ」


 ミロの耳がぴんと立つ。


「やっぱり。君、森の子だね。

 この光……森の朝霧みたいな匂いがする」


 セレスティアは胸の光をそっと押さえる。

 ミロはその仕草で確信した。


(精霊……それも、“導きの光”を持ってる子だ)



◆ 精霊の伝承──世界樹の道導


 フィンが出てきて、紹介をする。


「ミロは吟遊詩人で、旅の獣人だよ。

 森の守り人の血を引いてる。

 精霊のことも、僕らよりずっと知ってる」


 ミロは肩をすくめた。


「知ってるってほどじゃないけどね。

 ただ……森を歩くとき、光の揺れには敏いかも」


 そう言って、セレスティアの胸の光を示す。


「セレス、その光……ときどき震えるでしょ?」


「……うん……むねが……ふるって……」


 セレスティアの声はかすかで、

 その震えがそのまま胸の光と重なるようだった。


「それはね、昔の伝承で“道導のみちしるべ”って呼ばれてたんだ」


 フィンとガイルが同時に顔をあげる。


「道導?」

「なんだ、それは」


 ミロは空を見上げ、風を指先でなぞるように言った。


「精霊はね、世界樹の根っこから生まれるでしょ?

 だから、生まれたばかりの精霊はみんな、

 どこかへ向かおうとするんだ。


 向かう理由も、行き先も、本人には分からない。

 でも、胸の光だけは知ってる。


 それが“道導”。

 世界樹が精霊にそっと示す、人生の道。」


 ガイルが息を呑む。


「じゃあ……セレスの胸の光も……」


「うん。迷ってる光じゃない。

 “向かってる光”なんだよ」


 セレスティアの胸が、またふるりと揺れた。


 誰かの名前も、姿も分からない。

 けれどその震えが、確かに遠くの“何か”へ向けられていると分かる。


 その“何か”が何か──

 それはまだ、この世界に明かされない。


 ただ、ゆっくりと道が呼んでいる。



◆ セレスティアの夢──誰かの呼び声


 ミロはセレスティアに優しく問いかけた。


「セレス。

 光が震えるとき……夢を見ること、ある?」


 セレスティアは胸の奥を押さえ、うなずく。


「……みる……

 やわらかいひかり……さびしい……

 だれかが……よんでる……」


 風が止まり、空気が澄む。


 ミロもガイルもフィンも、同時にその言葉に耳を澄ませた。


(……呼んでいる人が、いる……)


 それだけは、誰にも否定できなかった。



◆ 守り人として──ミロの決意


 ミロは立ち上がり、弦楽器を背負い直した。


「……決めた」


 ガイルとフィンが驚いて振り向く。


「な、何をだ」


「僕は、セレスの旅に付き合う」


「はあ!? お前、また急に……!」


 ミロは笑う。


「だって守り人だからね。

 精霊が歩き出したら、その行く先を見守るのは“務め”だよ。


 導くんじゃない。

 押すんでも、止めるんでもない。


 ただ、光の向かう方へ……

 一緒に歩いて、そっと見届けるだけ。」


 ミロの声は軽やかだが、芯があった。


「セレス。

 君が一歩踏み出すなら、僕も行くよ」


 セレスティアはゆっくりとミロを見つめ、

 小さく、でも確かな声で言う。


「……みろ……」


 ミロは耳をふにゃりと下げ、目を細める。


「うん。呼んでくれてありがとう」



◆ 光が示す方へ──四人の新しい朝


 フィンがそっと言う。


「すぐじゃなくてもいいよ。

 言葉も世界も、まだ知らないことが多い。

 ゆっくり準備してから行こう」


 ガイルも頷く。


「急いで危ない目に遭う必要はない。

 俺たちがついてる」


 ミロは尻尾をふりながら笑った。


「旅は急ぐものじゃないしね。

 光がまた揺れたときに出ればいいさ」


 セレスティアの胸の光が、かすかに揺れた。


 どこかへ続く道の始まり。

 誰かの声が待っている未来。


 まだ遠い。

 でも──確かに、そこにある。


 風が吹き抜け、セレスティアの羽を撫でる。


 四人は同時に空を見上げた。


 光の粒が舞い、

 世界樹の根が遠くで静かに脈打つような錯覚があった。


 旅は、ここから始まる。


 セレスティアが胸の光へ手を添えた瞬間、

 その光はまた、そっと“どこか”を指した。


挿絵(By みてみん)


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