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TCG  作者: ひじり
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【四章】

「ボクの夢はね、全国大会で優勝することなんだよ」

 満面に笑みを浮かべて微笑む由良理は、夢を語ってくれた。

 その夢を叶えるためには、まずは地区大会でベスト4まで勝ち残らなければならない。そして全国大会への切符を手にした後も、全国の強豪たちを相手に勝利をもぎ取ることができなければ、優勝という名の栄冠を手にすることはできない。

「由良理が全国大会で優勝か……」

 だけど不思議だ。

 ぼくは由良理の夢が叶うことになるだろう、と心のどこかで確信していたんだ。

「……うん、由良理ならきっと優勝することができるよ。だって由良理はめちゃくちゃ強いからね」

 ぼくの台詞に気分を良くしたのか、由良理はぼくの手を握った。

「ボクが全国大会で優勝したら、十希は優勝できなくなるよ。それでもいいのかな?」

 いつの間にか、由良理の表情は悪戯な笑みに変わっていた。ぼくのことを試しているかのような口ぶりだったけど、それが御剣由良理という女の子なんだ。

「そうだね……、由良理が全国大会で優勝するってことはつまり、ぼくが手に入れられるのは準優勝しかないってことだよね?」

 だからぼくも負けずと対抗してみる。ぼくの台詞を聞いた由良理は、少し驚いたようだけど、すぐに笑顔を浮かべる。この笑顔が好きだった。由良理が笑った顔を見ることができるなら、なんだってしてみせる。全国大会で準優勝だってしてみせるさ。

 だけどそのためには、決勝戦で由良理と対戦しなければならない。

「……ねえ、十希? 目をつむって」

「目を?」

 急になにを言い出すのかと首をかしげた。

「いいからつむって」

「う、うん……」

 由良理に言われるがまま、ぼくは目を閉じる。すると由良理の声が聞こえた。

「――十希は面白いことを言うね? でもね……、もしボクと十希が全国大会に出場することができて、決勝戦で戦うことになったとしても――」

 一呼吸おいて、由良理は堂々と宣言する。

「ボクは絶対に手加減しないよ?」

 その言葉を口にした次の瞬間、唇に柔らかいものが触れ合う感触があった。

 ぼくは驚いて目を開けてみる。するとぼくの視界に飛び込んできたのは、まぶたを閉じた由良理の顔だった。

 由良理はぼくにキスをしていた。

「……んっ」

 キスをしたまま、由良理が声を漏らす。その声を聞いたぼくは、胸の鼓動が熱く高鳴っていくのを感じていた。

 由良理は重なり合っていた唇をゆっくりと離して、上目遣いにボクのことを見つめる。

「……十希、約束だよ? 絶対に、ボクと決勝戦で戦おうね」

 小声で囁くと、由良理は頬を朱に染めて恥ずかしそうに微笑んだ。その表情を見て、ぼくもまた恥ずかしくなって目を逸らす。

 このころのぼくは、まだ由良理の信頼を裏切っていなかった。だけどこの約束があったからこそ、ぼくは嘘をつく。由良理が全国大会で優勝するために、ワザと負けた。

 でもぼくは約束を守った。

 由良理は全国大会で優勝することができたし、ぼくは準優勝できた。

 だけど由良理はぼくのことを責めた。そして決勝戦のやり直しを求めてきたんだ。由良理は親の仕事の都合で海外に行くことになったけど、どうしてもぼくと決着がつけたかったらしい。

 空港で由良理の姿を見つけた時、ぼくは声を掛けることができなかった。

 それもそのはず、そこに佇んでいた由良理は、ぼくの知っている由良理とはまったくの別人のような表情をしていたから。

 ぼくが嘘をついてしまったことで、笑顔を絶やさなかった由良理は消えてしまった。そしてその代わりに姿を見せたのは、怒りの感情を露にした由良理だ。

 ぼくは由良理から笑顔を奪ってしまった。

 それこそが、時の迷宮で遊ぶのをやめた本当の理由だ――


      ※


 羅衣音との対戦を三日後に控えた、とある日の出来事。

「――バカにつける薬はない」

 玖凪屋の対戦用テーブルの椅子に腰掛けていた楓は、いづみをなじっていた。

「うううっ、うるっさいのよ! 楓は黙ってなさいよねっ」

 地団太を踏むのはいづみだ。羅衣音と対戦することになったと楓に伝えたところ、楓から強烈な一言を浴びせられてしまった。

「天馬羅衣音は第二回全国大会で優勝している。あなたが敵う相手ではない」

 出来損ないのツインテールを左右に揺らしながら、哀れみの目を向けている。

「へえー、天馬って優勝してたんだな」

「へえー、じゃないでしょ! このバカッ!!」

 呑気な台詞を口にする十希にイラついたのか、いづみは口撃の対象を十希に変える。

「いまさら驚いたってなにも変わらないだろ? それになんだかんだ言っても天馬との勝負をやめるつもりはないくせによ……」

 この怒りをどこにぶつければいいのかわからない、といった表情で下唇を噛み締めるいづみは、デッキケースからカードの束を出した。どうやら時の迷宮の特訓をして怒りを発散させるつもりらしい。

「やれやれ……」

 特訓再開である。

 椅子に座って壁に寄りかかっていた十希は、肩を回して首の骨を鳴らす。今日はまだ三時間しか特訓していない。玖凪屋の閉店時間まで、あと三時間。今日は合計六時間の特訓となりそうだ。

「いづみ、そろそろコンボ攻撃には慣れたか?」

 無我夢中で自分のデッキをシャッフルしているいづみを見やり、十希は口を開く。

「慣れてないわ。……どのタイミングで使えばいいのか、まだわからないもん」

 あまりにも急いでシャッフルしたせいだろうか、途中でシャッフルに詰まってカードが床に落ちた。

「おいおい、カードはもっと大事に扱えよな」

「き、気が動転していただけよっ」

 その台詞は言い訳には相応しくないが、今のいづみは三日後の対戦のことで頭がいっぱいだから仕方ないだろう。

 色んなタイプのデッキと対戦を重ねていたほうが強くなれると考えた十希は、楓にも協力してもらうようにお願いしていた。しかしまだ一度も勝ったことがない。楓は常に全力を出していづみの相手をしていたし、十希も手加減なしで特訓をしていた。手加減して勝利したとしても、羅衣音には通用しないからだ。

「はあ……、あたし勝てるのかな……」

 さすがのいづみも不安になってくる。どうして勝てないのだろうか。もしかして自分のデッキには欠陥があるのかもしれない。だから勝てないのだ。

「……いや、違うわよね」

 いづみは否定する。それは違うのだ。自分の弱さをデッキのせいにしてはならない。数千枚はあろうカードの中から、自分が一枚ずつ選んで作ったデッキなのだから、まずはそのデッキを信じるところから始めるべきだった。

「さあ、休んでる暇はないぞ」

 十希の声が耳に届く。

 このままでは終われない。もっと強くなって、自分のデッキを理解しよう。

「うん、わかってるわっ」

 元気よく返事をして、デッキをテーブルの上に置いた。

 勝つまで勝負し続けてやる。そして自信をつけるのだ。十希と楓が力になってくれるんだから、きっと勝てるはずだ。いづみは心の中で頷いた。

「絶対に勝つわよ!!」

 そして再び十希に勝負を挑むのだった。


 三日後。

 天馬羅衣音が玖凪屋に姿を現した。

 隣町に住んでいる羅衣音は、普段は玖凪屋を訪れることがない。隣町にもカードゲームの専門店があるからだ。しかし十希が復活したとの噂を聞きつけて、わざわざ電車に乗ってやってきた。

「一週間前の時よりも少しは強くなりまして?」

 お嬢様気質の羅衣音は優雅な足取りで店の奥へ進むと、椅子に腰掛ける。羅衣音の回りには取り巻きの男たちがいた。いづみとは別の意味で性格が悪い羅衣音だが、それを補ってあまりあるほどの容姿を持ち合わせている。取り巻きの男たちも嫌な女に捕まってしまったものだ、と十希は同情した。

