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TCG  作者: ひじり
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【一章】

 敦賀(つるが)十希(とき)は眉をしかめていた。

 睡魔と闘っているわけではないし、腹痛に悶えているわけでもない。ただ単純に、隣の席に座っている女の子の顔を見たとき、どこかで会ったことがあるような気がしただけだ。

「だれだったかな……」

 記憶の引き出しを片っ端から探してみるが、彼女がだれなのか思い出すことができない。

 自分は彼女のことを知っているはずなのに、どうして思い出すことができないのか。十希は記憶力の無さを呪いたくなった。それもそのはず、十希の隣の席に座る彼女は、抜群の容姿で周囲の注目を浴びているからだ。

 万人受けする容姿ではないのだが、先ほどから異様な雰囲気を醸し出していた。吊り目がちな瞳をつまらなそうに細め、柔らかそうな唇をヘの字に曲げている。机に肘をついて手で顎をつく。そして時折り溜息混じりの声を上げているではないか。なにか不満でもあるのではないかと疑ってしまいたくなるほど、彼女はご機嫌斜めだった。

 目を合わせれば睨み殺されるかもしれない。しかし顔は可愛いのでつい見てしまいたくなる。十希だけでなく、クラスメイトの男子生徒たちは視線を彷徨わせていた。綺麗な黒髪は結って背中に垂らしている。

 体育館内で行われていた入学式も滞りなく終えて、担任の後についてクラスメイトたちと並んで教室まで移動した十希は、つい先ほど席に着いたばかりだった。だからまだ彼女の名前を知らない。名前順に自己紹介が始まっているので、彼女の名前を聞けば思い出すかもしれないと十希は期待していた。そして、

玖凪(くなぎ)いづみ」

 ぶっきらぼうな態度で名前を告げると、ほかにはなにも言わずに席に着いてしまった。

 彼女の名前は玖凪いづみ。十希は彼女の苗字を耳にした時、忘却していたはずの記憶が甦った。それは思い出すつもりのなかった記憶だが、今こうして彼女が隣の席に座っているのも、或いは運命なのかもしれない。

 自己紹介が終わったあと、担任が説教臭い台詞を口にしていたが、もはや十希の耳に届くことはない。チャイムが鳴って担任が喋るのをやめると、いづみは配布された教科書類を手早く鞄の中に詰め込んで、すぐに席を立ち上がった。

「あ、ちょっと――」

 今日は入学式なので授業がない。チャイムが鳴れば下校することができる。十希は教室を足早に出ようとするいづみの背中に向けて声を掛けた。

「……なに?」

 足を止めて振り向いたいづみは、声の主である十希を睨みつける。そして続けざまにもう一言、十希に浴びせた。

「急いでるんだから早く言いなさいよ」

 なにをそんなに急いでいるのかわからなかったが、いづみの威圧的な態度に十希はそれ以上口を開くことができなかった。あからさまな文句をぶつけたにも関わらず、十希がなにも言い返さないのを確認すると、いづみは「バカみたい」とさらに一言追加して、そのまま教室を後にした。

「なんなんだ、あいつ……?」

 イライラを隠そうともせずぶちまけたせいで、いづみがいなくなった後も教室内には雰囲気に呑まれたクラスメイトたちが凍りついている。そんな中、十希に近づく人物が一人いた。

「敦賀、十希――」

 シャツの裾を引っ張られた十希は後ろを振り向く。するとすぐ真後ろに女性が立っているではないか。その女性は前髪を眉に掛からないように切り揃え、後ろ髪でツインテールを作っている。長髪というわけではないので、微妙にバランスが悪いのは気のせいではない。しかし当の本人はそのことを特に気にしている風ではなく、それがまた彼女の存在を特徴づけていた。

「え、えっと……」

 たぶん、目の前にいる女性はクラスメイトなのだろう。だが十希は彼女の名前を知らない。ついさっき自己紹介を終えたばかりではあるが、学園生活初日にクラスメイト全員の名前を憶えるほどの記憶力は、残念ながら持ち合わせてはいない。

 クラスメイトたち同様、十希は口を開けたまま凍りつく。そんな十希の表情をじっくりと観察する彼女は、ぽつりと呟く。

「ずっと、待ってた」

 無表情だったはずの彼女の口元は、その台詞を口にすると同時に笑みを作り出していた。

 しかし名前も知らない女性から「ずっと、待ってた」などと言われても、どんな返事をすればいいのか十希にはわからない。告白とも取れる彼女の言葉を前にして、十希は頭の中が真っ白になっていた。

「これから……高校生活が楽しくなりそう……」

 いづみとは別の意味で十希のことを困らせる彼女は、名前も告げずに教室から出て行ってしまった。一人残された十希は、クラスメイトたちの好奇な視線に気づき、あたふたと教科書類を鞄に詰め込み、逃げるように教室を出るのだった。


 十希が暮らしている小金井坂は、坂の多い町だ。学校の校舎が小高い丘の上に建てられているため、教室の窓から小金井坂の町を一望することができる。

 学校から十分ほど歩いたところに小金井坂駅もあるので、交通の便は然程悪くはないだろう。登校する時は傾斜のきつい坂に頭を悩ませる学校だが、下校するときはただ下っていくだけだ。

