表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

第5章 未来への言霊

 家に帰り着くと、夕暮れよりも暗い空が広がっている。もう父さんが帰っているかもしれない。

 そう思いながら玄関を開けると、案の定リビングの灯りがともっていた。最近は帰りが遅いことが多かったのに、今日は珍しく早いみたいだ。


 靴を脱ぐと、すぐに父さんが出迎えてくれる。少し驚いたような顔をしているけど、それよりも僕は話したいことが山ほどある。かたくなに避けてきた「母さんの死と震災の真相」を、もう曖昧にされたくない。


「おかえり、蓮。どうした、そんな真剣な顔をして」

「聞きたいことがあるんだ。……母さんのこと。どうして震災に巻き込まれたのか、本当の理由を知りたい」


 父さんの表情が一瞬で険しくなる。リビングの古い照明が、その面差しに深い影を落とす。

 けれど、ここで引き下がるつもりはない。

 圭が苦しんでいるのを見て、僕ははっきり思い知らされたんだ。逃げていては何も解決しない。


「蓮……お前、どこまで知っている?」

「圭ってやつに会った。篠宮の家の人間らしい。15年前の震災で、父親を失ったって言ってた。母さんが原因だって信じてるみたいなんだ」


 父さんは少し驚いたように目を見開く。ソファに腰を下ろすと、重く息を吐いた。

 今まで一度も触れなかった事柄を、あえて口にしようとしている。

 その沈黙が、やたらと長く感じられる。


「……そうか。篠宮圭、か。あいつは刻さんの息子だな。あの日、静さんと二人で“言霊”の力を封印しようとしていたのが、篠宮刻――圭の父親だった」


 ぎくりと胸が波打つ。やはり“言霊”が絡んでいるのは間違いないんだ。ソファの対面に座り、父さんと向かい合う。


「封印しようとしていたのは母さんじゃなくて、刻さんって人も同じだったの? だったらどうして震災が……」

「いいか、蓮。あの日、言霊を巡る“ある出来事”が起きた。静さんと刻さんは協力して、暴走しかけた言霊の力を押さえ込もうとしたんだ。だが封印は失敗し、結果として大地を揺るがすほどのとんでもないエネルギーが放出された」


 父さんの言葉は重い。僕は息を詰めながら、言葉を待つ。父さんが奥歯を噛み締めるのが見えた。


「刻さんが最後に力を誤って暴走させてしまったんだよ。あれは、たぶん彼自身も望んだことじゃなかった。だけど“干渉の言霊”が負の感情に飲み込まれ、周囲の地脈まで刺激してしまった。結果として、大地震が起きた。津波や火災まで併発して多くの人が巻き込まれた」

「じゃあ、母さんは……」

「静さんは“創造の言霊”でどうにか封じようとしたけれど、封印は間に合わなかった。そのまま自身も力を使い果たして……」


 父さんの声が震える。こみ上げる感情を抑えきれない様子だ。

 それでも視線をそらさずに、僕を真っすぐ見つめている。


「お前が怪我をしたのは、静さんが身を挺して庇ったからだよ。瓦礫が降ってくる直前、“守る”ための力を使ってお前だけは安全な場所に飛ばした。あの火傷は、その寸前に受けた衝撃だ」

「……っ」


 何かが胸の奥で崩れ落ちるような感覚があって、言葉にならない。母さんが暴走したんじゃなくて、むしろ誰かを止めようとして命を落とした――そんな可能性があるなんて。

 震災による混乱や隠蔽のせいで、ずっと母さんこそが原因だと思われていた。

 だけど実際は、篠宮の先代――圭の父親が力を制御できずに暴走していたのだ。


「じゃあ、静さんが震災の“原因”だって噂は……」

「真相が明るみに出れば、言霊の存在まで公にされかねない。世間がパニックにならないよう、政府筋が動いたという噂もある。篠宮家が天宮家を責め、世間もそれを信じた。『天宮静が暴走し、大震災を引き起こした』とね」


 うまく息ができなくなる。母さんは最後まで誰かを救おうとして、命を燃やし尽くしたのかもしれない。なのに、世の中には“加害者”として伝わり、残された僕までが“震災の原因の家”だと陰口を叩かれ続けてきた。