「ええ、少なくともあんたよりは強くなったはずよ」

 豪語するのはいづみだ。しかしいづみはこの一週間で、十希に勝つことは一度もなかった。楓にはマグレで二回ほど勝利することができたが、それも楓の手札事故が原因だ。いづみはまだ自分のデッキを完璧には扱えていない。

「ところで……そこのあなたはどちら様かしら?」

 羅衣音が視線を向ける先には楓がいた。どうやらいづみと羅衣音の勝負の行方が気になって見にきたようだ。

「私はただの傍観者。気にしないでいい」

「……そ、そう?」

 楓の平坦な口調に戸惑いをみせる羅衣音だが、視線を元に戻していづみと向かい合う。

「それじゃあ早速、ゲームを始めますわ」

「臨むところよっ」

 いづみと羅衣音はお互いのデッキを交換してシャッフルする。切り終えたら相手に渡して、準備完了だ。

「言っておきますけど、わたくしは強いですわよ?」

 いづみは羅衣音の台詞を無視すると、十希のほうを見た。

「絶対、勝つから」

「ああ、信じてるぞ」

 十希といづみは言葉を交わした。

 そしていづみと羅衣音の勝負が始まった。


一ターン目(羅衣音のターン)

 先攻は羅衣音だ。

「わたくしのターン――」

 羅衣音は山札からカードを七枚引いて、手札にする。ドローフェイズはスキップするので、まずはマナフェイズからだ。

「手札を一枚、魔法源にセットしますわ」

 マナフェイズに羅衣音が魔法源にセットしたカードは水属性のカードだった。このカードにより、羅衣音が水属性をメインにおいたデッキを構築していることがわかった。

「水属性……」

 いづみはまだ水属性を扱ったデッキとは対戦したことがない。謎が多いということは、攻め手をあぐねる可能性がある。十希は全ての属性を使って特訓させるべきだったと後悔した。

「スタンバイフェイズはスキップですわ」

「えっ?」

 羅衣音はスタンバイフェイズをスキップした。

「な、なにもしないでいいの……?」

 思わずいづみが問いかける。すると羅衣音は、いづみをバカにするような笑みを浮かべて言葉を返す。

「水属性は尻上がりに強くなるということを存じませんのかしら?」

 そんなことは常識だ、と言わんばかりの表情だった。いづみは頬を紅くして視線を下げる。そんないづみの様子を横の席に座って見学していた十希は、内心焦っていた。

「先攻の一ターン目はバトルフェイズをスキップしなければなりませんから、わたくしはエンドフェイズに移行しますわね」

 スタンバイフェイズをスキップした羅衣音は、バトルフェイズもスキップしてエンドフェイズへと移行した。しかし羅衣音はエンドフェイズもスキップしてしまった。スタンバイフェイズになにもしなかったので、エンドフェイズこそはユニットカードを召喚してくるはずだとふんでいたいづみは驚愕する。

「恐怖の旋律は徐々にあなたを蝕んでいきますわよ」

 それは水属性を扱う羅衣音にとって、予言のようなものだ。

 水属性には低コストのカードの中で強いユニットカードが少ない。そのため、ゲーム序盤はどうしても出遅れてしまう傾向にある。しかし尻上がりに勢いを増していくと、やがて手がつけられなくなるほどの力を見せる。

 カードのドローを強化する魔法カードや、ユニットカードのコントロールを支配する系統のカードが多く存在する。自分が扱えば頼もしい限りなのだが、相手にすると非常にやっかいな属性なのだ。

 しかも相手は全国大会で優勝したことのある天馬羅衣音である。プレイングテクニックは一流であることは間違いない。だとすれば、いづみが勝つためには羅衣音が手札事故を起こしてくれることを祈るしかない。

「……臆するな、いづみ」

 だが十希は声を掛けた。

 妥協してほしくない。相手のミスに乗じて勝っても運が味方したわけではない。相手の運を喰らってしまうほどの自信を持って勝負に臨んでほしい。実力で勝ってほしい。

 十希はいづみのことを信じることに決めたのだ。

「うん」

 もう、いづみは迷っていない。自分のデッキを信じている。

「わたくしのターンは終了です。さあ、次はあなたのターンですわよ」

 羅衣音がターン終了を宣言する。

 結局、羅衣音が一ターン目に手札をプレイすることはなかった。魔法源にカードをセットしただけである。しかし水属性をメインにデッキ構築していることはわかった。


一ターンいづみのターン

「山札からカードを引くわ」

 後攻のいづみは、まずドローフェイズに山札からカードを一枚引いた。

 魔法源にカードをセットする上で後攻は不利になりがちだが、バトルフェイズはスキップしなくてもいいし、ドローフェイズにカードを引いてアドバンテージを得ることもできる。よく考えれば後攻のほうが有利なのかもしれない。

「魔法源にカードを一枚セットして……」

 マナフェイズにいづみは手札から不要なカードを一枚選び、魔法源にセットする。

「光属性をメインにしたデッキ……それも天使族を主体にしているみたいですわね?」

「なっ!?」

 羅衣音の台詞にいづみは驚いた。

「それにしても……あなたは未熟な天使のユニットカードをデッキに入れなければならないほど弱いのかしら?」

 いづみが魔法源にセットしたのは、未熟な天使だった。このカードを一枚見ただけで、羅衣音は全てを見透かしてしまったらしい。

「……確かに、未熟な天使は弱いわ。でもあたしのデッキには必要なカードよ」

「ふん、せいぜい魔法源で有効活用されるといいですわね」

 いづみはそれ以上なにも言い返さずに、スタンバイフェイズへと移行する。

「あたしは手札から『翼の折れた天使』を召喚するわ」

『翼の折れた天使 光属性 C1 ユニット 体力250 攻撃力350』

 スタンバイフェイズに入ったいづみは、手札からコストが一点以下のユニットカードを一体選択して、フィールド上に召喚した。

 召喚したのは翼の折れた天使だ。体力、攻撃力ともにまずまずの基本値のユニットカードといえよう。しかし羅衣音は、いづみがフィールド上に召喚したユニットカードを見た途端、鼻で笑った。

「天使族なのに飛翔能力を持たない、役立たずなユニットカードですわねえ……」

「その役立たずなユニットカードに、今からあんたは攻撃されてライフポイントを減らされるわけよ」

 負けずと言い返す。しかし羅衣音はクスクスと笑いを返してみせる。

「さぁて、それはどうかしらね? あなたの役立たずなユニットカードの攻撃が成功するとは思えませんわ。だってそのユニットカード、わたくしに攻撃をしたくないって脅えていますもの」

 こいつはなにを言っているんだ、といづみは眉をしかめた。性格だけでなく、頭のほうまでおかしいとは考えていなかった。

「あたしのカードが脅えているかどうか、その目で確かめればいいでしょ! あたしはバトルフェイズに移行して、翼の折れた天使でプレイヤーへの直接攻撃を宣言するわっ」

 スタンバイフェイズを終えて、いづみはバトルフェイズに移行する。そしてフィールド上に召喚している翼の折れた天使で攻撃を宣言した。

 現在、羅衣音のフィールド上にはユニットカードが一体も召喚されていない。つまり羅衣音を守るものはなにもないということだ。

 翼の折れた天使の攻撃はプレイヤーである羅衣音に直接ダメージを与える。

「あんたのフィールド上にはユニットカードが召喚されていないから、翼の折れた天使の攻撃によって350点のダメージを受けるわよ!」

 翼の折れた天使の攻撃力は350だ。この攻撃が成功すれば、羅衣音のライフポイントは2650点になる。しかし羅衣音は依然として笑うのをやめようとしない。

「それはあなたのユニットカードが攻撃に成功すればの話でしょう?」

 羅衣音は手札からカードを一枚抜き取り、それをいづみに見せる。

「翼の折れた天使が攻撃を宣言した瞬間、わたくしは手札から『逆戻り』の魔法カードを発動させますわ」

『逆戻り 水属性 C1 魔法

 このターン相手の場に召喚されたユニットカード一体を持ち主の手札に戻す』

 羅衣音は手札から逆戻りを発動させた。その魔法カードは、相手がフィールド上に召喚しているユニットカード一体を手札に戻す効果を持っていた。

 召喚したターンのみという限定条件が科せられているが、縛りの強い条件ではないので比較的扱いやすい魔法カードだ。しかしテキスト欄には〝召喚〟と表記されているので、特殊召喚されたユニットカードを対象にすることはできないのが欠点だろう。

