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5.彼の本領

「うっわ、三人も釣れるとか聞いてないぞ。しかも初日に」


 人々が寝静まった真夜中、屋敷を出てすぐのところで、リックがうんざりした顔をしていた。


 彼が掲げたランタンが照らし出しているのは、がっしりとした網にからめ取られた男たち。一人は近くの木から宙づりになって、また一人は崖からぶら下がって、さらに一人は地面に転がされていた。


 リックは叫び声がしてまもなく、寝間着のまま駆けつけてきたのだった。


「おい、あんたら。何しにきたか……は大体見当がついてるが、きちんと話を聞かせてもらうぞ。抵抗するだけ無駄だから、おとなしく従ってくれ。そのほうが、俺も楽できる」


 男たちにとうとうと言って聞かせるリックの背後に、さらに二つの人影が現れる。眠そうにあくびをしているディディと、その隣に付き従っているリタだ。


 薄手の寝間着姿のディディに、男たちがごくりと生唾を呑んでいる。とたん、リタがドブネズミでも見るような目つきで男たちを見すえた。


 しかし当のディディは全く気にしていないようで、辺りを見渡して微笑んでいる。


「ふわあ……なんだか面白いことになっているわねえ」


「はい、これがリックの本当の得意分野なんですよ!」


「罠を張るのが?」


 その問いに、リタは思いっきり声をひそめて答えた。


「父さんから教わった、軍事用の技術を少々。罠以外にも色々あります。ばれるとまずいことになるので、内緒なんですが」


「……どうしてそんな技術を知っているのよ、あなたたちのお父様は」


「研究の関係で、たまたま情報を手に入れてしまったとかで。ただ父さんは不器用なので、実際にこの技術を活用できるのはリックだけなんですが」


 女性二人がこそこそとそんなことを話していると、男たちが網から逃れようと身じろぎする。女と若者だけだからと、甘く見たのだろう。


 とたん、彼らのすぐそばでぱあんという破裂音がした。地面に小さな穴が空き、はじけ飛んだ砂が男たちにぱらぱらと降りかかる。


「おとなしく従ってくれって、言ったよな? 次は、もっと威力の高いやつをぶつけるぞ」


 そう言い放つリックの手には、何か丸くて小さいものが握られていた。あれは何、とまたしてもこそこそ尋ねるディディに、リック特製の火薬玉です、とリタが答えている。


 しかしそれでも、男たちの目から反抗的な光は消えていない。リックが舌打ちして別の火薬玉を取り出しかけた、その時。


「尋問ね? だったら手伝うわ」


 ディディがくすりと笑って、ついと人差し指を立てた。次の瞬間、地面に転がっていた男の姿が消え、すぐ近くの木のてっぺんに移動した。まばたきするよりも速く。


「う、うわああ!!」


 悲鳴を上げる男に、残り二人の男たちが混乱した視線を向けた。それから、ディディをそろそろと見る。


「わたくしねえ、魔法を使えるの。あなたたちがおとなしくしてくれないのなら、全員そこの深い谷に放り込んで片付けてもいいのよ? そのほうが楽だし」


「わ、分かった! 降参だ! おとなしくする! だから頼む、ここから降ろしてくれえ!!」


 木の上からの返事に、ディディが満足げに笑う。すると、男たちが三人そろって地面に並んだ。突然自分たちの体が移動したことに、男たちは呆然としてしまっていた。


 すかさずリックとリタが駆け寄って、男たちを改めて縛り上げる。


「ほら、ちっとおとなしくしといてくれよ。抵抗すると怖いって、さすがに学んだろ?」


「万が一ということもありますから、きっちり縛りますよ。……まあ、万が一なんてことになったら、谷底の川で泳いでもらうだけですが」


 ディディたち三人は、か弱い令嬢と年若い少年少女だ。対する男たちは、力仕事をなりわいとしていることが明らかな屈強な成人たち。


 力の強さでは圧倒的に勝っているはずの男たちは、しかしすっかりディディたちに圧倒されてしまっていた。


「それじゃあ、改めて話を聞かせてもらいましょうか?」


 ディディのあでやかで美しい微笑みに、男たちは三人同時に震え上がったのだった。




「……まったく大の大人が、そろいもそろって何やってるんですか!」


「というかあんたら、意外と若かったのな。その年なら、まだやり直せそうなのに」


 男たちの話を聞いたリタは真っ赤になって怒り、リックは呆れていた。


 屋敷に侵入しようとして罠にからめ取られた男たちは、まだ二十代半ばの三兄弟だった。


 彼らは普段木を伐ったり土砂を運んだりして生計を立てているのだが、たまに旅の貴族などの持ち物をくすねたりもしているのだとか。そんなこともあって彼らは、ここキスカの町では鼻つまみ者だった。


