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第2章 力の意味


 朝のホームルームが終わると同時に、教室の空気がどこかざわついているのを感じる。自分が意識していなくても、クラスメイトたちが僕を窺うような視線を向けてくるのがわかるんだ。

 というのも、昨日の放課後に校舎の屋上で凛を助けた一件が、どうやら「奇妙な噂」として広まってしまったらしい。もっとも、正直なところ僕自身が一番「奇妙」だと思っている。


「おはよう、蓮。昨日はあれから大丈夫だった?」


 凛が席までやって来て、小声で尋ねてくる。彼女の表情は心配そうで、けれど昨日のように震えてはいない。きっと彼女なりに落ち着こうと努力したんだろう。僕は何でもないふりをして頷く。


「うん、何も起きなかった。そっちは?」

「私は……ずっと蓮のこと考えてたかも。あのとき、屋上から落ちかけたときの感触がまだ忘れられない。身体が宙に浮いたまま止まったとき、絶対に夢だと思った」

「同感。正直、今でも現実かどうか怪しい」


 言いながら自分の左手首をさする。ここ数年は意識しないようにしてきた火傷の痕が、やけに気になる。母の死に関わるものだと思うと、胸が少しザワつく。


「もしかして、蓮の“声”がああいう形で現実を変えたのかな」

「それを含めて謎だ。……そういえば昨日、あの変な奴に会っただろ? 篠宮圭とか名乗ってた」

「うん。あの人、言霊とか言ってたよね」

「さっぱり意味不明だったけど、どうやら俺の母さんのことも知ってるらしい。力を奪うとか、物騒なことを言ってたし……」


 僕が言葉を濁していると、隣の席の男子がこちらを気にしているのが視界に入る。きっと昨日の話を耳にして、野次馬根性で聞きたがっているに違いない。これ以上クラスメイトに無駄な注目を浴びるのは嫌だし、僕は苦笑いで話題を打ち切る。凛もそれを察して黙り込む。


 授業が始まると、先生の声をノートに書き写す作業がいつも通り淡々と進む。だが、頭の片隅には昨夜の不思議な光景がどうしてもこびりついて離れない。自宅に帰ってからインターネットで「言霊」や「母 力 震災」なんてワードで検索もしてみた。けれど、どれも怪しいオカルトや都市伝説めいた情報ばかり。真実にたどり着くような手がかりは見つからなかった。


 昼休み、凛がいつものように弁当を持ってやってくる。今日は教室で食べるつもりだったけど、彼女は小声で「屋上、行こ」と言う。僕は一瞬ためらう。昨日のことを思い出して、あまり良い思い出があるわけじゃないからだ。けれど、凛が真剣な目でこちらを見つめてくるので断れない。


 屋上は見渡す限り平和そのものだ。昨日はあのフェンス越しに凛が落下しかけたんだよな――そう考えると、足元が少しすくむ。でも凛はわざわざフェンスのそばには近づかず、壁際に腰を下ろす。僕もその隣に座る。


「昨日のこと、どう受け止めてる?」

「あんなことが起きるなんて思ってもいなかった。母さんのこととか、震災のことも関係してそうだけど、何をどうすればいいかわからないんだ」

「私、蓮の役に立ちたいの。もし蓮が力をコントロールできるようになるなら、一緒に練習してみよう?」

「練習って……どうやって?」


 彼女が言うには、僕が声を出すと何かが起きるかもしれない。だから安全な場所で試してみればいいじゃないか、と。当人はものすごく簡単に言ってのけるけど、また変なことが起きて校内を破壊してしまったりしたら大事になると思う。とはいえ、何もしないでいるのも不安だ。


「じゃあ……放課後に誰もいない教室で、ちょっとだけ試してみる?」

「教室を使うのはバレたらまずいかな。部活とかもあるし」

「屋上だと危険かもしれないし……うーん」


 悩みながら弁当の卵焼きをつまむ。甘い味が口に広がるけど、気分はあまり晴れない。もう少し人目のつかない場所――たとえば物置裏とか? 想像するだけで怪しいけれど、校舎の裏なら人の出入りは少ないはずだ。二人で顔を見合わせて、こっそり放課後の行き先を決める。