「逆戻りの効果によって、あなたのユニットカードはわたくしに攻撃することなく、敵前逃亡してしまいましたわ」

「そんな魔法カードを使ってくるなんて……」

 いづみにとって初めて出逢うタイプの魔法カードだ。

 せっかく召喚したユニットカードを手札に戻されてしまうということは、このターンの召喚が無駄になったということだ。

 もし、羅衣音がユニットカードを召喚していたとすれば、次のターンにもう一体召喚して、二体のユニットカードの直接攻撃を許すことになっていただろう。しかも逆戻りによって手札に戻ってきた翼の折れた天使は、コストが一点のユニットカードだ。次のターンになれば、魔法源にカードを一枚セットすることになるので、このユニットカードを召喚する機会は少ないだろう。

「ほら、ね? あなたのユニットカードはやっぱり攻撃したくなかったんですわ。忠告してあげたのに無視するからこういうことになりますのよ?」

 自分が魔法カードを発動させただけなのに、それを巧く利用して精神的にもいづみを追い詰めていく。冷静でいられなくなれば、正常な判断が難しくなる。一手間違えれば命取りとなるカードゲームにおいて、それは公明な戦術といえよう。

「くぅ……、ターン終了よ!」

 いづみはなにもすることができずにターン終了を宣言した。

 これで両者共に一ターン目を終えた。

 いづみはライフ3000点、手札七枚、フィールド上にはユニットカードが一体も召喚されていない。

 対する羅衣音はライフ3000点、手札五枚、こちらもユニットカードを召喚していない。しかし先攻の羅衣音は逆戻りを発動することで手札を一枚消費してしまい、ドローフェイズもスキップしたことが響いている。残りの手札は五枚と少な目だ。

 しかし羅衣音は不適な笑みを浮かべている。

 その笑みはまるで、手札など簡単に増やすことができると言いたげな表情だった。


二ターン目(羅衣音のターン)

 いづみと羅衣音の勝負は二ターン目に突入する。

「わたくしのターン、山札からカードを一枚ドローしますわね」

 二ターン目になった羅衣音はドローフェイズにカードを一枚引いて手札に加える。

「ふふふっ、あなたが苦しむ様をゆっくりと味わうことができるのだと思うと、今から胸がゾクゾクしてきますわ……」

 両手で自分の肩を抱き、身体を震わせる。その仕種は異常にも見えた。

「魔法源にカードをセット!」

 マナフェイズに入り、羅衣音は手札のカードを魔法源にセットする。これで魔法源にセットされたカードは二枚になった。

「そしてスタンバイフェイズ……、わたくしは手札からこのカードを発動しますわ」

 羅衣音は手札からカードを一枚選ぶと、それをテーブルの上に置いた。だがそのカードはユニットカードではない。魔法カードだ。

「わたくしが発動するのは『補充』ですわよ!」

『補充 水属性 B2 魔法

 あなたは山札からカードを二枚引くと同時に300点のライフを失う』

 羅衣音がテーブルの上に置いた補充は、手札増強系の魔法カードだ。

 自分のライフを300点減らす代わりに、山札からカードを二枚引くことができるレアカードである。

 この手のカードは楓との対戦で何度か見てきたが、それは火炎地獄とのコンボ攻撃を利用するためにデメリット効果を利用して発動するものばかりだった。

 補充は発動したプレイヤーの手札を増やすカードなので、楓が扱っていたカードとは間逆なのだ。相手の手札が増えるほど嫌なことはない。300点のライフを支払うだけで手札を二枚も増やせる補充の魔法カードは、水属性デッキにとって欠かせないカードだ。

「補充の効果によって、わたくしは山札からカードを二枚引いて、手札に加えますわ。そしてその代償コストとして、300点のライフを失うことになりますわね」

 代償コストによって300点のダメージを受けた羅衣音は、残りライフが2700点になった。しかしその代わり手札が二枚増えた。

「……このターンもユニットカードは召喚しないわけ?」

「お察しのとおりですわ」

 いづみをからかうような口調で返事をすると、羅衣音はバトルフェイズとエンドフェイズをスキップして二ターン目を終了する。

 このターン、羅衣音は初めて自分からアクションを起こした。しかしそれは対戦相手のいづみを対象とする魔法カードでもなければ、ユニットカードを召喚するようなものですらなかった。

 まったくと言っていいほど、羅衣音は攻撃する素振りを見せない。もしかして羅衣音のデッキにはユニットカードが一体も入っていないのだろうか、と疑いたくなる。

 確かにユニットカードを一体も入れずにデッキを構築させることはできるだろう。しかしそれだと攻め手に掛けるし、デッキの攻撃手段も制限されてしまう。仮にも全国で優勝するほどの腕前を持つ羅衣音が、そんなデッキで勝負を仕掛けてくるだろうか。

 否、それはない。実際に水属性のデッキと対戦するのはこれが初めてだが、その特徴は十希が教えてくれていた。

 水属性は魔法カードが充実している代わりに、ユニットカードが手薄となる。だから羅衣音は、あえて低コストユニットカードをデッキに入れることをやめたのだろう。ということはつまり、あと一、二ターン後にはユニットカードを召喚してくるはず。尻上がりに強くなっていくと羅衣音が言っていたように、そこからが本当の勝負だ。

「……なにを企んでいるのか知らないけど、あたしは絶対に負けないわよ」

「それは不可能ですわ。だってあなたの対戦相手はわたくしなんですもの」

 余裕をみせていられるのも今のうちだ。早めにキーとなるカードを引いて、ゲームを支配しよう。羅衣音に対抗する暇を与えずに勝負を終わらせるんだ。

 いづみは気合を入れた後、二ターン目を開始した。


二ターンいづみのターン

 山札からカードを一枚引き、いづみはそのカードを手札に加えた。

「マナフェイズにこのカードを魔法源へセットするわ」

「あらあら、やっぱりそのユニットカードをセットするのね?」

 いづみが魔法源にセットしたのは、翼の折れた天使のカードだった。

 しかしこのユニットカードは、ちゃんと役目を果たしてくれた。序盤はコストの低いユニットカードを召喚するために必要であるし、中盤以降はマナカードとしてその役割を全うしてくれる。

 決して役立たずなどではない。

「あたしの魔法源にも、これで二枚のカードがセットされた」

 いづみと羅衣音、魔法源にセットされているのは二枚のカード。コストが二点以下のユニットカードや魔法カードをプレイできる状態だ。

「スタンバイフェイズに、あたしは手札から『憂鬱な天使』を召喚させるわっ」

『憂鬱な天使 光属性 ユニット C2 体力50 攻撃力350 特殊:飛翔』

 いづみが手札から出したのは、憂鬱な天使のユニットカード。

「ふーん、今度はマシなユニットカードみたいですわね……」

 憂鬱な天使の体力は50なので心もとない気もするが、攻撃力は350あるし、飛翔能力を持ち合わせている。攻撃するには十分だ。

「でも、どうやらそのユニットカードもわたくしへの攻撃を拒否しているみたいですわ」

 一ターン目同様に、羅衣音はいづみの攻撃を誘っている。それが挑発だということはわかっているが、だからといって攻撃をやめるわけにはいかない。

 羅衣音のフィールド上にはユニットカードが一体も召喚されていないので、攻撃をするなら今がチャンスなのだ。

「憂鬱な天使、相手プレイヤーに直接攻撃して!」

 いづみは憂鬱な天使で羅衣音に攻撃を仕掛ける。しかし羅衣音はまたしても不敵に笑みを浮かべてみせた。

「あなたがユニットカードでわたくしへの攻撃を宣言した瞬間、手札から『離脱』を発動させますわね」

『離脱 水属性 C2 魔法

 場に召喚されているユニットカード一体を持ち主の手札に戻す』

 羅衣音が発動させた魔法カードは、離脱のカード。それは一ターン目に発動させた逆戻りの魔法カードとほぼ同じ効果を持っていた。

「り、離脱ですって……ッ!?」

 ギュッと唇を噛んで、羅衣音が発動させた魔法カードの効果を読んだ。

 離脱のカードは、コストが二点になった代わりに、逆戻りを発動させるために必要だった限定条件がなくなっていた。つまり逆戻りよりも扱いやすいカードである。コストが一点高いのがネックだが、やはり相手プレイヤーの召喚を無駄にする効果は絶大だ。

