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第3章 選ぶべき未来

 昼休み、いつもより少し早めに教室を出る。凛が「練習場所に行こ」と腕を引っ張ってくるからだ。

 最近、僕と凛は一日のうちほとんどの時間を“言霊”の訓練にあてている気がする。もっとも、学校内であれこれ試すのはリスキーだから、放課後にこっそり空き教室や校舎裏で挑戦しているのが現状だけど。


「今日は昼休みにもやっちゃうの?」

「あまり時間がないから、少しでもやらないと。昨日みたいに放課後は圭に邪魔されるかもしれないし」


 凛はかなり熱心だ。最初はただの“巻き込まれ”だったはずなのに、気づけば僕よりもやる気に満ちあふれている。まったく、僕も圭とのトラブルは避けたいし、訓練の機会が少しでも増えるのは悪くない。ただ、前回は変なスライムが出るわ、窓ガラスを割りかけるわで大騒ぎ寸前だったから、正直ビクビクものだ。

 廊下の隅を通り抜け、ほとんど使われていない倉庫部屋へ忍び込む。古い教材や壊れた机が積まれているだけあって、埃っぽい匂いが鼻にツンとくる。幸いここで昼休みを過ごす物好きはいないらしく、僕たち以外に人影はない。


「それじゃ、さっそく始めよっか」

「う、うん。何からやる?」

「うーん、前にやろうとした“水を出す”は危険度が高かったから、もっと小さなものなら失敗しても大丈夫かも」


 凛が楽しそうに笑う。心のどこかで「また妙なものを呼び出すんじゃ…」と不安になりつつも、僕は大きく息を吸う。声の力で現実を変える――それが本当にできるとわかってから、嫌でも期待と恐怖が同居するようになった。


「じゃあ……花。小さな花を出せないかな」


 凛がそう提案してくれて、僕は軽く肩を回す。

 花なら校舎が壊れるほどのリスクはないだろうし、スライムみたいにドロドロもしてなさそうだ。


「わかった。じゃあ、花、咲け…?」


 声に出すとき、どうしても身体が強張る。今までは何かが出てくるたびにろくな結果になっていないから当然だ。でも、ちゃんと成功すればいい方向に進む一歩になる。僕はもう一度深呼吸して、口の中で言葉を転がす。


「花、咲け…!」


 一瞬、空気がビリッと揺れる気がする。そして床に散乱した埃が小さく舞い上がった――かと思うと、目の前の床に直径数センチの芽のようなものがぴょこっと現れた。いや、本当に植物みたいにヒョロッと伸びているが、つぼみの先端がまるで……


「え、これって……サボテン?」


 凛が首をかしげながら、その緑色の塊を覗き込む。どう見てもサボテンの子株だ。花どころか、“棘だらけ”のモノが生えてくるとは。しかもやたら動きが早い。ずぶずぶと茎が伸びるように成長している。


「ちょっ、ストップ! そんな急激に育たなくていいから!」


 思わずそう口走ると、サボテンは急に「ぴたり」と成長を止める。でも、花は咲きそうにない。ただ緑色の丸い塊に棘がびっしり生えただけの存在だ。僕は頭を抱える。


「何で…花を出そうとしたのに、これなのか。花、まったく咲いてないじゃん」

「でも、枯れたり暴走したりしないだけ、ずいぶんマシじゃない? はい、消すなら消してね」

「そうだな……消えろ」


 やや投げやりに声をかけると、サボテンはひょこっとしぼみ、まるで溶け込むように床から姿を消す。失敗とは言え、こうしてちゃんと命令どおりに消えるあたり、ある程度のコントロールは効いてきている気がする。

 こうやって少しずつ試行錯誤を重ねれば、“言霊”をまともに扱えるようになるかもしれない。


「よし、これくらいにしとこう。昼休みもうすぐ終わるし、掃除しないと」


 凛が埃を払いつつ、僕にウィンクする。笑顔は溌剌としているが、よく見ると腕にほんのり汗が滲んでいる。僕の失敗で何か起こるかもしれないと思うと、やっぱり緊張するのだろう。


「じゃあ、いったん撤収だ。午後の授業サボるわけにはいかないし」


 二人で足早に倉庫を出る。ドタバタしながら戻っても、教室へ滑り込むころには昼休み終了のチャイムが鳴り始めていた。

 まったく、他の生徒から見れば「なんでそんな汚い場所に行ってたんだ」って目で見られそうだ。だけど、何もしないままじゃ僕の力はいつまで経っても制御不能のままだから仕方ない。


 午後の授業が始まる。先生の説明をノートに取りつつも、僕の意識はどこか上の空だ。机の上のペン先を見つめながら、「守るために使う力ってどんな感覚なんだろう」と考えている。

 以前、凛を助けたときはただ必死だった。それが結果的に功を奏した。もし同じように“誰かを守りたい”という気持ちにフォーカスすれば、暴走しないで済むのか?


