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27.レディたちの冒険

「ふふ、どきどきします」


 サリーが興奮に頬を染めて、弾むような足取りで歩いている。


「確かにどきどきしますね……足を踏み外したら、川に落ちてしまいますから」


 彼女のすぐ後ろを、リタが慎重な足取りで歩いている。


「大丈夫よ、そうなったら転移の魔法で拾ってあげるから」


 そして先頭を、ディディがゆったりと歩いていた。


 彼女たちは三人だけで、町の外に出ていた。町の西を流れる、谷底の川のそばを歩いているのだ。


 最近、ルシェが来たり畑の開墾を手伝ったりと、ディディは忙しくしていた。ようやくそれらの問題も落ち着いてきたと思ったら、突然サリーが半泣きで主張してきたのだ。わたしも、ディディ様とゆっくり過ごしたいです、と。


 どうにかこうにかなだめながら話を聞き出したディディは、サリーの思いを知って考え込んだ。


 サリーは今でも、町の人間たちと話をして回って、大小様々な悩み事を集めている。ディディはもうキスカの人間たちに受け入れられている、いやそんな段階は通り越して、すっかり慕われているのだが、それでもサリーはその仕事を辞めなかった。


 自分がこの仕事を辞めたら、町の人間たちがディディのところに直接窮状を訴えにくるに違いない。もしそうなったら、ディディは屋敷でゆっくりくつろげなくなってしまうだろう。


 彼女はそう考えて、毎日せっせと町を歩き、人々の悩み事を整理してはディディに伝えていた。


 ただそうしているうちに、彼女自身は何とも言えないもやもやした気持ちを抱えるようになっていたのだ。


 最近のディディは、ルシェや町の人間ばかり構いつけている。それにはちゃんと理由があるのだと分かっていても、サリーはどうにも我慢ができなかったのだ。


「まったく、わたくしとゆっくり過ごしたいだなんて……サリーも変わってるわねえ」


 後ろを見ないまま、ディディがつぶやく。普段の優雅なドレス姿ではなく乗馬服をまとい、髪をまとめて高い位置でくくっている。普段よりもさらに凛々しさが強調された姿だ。


「ディディ様の麗しいお姿をひたすらに見ていられることに、喜びを覚えない人がいるでしょうか」


 こちらも乗馬服のサリー――ただ髪を編んで背中に垂らしているせいか、普段以上に華憐な雰囲気になっている――が、うっとりとした声で答える。


「サリー様、足元に気をつけてください。……気持ちは分かりますけど」


 その後ろから、リタが声をかける。彼女はリックから借りたシャツとズボンを器用に着こなしていた。袖と裾をまくり上げてピンで留め、腰をベルトで絞って。


 サリーとディディが出かけると聞いたリタは、すぐにお供を買って出た。


 できれば二人きりで過ごしたかったサリーは少々難色を示していたが、「わたくしたち二人だけだと、何かあった時に困るかもしれないでしょう?」「心配なさらないでください、私は邪魔にならないように控えていますから」とディディとリタに言われ、渋々納得していた。