「どうして……教えてくれなかったの?」


 父さんは寂しそうに微笑む。


「言霊は危険な力だ。お前が母さんと同じ運命を辿る可能性があるとわかっていて、そんな話をすべきか悩んだ。力を知れば知るほど恐怖を抱いてしまうからな。お前が普通に生きてくれたら、それでいいと思っていたんだ」

「……父さんは、僕に言霊の力を隠そうと?」

「そうだ。静さんの意思を汲んで、なるべく波風を立てずに暮らしてほしかった。でも……結局、お前は力に目覚めてしまった。俺の隠し事はもう意味をなさない」


 父さんの唇がかすかに震えている。

 僕は泣きそうな気持ちを必死にこらえて、問いを続ける。


「母さんは……最後、僕に何を望んでたんだ?」

「“守る力”を受け継いでほしい、と言っていた。震災の悲劇を繰り返さないように、言霊を正しく使える人間が必要だって」


 その瞬間、胸が熱くなる。

 力を奪うとか、破壊するとか、そんな道じゃない。

 母さんは守るためにこの力を捧げたんだ。僕は肩を落としながらも、どこかほっとしている。

 なぜなら、自分が選んできた“誰かを守るために力を使う”という意思が、母さんの願いと重なった気がするから。


「ありがとう、父さん。教えてくれて。……篠宮圭は、父さんの暴走を知らされずにずっと母さんを恨んできた。自分の父が引き起こしたことを受け止められなくて、苦しんでる。……何とかして彼に伝えたいんだ、本当のことを」

「そうだな。刻さんも、本当は暴走なんて望んでいなかったはずだ。篠宮の家名を救おうと必死だったんだよ。圭くんがそれを知ったら、どんな思いになるか……」


 父さんが複雑そうに呟く。

 でも、もう止められない。圭は今にも力に飲まれそうになっている。母を恨み、“力を奪う”ことでしか救われないと思い込んでいるのだから。

 このまま彼を放置すれば、また街や学校を巻き込んだ大惨事になりかねない。


「行ってくる。圭を見つけて伝える。母さんが引き起こしたんじゃない。お前の父親だって本当は被害者じゃない、あの人も必死に封印を試みて――」


 言葉が詰まる。篠宮刻が悪者というわけでもない。本当に封印に失敗して暴走してしまっただけ。

 どちらが悪いでもなく、結果として最悪の事故につながってしまった。

 その事実を圭がどう受け止めるのかはわからない。


 父さんは少し迷っている様子を見せるが、意を決したようにうなずいてくれる。


「わかった、蓮。お前のやりたいようにしなさい。……気をつけてな。あの子は追いつめられている。いつどんな暴走を見せるかもわからない」

「うん、大丈夫。……守るために、俺の言霊を使うよ」


 ギュッと拳を握る。震災で母さんが残した思いが、確かに僕の中に息づいている気がする。怖さはある。それでも、今はそれ以上に“守る”強さを感じるのだ。


 家を飛び出し、夜の街を急ぎ足で歩く。こんな時間でもまだ灯りが点々と続いていて、車の音が遠くから聞こえる。携帯を握りしめ、凛に連絡を入れる。


「……もしもし、凛? 実は父さんから全部聞いたんだ。母さんは暴走してなかった。それどころか、篠宮の先代と協力して力を封印しようとしていたらしい」

『やっぱり……! じゃあ篠宮圭が誤解してるってことだよね?』


 凛の声は少し興奮ぎみだ。彼女もきっと僕と同じくらいほっとしているのだろう。

 だけど、誤解が解けるまでが大問題だ。


「うん。でも、その父親の暴走が震災を引き起こしたことは事実らしい。圭はその真相を知らされずに“天宮が元凶だ”って思い込んできた。……だから、一刻も早く話したいんだ」

『じゃあ、どうやって彼に伝える? 今の彼は混乱してるし、暴走の兆候もあるし……』

「わからない。正面から会いに行くしかない。いつもの場所、あの空き地か校舎裏か……どこかにいるはずだ」


 凛は迷わず「私も行く」と言い張る。危険かもしれないけど、彼女を止めるのは不可能だとわかっている。僕だって、一人きりでは心細いし、凛がいてくれた方が力を発揮しやすい。