 結局、日が暮れかけたタイミングで僕たちは校舎の裏にある空き地のような場所へ足を運んだ。ちょっとした花壇の残骸やら、古い資材の山があるくらいで人気はまるでない。ほこりっぽい匂いが鼻をつくけど、ここなら騒ぎを起こしても目立たないかもしれない。


「で、何をすればいいんだろう。昨日は“止まれ”って叫んだら本当に止まったんだよな」

「じゃあ、もっと安全な言葉にしてみよう。たとえば……水を出すとか?」

「水を出すって……どうやって? “水出ろ”って叫ぶのか?」

「うん、そんな感じ!」


 まさかとは思うけど、本当にそんな単純なことで現実が変わるなら、それはそれで面白いかもしれない。僕は深呼吸をして、できるだけ冷静になろうと努める。昨日は焦りの中で無我夢中だったけど、今日は意図的にやるからこそ怖い気もする。


「じゃあいくよ。……水、出ろ」


 声を出してみたが、何も起きない。そりゃそうだ。

 僕は少しほっとして、「気のせいかもな」とつぶやく。でも凛は不満そうに「もっと気合い入れて言ってみて」と煽ってくる。そんなこと言われても、どう気合を入れろと。


「……水っ!!」


 さっきより大きな声を出した途端、地面のあちこちに黒っぽい泡のようなものがプクプク湧き始めた。いや、泡というか……粘液? 見る見るうちに小さな塊が膨れ上がって、それがずるりと動き出す。まるでスライムのようだ。


「ちょっと、何これ!?」


 凛が悲鳴に近い声をあげる。僕だって腰が抜けそうだ。期待していたのは水であって、こんな不気味なゼリー状の生き物ではない。しかもスライムはゆっくり蠢きながら僕たちの方へ向かってくる。


「待て待て、こんなの召喚したつもりはないんだが……」


 焦って後ずさりしていると、スライムが軟体を伸ばして花壇の残骸にくっつく。それだけでジジジと泡が立ち、まるで吸収しているかのように物体を溶かしてしまった。やばい、これは洒落にならないやつだ。


「きゃあああああ!!」


 悲鳴を上げる凛を庇うようにして、僕はスライムとの距離を取る。どうすれば止まるんだろう。まさか「消えろ」なんて叫んだら、こいつが本当に消えるのか? でもやってみるしかないか。


「消えろっ!」


 叫ぶと同時に、スライムがピクンと動きを止める。次の瞬間、ぼふっという音とともに弾け散った。シャボン玉がはじけたときのような、妙に淡白な感じで姿を消す。跡形もなく地面に吸い込まれていくのを見届けて、僕も凛もその場にへたり込む。心臓が爆発しそうだ。


「た、タピオカかと思ったら、スライムだったんだね……」

「いやいや、タピオカとスライムはまるで違うから」

「うーん、でもタピオカミルクティーに入れたら美味しくなるかも……」

「やめろ。危険すぎるだろ!」


 無理やりツッコミを入れて少し気を紛らわせるけど、実際は笑ってる場合じゃない。僕の力はどうも“言うとおりの形”ではなく、“何かトンチンカンな結果”を生み出す不安定さを秘めているらしい。

 そもそも水が欲しかっただけなのに、あの溶解性スライムを呼び出すとか、どういう理屈なのかまるで見当がつかない。


「でも凄いよ。ちゃんと『消えろ』って言ったら消えたじゃん!」

「嬉しくないよ、こんな危険な力……」


 僕はその場にしゃがみこんだまま嘆息する。今のところ、力というより「異能力ごっこ」に近い。ただ、一歩使い方を間違えれば大事に至る危険をはらんでいる。もし学校や人の多いところで暴走したら、と考えると怖すぎる。


「蓮はそう言うかもしれないけど、私は少し安心したよ。力がコントロール不能じゃなくて、言葉によってはちゃんと結果を操作できるってわかったから」

「そうかな。スライムが暴走したらどうしようもなかった」

「でも最後は消したでしょ?」


 凛が笑顔を向けてくるけど、僕にはまだ不安の方が大きい。力そのものを否定したいわけじゃない。むしろ、昨日凛を助けられたことは事実だ。それを思うと、使い道次第で誰かを守る武器にもなるかもしれない。