 しかし十希の家は小金井坂駅からさらに二十分以上歩いた坂の上にあるので、登下校する時は絶対に坂を上る羽目になってしまう。今の時期はまだ大丈夫だが、夏場になると心底堪えるだろう。

 十希の家から駅へ向かう道のりは二つ。

 一つはなだらかな坂道だ。傾斜が緩やかなので上る時は疲れないけど、その代わり時間が掛かる。そしてもう一つは延々と続く魔の石段だ。正確に数えたことはないのだが、その段数は五百段を超えている。しかも急な石段なので足を踏み外せば大惨事になりえるだろう。石段を使えば小金井坂駅まで十分足らずで辿り着くことができるのだが、十希はなだらかな坂道のほうを選択している。

「へえ、まだやってたんだな……」

 家に帰った十希は制服から私服に着替えた後、外に出ていた。目的地に行くには魔の石段を途中まで下りなければならない。やがて見えてくるのは、見覚えのある懐かしい看板だった。どうやらあのおもちゃ屋は健在のようだ。

 そのおもちゃ屋は〝玖凪屋〟という看板を掲げている。その看板を目にした十希は、やはり自分の記憶は間違っていなかったと安堵した。

「――さて、と」

 玖凪屋に着いた十希は、店のドアを開けてみる。そして感嘆の声を上げた。

「凄いな、こりゃ……」

 店内を見渡してみる。一面トレーディングカードだらけ。玖凪屋の店内には、さまざまな種類のカードが所狭しと並べられていた。

 小奇麗なショーケースに飾られているものから、無造作に段ボール箱に詰め込まれたもの、カードファイルに入れられた状態で棚に置かれてあるもの、さらにはカードの束を輪ゴムで結んで十希の身長ほどの高さまで積まれているものもあるではないか。地震が起こったらカードの山が崩壊しそうだ。

「この雰囲気……懐かしいな……」

 店内には独特の雰囲気が流れていた。

 玖凪屋を訪れるお客のほとんどが男性で、上は四十台後半と思しき中年男性から、下は小学校低学年であろう少年たちまで、その全てがカードを片手にざわついている。店の奥に並べられている長机に向かい合うようにして座り、なにやらカードを広げている人たちもいた。おそらくはカードのトレードや対戦をしているのだろう。

 まるで別世界にやってきたかのような錯覚を覚えるこの空間が、十希は好きだった。昔はいつもここで遊んでいた。今も変わらず賑わっているのが嬉しくて、つい口元が緩んでしまう。

「いらっしゃい」

 店の入り口に立ったままの十希に声が掛けられる。それはひどく投げやりな口調のように思えた。

 十希は声の聞こえたほうに視線を移してみると、そこにいたのは仏頂面の玖凪いづみだった。

「……なによ?」

 レジでせこせこと仕事をこなすいづみは、視線を感じたのだろう。横目に十希の姿を確認して、つまらなそうに口を開く。しかしその台詞は店を訪れたお客に対して失礼極まりないものだ。レジに立つ店員の態度としては大問題だろう。しかし今はそんなことを気にするつもりはない。十希は唾を飲み込み、小さく息を吐く。

「玖凪いづみだよな?」

「? どうしてあたしの名前を知ってんのよ」

 いづみは眉根を寄せて十希の顔をジッと見つめるが、どうやら思い出すことができないようだった。それならば、と十希は台詞を続ける。

「一年七組の敦賀十希だ」

「一年七組……って、もしかしてあんた……」

 ここまで言ってようやく気づいたらしい。

 いづみの顔が見る見るうちに赤くなっていく。

 まさか知り合いが玖凪屋にやってくるとは思ってもみなかったのだろうか。

「ああ、同じクラスメイトだ」

 因みに隣の席でもある――とつけ加えると、いづみは頭を抱えてうな垂れてしまった。

「お、おい……具合でも悪いのか?」

「……あんたが来たからね」

 溜息の入り混じった言葉を返すと、いづみは唸り始める。それにしてもずいぶんとひどい言い草だ。十希といづみは初対面ではないとはいえ、まさかお客でもある十希が店員のいづみから〝あんた〟呼ばわりされるとは予想だにしなかった。

「……あんた、名前は?」

 レジのカウンターに伏せていた顔をもそりと上げて、十希の顔を睨みながら問いかける。なにをそんなにイラついているのだろうかとお尋ねしたい気分だった。

「今さっき言っただろ」

「聞いてなかったわ。もう一度言いなさいよ」

「……敦賀十希だ」

 我がままで自己中心的な性格をしているものだと呆れつつ、十希は改めて自己紹介をした。するといづみは十希の名前を三度繰り返して口ずさみ、一人頷く。

「敦賀十希ね、憶えたわ」

「そりゃどうも」

 十希といづみは二人とも一年七組なので、遠からず名前を憶えることになっていただろう。いづみが十希の名前を憶えるのが少し早まっただけのことである。しかし事態はそう簡単なものではない。