 現にいづみは落胆を隠せずにいた。

 一ターン目に引き続いて、二ターン目も攻撃することができなかったのだ。相手フィールド上にはユニットカードが一体も召喚されていないのに、攻撃することはおろか、召喚さえもままならない状況が歯がゆいのだろう。

「一ターン目にも言いましたけど、わたくしの予想は外れませんことよ?」

「……あたしはターンを終了するわ」

 攻撃できないだけでなく、攻撃されることもない。これは果たして勝負と呼べるのだろうか。次第にイライラが募っていく。いづみは羅衣音の術中にはまったのだ。

 二ターン目が終了した時点で、二人のフィールド上には依然としてユニットカードが召喚されていない。

 いづみはライフ3000点、手札七枚だ。

 そして羅衣音のライフは2700点で、手札が五枚。ライフポイントと手札だけを見れば、いづみが少しリードしているのだが、羅衣音はまだ本当の実力を見せていない。


三ターン目(羅衣音のターン)

「そろそろ本気を出してみようかしらねえ?」

 羅衣音は山札からカードを一枚引くと、微笑を浮かべた。今まではまだ、魔法源にカードをセットするだけで攻撃する雰囲気すら匂わせなかった。しかし三ターン目ともなると、フィールド上を支配できるユニットカードが召喚できるようになる。

「わたくしは魔法源にカードを一枚セットして、『春風の人魚』をフィールド上に召喚しますわよ」

『春風の人魚 水属性 C3 ユニット 体力650 攻撃力50

 召喚:あなたは自分の山札から(夏風の人魚)一体を手札に加える。その後、あなたは山札を切り直す』

 十希やいづみの予想どおり、羅衣音はこのターンに仕掛けてくるつもりのようだ。

 魔法源にコストが三点溜まった途端、手札からユニットカードを召喚したのだ。

「やっぱりユニットカードがいたみたいね……」

「ユニットカードが入っていないとでも思っていたのかしら? ふふっ、おバカな人ね」

 羅衣音がフィールド上に召喚したユニットカードは、春風の人魚だ。

 春風の人魚は三点のコストが必要となるユニットカードだが、その体力は650もあるので、そう易々と破壊されることはない。攻撃力が低くとも、フィールド上で壁になって相手ユニットカードからの直接攻撃を防ぐ役割を持っている。

「春風の人魚の召喚能力を発動いたしますわ」

「召喚能力を持っているのね……」

 春風の人魚はフィールド上に召喚した時、自分の山札から特定のユニットカード一体を手札に加える能力を持っている。

「山札からユニットカードを一枚、手札に加えてと……」

 羅衣音は自分の山札から、夏風の人魚のユニットカードを探すと、それを自分の手札に加えた。そして山札を切り直すと、元の位置に置く。

「次のターン……わたくしの人魚デッキの恐ろしさ、身をもって体感することになりますわよ」

 スタンバイフェイズに、羅衣音はこの勝負において一体目となるユニットカードを召喚した。そしてバトルフェイズへと移行する。

「せっかくですから攻撃しておこうかしら……、わたくしはバトルフェイズに春風の人魚で攻撃を仕掛けますわ」

「……攻撃だと?」

 十希がぼそりと呟いた。

 それもそのはず、羅衣音が攻撃を宣言した春風の人魚の攻撃力は50しかないからだ。

 50点のダメージを与えるくらいなら、このターンは攻撃を宣言しないで終了しておいたほうがいい。そうすれば春風の人魚は未行動状態となるので、体力650の壁ユニットカードが羅衣音を守ることになる。

 しかし春風の人魚に攻撃を命じた。だとすればこれはなにかの罠だ。攻撃を仕掛けて、ワザと行動済み状態にする必要があるということはつまり、春風の人魚を攻撃の対象にされたくないのだろう。

「……そうか……」

 十希は羅衣音の手札を見た。

 羅衣音の手札の枚数は現在五枚と充実している。

 つまり春風の人魚以外にも、人魚族のユニットカードが揃っているということだろう。人魚族のコンボ攻撃は恐ろしいものがある。いづみに春風の人魚を破壊されては困るから、あえて攻撃を宣言したということだ。いづみは真実に気づくことができるだろうか。

「……通しよ」

 春風の人魚の攻撃を受けたいづみは、50点のダメージを受けた。これでいづみのライフは2950点になった。

「痛くも痒くないわ」

「そう言ってられるのも今のうちですわよ?」

 クククッ、と笑う羅衣音は、バトルフェイズを終えるとエンドフェイズに移行する。

「エンドフェイズにはなにも行ないませんので、わたくしのターンはこれで終了ですわ」

 羅衣音はターンエンドを宣言した。

 これで羅衣音の三ターン目が終了した。ここにきてようやくユニットカードを召喚した羅衣音だが、まだ力を抑えているようだ。


三ターンいづみのターン

「あんたのユニットカードがプレイヤーに攻撃してくださいって言ってるわよ」

 ドローフェイズに入り、山札からカードを一枚引いたいづみは、羅衣音の十八番である挑発を仕掛けた。

 羅衣音のフィールド上に召喚されている春風の人魚は、行動済み状態だ。羅衣音の壁になることはできない。

「あなたは勘違いしているみたいね? わたくしの春風の人魚は、わたくしの意思で攻撃させましたわ。つまりわたくしを守ることよりも、もっと大事な任務があるということですわね」

 その言葉が意味するのは、次のターンに仕掛けるであろうコンボ攻撃への布石だ。いづみは気づいていない。むしろ今の台詞によって、行動済み状態の春風の人魚に攻撃を宣言することなく、羅衣音への直接攻撃を行なうだろう。

「……、あたしはマナフェイズに手札からカードを一枚セットする」

 いづみは魔法源にカードをセットした。これで三点以下のユニットカードを召喚できるようになった。ここで勢いをつけておきたいところだ。

「あたしを舐めて掛かったこと、後悔させてあげるから……」

 マナフェイズを終えて、いづみはスタンバイフェイズへと移行する。そして手札からユニットカードを一体選択して、テーブルの上に置いた。

「あたしは手札から『隻眼の天使リメンディア』を特殊召喚するわっ」

『隻眼の天使リメンディア 光属性 C4 ユニット 体力150 攻撃力550

 特殊:飛翔

 あなたは手札から(天使)と名のつくユニットカード一体を捨て札に置くことで、このユニットカードを手札から場に特殊召喚することができる』

 いづみが召喚したのは、隻眼の天使リメンディアのユニットカードだ。

 コスト四点を必要とする高コストユニットカードだが、効果能力によって特殊召喚することが可能である。いづみはこのターンのドローフェイズに、隻眼の天使リメンディアを引いていたのだ。

 いづみの魔法源にセットされているカードは三枚なので、三点以上のユニットカードは通常召喚することができない。しかし代償コストとして手札を一枚捨て札に送ることで、見事に特殊召喚を成功させたのだ。

「へえ、特殊召喚を成功させるとはねえ……」

 感心しているのか、羅衣音は唇を手で触りながら呟く。

 いづみが特殊召喚した隻眼の天使リメンディアは、攻撃力550だ。体力も150あるので、春風の人魚の攻撃によって破壊される心配もない。

「これでおしまいだと思ったら大間違いよっ」

 いづみは手札からもう一体ユニットカードを選ぶと、それを羅衣音に見せた。

「あんたがあたしの手札に戻したユニットカード、ここでもう一度召喚させるから」

「……あら、まだそんなカードを手札に持っていたのね」

 隻眼の天使リメンディアの特殊召喚を許したというのに、羅衣音はまだまだ余裕の表情を崩さない。

「『憂鬱な天使』を召喚よ!」

『憂鬱な天使 光属性 ユニット C2 体力50 攻撃力350 特殊:飛翔』

 いづみは隻眼の天使リメンディアに続いて、憂鬱な天使を召喚した。二ターン目で羅衣音の魔法カードによって手札に戻されていたユニットカードだ。

「あなたのフィールドもようやく賑わってきたわねえ?」

「笑ってられるのも今のうちよ! 隻眼の天使リメンディアと憂鬱な天使、二体で相手プレイヤーに直接攻撃してあげるわ!!」

 スタンバイフェイズに二体のユニットカードを召喚することに成功し、いづみはバトルフェイズに突入した。

 羅衣音のフィールド上には春風の人魚が召喚されているが、行動済み状態なので攻撃をしなくてもいい。

 春風の人魚に攻撃をして倒しておくという選択肢を考えなかったわけではないのだが、もし羅衣音への攻撃ではなく春風の人魚を倒すことを優先していれば、二体が協力して攻撃をしなければ倒すことはできない。

