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9.たおやかなる暴走

「……ここに、置く? あなたを?」


 誰一人として予想していなかったサリエラの言葉に、部屋がしんと静まり返る。


 三兄弟はそろってぱかんと口を開けているし、リックは冷やかすように口笛を吹くふりをしていた。リタは警戒するように目を細めてサリエラを見据えていたし、さすがのディディですら戸惑いを隠せていなかった。


 しかしサリエラは目を輝かせて、ディディに熱い視線を送っている。


「はい! 必要なものは持ってきましたし、メイドも連れてきました。必要なら、わたしも家事の手伝いをします! 家事以外も、何でも頑張ります!」


 サリエラのその言葉に、リタが口の中だけで「貴族のお嬢様が簡単に言ってくれますね」と毒を吐く。その殺気にうっかり気づいてしまった三兄弟は、手を取り合わんばかりにして震え上がっていた。リックがふっと横を向いて、必死に笑いを噛み殺す。


 一呼吸遅れて我に返ったらしいディディが、考え考え言葉を返す。


「ええと、そうではなくて……サリエラ、あなたからの礼の言葉は受け取ったわ。恩を返したいっていう気持ちも。でもそれ、ここでやる必要あるの?」


「あります!」


 人見知りが過ぎて社交界デビューに失敗しかけた令嬢とは思えないほどはきはきと、サリエラは答える。


「わたしがこの町に来てすぐに、気がつきました。町の人々が、不安げな目でわたしの馬車を見ていることに。そのただならぬ態度が気になって、わたしは馬車を降り、人々に話しかけたのです」


「……ずいぶんと、行動的になったのねえ」


 ぼそりとつぶやいたディディの声には、感心しつつもちょっぴり呆れたような響きがあった。


「はい! ……そうしてわたしは、驚きの事実を知ったのです」


 サリエラは元気よく答えたが、しかしすぐに目を伏せる。町の人間から聞いたあれこれを思い出したのだ。


 疎まれている領主の娘、それも悪行のせいで田舎に追いやられた悪女。それがなぜか、町の鼻つまみ者たちを従えて、のびのびと暮らしている。町の人間たちはいつ何が起こるのかと、日々おびえるばかりだった。


 そんな町の実態を知って、サリエラは困惑せずにはいられなかった。どうしてディディが、そこまで悪しざまに言われなければならないのか、と。


「ここの町の方々は、ディディアルーア様のことを誤解しています。かつてのわたしのように。あ、ですがその、鼻つまみ者というのは、もしかしてあちらの……?」


 そろそろとそう言って、サリエラが視線を動かした。上品でおっとりとした彼女の視線に、三兄弟が恐縮した様子でぺこりと頭を下げる。その様は、よく飼い慣らされた犬のようでもあった。