「あたしの名前はいづみ。玖凪いづみよ」

「ああ、知ってる」

「……あんただけあたしの名前を知ってたなんて不公平ね」

 ぶつぶつと文句を垂れるいづみを見て、十希は苦笑した。

「なんで笑ってんのよ」

「いや、ちょっと面白かったからな……」

「あたしはちっとも面白くないわ」

 憤慨するのが自分の役目と言わんばかりの態度だ。

 いづみはレジに座ったままの体勢で十希の顔を見上げる。

「敦賀十希、あたしからの命令よ」

「……は?」

 一瞬、十希にはいづみがなにを言っているのか理解できなかった。命令とはいったいなんのことだろうか。

「あたしがここで働いていること……絶対だれにも教えたらダメよ、わかった?」

 有無を言わさぬ迫力で命令するいづみ。しかしその台詞の意味が十希にはわからない。

「なんでだよ」

「なんででもよっ!!」

 店内ということも忘れて大声を上げるいづみは、顔を真っ赤にさせながら立ち上がった。

「……わ、わかったよ」

 これ以上なにか言い返せば実力行使に出そうなほどいきり立っていたので、十希は不承不承に頷いて返事をする。

 十希の態度に満足したのか、いづみは息を整えてレジに座り直した。店内で騒いでしまったことを気にする素振りすら見せていない。おかしなことではあるが、店内にいるお客たちもこちらの様子を気にしていない。むしろこれが日常茶飯事であると言いたげな視線を十希に向けているではないか。

「よし、それじゃあもう帰ってもいいわよ」

「ちょっと待て」

 十希の存在に興味をなくしたいづみは、レジの上に置かれたカードの束を種類別に別け始める。しかしお客として玖凪屋を訪れた十希に「帰ってもいい」というのはさすがに納得がいかない。

「なんでお前みたいな礼儀知らずが店員やってんだよ」

「礼儀知らずですって? それを言うならあんただって同じじゃない。今日初めて会ったばかりだってのにあたしのことを呼び捨てちゃってさ」

 負けずと言い返すいづみに物怖じしそうになったが、実際には十希がいづみに会うのは今日が初めてではない。いづみは忘れているみたいだが無理もないだろう。三年も前の話だ。

「文句ばっか言ってるけどね、あんた一度店の外に出て看板を見てきなさいよ。そうすればあたしがここで働いてる理由がわかるわよ」

 ふんっ、とそっぽを向くいづみ。言われるがまま十希は一旦店の外に出てみる。そして看板を確認した。店の名前である〝玖凪屋〟という文字が書かれてあること以外、特に変わったところは見当たらない。

「見てきたけどわかんねえよ」

 玖凪屋の店内に戻った十希は、苛々を隠そうともせずにレジの仕事をこなすいづみに言った。

 レジ打ちが終わって手が空いたいづみは、哀れむような瞳を十希に向ける。

「あんたさ、もしかしてバカ? あたしの名前知ってるよね?」

「なっ、当たり前だ! お前の名前は玖凪いづ――……」

 そこまで言われてようやく気がついた。

 彼女の名前は玖凪いづみ。そしてこのお店の名前は玖凪屋。

「お、お前ひょっとして……」

「……そうよ、ここはあたしの家なの」

 その事実を認めたくないといった表情でいづみは呟いた。

 しっかりと周囲を観察できていればすぐに気がつくようなことだったが、十希はいづみの態度に振り回されて我を失いかけていたため、いづみ本人の口から真相を告げられるまで気がつかなかった。

「あたしがレジ打ちしてる理由、納得した?」

「……ま、まあ、一応な」

 しかしそれにしても態度が悪すぎる。仏頂面を張りつけたまま仕事をしていては客足も遠のいてしまうのではないだろうか。そう思って十希は店内を見渡してみた。けれども十希の予想に反して玖凪屋は繁盛している。

「だけど……、一つ聞きたいことがある」

 この際、いづみの接客態度には目を瞑ろう。だが命令の意図だけは聞いておきたい。十希はコホンッと一つ咳払いをして、いづみと向かい合う。

「なによ」

「どうしてお前はここで働いてることを知られたくないんだよ?」

 十希といづみが通っている小金井坂学園はアルバイトが禁止されているわけではない。学校の許可を取ればアルバイトをしてもいいのだ。いづみの場合、家のお手伝いということで仕事をしているのだから隠す必要もないはずである。

 するといづみは肩をすくめてみせた。

「バカね、こんなところで働いてるのを知られたくないからに決まってるでしょ?」

「……それ、どういう意味だよ」

 いづみの返事を聞いた十希の口調が平坦なものへと変わった。いづみはまだそれに気づいていない。

「言ったとおりよ。幼稚なおもちゃを専門に取り扱ってるなんてバレたら学校に顔が出せなくなるわ」

 玖凪屋はトレーディングカードのみを販売する専門店だ。しかしいづみは玖凪屋の顔とも呼べるカードのことを幼稚なおもちゃと表現した。店内にいるお客たちは、いづみの台詞に諦めにも似た表情を浮かべている。たぶん、なにを言っても無駄だと思っているのだろう。だが十希は黙っていない。