 お互いに助け合える関係だからこそ、今までやってこれたんだ。


 それから数十分後、人気のない校舎裏へ二人で足を運ぶ。夜の学校はひっそり静まり返り、まるで廃墟のような雰囲気だ。足音さえも響いて胸が騒ぐ。

 だけど、そこに確かに人影があった。プラチナブロンドの髪が闇を照らすように浮かび上がっている。


「圭……!」


 呼びかけると、彼は仰向けに空を見上げていたらしく、ゆっくりとこちらを見る。

 その瞳は沈んだ灰色をしていて、薄暗い街灯の下で、まるで孤独そのものを背負っているかのように見える。


「来たか、天宮蓮……」

「こんなところで何やってるんだよ。……あれから学校も大変だったぞ。屋上があんなに壊れたんだから」


 皮肉まじりに言うと、圭は鼻で笑う。けれどその笑みには力がこもっていない。

 いつものように挑発的でもないし、むしろ疲れ果てているようだ。


「どうにでもなれ、と思ってな。力を持つ者が結局、何を生むかはわからない。破壊か、救いか。俺はずっと破壊に傾いていたんだろうな。……失ったものを奪い返すためには、それしかないと思ってたから」

「奪い返す? お前は父さんを失った悔しさから、俺や母さんを恨み続けたんだろ?」


 圭がかすかにまぶたを震わせる。

 その表情を見て、僕は深く息を飲む。今が核心の話をするタイミングだ。


「でもな、圭。本当のところ、お前の父さんは母さんに殺されたんじゃない。むしろ、封印しようと協力していたんだ。暴走したのは……篠宮刻の“干渉の言霊”だったって話を、父さんから聞いた」


 夜風が強く吹き抜ける。校舎裏にたまった落ち葉がかさかさと音を立て、僕の言葉をかき消しそうになる。だけど、圭ははっきり聞こえているはずだ。


「暴走……だと? 俺の父が……?」

「うん。震災の直接の引き金は、“干渉の言霊”が負の感情に蝕まれたせいなんだ。それを止めようと母さんも力を尽くしたんだけど、封印しきれなかった。……だからこそ、篠宮家も天宮家も多くを失った」


 圭は黙り込む。凛が隣で小さく息を呑む気配がした。僕は圭がどう反応するか見守りながら、静かに待つ。


「それは、嘘だ……。父さんは、俺を守ってくれる正義の人だった……」


 圭の声が震えている。信じたくない気持ちと、どこかで感じていた違和感がぶつかり合っているのだろう。彼のプラチナブロンドの髪が夜風になびき、その瞳にかすかな涙の輝きが見える。


「父さんは、そんなこと望んでなかったはずだ……。でも、もし暴走が事実なら、あの日俺が失ったのは“力がない”せいじゃなくて……」


 しばらく圭は声を詰まらせ、地面を睨んでいる。僕も、何とも言えない息苦しさを覚える。

 誰が悪いとか、そういう問題じゃないんだ。ただ、不運と混乱が重なった結果、二つの家を巻き込み大震災へと発展してしまった。

 たったそれだけで、僕も圭も家族を失った。


「それでも……お前は、まだ“奪う”道を選ぶのか」


 僕が問いかけると、圭はか細い声で「……わからない」と言う。


「父さんが悪かったのなら、俺は一体何を信じてきたんだ。ずっとお前を恨んで、言霊を奪おうとして……。それが全部間違いだったのか?」

「間違いってわけでもない。お前も苦しんでたんだろ? 実際、俺の母さんは封印を果たせなかったし、篠宮家を救うこともできなかった。だからこそ、お前は“父を奪われた”って憎んだわけだ」


 圭は足元の地面をにらみつけるように震えている。その肩にそっと凛が触れる。彼女も恐る恐るな動作だけど、圭を放っておけないという気持ちが伝わる。


「ねえ、圭。大事なのは、過去を否定することじゃないと思う。お父さんだって封印に失敗しただけで、当時はお前や町の人を守るために必死だったかもしれない。だから、そこに“正義”がなかったわけじゃないんじゃないかな」


