第2話 森で出会う影と光
◆ 旅立ちの森 ― 初めての世界
森は、夜明け前の薄い金色をまとい始めていた。
セレスティアは小さな足で、そっと苔の道を踏みしめる。
生まれてまだ間もない精霊の少女にとって、
“歩く”ということ自体が初めての冒険だった。
枝の影、鳥の気配、風の音——
森の呼吸は分かる。でも、道は分からない。
胸の奥で揺れる“誰かの気配”だけが、彼女を前へ押し出していた。
「……ひかり……」
言葉にならない囁きが漏れた。
その瞬間、かすかな光の粒がふわりと舞う。
セレスティアが転びそうになり、足元の小石を見て立ち止まったとき——
空気が鋭く震えた。
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◆ 剣の風 ― ガイル=クレスト
「そこだ!」
冷たい風を切る音。
次いで、鋼のきらめきが目の前に現れる。
セレスティアは驚いて後ずさる。
濃い影の向こうから現れたのは、長剣を構えた青年だった。
「……なに……?」
青年は深緑の外套、剣の柄に刻まれた王家紋。
鋭い目つきは獲物を捕らえる狼のようで、半歩も動かぬまま彼女を見据えていた。
「答えろ。何者だ、お前は。」
低い声。
セレスティアは意味が分からず首をかしげる。
それが返答にならないと理解した青年は、さらに緊張を強めた。
剣先がかすかに揺れる。
「……意思疎通ができない……?
魔に囚われた子のようにも見えるが……」
青年は小さく息を吐き、構えを僅かに下げる。
「怯えるな。俺はガイル=クレスト。騎士見習いだ。」
“ガイル”。
その名の響きは、どこか硬くて冷たい。
セレスティアはじっと見つめるだけだった。
ガイルは怪訝な顔をし、ゆっくりと剣を納めた。
「……言葉がわからないのか。
いや、そもそも、人里の子ではない……?」
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◆ 光の揺れ ― 誤解と保護
その時だった。
一羽の鳥が飛び立ち、セレスティアが反射的に振り返ろうとして、足を滑らせた。
「あ……」
身体が傾ぐ。
光の粒がぱっと散った。
ガイルは駆け寄り、迷いなく腕を伸ばして彼女を受け止めた。
「危ない!」
腕の中で震える少女。
淡い光が袖にふれて、彼の表情がわずかに揺れた。
(……これは、魔物ではない。
こんな弱々しい存在が、森をさまよっているのか?)
ガイルはゆっくりと彼女を立たせ、距離を取らずに膝をついた。
「お前……迷っているのか?」
セレスティアは、ガイルの瞳を見つめ、かすかに瞬いた。
「……まよ……う?」
「そうか。分からないか。
……記憶が混乱しているのかもしれないな。」
ガイルは腕を組み、少しだけ思案した。
すぐに結論を出すのは早計だが、放っておくのは危険だった。
「……この森は魔物も出る。
お前を一人にはできない。」
ガイルは立ち上がり、迷いなく手を差し伸べた。
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◆ フィンへ ― “連れて行く理由”
「村へ来い。フィン=アストレイアという魔導師がいる。
賢い男だ。お前のことも分かるかもしれない。」
“フィン”。
その名前が、セレスティアの胸に微かなざわりを残す。
理由はわからない。けれど、拒む気持ちはなかった。
セレスティアは、そっとその手に触れた。
指先に触れた瞬間、また光がぱらりと散る。
ガイルは驚いたように目を瞬いたが、すぐにその手を包んだ。
「行こう。足元に気をつけろ。」
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◆ 森を抜ける ― ぎこちない距離
森の道は起伏が激しく、セレスティアは何度もつまずきそうになった。
そのたびにガイルは影のように支え、落ちる枝を払いのけた。
「苔の上は滑りやすい。
……ああ、そうだ。こうやって、木の根をまたぐんだ。」
ガイルは無口だが丁寧だった。
言葉は少なくても、動きが優しい。
セレスティアは彼の歩幅に合わせようと、必死に小走りになった。
やがて木々の間から、柔らかい煙と家々の影が見えてくる。
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◆ 村の灯り ― 最初の仲間の元へ
ガイルが足を止めた。
「——あれが村だ。
フィンは、あの薬草師の家で働いている。すぐに会える。」
セレスティアは遠くの景色を見つめた。
木造の屋根、家々の灯り。
そして胸の奥で、王子の夢と同じ光がほんの少し震える。
(……ここに、なにか……ある……?)
風が吹き、花の香りが流れた。
ガイルは振り返り、優しく言った。
「大丈夫だ。俺がついている。」
セレスティアは小さく頷き、
その言葉を胸に、村へと足を踏み入れた。
——これが、
精霊の少女が“仲間”と出会う最初の一歩だった。