「……やっぱりお前の命令は聞かないことにする」

「え?」

 十希の台詞を聞いたいづみは呆気に取られている。まさか命令を反故にされるとは考えていなかったのだろう。

 店の外に出て行く十希の後姿を視界に映したいづみは、慌ててレジから飛び出す。そして十希を追って店の外に出た。

「待ちなさいよっ」

 十希の背中に向けて叫ぶ。その声に足を止めた十希は、振り向いていづみと目を合わせた。その表情はまるでこうなることを期待していたかのような笑みを浮かべていた。

「なんだ、なんか用か?」

「あ、あんたねえ……!」

 両方の手で握りこぶしを作り、わなわなと声を震わせるいづみ。その表情は窮地に立たされているように見える。

「――言い触らされたくなかったら、オレの命令を一つ聞くこと」

「……あんた、今なんて言った?」

 我が耳を疑いたくなった。先ほどいづみが十希に言った台詞とほぼ変わらぬ台詞を、今度は十希がいづみに向けて告げたのだ。命令をしたはずの相手から、逆に命令をされてしまうことになるとは思わなかったのだろう。

「オレとカードゲームで勝負しろ。オレに勝つことができたら、お前がここで働いてることはだれにも言わないと約束する」

 強い口調で言い放つ十希の姿に、いづみは口元を歪める。カードゲームで勝負しろだなんて言われるとは考えていなかったのだ。

「あ、あんた頭おかしいんじゃないの? あたしはあんな幼稚なおもちゃで遊んだことは一度だってないのよ? そんなあたしがあんたと勝負して勝てるわけないでしょ!?」

 玖凪屋で働いているいづみは、カードゲームをやったことがなかったらしい。けれども命令しているのは十希だ。いづみに拒否権はない。

「それくらいわかってるさ。だからオレとお前の対戦は平等に行なおうと思ってる」

 十希は玖凪屋の中に入っていく。一人店の外に残されたいづみだが、このまま放っておくこともできないので、十希の後をついて店内へと戻った。

 店内に戻ってみると、十希が店の棚から商品を二つ手にとってレジに持ってきた。

「これは〝スターターデッキ〟といって、対戦に必要なものが全て揃ってる。これを一つ買えばだれでもすぐに勝負することができるんだ」

 スターターデッキには〝時の迷宮〟と銘打たれてあった。カードゲームが嫌いとはいえ、いづみは専門店で働いているのだ。このカードゲームを知らないわけがない。現に店内を見渡してみても半数以上を時の迷宮のカードゲームが占めていた。

 因みにこのスターターデッキにはカードが五十枚封入されており、レアカードは三枚含まれる。運が良ければAランクカードが入っていることもある。

「光タイプのデッキと闇タイプのデッキを持ってきた。このスターターデッキ二つとも買うから、どっちか一つ好きなほうを選べ」

 十希は時の迷宮のデッキを持っている。しかし一軍デッキを使ってしまえば、素人のいづみでは勝負にならないことは目に見えている。

 だから十希は平等な勝負をするために、スターターデッキを二つ買ったのだ。

「? ……なによ、くれるの?」

「んなわけあるか。どうせデッキも持ってないんだろ? お前と対戦するために二つ買っただけだ。勝負が終わったらオレに返せよな」

「せこいヤツね……」

「言っとけ」

 レジで精算を済ませた後、十希といづみは店の奥に設置されているテーブルを挟むようにして座った。十希はテーブルの上にスターターデッキを二つ置く。

「どっちが強いのか教えなさいよ」

 この勝負に勝たなければ玖凪屋で働いていることを言い触らされてしまうため、いづみは絶対に負けられない。とはいえその質問は的外れもいいところだ。

「どっちを選んでも結果は変わらないぞ」

「それどういう意味よっ」

 光タイプと闇タイプのスターターデッキが並べられているが、どちらも同じくらいの強さを持ったカードで構築されている。つまりはどちらを選んだとしても拮抗した勝負が展開されるというわけだ。

 とはいえ一日の長がある十希にとって、素人のいづみを倒すなど容易いことだ。それを知らないいづみは、まんまと十希の口車に乗せられたのだ。

「うーん……、それじゃあ闇タイプにするわ!」

「……光タイプにすると思ったんだけど意外だな」

 光タイプと闇タイプのどちらか一方を選べるとしたら、女の子なら光タイプを選ぶだろうと思っていたので、十希は少し驚いた。

「まあ、いいか。それじゃあオレは光タイプだな!」

 いづみが闇タイプのデッキを選択したので、残ったのは光タイプのデッキだ。十希は光タイプのデッキを手に取り、スターターデッキの箱を開けようとする。しかし、

「ま、待って! やっぱり光タイプにするわ!!」

 箱からカードを出す寸前のところで、いづみは十希の腕を掴む。いきなりの出来事に目を丸くする十希は、いづみの勢いに圧されてしまった。

「お、おう……。別にいいけど」

 カードを箱から出すのをやめて、それをいづみに渡した。いづみはそれと交換に闇タイプのデッキを十希に渡した。

「あんたがこっちのデッキを手に取った時、勝ちを確信したような表情を浮かべたのをあたしは見逃さないわよ」

 なにか勘違いしているようだが、十希はただ単に闇タイプを選ぶ女の子が珍しいと思っただけである。結局のところ、どちらのデッキを選択しても結果は変わらないと知っているので、十希はなにも言い返さないことにした。

