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25.額に汗して

「……かなりの力仕事よ? あなたが最近、畑の手伝いをしているのは知っているけれど……できるの?」


 新たな畑の開墾を手伝いたいと申し出たルシェに、ディディが戸惑いがちに尋ねる。


「やれるだけのことをやってみたい。確かに、私はそういった作業の経験はないが……雑用くらいならこなせるだろう」


 王子が雑用。常識的に考えてまずあり得ない、しかし公爵令嬢が雑用に駆り出されているこの町では、さほど驚きもなく受け止められるだろう。しかしサリーとジョイエルはこっそりと、何とも言えない複雑な顔をしていた。


「ほんっと前向きね、あなた。だったら……無茶はしない、わたくしの指示には必ず従う。その条件で、連れていってあげる」


「ああ、喜んでその条件を呑もう」


 いい加減ルシェの扱いにも慣れてきたらしいディディの提案に、ルシェは素直にうなずいていた。心底嬉しそうな表情で。




 その二日後、からりとよく晴れた日。朝早くから、川原のそばの荒れ地にたくさんの人が集まっていた。


 そこには人の身長ほどもある岩が転がり、あっちこっちに好き勝手に木々が生えている。畑には程遠いありさまだったが、雑草の隙間から見える土は黒くしっとりとしていて、ほどよい柔らかさを備えていた。


 ディディたちはあいにく畑仕事についての知識はほとんどなかったが、町の人間たちはみな興奮を隠し切れない顔をしていた。ここに作物を植えれば、どれほどすくすくと育つだろうかと。


「それじゃあ、この荒れ地を畑に変えていくわよ! 身の安全を最優先に!」


 ディディが叫ぶと、集まった男たちから力強い声が返ってくる。その様を見て、またしてもルシェは感動していた。他者を率いるこの貫禄、まさに彼女こそが女王だと。


「……やっぱりルシェ様、ちょっと趣味がおかしい気がするんだよなあ」


 きらきらと目を輝かせているルシェを横目で見ながら、リックが一番大きな岩に歩み寄っていく。そうして、ディディに声をかけた。


「ディディ様、この岩って転移させられそうですか?」


「……うーん、ちょっと無理そうね。せめて半分くらいの大きさなら、何とかなるのだけれど」


「じゃあ、これを割るのは俺に任せてください。ちょうどいいものを手に入れたんです」


「……それって、また……軍の秘密の何とか、とかじゃないでしょうね?」


 自信満々なリックに、ディディが声をひそめて尋ねる。


「大丈夫ですよ。これはもうちょっと穏便なやつです。軍事というより、産業基盤の整備用というか、まあそんな感じで」


 そう言うと、リックはノミとトンカチを取り出して、大岩に小さな穴を空け始めた。少しも迷いのない手つきで。


 そちらは大丈夫そうね、とディディが周囲を見渡したその時、小さな悲鳴があちこちで上がった。小型の斧を構えたゼスト、レスト、シストの三人が、好き勝手気ままに木を切り倒し始めたのだ。


 力自慢のゼストは一撃で細い木を倒し、調子に乗りがちなシストにいたっては、なぜか両手に一つずつ斧を持っていた。


 二人とも木こりの子で、しかも違法に木を伐っていた経験があるだけあって、手際自体はそこそこよかった。


 しかし二人そろって、切った木がどちらに倒れるかについては何一つ考えていないようだった。その結果、町の人間たちはばたばたと倒れてくる木から必死に逃げ回るはめになっていたのだ。


 この三人の中ではまだ一番思慮深いレストが、そんな二人を見てどうしたものかと考え込んでいる。明らかに彼だけは、まずい状況になりつつあることに気づいていた。


「はいそこ、おとなしくなさい!」


 ディディの叫び声が響き渡ったのと同時に、ゼストとシストの姿が消える。ばしゃんという大きな水音がして、その場の全員がそちらを向いた。


 荒れ地のすぐ隣を走る川にべちゃりと腰を下ろして、二人が呆然としている。まずい、女王様を怒らせた。そんな顔で。


「調子に乗っていないで、周囲の人間のことも考えてこつこつおやりなさい。次にふざけたら……あそこよ」


 上品で優雅なのに、どことなく剣呑な声音でディディは断言する。彼女の美しい指先は、近くに生えている大きな糸杉のてっぺんを指していた。


「はっ、はいいー!!」


「すんませんでした!!」


 二人はびしりと音がしそうなくらいにまっすぐに立ち、同時に頭を下げる。それから打って変わって、真面目に作業をこなし始めた。


「……さすがはディディだな。一瞬で、見事に場を収めてしまった」


 そんな二人を見て、ルシェが感心したようにディディに声をかけた。切り分けられた丸太をかついだまま。


 ちなみに彼はいつもの上質な服ではなく、リックの普段着を借りていた。ちょっとした畑仕事ならともかく、こんな作業にあんな服は不向きにもほどがあるからだ。


「ちょっと転移の魔法を見せつけるだけでおとなしくなるんだから、可愛いものよ」


 ディディのその答えに、ルシェがふと何かに気づいたような顔になる。丸太をいったん下ろして、小声でささやきかけた。


「……その、今気づいたんだが……ここの整地も、君の魔法を使えば簡単に済んだのではないだろうか? ほら、君は恐ろしげな魔法を使えるのだという話だし」


「ああその噂、間違いよ。どうしてそんな噂が立ったのかしらね。わたくしが魔法を使えるのは事実だけれど、さっきみたいに物を飛ばすとか、あとは幻を操るとか、それだけだもの」


 肩をすくめて、ディディがつぶやく。ぼやいているような、疲れた口調で。


「『氷の女王』とか『キスカの女王』とか、油断してると妙な二つ名がつくし……魔法についても誤解されるし……わたくし、ごくありふれた、どこにでもいるような貴族の娘なのにね」


 それを聞いて、ルシェがたまらず吹き出した。立てた丸太に手をかけたまま、必死に笑いをこらえている。


「ちょっと、笑うところかしら、今のは」


「違うんだ、くすぐったくて……君は間違いなく、気高く美しい女王だ。けれどそう見えていることに、君は気づいていないのだなと思ったら、つい」


「……王子様が言うせりふかしらね、それ」


「だが、まぎれもない本音だ。君は自分を抑えて慎ましやかにしているよりも、のびのびとしているほうがずっと美しく、そして生き生きしている」


 ルシェが甘やかな目つきで、そっとディディを見つめたその時。


 ごうん!


 とびきり大きな音が、辺り中にとどろく。二人が目を丸くして、ばっと振り向いた。


「よっし、成功! ……今度、親父に手紙を書いて報告、っと……」


 真っ二つに割れた大岩の前で、リックが得意げにこぶしを握っている。周囲から、自然と拍手がわき起こっていた。


「……さて、話し込んでいないでもう少し頑張りましょうか。あの岩、片付けなくちゃ」


「ああ。まだまだ、運ばねばならないものがあるからな」


 笑顔でうなずき合って、ディディとルシェはまたそれぞれの作業に戻っていく。せっせと立ち働くその姿は、不思議と町の人間たちに溶け込んでいた。


 二人ともあふれんばかりに気品をたたえているというのに、なぜか令嬢と王子には見えなかった。ごく普通の、青年と乙女に見えていた。

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― 新着の感想 ―
投稿感謝です^^ 王宮仕込みの腹黒テクニックを息をするように使いこなす天然純白善人…… ルシェ、恐ろしい子・・・! ディディはいつまで逃げ回れるかな( ̄▽ ̄;)
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