 隻眼の天使リメンディアの攻撃力は550、憂鬱な天使の攻撃力は350なので、一体の攻撃で春風の人魚を倒すことは不可能なのだ。

 だからいづみは羅衣音に直接攻撃することに決めた。

「まずは隻眼の天使リメンディアの攻撃!」

 いづみは攻撃を宣言する。隻眼の天使リメンディアの直接攻撃によって、羅衣音のライフは550点減らされてしまった。

 しかし妙だ。一ターン目や二ターン目には魔法カードで対抗してきたというのに、このターンに限ってなにも発動させない。まさか手札に魔法カードがないわけではあるまい。いづみは攻撃を通した羅衣音のことを疑いつつも、攻撃をする以外に道は残されていなかった。

「さらに憂鬱な天使で攻撃よっ」

「これでわたくしは350点のダメージを受けて、残りライフは1800点ですわね」

 二体の攻撃によって、羅衣音のライフは大幅に減らされた。だがしかし、これも計算のうちだと言いたげな笑みを浮かべている。

「あたしのターンはこれで終了」

 バトルフェイズを終えたいづみは、隻眼の天使リメンディアと憂鬱な天使を行動済み状態にしてターンを終了する。これで両者共に三ターン目が終了した。

 いづみはライフ2950点、手札四枚、フィールド上には攻撃力550の隻眼の天使リメンディアと、攻撃力350の憂鬱な天使の二体が召喚されている。

 一方の羅衣音はライフ1800点、手札五枚、そしてフィールド上には攻撃力50の春風の人魚が一体召喚されている。戦況だけを見るならば、いづみが圧倒しているといえよう。しかし水属性デッキは中盤以降に力を発揮する。いづみはそのことを知らない。


四ターン目(羅衣音のターン)

「これで形勢は一気に傾いたんじゃない?」

 得意げに言うのはいづみだ。

「さあ、それはどうかしらね?」

 返事をしつつ、羅衣音は山札からカードを一枚引いた。

「……マナフェイズはスキップいたしますわ」

「えっ」

 ドローフェイズからマナフェイズに移行すると、羅衣音はマナフェイズのスキップを宣言する。羅衣音の魔法源には三枚のカードがセットされているが、このままではコストが四点以上のカードは扱えない。

「わたくしのデッキは三点以下のコストで回るように構築されていますのよ」

「その割には三ターン目も大したことなかったじゃない」

 いづみが指摘すると、やれやれと羅衣音が首を振る。

「それはあなたに花をもたせてあげただけですわ」

 マナフェイズをスキップした羅衣音は、スタンバイフェイズに移行する。そしてその台詞が嘘ではないということを証明するのだった。

「わたくしは手札から『冬風の人魚』を特殊召喚いたしますわね」

『冬風の人魚 水属性 C3 ユニット 体力500 攻撃力200

 召喚:あなたは150点のライフを得る

 あなたの場に(春風の人魚)が召喚されている場合、このユニットカードを場に特殊召喚することができる』

 四ターン目のスタンバイフェイズ、羅衣音はまず手札からユニットカードの特殊召喚をしてみせた。

「ふ、冬風の人魚……!?」

 羅衣音がフィールド上に特殊召喚したのは、冬風の人魚のユニットカードだ。先ほどいづみが隻眼の天使リメンディアを引き当てたように、今度は羅衣音がキーとなるカードを引いていたようだ。

「冬風の人魚は、わたくしのフィールド上に春風の人魚が召喚されている場合、無条件で特殊召喚することができますのよ」

「……くっ」

 いづみは選択肢を間違えてしまったのだ。

 三ターン目のバトルフェイズにおいて、羅衣音のライフを減らすことよりも春風の人魚を倒すことを優先させるべきだったのだ。一つのミスが命取りになるということを、いづみは実感した。

「さらに冬風の人魚の召喚能力発動、わたくしは150点のライフを得ますわ」

 冬風の人魚は特殊召喚の効果だけでなく、召喚能力を持ち合わせていた。これで羅衣音は150点のライフを回復した。しかし悪夢はこれだけではない。

「冬風の人魚がフィールド上に召喚されたことにより、わたくしはもう一体、手札からユニットカードを特殊召喚させていただきますわね」

 羅衣音は手札からユニットカードを一体選ぶと、意地悪そうに笑った。

「『秋風の人魚』を特殊召喚ですわ!」

『秋風の人魚 水属性 C3 ユニット 体力200 攻撃力500

 召喚:あなたは150点のライフを得る

 あなたの場に(冬風の人魚)が召喚されている場合、このユニットカードを場に特殊召喚することができる』

 羅衣音が冬風の人魚に続いて特殊召喚したのは、秋風の人魚のユニットカードだった。

「……このままでは、玖凪いづみは負ける」

 十希のそばに寄ってそっと話しかけるのは楓だ。春風の人魚、冬風の人魚、そして秋風の人魚を召喚してきたということは、残り二体のユニットカードも手札にあると考えたほうがよさそうである。

 最悪のシナリオが完成しつつあった。

「秋風の人魚は冬風の人魚とほぼ同じ能力を持っていますわ。違うのは、特殊召喚に必要な条件だけ」

 冬風の人魚は、特殊召喚するために春風の人魚が必要だった。しかし秋風の人魚が特殊召喚するために必要なのは冬風の人魚だ。

 つまりは春風の人魚、冬風の人魚、秋風の人魚の三体はコンボ召喚するには打ってつけのユニットカードというわけだ。

「秋風の人魚の召喚能力によって、わたくしは150点のライフを回復……」

 冬風の人魚を特殊召喚した時と同じく、羅衣音は150点のライフを得た。1800点まで減っていたライフポイントは、これで2100点にまで上昇した。

「言っておきますけど、わたくしはまだユニットカードを通常召喚していませんわよ?」

 二体のユニットカードを召喚した羅衣音だが、このターンはまだ通常召喚していない。

「本当の恐怖というものは、四季を表す四体の人魚がフィールド上に揃った瞬間に始まりますわ。……わたくしは手札から『夏風の人魚』を召喚!」

『夏風の人魚 水属性 C3 ユニット 体力50 攻撃力650

 召喚:あなたの場に(秋風の人魚)が召喚されている場合、あなたは山札からカードを一枚引く』

 羅衣音は四体目となる人魚族のユニットカードを召喚した。

 フィールド上に召喚したのは、夏風の人魚だ。

「夏風の人魚が召喚した瞬間、わたくしは召喚能力によって山札からカードを一枚ドローすることができますわ」

 夏風の人魚は、羅衣音のフィールド上に秋風の人魚が召喚されている場合のみ、召喚能力を発動することができる。そしてその召喚能力によって、羅衣音は山札からカードを一枚引いた。

「あら、残念。欲しいカードを引けませんでしたわ……」

 羅衣音は指で涙を拭うような仕種を見せる。しかし羅衣音の口元は笑っていた。

「で、も、わたくしにはこの魔法カードがあるから心配ありませんのよ」

「ま、まさかここで……」

 十希が息を呑む。人魚族のユニットカードがフィールド上に四体も召喚されている状況で、あの魔法カードを発動されるのは非常に不味い。アドバンテージを取られすぎてしまう恐れがある。