「箱からカードを出したな? それじゃあ一つずつ順番に説明するからな」

 玖凪屋を訪れていたお客たちが、十希といづみが対戦するのを見学しようと近づいてくる。レジにはだれもいなかったが、店内のお客たちは文句を言うことなく十希といづみの対戦が始まるのを待っていた。

「一まとめにトレーディングカードゲームといっても、いろんな種類がある。オレが遊んでいたカードゲームは十種類くらいしかないけど、どれも面白くて戦略性があった」

「十種類ですって? あんたも相当なバカね……」

 一言余計なのが玉に瑕だが、十希は言葉を続ける。

「オレが今までに一番はまったのが、コレだ」

 そう言って十希はスターターデッキの箱をいづみに見せる。

 時の迷宮は、英訳した時の単語の頭文字を取って〝ロット〟とも呼ばれている。次第に饒舌になっていく十希の瞳には、いづみと時の迷宮のカード以外見えていないようだ。

 いづみにとってはデッキというものがなんなのかすらわからない。十希の口から次々に飛び出す専門用語は理解の範疇を超えている。

「五十枚一組でできたカードの束のことを、通称〝デッキ〟と呼ぶぞ。ゲームをしている間は山札で通るから、どっちの呼び方でも構わない」

 十希は早速、時の迷宮の遊びかたをいづみにレクチャーする。人に教えることがそんなに嬉しいのかといづみは溜息をついた。

「勝負を始める前に、先攻と後攻を決めなきゃいけないんだが……今回はルールを教える意味も込めて、オレが先攻をするからな」

「どうぞご勝手に」

 時の迷宮は、通常三回の対戦を行ない、先に二勝したほうがゲームの勝者となる。

 各プレイヤーには、3000点のライフポイントが設定され、そのライフポイントが0点になった時点でゲームの負けが決定する。

 また、ライフポイントとは別に、お互いの山札となるカードの束からカードを引くことができなくなっても負けだ。

 因みに今回の勝負に限り、ライフポイントを1000点にして対戦することにした。あまり長びかせるといづみの頭がショートするかもしれないと思ったからである。

「山札を切り終えたら、上から七枚カードを引いてくれ」

 十希はいづみのデッキを指差し、指示を出す。言われるがまま山札からカードを七枚引くと、十希も同じように自分の山札からカードを引いた。

 ゲームを始める前に山札から引いた七枚のカードを手札として扱い、手札となるカードを駆使して相手プレイヤーのライフポイントを減らしていく。これが時の迷宮の遊びかただ。

「手札には上限枚数があるから注意しろよ?」

 手札が九枚以上になると、自分のターン終了時に手札が八枚以下になるように調整しなければならない。その際、余分な手札はゲームを進行する上で使用済みとなったカードを置く、捨て札置き場に送られる。

「次にカードの種類とコストについてだけど、時の迷宮には三種類のカードがある」

 時の迷宮には、ユニットカード、魔法カード、永続魔法カードといったように、それぞれ種類別にカードが別けられている。

 ユニットカードはゲームの戦場たるフィールドに手札から召喚し、相手プレイヤーに攻撃をしてライフポイントを減らしたり、相手フィールド上に召喚されているユニットカードを攻撃したりすることができる。

「たとえばこのユニットカードだけど――」

 十希は自分の手札からカードを一枚選ぶと、それをいづみに見せた。十希が見せたカードには、黒い甲冑を身につけた騎士のイラストが描かれていた。

「このユニットカードの名前は『黒騎士』だ」

 黒騎士と銘打たれたカードのテキスト欄には、以下の事柄が記されている。


『黒騎士 闇属性 C1 ユニット 体力50 攻撃力550』


 黒騎士というのはユニットカードの名前で、闇属性とはその名のとおり、そのユニットカードの属性を表している。

「カードの種類はユニットカード、魔法カード、永続魔法カードの三種類しかないけど、属性は七種類あるから憶えておけよ。地属性、水属性、火属性、風属性、光属性、闇属性、そして無属性だ」

「多すぎて憶えるのが面倒ね……」

「……まあ、今回の対戦では光属性と闇属性しか使わないからな。この二つだけ憶えておけばいいだろう」

 やれやれといった感じで十希が呟く。

 種類と属性の次に、十希はカードのレア度とコストについての説明を始めた。

 カードにはそれぞれレア度というものがつけられていて、CランクとBランク、そしてAランクの三段階に別けられている。

 Cランクのカードは玖凪屋などで売られている時の迷宮のパックを購入することで、必ず手に入れることのできるコモンカードだ。

 BランクとAランクのカードはCランクのカードよりも希少価値が高く、パックに封入されている確率が低い。

 その代わり、BランクとAランクのカードはCランクのカードに比べて対戦での実用性に優れているカードが揃っている。

 十希が見せた黒騎士というユニットカードの場合、カードの左上にCと書かれてあるので、Cランクのカードということだ。

「レア度を表すアルファベットに数字がくっついてるだろ? それがそのカードをプレイするために必要なコストなんだ」

「コスト……?」

 時の迷宮では、手札をプレイするためにはコストを支払わなければならない。黒騎士にはC1と書かれてあるので、このユニットカードをフィールド上に召喚するには一点のコストが必要となる。

