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恋に落ちた菓子職人

菓子職人ロイ視点の思い出と、その後の続きです。




『ロイ殿の作るデザートは最高に美味しい。きっと姫様もお気に召すはずだから、自信を持つと良い』


 自信をなくしかけていたあの頃、眩しい笑顔で言って貰えたその言葉は、今も心の中に残っている。




***




「これ全部梨のデザートだなんて、すごいな!」


 いつもの約束の場所で、テーブルの上に並べたデザートを見て弾けるような笑顔を浮かべた彼女に、こちらも嬉しくなって頬が緩む。


「この間、姫様が妃殿下とご一緒に梨農園の視察に赴かれた際に、傷のついた梨が売れ残ることをお聞きになったらしく、梨を使ったデザートを考案することになったんです」

「あぁ、それなら私も護衛として同行していたが、農園主が悩まれていた。なるほど、デザートに使うのか」

「自信作ばかりなので、アマンダさんもぜひ食べてください」

「さっそく頂こう!」


 先ほどまで開かれていた姫様のお茶会で出していたデザートに、アマンダさんが嬉しそうに声を上げた。

 姫様はよくご友人をお城に招かれて、お茶会を開催される。

 そのときに出したデザートは必ず貴族の噂話に上った。

 それを聞いた城下の菓子店でも作られるようになり、そのため王都は密かにデザートの街と呼ばれるほど菓子店が繁栄している。

 きっと明日からは梨のデザートが流行り始めるはずだ。

 まだ御年七歳にも関わらず、ただお茶会を楽しまれるだけでなく、そこまで見越している姫様には頭が下がる。

 同時に、作るこちらとしても責任は重大だ。


「美味しい……! やっぱりロイの作るデザートは最高に美味しい!」

「喜んでもらえて嬉しいです」


 甘いお菓子作りの案外甘くない日々の中で、アマンダさんの笑顔は活力ともいえた。

 食べて率直に美味しいと言ってくれるその言葉ほど嬉しいものはない。

 テーブルの上には、梨のコンポートから梨のタルト、クリームチーズを混ぜて焼いた梨のパウンドケーキなど他にも何種類も並んでいたが、次々とアマンダさんの口の中に消えていく。

 気持ちの良い食べっぷりは見飽きることがない。


「そういえば、ロイはどうして菓子職人になろうと思ったんだ?」


 梨のゼリーをスプーンですくいながら、不意にアマンダさんが尋ねた。

 お茶をいれながら質問に答える。


「姉がよくお菓子を作ってくれたんです。年が離れていたので、ぼくが十歳くらいのときに遠方へ嫁いでしまい、姉が作ってくれたお菓子をもう一度食べたくて自分で作るようになりました」


 幼少期の記憶は、甘い香りだ。

 家の中はいつもお菓子の甘い香りに包まれていた。


「なるほど、お姉さんの影響だったのか。料理上手なのはお姉さんに似たんだな」


 姉を真似てお菓子を作るようになり、街の貴族の屋敷でお菓子作りの仕事につき、そこで腕を見込まれて城へ推薦され王都へ出てきたが、しかし待ち受けていたのは城の料理人たちの技術の高さだった。

 地方の貴族の屋敷で自慢だった自分の腕は、うぬぼれていたと認めざる得ないほどに、その差は歴然だった。

 そんなときに、姫様のデザート作りを担当する機会が回ってきたが、美味しいものを作らなければならないと考えれば考えるほどに、何も作れなくなってしまった苦い記憶が蘇る。


「私の実家でも母がよくお菓子を作ってくれていたが、私は今も昔も食べる専門だな」


 ゼリーを食べながらアマンダさんが笑う。

 姫様にお出しするデザート作りで悩んでいたあのとき、アマンダさんと偶然城の中で出会った。

 どれだけ練習しても納得のいくものが作れず落ち込んでいると、試作品の山を見てアマンダさんが言った。


『それ、食べないんなら私が食べても良いだろうか?』


 輝く視線の先には、自分が失敗だと思っていた試作品のデザート。

 失敗だから……と愚痴をこぼしたら、こんなに美味しそうなのにと言って次々と食べてくれた。

 こちらが呆然とするくらい、豪快な食べ方だった。

 そして山のようにあった試作品を全て食べ終わると、満面の笑みで呟いた。


『あぁ、幸せだ……』


 着飾らないその言葉に、目の前が晴れた気がした。

 姫様にお出しするには普通のデザートではいけないと勝手に考え、自分から重荷を背負っていたことに気づいた。

 プライドも何もかも捨てて悩みを打ち明けると、アマンダさんは真剣に耳を傾けて、まっすぐにこちらを見つめた。


『ロイ殿の作るデザートは最高に美味しい。きっと姫様もお気に召すはずだから、自信を持つと良い』


 作ったものを全部食べてくれたアマンダさんのその言葉は、菓子職人の道を諦めようと思っていた自分にとって、もう一度頑張ろうと思えるほどに心強かった。

 それから、アマンダさんが姫様付きの護衛騎士ということを知り、二人で一緒に姫様がお好きな味を考え、ようやく姫様に美味しいと言って頂けたときには、アマンダさんは自分のことのように喜んでくれた。

 気づけば、恋に落ちていた。


「アマンダさんが美味しそうに食べている姿を見ると、作って良かったと心から思います」

「それは少し間違っているな。美味しそうじゃなくて、美味しいんだよ」


 アマンダさんが笑ってそう言う。

 子どものころ、姉の作ったお菓子を食べていたとき、姉が喜んでいる姿が不思議だった。

 お菓子を食べることができて嬉しいのはこちらの方なのに、なぜ作る方が嬉しそうにしているのだろうかと。

 けれど、アマンダさんの食べる姿を見て、やっとその理由を理解した。

 自分が作ったものを美味しそうに食べてくれる喜びを。


「あぁ、お腹いっぱいで幸せだなぁ」


 テーブルの上にあったデザートを全て平らげて、笑顔でそう言う。

 相変わらずぺろりと食べてくれて、作ったこちらが嬉しくなる食べっぷりだった。


「もうロイの作ったデザート以外では満足できない体になってしまった」


 続けてそんなことをさらりと呟くものだから、こちらは飲んでいたお茶にむせそうになった。

 非常に思わせぶりなセリフだけど、アマンダさんにとって深い意味はなく、そう思ったから言っただけでしかないことは分かっている。

 姫様にも、同じお菓子作り担当の同僚たちにもすぐに知られていたのに、当の本人だけはこちらの下心に全く気付いてくれなかったくらい、アマンダさんはわりと鈍くて、駆け引きなんてしない人だから。


「大丈夫ですよ。ちゃんと責任を取りますから」

「それはまた美味しいデザートを作ってくれるということだろうか?」


 期待を込めた眼差しでこちらを見つめてくる。

 いまいち本意が伝わっていないけれど、そこが可愛い。


「もちろんですよ。アマンダさんはぼくの特別ですから」


 だからそのご褒美が欲しい。

 どんなデザートより甘い唇を求めて、その頬を引き寄せた――。




菓子職人たちの間では、味見担当としてスタッフ扱いされているアマンダです(本人は知らず)

読んで頂きありがとうございました!

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