 ふいに窓の外を見ると、雲がもこもこ流れていて、日差しがちらついている。ぼんやりそんな風景を眺めていると、昨夜の夢が頭をよぎる。

 母さんが震災のときに見せていた必死な横顔。彼女は本当に暴走したのか、それとも……


「天宮! ここ問題解いてみろ!」


 先生に名前を呼ばれて、僕は現実に引き戻される。慌てて立ち上がり、教科書を開くけれど、集中していなかったせいで何も頭に入っていない。クラスがくすくす笑いに包まれるなか、凛が「頑張って!」と口パクでアドバイスしてくれる。もうちょっと気を引き締めなきゃな、と痛感する瞬間だ。


 放課後になると、案の定というか、廊下で圭を見かける。あいつは僕を見つけるや否や、冷ややかな表情で言い放つ。


「お前、ずいぶん自由に“実験”をしているようだな」

「何が言いたいんだ?」

「真面目に訓練を積んだところで、お前の言霊は暴走する。その程度の才能で、力を“守る”方向に導けると思うか?」


 聞いているだけで苛立ちが募る。実際、僕が中途半端なのは認めざるを得ない。でも、鼻から否定されたら頭にくる。


「思うかどうかじゃなくて、やるしかないんだよ。お前がどう言おうと、譲る気はない」

「ふん、お前の母親が震災を引き起こした事実はどう受け止めている?」


 ぐさり、と胸を刺されるような言葉だ。彼はまるで当然のごとく続ける。


「俺の父はお前の母親に殺されたんだ。あの日の震災で、篠宮の一族は滅びかけた。わかるか、この意味が」

「お前の父……?」


 思わず息が止まりそうになる。圭はいつもに増して険しい目をしている。けれど、その瞳の奥はどこか苦しげだ。彼は一瞬だけ視線を伏せ、振り返るように声を落とす。


「俺は、父を助けられなかった。力を持たないただの子どもだったからな。だからこそ今、奪うことでしか正義を示せない。お前みたいに中途半端に母親譲りの力を持っているだけの奴には、わかりはしないだろうが」


 突き刺さる冷ややかな声を前に、僕は何も言い返せない。母さんが震災の原因――それは町でも噂されていたし、僕の父も曖昧にしか語らなかった。だけど、本当に彼女が暴走して圭の父を死なせたのか? もしそうなら、僕が同じ道を辿る可能性だってある。

 事実、暴走しかけたことは何度もある。たとえばスライムの召喚だって、下手をすれば誰かを傷つけていたかもしれない。


「黙るしかないのかよ」


 圭が吐き捨てるように言う。僕は悔しい気持ちでいっぱいになるが、何も知らない自分がただ否定するのは筋が違う。確かめなきゃいけないんだ、自分の母が何をして、どうして命を落としたのか。

 そうでなければ、圭に言い返す言葉も見つからない。


「お前が言霊を持つ資格を本当に得たいなら、まず自分の母親のことを知れ。震災の“真実”から目を背けるな」


 それだけ言うと、圭は踵を返す。背中を追おうと一歩踏み出しかけたとき、凛が教室から飛び出してきて僕の腕を取る。


「大丈夫?」


「うん……圭が、母さんが震災を起こしたって……いや、知ってた話だけど、彼の父親まで犠牲になってたなんて……」


 言葉が詰まる。凛は険しい表情をしつつ、ぎゅっと僕の手を握りしめてくれる。その温もりに少しだけ救われる気がした。


「私も知らなかった。蓮のお母さんが圭の家族まで巻き込んだなんて。でも、本当に“暴走”だったのかな? 私はまだよくわからないよ」

「わからない……けど、何も知らずに否定するのは違うと思う。ちゃんと自分で確かめなきゃ」


 胸に重たくのしかかる感覚がある。だけど、凛がまっすぐな瞳で僕を見つめているのに気づく。曇りのない、真剣な瞳。


「私も一緒に確かめたい。もし蓮のお母さんが力を暴走させたんじゃなくて、何か別の事情があったとしたら?」

「うん……そうだね。確かに、真相はまだわからない。凛がいてくれて助かるよ」

「なら、話を聞ける人にあたりをつけよう。たとえばお父さんとか、震災当時のことを知っていそうな大人とか」


 凛がズバッと提案してくれる。正直、父に聞くのは怖い。だけど、このまま圭に突き動かされるのも癪だ。少なくとも、母を悪者扱いされっぱなしでいるなんて我慢ならない。僕は覚悟を決めて凛に頷く。


