姫様と菓子職人と女騎士と、キスの日
短編置き場内にも投稿している、キスの日(5/23)に書いた話です。
「わぁ! 今日もおいしそう!」
天気のいい昼下がり、庭に設けたテーブルの上に並ぶいくつものデザートに、姫様がはしゃいだ声を上げた。
御年七歳の姫様は、おやつの時間が何よりも楽しみだ。
本日は同年代のご友人でいらっしゃる侯爵令嬢や伯爵令嬢も招いて、おしゃべりに花を咲かせている。
七歳と言えど立派な女子会だ。
姫様の護衛騎士を務める私は、それを側で見守る。
とはいえ、王城内の庭で開かれる姫様の女子会に危険性はないに等しく、主な役割は姫様が希望するデザートを取り分けることだ。
「姫様。どれをお取りしますか?」
「うーん……とりあえず全部!」
「かしこまりました」
姫様は選びきれないと言ったご様子で、すべてのデザートを少しずつお皿に盛り付けることにした。
今日のデザートは、ふんだんに苺の乗ったショートケーキや、チョコレートのかかったシュークリーム、小さなグラスに盛り付けた可愛らしいパフェなど、他にも七歳の令嬢たち向けのデザートが所狭しと並んでいて、非常に美味しそうだ。
その中に、定番のチョコチップクッキーも見つけて、内心でガッツポーズを取る。
取り分けたお皿を姫様の前に置いてから、後方にちらりと視線を向けた。
デザートを運んできた城の料理人たちが下がろうとしているところで、その中で一番若い男性が少しだけ振り返った。
目が合い笑いかけられる、これは私たちだけの合図だ。
姫様の女子会が終わると、小休憩に入る。
急いで約束の場所へと向かい、扉を勢いよく開けるとすでに中に人影があった。
「すまない、遅くなった!」
「大丈夫ですよ、ぼくも今来たところです」
そう言った柔らかな声音の持ち主は、先ほどの姫様の女子会でデザートを作った一番若い菓子職人だ。
そして彼の前にある小さなテーブルの上には、姫様たちが食べていたのと同じデザートが並んでいる。
「あぁ、美味しそうだ……!」
先ほど姫様たちが食べているのを見ていたときから美味しそうで仕方がなかったデザートに、もう我慢できなかった。
そんな私を見て、彼はニコニコと笑う。
「どうぞ、お茶も用意できていますから」
「ありがとう! ではさっそく頂くとしよう!」
イスを引かれて座り、まずはあの苺がふんだんに使われたショートケーキを頂く。
とたんに口の中に甘さが広がり、頬を押さえて感動した。
「あぁ……美味しい……!」
「ありがとうございます」
パクパクと食べる私の向かいで、彼は温和な顔立ちをニコニコと微笑ませて見ている。
姫様が女子会を開く日、私の密かな楽しみ。
それはこのデザートを食べられることだ。
「いつも悪いね。私まで食べさせて貰って」
「いえ。あなたにはアドバイスを頂き助けて貰っているので、これはぼくからのお礼です」
城の料理人である彼と姫様の護衛騎士である私が、こうして密かに集まってデザートを食べる理由、それは彼がデザート担当の菓子職人として働き始めた頃に遡る。
彼はなかなか姫様のお口に合うデザートを作ることができずに悩んでいた。
偶然それを知った私は、彼に姫様のお好みや、ご令嬢たちの間で人気の菓子などを教えて、姫様に喜んで貰えるデザートを一緒に考えた。
その甲斐あって、今や彼は姫様お気に入りのデザート作り担当だ。
そして私は、姫様の女子会が開かれる日には、こうして同じデザートを頂いている。
実は私は、大の甘い物好きだ。
なので姫様の女子会が開かれる日が楽しみで仕方がない。
もちろん女子会に出されていたような量ではなく、彼は私一人が食べきれるサイズで用意してくれている。
騎士というイメージからか、なぜか甘い物は好きじゃないと思われがちだが、彼は驚くことも意外と言うこともなく、こうしてデザートを振舞ってくれるのでありがたい。
本当はもっとゆっくりと味わいたいが、小休憩中なのでそうもいかず、素早く噛み締めながら、あの定番のチョコチップクッキーも頂く。
彼の作るお菓子はどれも絶品だが、このシンプルなチョコチップクッキーは飽きの来ない美味しさで一番好きだ。
かじるとカリッと音がし、香ばしいバターとチョコの甘みが口の中に広がる。
「そのクッキーお好きですよね」
「ああ。毎日食べたいくらいだ」
「では、今度たくさん作ってお渡ししますね」
「それは嬉しいが、私ばかりいつもこんなに食べさせて貰って申し訳ない」
さすがに姫様の女子会は毎日は開かれない。
でも、もしこのクッキーを毎日食べることができたら幸せだろうな、と想像して頬が緩んだ。
「いえ、下心がありますから」
すると、空耳かなと思える言葉が聞こえてきた。
しかしこの部屋には私と彼しかおらず、目の前でニコニコと微笑んでいる彼から発せられたとは思いづらい言葉だ。
騎士の私より線が細く、温和な顔立ちで、それこそ甘いデザートのような雰囲気の彼からは。
「おや、気づいていませんでした?」
向かいに座っていた彼はイスから腰を浮かし、テーブルの上に手をつきながらこちらへと少し近づいた。
相変わらずニコニコと微笑んでいるけれど、声音がいつもと違う気がするのは気のせいだろうか。
「甘いものが好きなあなたの胃袋をつかんで落とそうと、いつも腕によりをかけて作っていたんですよ」
手に持っていた半分かじったクッキーが、彼の手の中に移動し遠ざかっていく。
それを目で追っていると、彼は食べかけのそのクッキーを口にした。
「間接キス、ですね」
甘い菓子のようにとろける笑顔と、甘い声。
その後、私はどうやっての姫様の元に戻ったかよく覚えていない。