 そんな風に思い始めたとき、不意に背後から聞き覚えのある冷たい声が響く。


「またやらかしたようだな」


 振り返ると、あの篠宮圭が立っている。昼間は見かけなかったのに、いつからそこにいたのか。プラチナブロンドが夕暮れに染まって、一瞬だけ幻のように見える。


「なんでお前がここに……」

「お前が母親と同じ力を持つと聞いたから、様子見だ。……案の定、とんでもない力をぶっ放してたな」

「見てたなら助けてくれたっていいだろ」


 僕が憤ると、圭は鼻で笑う。


「干渉の言霊は“介入”には向いているが、いちいち人助けに使う気はない。……それより、自分の力をいつ暴走させるかもわからないくせに、よくのんきに練習なんかできるな」

「練習しないと、もっと危険かもしれないだろ?」

「なら、いっそ俺に渡せ。お前じゃ使いこなせずに誰かを傷つけるだけだ」

「渡す気はないね。勝手に言うな」


 圭は小さく舌打ちしながら、凛の方へ視線を移す。その目は厳しく、まるで凛を睨むようだ。


「お前が支えているようだが、そんな生半可な気持ちで蓮を守れるのか。暴走したら、真っ先に飲み込まれるのはお前だぞ」

「それでも私は、蓮が力を正しく使えるようになると信じてるから」


 凛は一瞬たじろいだように見えたが、まっすぐ圭を見返してそう答えた。圭は小さく溜息をつく。


「甘いな……どいつもこいつも」


 そう呟いた瞬間、何の合図もなく圭が手を振る。すると周囲の空気が変わって、僕の体がぎゅっと締め付けられるような感覚に襲われる。まるで見えない鎖で動きを制限されたようだ。


「なっ、なんだよこれ!」

「これが俺の“干渉”。お前の言霊を、俺が先に操作すればお前は抵抗できない。さて――実演してやるか」


 圭がこちらに向けて軽く指を弾いた瞬間、僕の体がぐらりと傾く。脚が勝手に動き出し、倒れ込みそうになる。咄嗟に踏ん張っても、まるで粘度の高い水の中を動いているようで逃げられない。

 凛が悲鳴を上げて僕に駆け寄るが、彼女の手が届く前に圭がさらに干渉を強める。


「力を持つ資格のない者は、ただ縛られているしかない。わかるか? それがお前の現実だ」

「ふざけるな……俺だって!」


 声を振り絞って叫ぼうとした瞬間、言葉そのものが喉の奥で絡まって出てこない。目に見えない“干渉”によって、僕の声も封じ込められているみたいだ。

 これはまずい。どんな“言霊”を発動したくても、声を奪われたら不可能だ。


「俺はこれから“試練”を与える。もしお前がこの干渉を突破できないなら、それまでだ」

「やめて!」


 凛が割って入ろうとしても、圭が軽く右手をかざして凛の動きを止める。彼女も僕と同じように身動きがとれなくなる。やばい、このままじゃ二人とも圭の言うがままにされる。体じゅうがきしむように痛くて、呼吸すら苦しい。


「力を持てば、何だってできる。けど、持たざる者はこうやって奪われるだけだ」


 圭が淡々と語るたびに、僕の中に怒りが湧き上がる。

 母さんが震災の原因を作ったと言われるのは腹立たしいけど、だからといってこの男に従う気はない。何より、凛を痛めつけるような真似を見過ごせない。


「……が……や……めろ」


 必死に声を吐き出そうとすると、かすれた音が漏れる。すると、ほんの一瞬だけ空気が揺れた気がした。圭の顔にうっすらと警戒の色が浮かぶ。


「面白い。干渉されながらも声を出せるか。さすが“創造の言霊”だな」


 このままじゃまずい。圭に主導権を握られたままじゃ、僕も凛も危険だ。なんとか声をしっかり出さなきゃ……。拳を握りしめ、歯を食いしばる。体が重くてどうにもならないけど、心の中に燃えるような感覚がある。守りたい。守らなきゃ。


「……吹っ飛べ……っ!」


 最後の力を振り絞って吐き出した言葉と同時に、周囲の空気が急激に振動する。すると、ぎゅうぎゅうに締め付けていた圧力がパーンとはじけて、僕の体が一気に解放される。


「ちっ……」


 圭が舌打ちした瞬間、凛も拘束が解けたのか、その場に崩れ落ちるように倒れ込む。僕は凛の方へ駆け寄り、肩を支えて起こす。彼女は少し息を詰まらせているが、意識ははっきりしているようだ。