 各プレイヤーは、自分のターンに一度だけ手札のカードを一枚フィールド上に表向きでセットすることができる。表向きでセットされたカードは、手札にあるカードのコストを支払うために必要な魔法源となり、ユニットカードを召喚する時や魔法カードなどを発動する時の手助けとなる。

「魔法源に表向きのカードが一枚セットされるたびに、手札にあるカードをプレイするために必要なコストが一点減らされるわけだ。わかったか?」

「な、なんとかね……」

 なんだかんだと言いつつも、いづみは十希の説明を熱心に聞いている。負けたくないゆえの行動かもしれないが、十希にはそれが少し嬉しく思えた。

「魔法源にカードが一枚あれば一点のコストが減ることになるけど、それは表向きでセットしたカードの属性も関係するんだ。たとえばオレが黒騎士をフィールド上に召喚したいとする。そのためにはコストが一点必要だ。だけどただ単純にカードを魔法源にセットすればいいわけじゃない。セットされたカードが闇属性じゃなかったら黒騎士は召喚することができないからな」

 闇属性カードをプレイしたければ、闇属性カードを魔法源にセットしなければならない。

 魔法源に光属性カードが何枚あろうとも、闇属性ユニットカードである黒騎士を召喚することは不可能なのだ。

「まあ、お前のデッキには光属性しか入ってないし、オレのデッキも闇属性しか入ってないからな。あまり気にすることはないさ」

「あっそ……」

 いよいよ頭がこんがらがってきたのか、いづみは自分の手札と黒騎士のカードを交互に見ながら眉根を寄せ始めた。

 正直言って、いづみは説明についていくのがやっとだ。しかしこの勝負には負けられないので、投げ出すことなく耳を傾ける。

「よし、それじゃあコストの次に説明するのはユニットカードの能力についてだ」

 ユニットカードには、それぞれ体力と攻撃力が設定されている。黒騎士を例に挙げてみれば、体力値が50、そして攻撃力値が550となっている。

 各プレイヤーはフィールド上に召喚したユニットカードで攻撃することで、相手プレイヤーのライフポイント減らすことができる。

 黒騎士で相手プレイヤーに攻撃を宣言した場合、相手プレイヤーに550点のダメージを与えるということになる。

「攻撃を終えたユニットカードは、行動済み状態となってカードの向きを縦向きから横向きに変えるんだ。攻撃をしなければ未行動状態だから縦向きのままだな」

「ふーん、縦と横ね……」

 いづみは小さく頷いて、十希の言葉を反芻する。

「ユニットカードの説明はこれでおしまいだ。あとは魔法カードと永続魔法カードについてだけど、この二つはユニットカードとは少し違うぞ」

 魔法カードと永続魔法カードには、ユニットカードの持つ体力と攻撃力の値が設定されておらず、個々の能力だけをプレイすることが可能となっている。

 ユニットカードと同様に、カードコストを支払って発動するのだが、ユニットカードのようにフィールド上に召喚することはできず、手札からプレイした後は捨て札に送られる。

「魔法カードはいつでも発動することができる。永続魔法カードは自分のターンにしか発動することができないけど、魔法カードのように一度発動しても捨て札に送られるようなことはないぞ」

 永続魔法カードは、魔法カードのように融通が利かないのが難点ではある。その代わりプレイした後もフィールド上に残って永続して効果を発動させることができるので、なかなか厄介なカードだ。

「戦略性を高める意味でも、魔法カードと永続魔法カードはデッキには欠かせないカードだな」

 長々と説明を聞くよりも実際に対戦したほうがわかりやすいということで、十希は黒騎士のカードを手札に戻して軽く息をつく。

「さあ、そろそろ始めてみるか……。玖凪、お手柔らかにな」

「本気で手加減しなさいよね?」

 デッキ自体は互いに同じくらいの強さなので、本気で手加減をすれば負けてしまうこともあるだろう。十希は姿勢を正して座りなおすと、一言呟く。

「ああ、本気で勝ちにいくから」


一ターン目(十希のターン)

 ゲームの流れには、五つのフェイズが存在する。

 自分のターンが回ってくると、プレイヤーは山札からカードを一枚引いて、それを手札に加える。これをドローフェイズと呼ぶ。先攻プレイヤーは一ターン目においてのみ、このフェイズをスキップしなければならない。これは後攻プレイヤーに対してアンフェアにならないよう考慮されてのことだ。

 十希はドローフェイズをスキップし、二つ目のフェイズに移行する。

「まずはオレのターンだな。手札からカードを一枚選択して、それを魔法源に表向きでセットする」

 二つ目のフェイズはマナフェイズだ。

 マナフェイズには、手札にあるカードを一枚選択し、魔法源にセットすることができる。このフェイズを逃すと、魔法源にカードをセットすることはできないので注意が必要だ。

「そして……手札から『黒騎士』を召喚するぞ」

『黒騎士 闇属性 C1 ユニット 体力50 攻撃力550』

 三つ目のフェイズのことをスタンバイフィズと呼ぶ。自分のフィールド上に横向きで召喚されている行動済みユニットカードの向きを、縦向きに変えることで未行動状態に戻すことができる。