 凛の言葉に、圭の口がわずかに開く。

 葛藤でいっぱいの表情だ。僕は重ねるように言う。


「母さんも、最後まで僕を守ろうとしてくれた。力が破壊じゃなくて守りにもなることを、身をもって示してくれたんだ。だから俺は、奪うんじゃなくて、“守るため”に言霊を使ってみせる。お前がどう考えるかは自由だけど……もう復讐のために力を使うのはやめてくれ。お前自身が壊れてしまう」


 圭は何も返事をしない。だけど、その沈黙の中で、彼の中の思いが少しずつ変化しているのを感じる。無論、すぐには受け入れられないかもしれない。父の暴走が事実ならば、篠宮家の誇りが根底から崩れる。長年抱いてきた憎しみと悲しみを、自分ひとりで処理するのはあまりにも荷が重いだろう。


「奪うことだけが正義じゃない。……もし力が欲しいなら、俺と一緒に練習すればいい。まさか嫌だとは言わないよな?」


 場違いにも軽口を叩いて、強引に笑ってみせる。圭は一瞬呆れたように顔を上げるが、すぐに視線を逸らす。


「……お前は本当に甘いやつだな」

「甘いかもしれない。でもさ、死んでいった人たちが本当に望んだのは、こんなふうに互いを恨むことじゃないはずだ」


 圭は反論できないのか、うつむいたまま微動だにしない。僕はそっと一歩近づき、彼の肩を軽く叩く。


「お前が間違ってたとは思わない。たぶん誰だって、力を持たないまま大切なものを失ったら、同じように憎しみに囚われる。でも、いつまでもそのままじゃ、圭が苦しいだろ」

「……俺は……」


 吐息とともに、圭の肩の力が抜けていく。夜の静寂の中、かすかな涙の光が彼の瞳に浮かんでいるのがわかる。


「お前たちは……なぜそこまで、俺に関わろうとする?」

「敵だからじゃない? 目の上のたんこぶというか」

「蓮、それ絶対違うでしょ」


 すかさず凛が突っ込み、僕は言い直す。


「……いや、冗談。理由は単純だ。放っておいたら、またお前が力を暴走させるかもしれない。それで誰かが傷つくのは嫌だし、お前だって傷だらけになる」


 圭は返事をしない。それでも、その沈黙が以前みたいに冷たくは感じない。代わりに、夜風が三人の距離をやわらかくつなぎとめているようだ。


「なあ、圭。これからは“奪う”とかじゃなく、一緒に“守る”方を選ばないか」

「……お前は、そこまで言うなら、俺を助けてくれるのか? 俺の“干渉”がまた暴走しても」

「もちろん。もしまた暴走しそうになったら、僕が言霊で止める。お前が必要なら力を貸す。でもお前も、少しずつでいいから自分で制御できるようになってくれ。誰かを守りたいと思えれば、絶対に道はあるから」


 圭は何かを言いかけて口を閉じる。そのまま少しの間、闇の中で硬直している。

 が、やがて瞼を伏せて静かにうなずいた。

 わずかに首を縦に振っただけだけど、それが彼なりの精一杯の返事なのだとわかる。


「じゃあ、まずは……お前の言霊を干渉して試してみるか。正しい使い方を覚えるには、実践あるのみだろう?」


 最後の方は少し強がっているように聞こえる。でも、僕はそれで十分だと思う。

 かたくなな復讐心だけではなく、何かを変えたいという意志が感じられるから。

 凛はほっとしたように笑い、圭の袖を軽く引っ張る。


「じゃ、そこの空き地でこっそり練習してみよ。私と蓮が二重にサポートして、圭の干渉を制御する方法を考えるの。夜遅いから迷惑にならないようにしないとね」

「言うじゃないか。……まあ、やってみてもいい」


 お互いに視線を合わせることなく歩き出す。それでも少し前までの険悪さは嘘のように和らいでいる。三人で夜の校舎裏を抜け、人気のない空き地へ足を運ぶと、僕は深呼吸をする。


