第10章 世界樹が光を指すとき
世界樹は、近づくほどに空を覆い尽くしていく大きさだった。
枝の影が王都の半分を包み、その幹は山脈のようにそびえている。
根は王宮の周囲を抱くように伸び、建物と混ざりあう。
セレスティアは胸に手を当てた。
「……あそこ……
いかなきゃ……」
胸の光は静かに脈打ち、
世界樹の深い奥へと道を示していた。
三人の仲間は無言でついてくる。
「セレス、ゆっくりでいいよ」
ミロが優しい声で言う。
「無理はするな」
ガイルの短い言葉は、いつものように重みがあった。
「胸の光が示す方向に従おう」
フィンは地図を閉じた。
そのまま四人は、王宮と世界樹の境を越え
“霊域”と呼ばれる根の領域へ入った。
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◆ 世界樹の根の聖路
足元には根が絡まり、
その間を淡い光の粒が流れていた。
森とも街とも違う、
無音の世界。
セレスティアは息を呑む。
「……ねが……しゃべってるみたい……」
ミロが耳を澄ませる。
「僕には何も聞こえないけど……
セレスには届いているんだね」
フィンは根の動きに目を細める。
「世界樹の意志が……君と波長を合わせている」
ガイルは周囲を見回しながら言った。
「気配は静かだ。行くなら今だ」
セレスティアは頷き、
光に導かれるまま根の道を進んだ。
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◆ 根の聖域──世界樹の心臓
やがて視界がひらけた。
そこは巨大な空洞で、
世界樹の根が天井へ向かって絡み合い、
空気は黄金色の霧で満ちていた。
風も、音も、揺れもない。
ただ深い深い静寂だけがある。
「……ここ……」
セレスティアは震える声で呟いた。
「……ゆめで……なんども……みた……」
三人はそっと後ろに立つ。
「行って」
「俺たちが見ている」
「大丈夫だよ」
セレスティアは世界樹の根にそっと手を伸ばした。
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◆ 触れた瞬間──ただ、静かな響きだけが生まれた
——ふわり。
光が爆ぜることも、
風が吹くこともなく。
ただ、
セレスティアの胸の光と世界樹の光が“溶け合った”。
空気が震えたような、
水面が揺れたような、
ほんの小さな変化。
しかしその変化は、
セレスティアの身体の奥深くまで染み込んだ。
(……あ……)
何かが繋がる感覚。
何かが触れる感覚。
そして――
『……ひかりの……きみ……』
遠くて、静かで、消え入りそうな声が
胸の奥だけで響いた。
セレスティアは小さく息を吸った。
「……だれ……?
……ずっと……まってたの……?」
光はすぐに消え、
世界樹はまた深い静寂に戻った。
それだけだった。
光も波動も衝撃もない。
ただ、触れた瞬間だけ
“見えない誰か”の息づかいが返ってきただけ。
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◆ セレスだけが感じた“気配の変化”
ミロが駆け寄る。
「セレス、大丈夫!?
何か……起きたの?」
セレスティアは胸に手を当てたまま、
かすかに首を横に振った。
「……ううん……
なにも……おきてない……」
でも、と続ける。
「……でも……
だれかが……
ねむりから……すこし……めをあけたみたい……」
フィンは息を呑む。
「誰かが……?」
ガイルも言葉を失ったまま見守る。
セレスティアはもう一度胸に触れる。
「……しらない……
でも……
なつかしい……
やさしい……
そんな……ひかり……」
声は、もう聞こえない。
けれど確かに“何か”が動いた。
それを感じ取ったのはセレスティアだけだった。
⸻
◆ 世界樹の前で
セレスティアは深く息を吸い、
世界樹の根から手を離した。
「……いこう……
このさき……
きっと……しりたいことが……ある……」
「そうだね」
ミロが微笑む。
「次は王都だ」
フィンが頷く。
「気を引き締めて進むぞ」
ガイルが言う。
セレスティアは世界樹を振り返った。
巨大な神樹は何も言わず、
ただ静かに空へ向かってそびえ立っていた。
けれど確かに感じた。
“誰かが、ほんの少しだけ目を覚ました”
そしてその“誰か”の正体は、まだ誰にも分からない。
ただひとつだけ確かなのは――
セレスティアはその光に、
なつかしさと、安らぎを覚えたということだった。
「……いこう……」
四人は世界樹の根を後にした。