 そして十希の不安は的中した。

「わたくしは『人魚の呼び声』を発動しますわ」

『人魚の呼び声 水属性 C3 魔法

 あなたの場に召喚されている(人魚)と名のつくユニットカード一体につき、あなたは山札からカードを一枚引く』

 羅衣音が手札から発動させた魔法カードは、人魚の呼び声。

 この魔法カードは、羅衣音のフィールド上に召喚されている人魚族ユニットカード一体につき、山札からカードを一枚引くことが可能な手札増強系カードだ。

「……四体いるってことは、つまり……」

「そう、わたくしは四枚のカードをドローできますのよ」

 たった一枚の魔法カードで、手札を四枚も増やすことができる。このアドバンテージはあまりにも大きすぎる。そしてそれは同時に、羅衣音がキーカードを引くチャンスが増えたということだ。

「山札から四枚、ドローして……と」

 山札からカードを四枚引き終えた羅衣音は、クスッと笑みをこぼした。あのカードを引き当てたのだろう。

「あなたの戦意を根こそぎ奪い取ってあげましょう……、わたくしのフィールド上には四体のユニットカードが召喚されていますわ。そしてその四体は、全てが四季を司るユニットカード!」

「……だ、だからなんだっていうのよっ」

 いづみはまだ理解していない。

 春風の人魚、夏風の人魚、秋風の人魚、そして冬風の人魚の四体がフィールド上に揃ってしまったという恐怖に気づいていなかった。

「ふふふ……。脅えなさい、そしてひれ伏すといいですわ……。このターン、わたくしは手札から『四季を司る人魚セイレート』を特殊召喚しますわっ!!」

『四季を司る人魚セイレート 水属性 C7 ユニット 体力200 攻撃力500

 あなたの場に(春風の人魚)、(夏風の人魚)、(秋風の人魚)、(冬風の人魚)が召喚されている場合、あなたはこのユニットカードを手札から場に特殊召喚することができる。

 このユニットカードはあなたの場に召喚されている(人魚)と名のつくユニットカード一体につき、(攻撃力+100)の修正を受ける』

 羅衣音は手札から、四季を司る人魚セイレートのユニットカードを特殊召喚した。

 四季を司る人魚セイレートは、羅衣音のフィールド上に四季を司る人魚のユニットカードが四体揃っている場合のみ、特殊召喚することが可能だ。非常に難しい召喚条件ではあるが、その代わり能力値は抜群に高い。

「し、四季を司る人魚セイレート……!?」

 この召喚条件をクリアした羅衣音は、さすが全国で優勝しただけのことはある。

「これで驚いてもらっては困りますわね。……さて、四季を司る人魚セイレートの効果能力を発動させますわよ?」

 四季を司る人魚セイレートには、羅衣音のフィールド上に召喚されている人魚族のユニットカード一体につき、攻撃力が100点上昇する能力が備わっている。

 春風の人魚、夏風の人魚、秋風の人魚、冬風の人魚、そして四季を司る人魚セイレートの五体が召喚されているということは、四季を司る人魚セイレートの攻撃力は500点上昇して、攻撃力1000になる。

「攻撃力1000もあるなんて……」

 わずか三回の攻撃を受けるだけで負けてしまうほどの攻撃力だ。このユニットカードの攻撃に耐えられるユニットカードはほとんど存在しないだろう。

「勝負を始める前に警告したのを忘れましたの? わたくしのデッキは尻上がりに強くなっていくと教えてあげたのにねえ……」

 まさにそのとおりだった。いづみは早い段階で決着をつけておくべきだったのだ。

「さあ、恐怖の始まりですわよ……。春風の人魚で憂鬱な天使に攻撃、そして冬風の人魚で隻眼の天使リメンディアに攻撃!」

 バトルフェイズに移行すると、ついに羅衣音が動いた。

 まず、攻撃力50の春風の人魚で憂鬱な天使を攻撃した。憂鬱な天使の体力は50なので、この攻撃で破壊することに成功する。

 そして次に、攻撃力200の冬風の人魚で隻眼の天使リメンディアに攻撃する。隻眼の天使リメンディアは体力150だ。つまりこの攻撃によって隻眼の天使リメンディアも破壊されてしまう。

「これであなたのフィールドはがら空きですわね」

 二体のユニットカードを破壊されてしまったいづみのフィールド上は、もはやユニットカードが一体も召喚されていない。

「夏風の人魚、秋風の人魚、四季を司る人魚セイレートの三体でプレイヤーに直接攻撃を仕掛けますわ!」

「――ッ!!」

 羅衣音は三体のユニットカードでいづみへの直接攻撃を宣言する。

 夏風の人魚の攻撃力は650、秋風の人魚の攻撃力は500、四季を司る人魚セイレートの攻撃力は1000だ。いづみはこの攻撃によって、三体の攻撃力の合計値である2150点のダメージを受けることになった。

「一気に形勢逆転ですわねえ?」

 これでいづみの残りライフは800点。しかもフィールド上にはユニットカードが召喚されていない。

 対する羅衣音のライフは2100点。そしてフィールド上には五体のユニットカードが召喚されている。この圧倒的不利な状況に、いづみはなすすべもなかった。

「わたくしはターンエンドを宣言いたしますわ。さあ、あなたのラストターンを始めていただけますわね?」

 手札には、この状況を打破するカードはない。いづみは崖っぷちに立たされていた。


四ターンいづみのターン

「……うぅ」

 このドローフェイズに山札から引くカードによっては、いづみの負けが決まってしまうだろう。しかし現状を持ち堪えることのできるカードが入っていただろうか。自分のデッキだというのに、いづみはわからなかった。

「ほら、早く山札からカードを引いてもらえるかしら?」

「わ、わかってるわよ……」

 覚悟を決めなければならない。ここで起死回生の一枚を引くことができれば、きっとまだ勝ち目が残されているのだ。自分のデッキを信じるのだ。

「いづみ」

 すると十希が声を掛けた。

「天地流動を引き当てろ」

「天地流動? ……あ、そうか! そのカードがまだ入ってたわっ」

 羅衣音はほんの少しだけ眉根を寄せた。まさかいづみのデッキに天地流動が入っているとは思ってもみなかったのだろう。

 ここで天地流動のカードを引き当てることができれば、まさに起死回生の一撃といえるだろう。しかし数十枚はあろうデッキの中から、その一枚を引き当てることは難しい。

「勝負は時の運とはよく言ったものですけど、結局は実力がものを言うんですわよ?」

 運を味方にしても勝てない、と羅衣音は言った。しかし十希からの助言を受けたいづみの表情は晴れやかだった。まるで迷いが消えたかのようだ。

 いづみは山札からカードを引いた――

「……あたしが引いたカードは、ユニットカードだったわ」

 その場にいた者全てが息を呑んだ次の瞬間。

 いづみは天地流動を引き当てることができなかったことを認めた。

「ふ、ふふふっ……、あなたには運も味方してくれなかったみたいですわね?」

 ドローフェイズを終えたいづみは、マナフェイズに手札からカードを一枚選択し、魔法源にセットする。これで魔法源にセットされたカードは四枚になった。

「運が味方してくれなかったですって? ……いいえ、それは違うわよ」

「――え?」

 いづみの言葉の意味が理解できなかったのか、羅衣音はいづみの顔を見た。そして気づいてしまった。いづみが口元に笑みを浮かべているということに。

「運が味方してくれるのを待っているだけじゃダメよ。運は自分から引き寄せるものなんだからね! あたしが引いたカードは『魅惑の天使フェリ』のユニットカードよ!!」

『魅惑の天使フェリ 光属性 C5 ユニット 体力250 攻撃力250 特殊:飛翔

 あなたは手札から(天使)と名のつくユニットカード一体を捨て札に置くことで、このユニットカードを手札から場に特殊召喚することができる。

 このユニットカードが特殊召喚に成功した場合、あなたは山札からカードを一枚引く』

 いづみが引いたのは、天地流動の魔法カードではなかった。だがしかし、代わりに引いたユニットカードは運を引き寄せることのできるカードだ。

「あたしは魅惑の天使フェリを特殊召喚させる!」

「くっ……」

 手札から天使と名のつくユニットカード一体を捨て札に送ることで、いづみは魅惑の天使フェリの特殊召喚に成功した。そしてこのユニットカードには、首の皮一枚を繋ぐための効果能力が備わっている。