 母さんが命を懸けて守ろうとしたのは、きっと“世界”だけじゃない。そこに生きる僕や、篠宮家や、多くの人たちの“未来”だったんだろう。

 守りたい気持ちがあるのなら、破壊の力だって救う力へ変えられる――圭にそれを証明できるよう、全力を尽くすしかない。


「行くぞ。まずは小さく風を起こす練習からな。圭、お前は干渉の力でどれだけ介入できるか試してくれ」

「ふん、言われなくても」


 口調こそ素っ気ないが、圭の灰色の瞳には先ほどまでの闇が薄れ、ほんの少し希望の光が宿っているように見える。凛はそんな二人を見渡して、微笑みながら頷く。


「じゃあ、始めよっか。もう夜遅いから騒ぎすぎないようにね!」


 夜風の中、僕らの小さな訓練が始まる。

 暴走と破壊に満ちた言霊に、守りと救いの可能性を探し出す作業だ。すぐにうまくはいかないかもしれない。圭は父の真実に苦しみ続けるだろうし、僕だって母の死を完全に受け止めきれたわけじゃない。


 それでも一歩踏み出すたびに、少しずつ前に進めると信じたい。誰かを守りたいという気持ちがあれば、力は必ず応えてくれる。そう、母さんが身体を張って示してくれたみたいに。


「力よ――“吹け”」


 地面を撫でる程度の緩やかな風が巻き起こる。それを見て、圭が「干渉――“抑えろ”」と小さく呟く。無理に奪うのではなく、自然と力を取り込もうとする動きが感じられる。

 ほんの小さな一歩だ。でも、確かに何かが変わり始めている。


 凛が拍手しそうに見えるのを横目に、僕は唇を引き結ぶ。

 母さんの残した“言霊”――破壊だけじゃない。それを守るために、僕は今日まで踏ん張ってきた。

 圭と凛、そして街の未来をつなげるために、この力をもっと正しく制御してみせる。


「よし、今度はもう少し強めの風を……」


 そんなふうに練習を始める僕らを、夜空の星が静かに見下ろしている。

 遠くでは車の音が低く鳴っているけれど、この場所だけは不思議なほど穏やかだ。負の感情に飲み込まれないよう、お互いを見守り合う。ぎこちなくも新しい関係性が、暗がりの校舎裏で生まれつつある。


 明日はどうなるか、正直わからない。

 それでも、もう僕は破壊に怯えるだけじゃない。“守りたい”という気持ちがあれば、この力は必ず自分や大切な人たちを照らすはずだ。

 母さんがそう信じていたように。


 夜の静寂の中で、ほんのかすかな風が頬を撫でる。凛が微笑み、圭が無言のまま力に集中している。ぎこちない空気だけど、それでも確かに連帯感が芽生えていると感じる。

 きっとこれが、母さんが願った“言霊の本質”なのかもしれない。

 破壊じゃなく、誰かを支える守りの力。


 少し強めの風が巻き起こり、落ち葉が舞い上がる。僕は圭と凛を横目で見ながら、小さくうなずく。

 ここからだ。三人それぞれの過去と対峙しながら、僕らは新しい未来をつかみに行く。

 ――自分の声と意志を重ね合わせて。


「……母さん、俺はもう大丈夫だから」


 小さな呟きが、秋の夜風にかき消されていく。だけど、その言霊は僕の心に確かに響いている。

 そして遠く、震災の日に奪われたたくさんの命に届くようにと、願いを込めて。


 僕は声を放つ――


「言霊――“繋がれ”!」


 その瞬間、ごく優しい光が僕たちの周囲に漂う。誰かを壊すためじゃなく、守るための力。その片鱗が確かに存在するんだと、僕は肌で感じる。

 圭が小さく目を見開き、凛が笑みを浮かべる。互いに何も言わず、けれど同じ景色を共有しているのがわかる。


 夜空の向こうには、まだ見ぬ未来が果てしなく広がっている。

 ――きっと僕らは、誰かの思いとつながりながら前へ進める。母さんが築こうとして果たせなかった道のりを、今度こそ歩いていくのだ。


 校舎裏にささやかな風が吹き、落ち葉を揺らしている。

 僕はその風を感じながら、そっと左手首の火傷痕に触れる。かすかな痛みとともに、母さんの思いが温かく胸に広がった気がする。

 もう迷わない。これが僕の選んだ道――母さんの“守りたい”を受け継いだ、僕自身の未来だ。



面白い/続きが読みたい、と感じて頂けましたら、

ページ下の【☆☆☆☆☆】から評価をお願いします!

ブックマーク、感想なども頂けると、とても嬉しいです

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