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37.可能性に満ちた未来

 和やかに、そしてしっとりと話し合っていたディディとルシェ。一方その頃、すぐ隣のテーブルには書状の残りが広げられ、みなが興味津々といった顔を突き合わせていた。


 リタがその一枚を手に取り、興味深そうに目を丸くしている。


「キスカ公国の領地として、町及びその周囲の土地が指定されていますね。今キスカの人たちが利用している範囲より、結構広いです。田舎とはいえ、中々の大盤振る舞いですね」


 その紙をのぞき込んだリックが、にやりと笑って別の一文を読み上げる。


「『町より北の岩山については、こちらは関与しないものとする。ただ、そちらの領土として組み入れた際には、一報いただけると助かる』……つまり、町より北は俺たちが好きにもらっていいってことだよな」


「そういうことね。そもそもこの町より北側は、元々どこの領土でもないし。人は住んでいないし、険しい不毛の地だし、資源なんてろくにない……ってみんな思ってる」


 意味ありげに相槌を打ったリタに、リックがにやりと笑ってみせる。


「まあ、この町の主な産業は農業と牧畜だし、あの資源が見過ごされても仕方ないか」


「そうね。あなたの探索、やっと役に立ちそうじゃない?」


「ああ! だったらまず、これまでに見つけた鉱床を地図にまとめないとな。それにせっかくだから、探索範囲も広げたいし……これからは泊りがけの調査もやってみるか。がぜん、やりがいが出てきたな」


 リックがはしゃいだ声を上げながら、指折り数えていく。


 今までは、下手に鉱床などを見つけてしまうと、産出したものを王国に持っていかれたり、税金が増えたりしかねなかったのだ。


 だから彼は、町の近くの岩山で見つけたもののほとんどを、秘密のままにしていたのだ。どこに何があったか、それだけをディディに報告して。


 しかしこれからは、彼が見つけたものはそのままキスカの、ディディの財産となる。それはリックにとって、大いに喜ばしいことだった。もちろん、リタにとっても。


 そうやってはしゃぐ二人をよそに、サリーとジョイエルもさらに別の紙を見てため息をついていた。


「『我が国の住民がキスカ公国への編入を強く望むのであれば、届け出の上編入を認める』……ですか。ディディ様の素晴らしさ、よそのみなさまにも教えたいです……」


「ふふ、サリー君の熱意には、いつも脱帽させられますね」


「ありがとうございます、ジョイエル様。ですが、ディディ様はそれを望まれないような気もするので……わたし、どうしたものかちょっと困っています」


 眉間に小さくしわを寄せて考え込むサリーに、ジョイエルが優しく笑いかけた。


「ふふ、それでは自然のなりゆきに任せるというのはどうでしょうか?」


「自然の、なりゆき?」


「ええ。新しく誕生したこの公国に、興味を持つ方は多いでしょう。様子見がてら、ここまでやってくる方も少なくはないと思いますよ」


 その様が見えているかのように、ジョイエルはくすりと笑った。


「そういった方々に、君がディディ様の素晴らしさを語る……きっとその話は、あちこちに広がっていくでしょうね。僕たちも予想できないくらい遠くまで届くかもしれません」


「まあ、素敵です……」


 その言葉に、サリーがうっとりと遠くを見つめる。しかしすぐに、何かに気づいたようにジョイエルを見た。


「そういえば、ここが公国となることでジョイエル様のお仕事にも影響が出てくるのではありませんか?」


「ええ。これからは、国を越えた形での貿易となりますから。……関税等の設定について、父に相談しているところです。僕一人では、手に余る問題ですので」


「わたしにできることがあったら、いつでも言ってくださいね」


「ありがとうございます。頼りにしています、サリー君」


 さらに部屋の片隅では、ゼスト、レスト、シストの三兄弟が顔を突き合わせてわいわいと騒いでいた。


「しっかし、この町を国にするって、王様もずいぶんと太っ腹だな?」


「ま、この辺はずうっとどこまでも田舎ばかりだからな。なくなっても、王様は困らないんだろうよ」


「わざわざここを管理するのが面倒なだけだったりして。王都から遠いし、なんもないし」


 シストの言葉に、兄二人がぴたりと口をつぐむ。それから三人同時に、力強くうなずいていた。たぶんそれだ、きっとそれだ。彼らの顔には、そう書いてあった。




 キスカの町が独立し、キスカ公国となる。あまりにも突拍子のないこの話を、町の人間たちはあっさりと受け入れた。いつぞやのイノシシ狩りの時のほうが、よっぽど浮き足立っていたくらいだ。