 そしてたまたまディディがここに来ることを知った彼らは、これはいい獲物がやってきたと考えたのだ。


 夜中にこっそり忍び込んで、金目の物をいただいていこう。もし見つかっても、ろくに使用人もいないという話だからどうとでもなる。


 彼らがそう判断したのには、訳があった。


 ここキスカの町はシャイエン領でありながら、あまりに田舎にあるためずっと見捨てられたような形になっている。そのせいで、町の人間のシャイエン家に対する好感度は低い。というより、ひっそりと反感を買っている。


 しかもディディは、悪行とあまりの不出来さのせいでシャイエン公爵に見捨てられたのだと、そんな話がキスカに広まっていた。


 だからディディが多少ひどい目にあっても、誰も何も言わないだろう。男たちは、そこまで考えていたのだった。そしてそのことが、リタを怒らせていたのだった。


「馬車に乗っていた時、何となく町の人たちがこちらをにらんでいる気がしたのだけれど、あれってやっぱり気のせいじゃなかったのねえ」


 そしてディディは頬に手を当てて、優雅にそんなことを言っている。リタが運んできた椅子にゆったりと腰を下ろして。


「これからしばらくこの屋敷で暮らしていくのだし、町の人たちに敵視されっぱなしだとやり辛そうね。嫌われるだけなら別に困らないのだけれど、買い出しの邪魔なんかをされたら大変だわ」


 この状況で、のんびりと買い出しのことを気にしているディディ。そんな彼女に、男たちが驚きの目を向けている。


「わたくしとリックは自分の身くらいなら守れそうだけれど、リタはか弱いし……もう少し、頑強な人手が欲しいところね……」


 ふと何かに気づいたような顔で、ディディが男たちを見すえる。そうして、にっこりと笑った。やけに無邪気に、恐ろしいほど優しく。


「ねえ、あなたたち。今日から、この屋敷で働いてちょうだい。お給金は弾むわよ?」


「ええーっ、ディディ様! こんなの雇ったら、さらに町の人たちに嫌われちゃいます!」


「俺もリタに同意ですよ。ただ……聞いている感じだと、今キスカの町で人を雇うのは難しそうです。なので最悪、こいつらでもまあ仕方ないかなって。人手が足りないのは事実ですし」


 リタとリックの反論に、男たちが小声でぶつぶつ言っている。リックが笑顔で火薬玉を構えたら、三人ともぴたりと黙った。


「リタ、そこはもう気にせずにいきましょう。そしてリック、わたくしもあなたと同じ意見だわ」


 双子に笑いかけて、ディディは男たちに高らかに言い放つ。


「今日はもう遅いから、明日の朝一番に、またここに来なさい。ああ、悪さをしたら即谷底に落ちてもらうから、そのつもりでね」


「別に来なくてもいいけどな、もしそうなったら、次に会った時は遠慮なく捕縛するだけだから。投げ縄の練習台にちょうどいい。……いや、新作火薬玉の実験台でも……」


「そうして、町の衛兵に突き出してやりますからね! それが嫌なら、ディディ様に従ってください!」


 ディディたちが口々に言った内容に、男たちが困惑し切った顔を見合わせる。


「ほら、とっとと返事をなさい! ここでおとなしく働くの、それとも働かずに谷底か牢獄に行くの? 好きなほうを選ばせてあげるわ」


 一転して、ディディが厳しく言い放った。男たちは壊れたからくり人形のようにこくこくと首を振りながら「働きます」「働かせてください」「頑張ります」と答えていた。


「ふふっ、それじゃあこれからよろしくね、不審者のみんな」


 そう宣言するディディの笑顔は、今さっきまでおびえていた男たちですら思わず見とれてしまうような、鮮やかなものだった。

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