 さらにこのフェイズでは手札からユニットカードの召喚と、魔法カードと永続魔法カードをプレイすることが可能となっている。

 今はまだ一ターン目ということもあり、十希のフィールド上にはユニットカードが一体も召喚されていない。その代わりに十希は手札から黒騎士をフィールド上に召喚した。

 黒騎士を召喚するためには闇属性のコストを一点支払わなければならないのだが、先ほど行なわれたマナフェイズにおいて、十希は闇属性カードを魔法源にセットしている。したがって、今現在十希が手札からプレイすることのできるカードは、コストが一点以下の闇属性カードというわけだ。

「先攻ってのはいろいろと制約が科せられていてな、一ターン目は攻撃することができないんだ。だからオレはバトルフェイズをスキップする」

 スタンバイフェイズに続くのがバトルフェイズだ。

 バトルフェイズは、フィールド上に召喚されているユニットカードで相手プレイヤー、又は相手フィールド上に召喚されているユニットカードに攻撃を仕掛けること、更には手札から魔法カードをプレイすることができる。

 但し、十希が告げたように先攻は一ターン目のバトルフェイズをスキップしなければならない。つまり十希がユニットカードで攻撃を宣言することができるのは二ターン目以降なのだ。

 バトルフェイズが終わり、最終フェイズとなるのがエンドフェイズである。

 エンドフェイズはスタンバイフェイズとほぼ同じで、スタンバイフェイズ中に召喚しなかったユニットカードをフィールド上に召喚、魔法カードや永続魔法カードを手札からプレイすることができる。

 スタンバイフェイズと異なる点は、自分のフィールド上に召喚されているユニットカードの向きを直すことができないことだ。

「スタンバイフェイズとエンドフェイズ、どのフェイズでもユニットカードを召喚することができるけど、ユニットカードの召喚は一ターンに一度しかできないからな」

「ユニットカードは一度しか召喚できないのね、ふむふむ……」

 バトルフェイズが行なわれていないので、いづみがゲームの流れを掴むにはまだまだ時間が掛かりそうだった。

「ほら、オレのターンは終わったぞ。次は玖凪、お前のターンだ」

「わかったわ」

 十希に促され、いづみは自分の手札を確認する。


一ターンいづみのターン

 いづみの手札にあるカードは、『翼の折れた天使』、『憂鬱な天使』、『気紛れな天使』、『天地流動』、『祝福の雨』、『天使の生け贄』、『天使の儀式』の七枚だ。

 光タイプのスターターデッキは、天使と名のつくカードにコンセプトをおいたデッキ構築がされていた。いづみの手札は天使と名のつくカードが大半を占めている。

「手札の確認は済んだか?」

「ま、まだよ! もうちょっと待ちなさいっ」

 必死になって自分の手札を確認するいづみは、今までの雰囲気とは異なる別の印象を与えてくれた。十希はいづみのことを無愛想なヤツだと思っていたが、案外話してみれば気が合うかもしれない。そう感じていた。

「えっと……、まず、あたしはドローフェイズにカードを一枚引くのよね……」

 独り言のように呟いたかと思えば、自分の言ったことが間違っていないだろうかと十希の顔を窺う。

「ああ、それでいい」

「! それじゃあ山札から一枚引くわねっ」

 後攻のプレイヤーはドローフェイズをスキップしないので、いづみは山札からカードを一枚引く。これで手札が八枚になった。

「次はユニットカードの召喚だから……」

 手札からユニットカードを探して、どれをフィールド上に召喚しようかと思考する。

「それはスタンバイフェイズになってからだろ。今はマナフェイズだ。手札からカードを一枚選んで魔法源にセットしろ」

「あ、ああ! そうだったわね! よーし、とりあえずこのカードを魔法源にセットよ」

 いづみが魔法源に置いたのは天地流動のカードだった。このカードはフィールドを制圧することが可能な魔法カードなので、魔法源にセットするには勿体無い。しかしいづみにはそんなことわからないので、十希はなにも言わないことにした。

「これでユニットカードを召喚できるのよね?」

「ああ、コストが一点以下の光属性ユニットカードならフィールド上に召喚できるぞ」

 十希に言われたように、いづみは手札にあるユニットカードのコストを確認する。

「コストが一点以下のユニットは一枚しかないけど……」

「つまりそのユニットカードを出すしかないってことだな」

「それじゃあ『翼の折れた天使』を出すわ」

『翼の折れた天使 光属性 C1 ユニット 体力250 攻撃力350』

 いづみがフィールド上に召喚したのは、翼の折れた天使。十希が召喚した黒騎士同様、一点のコストで召喚することができる低コストユニットカードだ。

「これであたしのターンは……終わりだっけ?」

「まだスタンバイフェイズが終わっただけだ。次はバトルフェイスだぞ」

 後攻のいづみはバトルフェイズを行なうことができる。十希に指摘されて、いづみはお互いのフィールド上に召喚されているユニットカードを確認する。

 いづみのフィールド上には翼の折れた天使が一体、そして十希のフィールド上には黒騎士が一体召喚されている。

「バトルフェイズって、ユニットカードで攻撃できるのよね?」

「そうだ。玖凪は翼の折れた天使で黒騎士を攻撃することができるな」

「えっ、あんたに攻撃したいんだけどダメなの?」

 やはりまだルールを完璧には覚えていないらしい。いづみは小首をかしげる。

「オレのフィールド上にユニットカードがいなければ、玖凪は翼の折れた天使で直接攻撃することができるぞ。だけど今は黒騎士がいるだろ? フィールド上に未行動状態のユニットカードが召喚されている場合、玖凪はまずそのユニットカードを倒さないとオレに攻撃できないんだよ」