「魅惑の天使フェリの効果能力発動! あたしは山札からカードを一枚引くわっ」

 今度こそ、引き当ててみせる。

 その思いを込めて、いづみは山札からカードを一枚引いた。そして、

「勝負が時の運で決まるとしたら……あたしは、その運を自分の力で引き寄せることに成功したわ」

「ま、まさか――」

 羅衣音が目を見開く。いづみは山札から引いたカードを手札に加えることなく、そのまま発動させる。

「『天地流動』を発動!」

『天地流動 光属性 C4 魔法

 場に召喚されている(飛翔能力)を持たない全てのユニットカードを捨て札に置く』

 いづみは一度目のドローで魅惑の天使フェリを引いて、二度目のドローで天地流動を引き当てた。

 天地流動は飛翔能力を持たないユニットカードを全て破壊することのできる強力な魔法カードだ。

 いづみが天地流動を発動させたことによって、羅衣音のフィールド上に召喚されていた五体のユニットカードは全て破壊される。しかも魅惑の天使フェリは飛翔能力を持っているので、天地流動の対象にはならない。

「魅惑の天使フェリで相手プレイヤーに直接攻撃よっ」

 バトルフェイズに移行して、すかさず魅惑の天使フェリで攻撃を仕掛ける。この攻撃によって羅衣音は250点のダメージを受けた。

「これがあたしのラストターンになるとか言ってたけどさ、どうやらあんたの予言は外れちゃったみたいね?」

「こ、このぉ……!」

 羅衣音の顔から笑みが消えた。最大のピンチを切り抜けた証拠だ。

「あたしのターンは終了! さあ、次はあんたのターンよっ」

 いづみの勢いを止めるものは、もはやなにもない。


五ターン目(羅衣音のターン)

「……ドロー」

 山札からカードを一枚引いた羅衣音は、これで手札が七枚になった。

「わたくしはあなたのことを見くびっていたようですわね……」

 魅惑の天使の攻撃を受けたことで、羅衣音の残りライフポイントは1850点になっている。しかも天地流動の魔法カードの効果によって、フィールド上に召喚していたユニットカードは全て破壊されてしまった。

 対するいづみはライフ800点、手札は二枚。そしてフィールド上には攻撃力250の魅惑の天使が一体召喚されている。天地流動を発動することで危機を脱することに成功したが、未だ不利な状況に変わりはない。

「……あなた、名前はなんて言ったかしら?」

「? 玖凪いづみよ」

 いまさら名前を聞かれるとは思わなかった。

 いづみは羅衣音に名前を教える。

「そう……、玖凪いづみね。憶えておきますわよ……。わたくしのことを侮辱した二人目のプレイヤーとしてね――」

 一人目はおそらく、十希のことだろう。辛酸を舐めさせられたことに対する嫌味のつもりだろうか、といづみは眉をしかめてみせる。

「このターン、わたくしはなにもせずに終了しますわ」

 ドローフェイズにカードを一枚引いた羅衣音は、それ以降のフェイズを全てスキップしてしまった。なにか考えがあるのだろうか。


五ターンいづみのターン

 羅衣音の思惑がいまいち理解できなかったが、いづみは自分のターンに専念することにする。まずはドローフェイズ、いづみは山札からカードを引いた。

「……よし、良いカードを引いたわ」

 マナフェイズに移行して、魔法源にカードを一枚セットする。そしてスタンバイフェイズに突入した。

「あたしは『舞い降りた天使ルナ』を召喚よ!」

『舞い降りた天使ルナ 光属性 B5 ユニット 体力200 攻撃力700 特殊飛翔

 あなたは手札から(天使)と名のつくユニットカード三体を捨て札に置くことで、このユニットカードを手札から場に特殊召喚することができる』

「いいぞ、いづみ……」

 十希の声を聞いたいづみは口元に笑みを浮かべる。このまま攻めきれば、全国大会で優勝したことのある羅衣音を倒すことができる。

「バトルフェイズに、あたしは魅惑の天使フェリと、舞い降りた天使ルナの二体で相手プレイヤーへの直接攻撃を宣言するわっ」

 いづみは魅惑の天使フェリと舞い降りた天使ルナで攻撃を仕掛ける。けれどもいづみが相手をしているのは天馬羅衣音だ。

 そう簡単には攻撃させてくれない。

「魅惑の天使フェリの攻撃は通しますわ。……だけど舞い降りた天使ルナの攻撃は許さないですわよ?」

 そう言うと、羅衣音は手札を一枚テーブルの上に置く。

「舞い降りた天使ルナが攻撃を宣言した瞬間、わたくしは手札から『押し寄せる津波』を発動させますわ」

『押し寄せる津波 水属性 C3 魔法

 対象の水属性以外のユニットカード一体が攻撃を宣言した時、そのユニットカードを捨て札に置く』

 羅衣音が手札から発動させた魔法カードは、押し寄せる津波のカードだ。

 押し寄せる津波はユニットカードを破壊する効果を持っている。

「押し寄せる津波の効果によって、舞い降りた天使ルナは破壊されますわよ」

「ああっ……!」

 せっかく召喚した高コストユニットカードが、一瞬で破壊されてしまった。

 しかし魅惑の天使フェリの攻撃によって250点のダメージを与えることには成功したので、これで羅衣音の残りライフポイントは1600点となった。

「……あたしのターン、終了よ」

 いづみはターンエンドを宣言した。

 羅衣音のライフを減らすことはできたが、状況はあまり好転していない。羅衣音がキーとなるカードを引き当てる前に、勝負を決められるか微妙な状態だ。


六ターン目(羅衣音のターン)

「……どうやら最後の最後という場面で、運はわたくしに味方したようですわね」

 羅衣音は山札からカードを引く。そしてその表情を変えた。

「わたくしは切り札を引き当てましたわ。このユニットカードで、あなたにトドメを刺してあげますわ」

「なにを引いたの……!?」

 玖凪屋を訪れていたお客たちは、いづみと羅衣音の勝負に見入っていた。それほど二人の勝負は白熱していたのだ。

 ゲームも終盤ということもあり、だれもがゲームの行方を見守った。

「わたくしは『スライム』を召喚いたします!」

『スライム 水属性 C1 ユニット 体力50 攻撃力50』

 羅衣音が切り札と豪語して召喚したのは、スライムのユニットカードだった。

「……へっ?」

 そのカードを見たいづみは呆気に取られている。

 羅衣音が切り札と言って召喚したカードが、まさかこんなに弱いユニットカードだとは思わなかったからだ。

 それもそのはず、スライムは体力50、攻撃力50の低コストユニットカードだ。全てのユニットカードの中で、最弱と呼ぶに相応しい一体である。

「そ、そんなカードが切り札なの……?」

「あら? ……知らないみたいですから言っておきますけど、スライムは特定の条件下においては、最高に頼もしいユニットカードに化けますのよ?」

 羅衣音の言うとおり、スライムを侮ってはならない。羅衣音が切り札の一枚として挙げているだけあって、強力なユニットカードに化ける可能性を秘めているのだ。十希の予想が当たっているならば、羅衣音は次に二枚の魔法カードを発動させるだろう。

「さあ、スライムの力をとくと味わいなさい……。わたくしは『分裂』を発動しますわ」

『分裂 水属性 C1 魔法

 あなたの場に(スライム)が召喚されている場合、あなたは(スライムトークン 水属性 体力50 攻撃力50)二体を場に特殊召喚する』

 羅衣音が発動したのは、分裂の魔法カード。

 分裂は羅衣音のフィールド上にスライムが召喚されている時のみ、発動することができる魔法カードだ。そして分裂を発動させることで、羅衣音は自分のフィールド上にスライムトークン二体を特殊召喚した。

「これでわたくしのフィールド上には、三体のスライムが召喚されていますわね」

「で、でも……いくら数が多くても、攻撃力50程度なら脅威じゃないわ!」

 いづみのフィールド上に召喚されている魅惑の天使フェリの体力は250なので、三体の攻撃を受けたとしても破壊される心配はない。直接攻撃を受けても、150点のダメージを受けるだけなのでまだ耐えることが可能だ。

「だれがスライムで攻撃すると言ったかしら?」

 すると羅衣音がクスッと笑みを浮かべた。手札からカードを一枚選び、手に持っている。

「わたくしのフィールド上にスライムが三体揃った瞬間、手札から『配合』の魔法カードを発動ですわよ!」

『配合 水属性 C1 魔法

 あなたの場に召喚されている(スライム)と名のつくユニットカード三体を捨て札に置くことで、あなたは(ビッグスライム 水属性 体力700 攻撃力700)一体を場に特殊召喚する』

