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転生の旋律

 ――静寂を裂くように、ピアノの音がホールに響き渡った。


 漆黒のグランドピアノに座るのは、一人の少年。

 如月奏、十七歳。

 国内外のコンクールを総なめにした、若き天才ピアニストだ。


 その指は軽やかに舞い、観客の視線を釘付けにする。

 情熱的で、繊細で、誰よりも真剣に音を愛する少年の姿に、ホール全体が息を呑んでいた。


 ――その瞬間、奏は確信していた。

 「自分の人生は、この旋律と共に続いていくのだ」と。


 ……だが、運命は残酷だった。


 演奏を終え、楽屋に戻る途中。

 彼の耳に飛び込んできたのは、ブレーキの軋む音、そしてガラスの砕け散る悲鳴。


 振り返った刹那、視界が白に弾けた。

 そして、世界は闇に沈んだ。


 ――気がつけば。


 奏は一面の草原に立っていた。

 抜けるような青空。頬を撫でる風。どこまでも広がる緑。


「……ここは……?」


 自分が死んだことを悟るまで、さほど時間はかからなかった。

 だが、戸惑いを深めさせたのは――草原の真ん中に、場違いに置かれた一台のピアノだった。


 漆黒のボディに、磨き抜かれた象牙の鍵盤。

 見慣れたはずの楽器が、今は異様な存在感を放っている。


「……まさか、夢か……?」


 震える手で鍵盤に触れた瞬間。


 ――【特典スキル《音律魔法》が付与されました】。


 頭の中に直接響く、不思議な声。

 理解は追いつかない。だが、心臓が高鳴るのを抑えられなかった。


「音律……魔法?」


 試しに、軽く一音を叩く。


 ぽろん、と澄んだ音色。

 途端に草原を駆け抜ける風が旋律に合わせて渦を巻いた。


「……まさか……!」


 さらに和音を奏でる。

 低音が大地を震わせ、高音が光の粒となって空に舞い上がる。

 目の前の風景が、音に反応して変化していく。


「音が……世界を動かしてる……?」


 その時だった。


 ――ガサリ、と茂みが揺れる。

 牙を剥いた獣が飛び出してきた。赤い目を光らせ、低い唸り声を上げながら奏へと迫る。


「っ……!」


 恐怖が走る。

 だが、同時に体が勝手に動いていた。


 脳裏に浮かんだのは、何度も弾き込んだ「ショパンのエチュード」。

 両手が鍵盤を駆け抜ける。


 ドロロロロッ――!


 怒涛の旋律が空気を震わせ、炎が走った。

 獣は一瞬で炎に包まれ、絶叫を上げて塵と化す。


 荒い息を吐きながら、奏は呆然と立ち尽くした。

 だが、その胸の奥に宿った感情は――恐怖ではなく、昂揚感だった。


「……音で……戦える……?」


 ピアノを弾き続けてきた人生。

 だが、今この世界での音は、ただ美しいだけではない。

 人を救い、敵を退ける、圧倒的な「力」になり得る。


 ――拍手ではなく、誰かを守るための音。


 それを奏でることができるのなら。


 奏は、静かに、しかし強く誓った。


「……この旋律を、この世界に響かせてやる」


 その瞬間、草原に新たな風が吹いた。

 天才ピアニスト・如月奏の第二の人生――いや、「転生の旋律」は、ここから始まったのだった。

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