「わかった。家に帰ったら父さんに聞いてみる。それで、母さんが本当に何をしたのか確かめてみるよ」

「うん。私も力になれることがあったら言って」


 凛の言葉は頼もしい。ほんの一年前まで、凛とはただの幼馴染として気軽に話していただけだったのに、いまや僕にとっては欠かせない存在になりつつある。なんだか照れくさいけど、それ以上に心強い。


「それで……力の練習は、まだ続ける?」

 と、凛が少し笑う。

「もちろん。圭に言われたからって怯むわけにはいかない。俺は、この力を守るために使うって決めたんだ」


 決めた――そう、はっきり口にしたとき、自分の中に少しだけ気持ちの整理がついた気がする。

 母さんが何をしようとしていて、どうして震災に巻き込まれたのかはわからない。でも、もし彼女が守ろうとした結果だったのだとしたら、僕もその意思を継ぎたい。

 そして、圭の言う“奪うことでしか正義を示せない”という考え方を、なんとかして変えてやりたい。


 放課後、凛と一緒に校舎の隅で軽い言霊の練習をしてから、僕は家へ急ぐ。父は普段、帰りが遅いことが多いけれど、今日はなんとか早めに帰ってきているかもしれない。


 ところが、玄関の扉を開けると、リビングは暗いまま。靴もなく、どうやらまだ帰っていないようだ。溜息をつきながら電気をつけ、カバンを置いてソファに倒れ込む。


「……明日こそは、ちゃんと聞こう。母さんのことを。父さんが知ってるなら、どうしても聞かなきゃ」


 頭の中は圭の言葉や、凛の頼もしさでごちゃ混ぜだ。だけど、その中心には母の面影がちらついている。昔、震災が起きたあの日、母さんは確かに僕を守るように抱きしめてくれていた。僕はその温もりをかろうじて覚えている。

 もし暴走だったなら、どうして最後まで僕を守れたんだろう? そんな矛盾が拭えない。


「力の本質は破壊じゃなくて、“守る”ためのはずだ……」


 そう呟いた瞬間、胸の奥がじんと熱くなる。圭が言うような“奪う正義”ではなく、凛が背中を押してくれたような“誰かを守る力”。かつて母はその力を使って僕を守ろうとしてくれたんじゃないか――そう思いたい。


 眠気がじわじわ襲ってきて、瞼が重くなる。疲れが溜まっているのだろう。布団に移動する気力もなく、ソファの上で意識が遠のいていく。まだ父が帰ってくる気配はしないけど、今日はもう一歩も動けそうにない。


 手のひらをそっと左手首の火傷痕に当てる。幼い頃の記憶は断片的だが、焼けた瓦礫と母の声だけがはっきり残っている。あの声は苦しそうで、それでも必死に僕を呼んでいた。きっとそこに何か大きな意味があるはずだ。


「俺は、力を恐れずに……使ってみせるから……」


 誰にともなく呟きながら、ソファで横になる。頭の中で凛の笑顔と圭の憎しみに満ちた瞳が交互に浮かんでは消えていく。

 自分は何ができるのか、誰を守りたいのか、本当のところまだよくわからない。でも、逃げてはいられないと思える。


 やがて、思考はぐるぐるしたまま夢の領域へ沈んでいく。

 眠りの底では、母の背中と、どこかで声を張り上げる凛の姿が同時に浮かび上がる。ふたりとも僕に何かを伝えようとしているみたいだけど、声の内容ははっきり聞こえない。

 胸が苦しくなるような焦燥感とともに、僕は意識を手放す。


 ――力を奪うのか、守るのか。いつか圭と真正面から向き合うときが来るだろう。そのとき、僕は迷わずに胸を張れるようになりたい。母が残したこの火傷痕の答えが、守り抜くための鍵になると信じて。

 明日こそ父と向き合って、もっと母さんのことを知るんだ。

 そして、僕自身がどんな未来を選ぶのか――必ず見極める。


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