「大丈夫か、凛」

「うん……ごめん、助けられなかった」

「いや、俺こそ危なかった。何とか破れたみたいだ」


 圭を見ると、彼は僕に正面から冷え切った視線を向けている。吹き飛ばされるどころか、ほとんどダメージはなさそうだ。けれど、干渉が解除されたのは確かだ。僕が本気で声を放ったことで、少しは圭に対抗できるのかもしれない。


「へえ、意外とやるじゃないか。だが、今の力じゃ俺には勝てないぞ」

「別に勝ち負けの問題じゃない。お前がむちゃくちゃするなら、止めるだけだ」


 言いながら拳を握りしめる。でも圭はどこか楽しんでいるような表情を浮かべる。まるで強力な玩具を見つけた子どもみたいだ。


「いいね。もっと見せてくれ、お前の言霊の可能性を」

「気持ち悪いこと言うな。……俺はお前に力を渡すつもりはない」

「好きにしろ。だが覚えておけ、制御できなければ、いずれお前は大切なものを失う」


 そう言い残すと、圭は踵を返し、薄暗い校舎の裏手へと消えていく。その足取りに迷いは感じられない。僕は肩で息をしながら、その背中を睨むことしかできない。声を出して一度は干渉を解いたが、あれは勢い任せ。いつでもうまくやれる保証なんてない。


 肩を震わせている凛を支えながら、僕は少しだけ後悔する。練習のつもりが、結果的に圭を引き寄せてしまったのかもしれないし、スライムだって発生させてしまった。危険要素は増すばかりだ。


「蓮……帰ろう。ここにいてもまた何か起きそう」


 凛が潤んだ瞳で僕を見上げる。僕はうなずいて、荒れた地面に転がる花壇の残骸を見やる。溶かされた部分がまだじわりと煙を上げている。こんな恐ろしいチカラを僕が持っているなんて、やはり信じ難い。

 だけど、放っておいても圭のように誰かが利用しようと狙ってくる。ならば、僕が責任をもって制御できるようになるしかない。何よりも、凛や周りの人たちを巻き込まないために。


 校舎の裏を出た頃にはすっかり日が暮れかけていて、オレンジ色の夕焼けが遠くの空にわずかに残っていた。重苦しい空気に耐えかねて、凛がぽつりと呟く。


「ねえ、明日からも少しずつ練習しよう。危険でも、何もしないよりはいいんじゃないかな。今日みたいに暴走しても、私が止めるから」

「でもさっきは止められなかったろ。俺も凛も圭にやられかけた」

「それは……もっと私が頑張れば何とかなるって信じたいの」


 彼女の気丈な笑顔を見ていると、妙に胸が暖かくなる。僕だって母さんのことでずっと後ろ向きだったけど、凛が一緒にいてくれるなら、もう少し前向きに考えられるかもしれない。


「わかった。練習に付き合ってくれ。その代わり、怪我だけはしないようにな」

「もちろん!」


 凛は笑顔を取り戻して、僕の袖を軽くつまむ。どこか恥ずかしそうだけど、決意のこもったその横顔を見ていると、僕も少しだけ勇気が湧く。うまくやれる保証はないけど、自分の力からは逃げられない。それならば、いっそしっかり向き合ってみよう。


 帰りの昇降口で靴を履き替えていると、ふと視線を感じる。見上げると校長先生がこちらを睨んでいる気がする。まさか、物置裏で起きた騒ぎに勘づかれたのか? ドキッとしたけど、校長先生は大して何も言わずに通り過ぎていった。ほっと胸を撫で下ろしながら、凛と並んで下駄箱を出る。