「そうね、彼らは元小悪党といったところかしら。わたくしの屋敷に盗みに入ろうとしたところを、こちらのリックが捕まえてくれたの。今はリタがしつけてくれているわ」


 ディディはあでやかに微笑みながら、傍らのリックとリタを紹介する。リックは澄ました顔で、リタは誇らしげな顔で、それぞれ一礼した。


 サリエルはディディを見て、その周囲の人間たちを順に見ていく。そうして、にっこりと晴れやかに笑った。


「やっぱり、そうでした。ディディアルーア様はどこにいても、気高い女王様でした。これならわたしも、心置きなく町の人の誤解を解きにいけます」


 一瞬ぽかんとしていたディディが、あわてて口を挟む。


「ちょ、ちょっと待ってサリエラ。町の人の誤解を解くって……それだけのために、あなたはこんな田舎に残ろうというの?」


「はい。あなたへの恩返しの第一歩として。それが済んだら、また改めてできることを探したいと思いますが」


 少し照れ気味にそう言ったサリエルに、ディディがさらに焦りつつ言葉を返した。


「そこまでして、恩を返してくれなくてもいいのだけれど」


「わたしがそうしたいんです。どうか、お願いします!」


 サリエラは、本気だ。その場の全員が、そう悟る。自然とみなの視線は、ディディに集まっていた。


 ディディはまずいものでも飲み下したかのような顔をしていたけれど、やがて灰青色の髪をばさりとかきあげて言い放った。


「……分かったわ。わたくしの負けよ。好きにしなさい、サリエラ。あと、わたくしのことはディディと呼びなさい。長ったるいから」


 その言葉に、サリエラがぱあっと顔を輝かせる。空から天使が舞い降りてくるのを見たような、そんな表情だった。


「ありがとうございます、ディディ様! でしたら、わたしのこともサリーと呼んでいただけると嬉しいです」


 こうして、キスカの町の丘の上にぽつんと立つ屋敷に、新たな住人が増えることになったのだった。




 町の人間の誤解を解く。そう言っていたサリーは、次の日から精力的に動き出していた。


 彼女は一人で町に下りていって、町の人間と片っ端から話し始めたのだ。少し前の引っ込み思案な彼女とは打って変わって、とても積極的に。


「あれ、中々すごかったですよ」


 その日の夜、リックはディディとリタにそう報告していた。ディディの部屋で、こっそりと。


 朝食後サリーがいなくなっていることに気づいたディディの命により、彼はサリーを探しに出かけ、そして町でうろちょろしている彼女を見つけたのだった。


 弱々しく、儚げな雰囲気のサリー。そんな彼女のことを、町の人間たちはやはり遠巻きに見ていた。そしてリックも、彼女に見つからないように隠れて見守っていた。何かあったら手助けするつもりで。


 しかしサリーは、ためらうことなく町の人間たちに歩み寄り、必死に呼び止めた。


「町の連中、みんな『できれば関わりたくない』って顔をしてたんですが、サリー様に悲痛な顔で呼び止められると、仕方なく足を止めるんです」


「……分かるわ、その町人たちの気持ち。彼女をこのまま無視したら、追い払ってしまったら……ちょっとした罪悪感にちくちくとさいなまれそうだって、そんな気がしてしまうのよね」


 ハーブティーを一口飲んで、ディディがため息をつく。


「結局わたくしも、その罪悪感に負けて彼女をここに置くことにしたのだし。それから、どうなったの?」


「あ、はい。そうしてサリー様は、足を止めた人間に熱く語ったんです。『ディディ様は立派な方だ、あなたは誤解しているのです』と」


「ディディ様が立派なのはその通り、なんだけど……サリー様、まさか真正面からそんなことを言ったの?」


 ディディの隣に控えて世話を焼いていたリタが、あんぐりと口を開けてリックに向き直る。


「そうだ。前置きもなく、いきなり」


 きっぱりと言い切ったリックに、ディディも目を丸くする。


「……それ、言われたほうはかなり驚いたでしょうね」


「ええ。そうしてあっけに取られている相手に、切々と訴え続けるんですよ。ディディ様の素晴らしさを」


「……サリー様のちょっと強引なところは苦手だけれど、ディディ様の素晴らしさを分かっているという点は評価できますね」


 リックの報告とリタの相槌を聞いたディディが、額を押さえて小さくうめいた。


「……わたくし、頭が痛くなってきたのだけれど」


「ひとしきり話を聞かされた相手は、納得したようなしていないような微妙な顔でその場を離れるんです」


 でしょうね、とディディとリタが同時にうなずく。


「サリー様の言葉が響いたのかどうかは分かりませんが……一度彼女の話を聞いた人物は、もう彼女を避けるようなそぶりを見せることはありませんでした」


「だったら、ひとまず彼女は放っておいても大丈夫かしらね。町の人たちに強く拒絶されるようなら、止めたほうがいいかと思ったけれど」


「一応これからも、時々様子を見ておきます。今日の様子からすると、たぶん大丈夫かと思いますが」


「ええ、リック。お願いね」


 報告を終えて部屋を出ていくリックの背中を、ディディは笑顔で見送った。


 しかしディディがそうやって優雅に構えていられたのは、ほんの少しの間だけだった。

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