「やはりそのカードを持っていたか……」

 十希は眉間にしわを寄せた。

 羅衣音が発動した魔法カードは、配合のカードだ。

 このカードの効果によって、羅衣音のフィールド上に召喚されているスライム三体は捨て札に送られる。しかしその代わりにビッグスライムを特殊召喚することができるのだ。

「ビ、ビッグスライム……!?」

「さあ、スライムの力を思い知るといいですわ。……ビッグスライム、プレイヤーに直接攻撃!」

 バトルフェイズに移行した羅衣音は、ビッグスライムで直接攻撃を仕掛ける。いづみの手札にはビッグスライムの攻撃を防ぐ魔法カードがない。

 ビッグスライムの攻撃力は700だ。いづみは700点のライフを失い、残りのライフポイントはわずか100点となってしまった。

「風前の灯ですわねえ?」

「……あたしが次のターンでビッグスライムを倒せばいいだけでしょ」

 負けずと言い返すが、羅衣音は手札を一枚手に取ると、いづみに見せる。

「わたくしの手札には、呪文打ち消しの魔法カードがありますわ。つまりあなたは、次のターンになにもすることができないというわけですわね」

 その言葉が意味するもの、それはいづみの敗北だった。

「さあ、今度こそ本当のラストターンですわよ……」

 そして、いづみのターンが回ってきた。


六ターンいづみのターン

 羅衣音のターンが終わった時点で、すでに勝敗は決まったようなものである。

 いづみはライフ100点、手札一枚、そしてフィールド上には魅惑の天使が召喚されている。手札にあるのは気紛れな天使のユニットカードなので、たとえ召喚したとしても、攻撃力100では役に立つことさえできない。

 対する羅衣音はライフ1600点、手札三枚、そしてフィールド上には攻撃力700のビッグスライムが召喚されている。次のターン、ビッグスライムの攻撃を許してしまえば、確実に負けてしまう。このターンで決着をつけるしかないのだ。

 二度目の危機がいづみを襲う。一度目は魅惑の天使フェリと天地流動のコンボで切り抜けることができた。しかし二度目は違う。切り札となるカードは、一枚も残されていない。

「……くっ」

 いづみはカードを引くのが恐かった。

 山札からカードを引けば、自分の負けが決まってしまうだろう。

 この勝負に負けてしまえば、いづみは十希の信用を失ってしまうかもしれない。一度でも考えてしまうと、もう頭の中は真っ白だ。しかし――、

「――カードを引け、いづみ」

 自分の横から聞こえてくる声が、真っ白になっていたはずは頭の中を元に戻してくれた。

「……十希?」

「勝負は最後の最後までなにが起こるかわからないから面白いんだ。……いづみ、お前が信じればカードもその期待に応えてくれる……」

 十希の言葉を聞いたいづみは、小さく頷いた。

「もう、迷わない。あたしはカードを引くわ」

 自分と、自分のデッキを信じて、いづみは山札からカードを引く――

「……こ、このカードは……!?」

 山札から引いたカードを見た瞬間、いづみは十希にしてやられていたことに気づいた。

 いつの間に入れておいたのだろうか。この勝負が終わった後、十希に聞いてみよう。

「羅衣音、あたしは切り札を引いたわ……」

 いづみは初めて羅衣音の名前を呼んだ。それはこの勝負を受けてくれたライバルに向けての最大級の賛美でもある。

「なにを引いたって無駄ですわよ? わたくしの手札には呪文打ち消しの魔法カードがありますから、たとえビッグスライムの体力値をしのぐユニットカードを引いたとしても、召喚する時は呪文扱いを受けますわ。つまりどんなカードを引いていたとしても――」

「もし、呪文の対象にならないユニットカードを引いたとしたら?」

「!? ……ま、まさか」

 羅衣音の視線の先は、いづみが山札から引いたカードに注がれている。そしていづみは、そのカードを羅衣音に見せつける。

「あたしは『芯海の天使イリスティア』を特殊召喚するわっ!!」

『芯海の天使イリスティア 光属性 S10 ユニット 体力800 攻撃力800

 特殊:飛翔・連撃 このユニットカードは呪文の対象にはならない

 あなたは半分のライフを支払うことで、このユニットカードを手札から場に特殊召喚することができる。このユニットカードを特殊召喚する場合、追加コストとして手札から(天使)と名のつくユニットカード一体を捨て札に置くと同時に、あなたの場に召喚されている(天使)と名のつくユニットカード一体を捨て札に置かなければならない』

 ラストターンにいづみが山札から引いたカード、それは本来いづみのデッキには入っていなかったはずのユニットカードだった。

「な、なんであなたがSランクのカードを……!?」

 いづみが特殊召喚したのは、芯海の天使イリスティアのユニットカードだ。

 芯海の天使イリスティアは、第一回時の迷宮全国大会で優勝したプレイヤーに記念として渡されたカードである。優勝したのは由良理だったが、それが偽りの勝利だと知った由良理は、芯海の天使イリスティアのカードを十希に投げつけた。そして十希は、芯海の天使イリスティアのカードを使うわけでもなく、大事に仕舞っていたのだ。

「あたしは芯海の天使イリスティアを特殊召喚するための代償コストとして、手札から気紛れな天使を捨て札に送るわ」

「ぐっ、召喚条件は満たしていますわね……」

 もし、いづみの手札にあるのが天使と名のつくユニットカードでなかった場合、いづみは芯海の天使イリスティアを特殊召喚することができなかっただろう。

「さらにあたしは、フィールド上に召喚されている魅惑な天使フェリを捨て札に送る」

 芯海の天使イリスティアは、強力な能力ゆえに代償コストが大きい。しかしいづみは、その召喚条件を見事にクリアした。

「そして最後に、あたしは半分のライフポイントを失うわ。でも元々のライフが100点しかないから、あまり変わらないけどね」

 いづみは半分のライフを支払い、これで残りライフポイントは50点になった。

 しかし全ての代償コストを支払ったいづみのフィールド上には、芯海の天使イリスティアが召喚されている。

「芯海の天使イリスティアは、呪文の対象にはならないわ。だからあなたが持っている呪文打ち消しの魔法カードの効果も受けつけない」

 もちろんそれは、自分自身にも言えることである。

 芯海の天使イリスティアを魔法カードで援護することは、たとえいづみでも不可能なのだ。

 しかし勝負を決めるには申し分ないだろう。

「そして芯海の天使イリスティアは、連撃能力を持っている……」

 攻撃力800の芯海の天使イリスティアは、二回攻撃することができる。羅衣音の表情から笑顔が消えた。

「これでおしまいよ! 芯海の天使イリスティアで羅衣音に二回連続攻撃ッ!!」

 いづみは最後の攻撃を宣言した。

 芯海の天使イリスティアの二回攻撃によって、羅衣音に1600点のダメージを与えることに成功し、これで羅衣音のライフは丁度0点になった。

 この勝負、いづみが勝利をもぎ取った。

「……ま、負けた……わたくしが……」

 奇しくも決め手となったカードは、第一回大会で羅衣音が手に入れ損ねたカードだった。

「あたしの勝ちよ……」

 勝ち名乗ったいづみは、ホッとしたのか椅子に寄りかかる。そして十希のほうを見た。

 この勝利は、いづみだけのものではない。十希が手助けしてくれたからこそ手に入れることのできたものだ。

「十希、ありがとう……」

 そしていづみは、十希に満面の笑みをプレゼントするのだった――


 今日、あたしは天馬羅衣音と戦った。

 全国大会で優勝したことがある羅衣音は、とても強かった。

 でも、あたしは勝った。十希に力を貸してもらったけど、最後まで戦いきった。

 これでまた一歩前進。少しだけ、十希に近づけたような気がする。

 今のあたしの目標は十希を倒すことだけど、その目標を達成した後に掲げる目標はすでに決めてある。十希には内緒にしているけど、あたしが今よりももっと強くなったら打ち明けようと思っている。

 そう、

 あたしは全国大会で優勝してみせるわ――…


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