7.最強の双子
そうしてディディたちは、いたって気楽に日々を過ごすようになっていた。彼女をここに追放した、シャイエン公爵の思惑とは裏腹に。
リタにリックに三兄弟と、小さな屋敷を切り盛りするには十分な人数が集まっていたし、ディディもちょっとした掃除などを進んで手伝っていた。体を動かすのも悪くないわねと、そんなことを言いながら。やけに楽しげに。
町に買い出しにいく時は、リタかリックが三兄弟を引き連れていく。町の人間たちは相変わらずそんな一行を遠巻きに見ていたが、その視線からはほんの少しずつ、警戒の色が薄れつつあった。
「そういえばリック、あなたに一度きちんと聞こうと思っていたの」
ある日の午後、優雅にお茶を楽しみながら、ディディがふとつぶやいた。
「あなた、わざわざこんな田舎に来てしまってよかったの? ああ、来なければよかったのにってことじゃないわよ。あなたにはとても助けられているから」
にっこりと笑って、ディディは正面に座ったリックを見つめる。
「たぶん、リタのことを心配して来てくれたのだとは思うけれど、ここってかなりの田舎でしょう? 退屈しない?」
その言葉に、向かいに座ったリックが軽く眉を上げた。湯気を上げるお茶のカップを手にしたまま。
こんな田舎で、細かい作法なんて意味ないでしょう。そんなディディの一言で、食事やお茶にはリタたちも同席することになった。
給仕としてではなく、一緒に席に着いて、一緒に食事をとり、お茶を飲む。そんな日常を、リタは楽しんでいた。
さすがに三兄弟は遠慮して、というよりその提案のとんでもなさにおじけづいてしまって、ディディと同じ卓に着くことはなかった。
しかしリックはあっさりと、食事のみならずお茶の席にまで顔を出すようになっていた。
「うーん、そうですね。……そういえばディディ様は、どうして俺がここに来たのかについて、リタからどう聞いてますか?」
意外にも優雅な仕草でカップを置くと、リックは逆にそんな質問を返す。ディディは気分を害した様子もなく、さらりと答える。
「わたくしがここキスカに追いやられるにあたって、臨時の使用人代わりをしてくれとリタに頼まれた、と」
「大体はそれで合ってます。が、その前にも色々ありまして……」
考え込むように視線をそらし、リックが語り始めた。
そもそもの始まりは、リタがシャイエン家の採用試験を受けると言い出したことだった。
「おふくろは『頑張っておいで!』ってたきつけるし、親父は『お前ならやれるよ』って応援するし。リタなら通るに決まってますが、その後のほうがよっぽど大変になるに違いないのに、誰も指摘しないし」
その時のことを思い出しているのだろう、リックは深々とため息をつく。ディディの隣の席にいるリタが、ごまかすような笑みを浮かべた。
「だからリタがシャイエンの屋敷で働くことが決まった時、俺も家を出て移り住んだんです。お屋敷のある街に」
「まあ、妹思いなのね。中々そこまでできることではないわ」
「いえ、俺もそろそろ独り立ちしようかと思ってたんで。それで商店の下働きをやりながら、ちょくちょくリタと連絡を取っていました。手紙だったり、直接会ったり」
ディディの褒め言葉に少し照れつつ、リックが続ける。
「で、じきに街に噂が流れ始めたんです。お屋敷のメイドが一人、いじめられているらしいって。すぐに、誰のことかぴんときました」
リックとディディが、同時にリタを見る。しかしリタは涼しい顔で、ゆったりとお茶を飲んでいた。
「でもこいつは、俺にはいつも通りにけろっとした顔しか見せないんです。だったら俺の役目は、こいつが我慢の限界になる寸前に、うまく逃がしてやれるよう備えておくことかなと思いました」
語るリックの声に、ちょっぴり苦いものが混ざる。
「だから俺は、いつでもリタを連れて夜逃げできるように準備を整えてました。というか、それくらいしかできなかったんです。……ですからディディ様、俺は貴女にとても感謝しているんです。妹を助けてくださって、ありがとうございました」
そう言って、リックはすっと頭を下げた。神妙な顔をすると、彼は一気におとなびた雰囲気になる。
しかし次の瞬間、彼はいつも通りの明るい表情で肩をすくめた。
「まあそんな感じで、俺はもうとっくにリタに振り回されているんですよ。田舎に来るくらい、どうってことない」
そして彼は、突然声をひそめた。
「……それに、こっそりと実験をするには、人の少ない田舎のほうが好都合だったりするんで……」
唐突に変わった話に、ディディがきょとんとする。そうしてカップを手にしたままぴたりと動きを止めた。何か、考え込んでいるような表情で。
「……実験? もしかしてそれって、こないだの軍事的なんとかってやつに関係があるのかしら?」
そうして彼女も、同じようにひそひそ声で尋ねた。するとリックとリタが、同時にうなずく。
「はい。親父から教わったものを、実験を繰り返して調整し、日常で使えるものに作り替えてるんです。こないだの火薬玉も、本来は家の一軒くらい吹っ飛ばせるやつなんですよ。かなり威力は下げてるんですが、それでもとても人里では実験できなくて……」
ディディが目を丸くして、それから首をかしげた。その眉間には、きゅっとしわが寄っている。
「とんでもない話ね。というかあなたたちのご両親って、何者なの? リタはすごい子だと思っていたけれど、リック、あなたもとんでもない子だわ」
「親父は学者です。元々は、どこかに雇われてたみたいなんですけど……そこを辞めて、貧乏暮らしをしてたとか」
「そんな父さんに母さんが一目惚れして、そのまま駆け落ちしたらしいんです。母さん、男爵家の娘だったんです。ただ貴族とはほぼ名ばかりの、商売で身を立てているような家だったとか。おかげで、結構裕福だったみたいです」
リックとリタは、さらに楽しげに言葉を連ねていく。
「豊かではなかったけれど、暮らしていくのに困ることもありませんでした。私は父さんに地形の読み方を教わって、母さんからは礼儀作法を教えてもらいました。あと、商売についても」
「俺は親父から軍事技術について教わって、おふくろからは……貴族の社会の裏事情というか、そんな感じの話を聞いてました。それと……いわゆる裏取引のやりかたとか……」
それを聞いたディディが、何とも言えない顔でつぶやく。
「……リックのほうが、だいぶ物騒ではなくって?」
「ですよね。自覚してます。俺の技術と知識、合わせると結構えげつない使い方ができそうですよね。なのでどうか、周囲には内緒でお願いします」
ぱんと両手を合わせて頼み込むリックに、ディディはくすくすと笑いながら、ええ、もちろんよと答えていた。
何とものどかな、ゆったりとした午後だった。
ディディたちは相変わらず、町では腫れ物扱いだった。しかし彼女たちは誰一人としてそのことを気にすることなく、いたって自由気ままに、のんびりと過ごしていた。
ところが、そんなある日。
「ディディアルーア様、あなたがこんなところにおられるなんて……!!」
散歩がてら買い出しについてきていたディディを、高く澄んだ叫び声が呼び止めた。
声の主は、儚げな顔をこわばらせた一人の令嬢だった。彼女は唇をきつく引き結び、ディディをまっすぐに見据えていた。