 そうして三人は、ざあざあという川の音を聞きながら歩き続けていたのだ。あれこれと、他愛ない話をしながら。


 やがて、ふと話が途切れる。ディディが少し考え込むような表情をして、また口を開いた。


「ねえサリー、ずっと気になってたことがあるの」


「はい、何でしょうか」


「あなたには、もう十分すぎるくらいに恩を返してもらったわ。だから、もう家に帰ってもいいんじゃないかって思うのだけれど」


「……あの……もしかしてディディ様は、わたしが邪魔……なのでしょうか」


 後ろから聞こえてきた落ち込んだ声に、ディディがあわてて首を横に振る。


「いえ、そうではないのよ。ほら、いい加減あなたのご両親が心配しているんじゃないかって、そんな気がするものだから」


 わたくしの家とは違うものね、という言葉を、ディディはそっと呑み込む。


 ディディの表情が見えていないサリーは、一転して明るい声で答えた。


「いえ、その点は大丈夫です。家を出る時に『どうしても恩を返さなくてはならない方がいるんです』と説明したら『しっかりと頑張ってこい!』と励まされました」


 思い切りがいいのは親譲りなんですかね、とリタがつぶやく。


「そしてこちらに来てからも両親と手紙をやり取りして、互いの近況を伝えているのです」


 ディディやリタの微妙な反応にもかかわらず、サリーは楽しそうに話し続けていた。


「二人とも、ディディ様の話を聞くのをとても楽しみにしていて……『お前は素敵な方に巡り合ったのだな』と喜んでくれています。わたしも、そのことがとても嬉しくて」


「いいご両親ね、大切になさいな」


 しみじみとそう言ったディディが、ふと天を仰ぐ。


「つまりサリーは、親公認のもと、ここに住み着いている訳ね……たぶんジョイエルも、似たような状況になっているんじゃないかって気がしてきたわ……」


「はい、そうです!」


 ディディの独り言に、なぜかサリーが自信たっぷりに答えてきた。


「ジョイエル様も、商売のためにお父様と頻繁に連絡を取っておられるんです。そして当然のように、ディディ様の話もたくさんされていました」


「……あの、サリー様。どうしてそんなことをご存じなんですか?」


 後ろから飛んできたそんな質問に、サリーは笑顔でさらりと答えた。


「ジョイエル様の口から聞いたんです。『聞いてくれますか、サリー君。どうやら僕の父上も、ディディ様のとりこになりつつあるようなんです』と言っておられて」


 上機嫌そのものの顔で、彼女はくすくすと笑う。前を行くディディが、とりこも何も、会ったことすらないのに……と静かに愚痴を吐いていた。


「それからわたしとジョイエル様は、互いの家族のこととディディ様の話で盛り上がって……とても楽しいお喋りができました。これもみんな、ディディ様のおかげです」


「……若干、腑に落ちないところもあるけれど……どういたしまして」


 かすかに首をかしげたディディが、ふと足を止め顔を上げた。


「あら、ここかしら」


 彼女たちの目の前に、高い岩壁がそびえている。そしてそこに、大きな穴が空いていた。大柄な人間でも楽々くぐれるくらいの穴で、その奥は真っ暗で何も見えない。


「はい、そうみたいですね。リックから聞いている特徴と一致します」


 肩にかけた鞄から小ぶりの燭台を取り出し、手際よく火を灯しながらリタが答える。


「目的地は入ってすぐとのことですが、気をつけてくださいね」


 そう言って、リタが真っ先に穴の中に踏み込んでいった。ディディとサリーもそれに続く。


「あら、思っていたより広いのね」


「少し、怖いです……」


 リタが手にした弱々しい光が、穴の中をぼんやりと照らしている。そこは天井が高く広い、ちょっとしたホールのようになっていた。サリーが無意識のうちに、ディディの腕にすがっている。


「それでは、明かりを消しますね」


 全く動じることなく、リタがそう宣言する。そうして、手にした燭台にそっと覆いをかぶせ、光のほとんどを遮った。


 そして次の瞬間、三人が同時にため息を漏らす。


「まあ、聞いていた以上ね、これは……」


「素敵です……」


 ディディとサリーが、うっとりとした声を上げた。穴の壁や天井に、小さな光がたくさんまたたいていたのだ。まるで星空に包まれているような、そんな光景だった。


「町の周囲を探検していたリックが、偶然ここを見つけたって言っていたけれど……ふふ、いいものを見つけてくれたわね」


「本人は『もうちょっと役立つものを見つけたかったなあ』ってぼやいてましてたけれど」


 感心しているディディに、肩をすくめるリタ。


「見ているだけで、心が洗われるようです……」


 幻想的な風景に、ちょっぴり涙ぐんでいるサリー。


 そうして、三人は自分たちを取り囲む星空を眺めていた。


「でもこの光ってるの、全部虫なんですよね。明るいところでじっくり見ると、綺麗でも何でもないといいますか、むしろちょっと気持ち悪いといいますか」


 リタが不意に、そんなことをつぶやくまでは。


 サリーは「虫は苦手です!」と叫んでディディにしっかりと抱きつき、ディディはそんな彼女を抱きとめてくすくすと笑う。


 静かだった穴の中には、優しい光と、にぎやかな笑い声が響いていた。

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― 新着の感想 ―
投稿感謝です^^ 王国国内に『ディディ様ファンクラブ』的な謎のネットワークが蔓延り始めている?? ディディの次のは『闇の女王』または『影の女王』なのかもしれない( ̄▽ ̄;)
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