「そういえば、また窓ガラス割れたりしないよね?」

「どうだろう。風を起こす実験とかしたら危ないかも。――っていうか、そういう練習もしなきゃならないんだろうな」

「今度は何が出てくるかな? 雪とか出せたら嬉しいかも」

「うまくいくといいけど、また変なのが出てきたら困る」


 くだらない話をしながら校門を出ると、外はすっかり夕闇に包まれていた。街灯がぽつぽつ点灯しはじめて、オレンジの光で道路を照らしている。

 そこに人影は少なく、通り過ぎる車のライトだけが時折地面を切り取っていく。


 凛が帰る方向とは途中まで同じ道なので、並んで歩く。彼女の足取りはまだ少し重そうだが、無理をしている様子はない。むしろ僕の方が先に音を上げそうだ。今

 日はスライムだの干渉だの、いろいろありすぎて疲労がどっと押し寄せている。


「ねえ、蓮。正直、怖い?」


 急に凛がそう聞いてきて、僕は一瞬言葉を失う。でも嘘をつけるほど器用じゃない。


「怖いに決まってる。母さんが本当に言霊の力で震災を引き起こしたなら、その息子の俺も同じ道を辿るんじゃないかって――怖くないわけがない」

「でも、昨日私を助けてくれたときは迷ってなかったよね。私、ああいう瞬間の蓮を見て、本当はすごく嬉しかった。だって、誰かを守ろうとしてくれてるんだってわかったから」

「……守ろうとしてた、のかな。必死すぎて覚えてないけど」

「意識とか関係ないよ。蓮の気持ちがちゃんと行動になったんだと思う」


 凛が優しく微笑む。僕はまぶしいほどのその笑顔を見つめながら、胸の奥が熱くなるのを感じる。もしかしたら僕のこの力は、間違いなく危険で恐ろしいものかもしれない。でも、それ以上に誰かを救う可能性があるなら、やっぱり逃げてばかりじゃいけない。


「ありがとう、凛。少しだけ勇気が出たかも」

「ふふ、私こそ。ありがとう、蓮」


 そんな何気ない会話を交わしながら、凛と別れる場所に着く。彼女は「また明日」と手を振り、夜の闇に溶け込むように歩いていく。その背中を見送って、僕は改めて思う――この力を、守るために使うと決めたのなら、もっと上手に操れるようにならないといけない。

 圭みたいな奴に奪われるわけにはいかないし、何より大切な人を危険にさらすのはまっぴらだ。


 夜空を見上げると、星がうっすら瞬いている。冷たい風が頬を撫でて、母さんを失ったあの日のことを思い出させる。いつか僕も、あの震災と母の死の真相に辿り着く日が来るのだろうか。その答えが怖い気もするけど、もう目を背けるわけにはいかない。


 家に戻ると、父はまだ仕事から帰ってきていなかった。結局、聞きたいことが山ほどあるのに、聞ける相手は不在だ。もしかしたら父も何か知っているのかもしれない。でも、今の僕は何もかもを独りで背負い込むほど強くない。

 一歩ずつ、凛や……いや、他にも味方がいるかもしれない。そうやって支え合いながら進むしかないんだ。


 部屋に入って床にゴロンと転がる。鞄を放り投げて、今日はとにかく休みたい気分だ。

 だけど心のどこかで明日からも繰り返す“練習”のことが頭をかすめる。どんな失敗やトラブルが起きるかわからない。でも、僕は立ち止まれない。


 ――怖いけど、それでも進む。少なくとも今の僕にはそう決めるだけの理由がある。母さんのことを知りたい。凛や周りの人を守りたい。そして、自分の中に眠るこの力の意味を確かめたい。言霊が何なのか、どうして母さんが震災に巻き込まれたのか。圭の言う“奪う”なんて考えには付き合えない。


 布団に潜り込みながら、昨日と同じようにまぶたを閉じる。やっぱり眠れそうにないけれど、疲労は激しいから意識だけはすぐにぼんやりする。脳裏にはスライムや圭の干渉、凛の笑顔が次々と浮かんでは消えていく。どれもが真新しくて不安だらけだ。それでも、僕はほんの少しだけ前向きな気持ちを抱えたまま、闇に溶け込む。


 もしかしたらこの力は、破壊だけじゃなくて何かを救う力にもなるかもしれない。母さんは、それを伝えたかったのだろうか――そんな淡い期待を抱きながら、僕は目を閉じる。

 外では風が吹き、かすかに窓を揺らしている音が聞こえるだけだ。静かな夜が、徐々に重くのしかかってくる。


 ──明日こそ、うまくやれるといい。そう祈りつつ、僕の意識はゆっくりと深い闇へ落ちていった。

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