「……町が公国になるって、かなりの大ごとだと思うのだけれど……『はい、分かりました』ってにこにこしながら答えられてもねえ……しかも『ところで、今朝採れた野菜はいいできですよ』とか言ってくるし……公国って、野菜以下なの……?」


 きっと町の人間たちは驚くに違いない、どうやってなだめようかと身構えていたディディは、豪快に肩透かしを食らい続けて呆然としていた。


「それだけ君が、ここの民に信頼されているということだろう。私も、我がことのように誇らしい。この町、いやこの公国で暮らせる幸福を、改めて感じた」


「でもあなた、『元王子』とか『婿王子』とか『犬王子』とか、妙なあだ名がついてるのよ。それでいいの? ……三つ目のは、王国軍の騒動の時からちらほらとささやかれてたけど。あの時のあなたの奇行のせいで」


 ディディとルシェは、屋敷の近くの崖にいた。並んで地面に腰を下ろし、降り注ぐような星空を眺めている。


「どう呼ばれようが構わない。大切なのは、私が君のそばにいる、そのことをみなが認めてくれているということだから」


「本当、前向きね……昔はもっと、うじうじ悩むほうじゃなかった?」


「ああ、そうだな。君がいなくなって、自分の思いと向き合って、私は変わった……のだと思う」


「どうして途中から自信がなさそうな口調になるのよ。大丈夫よ、心配しなくてもあなたは変わったから。でなければ叩き出してるって、何度もそう言ってるでしょ」


 妙な貫録と余裕を漂わせながら話すルシェにどきりとしたのをごまかすように、ディディがぷうと頬を膨らませる。


 星明かりしかないここでは、ルシェにその表情は見えていない。それなのに彼は、愛おしそうに目を細めていた。


 そんな気配に気づいたディディは、難しい顔をして胸に手を当てた。そうして、意を決したようにまた口を開く。


「……あの、ね。こうしてあなたと二人で話すことにした、その理由なんだけど」


 普段は女王のように悠々とふるまっている彼女が、珍しくも恥じらう乙女のようになっている。ルシェが目を見張って、まじまじと彼女を見つめた。


「その、礼を言い忘れていたことに気がついたのよ」


 もごもごと口の中でつぶやくようにして、ディディは言葉を紡いでいく。


「正直、馬鹿げてるとは思うの。わたくしを自由にするためだけに、町を一つ独立させてしまうなんて。思いつくあなたたちもあなたたちだけど、許可する陛下もどうかしてるわ」


 非難するような口調が照れ隠しでしかないことに、ルシェは気づいていた。そして彼が予想していた通り、ディディの声音はすぐに柔らかなものに変わっていく。


「でも……とても心が軽くなったのも事実なの。この町の人たちの未来を背負うことにはなったけれど、それでもわたくしは自分の心の思うまま生きていけるようになった」


 そこで言葉を切り、彼女はささやくような小さな声で言った。


「だから、ね……ありがとう」


 そのまま、二人とも口を閉ざす。木々の葉がさやさやと揺れるかすかな音が、二人の間の沈黙をさらに際立たせていた。


 ディディは照れたような顔で、ルシェは静かに微笑んで、星空を眺めていた。


 やがて、どちらからともなく手が伸びていく。指先が触れて、重なり合って。


 二人は手を取り合ったまま、静かに寄り添っていた。どちらの顔にも、幸せそのものの笑みが浮かんでいた。

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