 十希の説明を受けて、いづみは「ふーん……」と呟く。

 黒騎士が未行動状態ではなく行動済み状態であれば、黒騎士に攻撃することなく十希に直接攻撃をすることも可能だ。また、行動済み状態のユニットカードの存在を脅威と感じたならば、プレイヤーに直接攻撃するのではなく、先にユニットカードを攻撃するのも一つの手段といえよう。

「つまり、あたしはこのユニットカードでそのユニットカードを攻撃する以外、なにもできないってことよね?」

「そういうことだ」

 なるほどなるほど、と頷いたいづみは、口角を上げる。

「それじゃあ、翼の折れた天使で黒騎士に攻撃を仕掛けるわっ」

 意気揚々といった感じでいづみは攻撃宣言する。

 ユニットカードで攻撃を仕掛ける場合、攻撃側は攻撃力の値を、応戦側は体力の値を比べる。攻撃側の攻撃力の値が応戦側の体力の値と同じかそれ以上であれば、そのユニットカードを破壊することができる。

 しかし体力の値が高ければ、攻撃は失敗だ。攻撃側のユニットカードは行動済み状態になり、しかも応戦側のユニットカードは破壊されない。

「翼の折れた天使の攻撃力は350、対する黒騎士の体力は50、つまり翼の折れた天使の攻撃によってオレの黒騎士は破壊されるってわけだ」

 黒騎士の体力の値は低く、翼の折れた天使の攻撃に耐え切れない。

「え? 倒したの? もしかしてこの勝負、あたしの勝ち?」

 さすがに一ターン目で勝負が決まるほど時の迷宮は簡単なゲームではない。

「慌てるな、オレが召喚していたユニットカードが破壊されただけで、オレのライフポイントは無傷だ」

「なんだ、それならそうと早く言いなさいよ。……それにしてもあんたの出したユニットカードってめちゃくちゃ弱かったわね」

「……翼の折れた天使はバトルフェイズに攻撃をしたから、行動済み状態になる。カードの向きを横向きに変えろ」

「ああ、うん。わかったわ」

 十希のユニットカードを倒したことがよほど嬉しかったのだろう。先手を取ったいづみは上機嫌だ。

「これであたしのターンは終わりよ」

 バトルフェイズを終了したいづみは、エンドフェイズに移行する。手札にはプレイ可能な魔法カードもあったが、最初のバトルフェイズを制したいづみは特になにもすることなくターン終了を告げる。

 その口調が得意げに聞こえるのは気のせいではないだろう。

 一ターン目はこれで終了だ。十希といづみはお互いライフポイントが減っていない。手札の枚数は十希が五枚、そしていづみが六枚だ。


二ターン目(十希のターン)

「それじゃあ二ターン目を始めるからな」

 十希はまず、ドローフェイズに山札からカードを一枚引いた。山札から引いたカードを手札に加えた後、マナフェイズに手札から魔法源にカードを一枚セットする。魔法源にセットされたカードは、当然のように闇属性だった。

 これで十希の魔法源には二枚の闇属性カードがセットされた。十希はコストが二点以下の闇属性カードをプレイすることが可能だ。

「オレは手札から『屍拾い』を召喚する」

『屍拾い 闇属性 C2 ユニット 体力50 攻撃力250

 召喚:あなたは自分の捨て札から(黒騎士)一体を場に特殊召喚することができる。(屍拾い)の召喚能力を発動した場合、あなたは300点のライフを支払う』

「屍拾い……? なによそれ、さっきの黒騎士ってカードよりもコストが高いくせに攻撃力が低くなってるじゃない」

 いづみが指摘したとおり、十希がフィールド上に召喚した屍拾いは攻撃力の値が黒騎士よりも低かった。しかも体力は50しかないので、攻撃されればすぐに破壊されてしまうだろう。しかし十希は笑みを浮かべてみせる。

「カードのテキスト欄をよく読んでみろ。こいつには召喚能力が備わっているんだよ」

「召喚能力?」

 いづみは屍拾いのカードを手に取ってテキスト欄を読んでみる。屍拾いのテキスト欄には、黒騎士や翼の折れた天使にはなかった能力が書かれてあった。

「そう、召喚能力だ。屍拾いはフィールド上に召喚されると同時に能力を発動することができるんだ」

 屍拾いの基本値が通常のユニットカードに比べて低いのにはわけがある。それはフィールド上に召喚した際、召喚能力を発動することができるからだった。

「オレは屍拾いの召喚能力によって300点のライフを支払う。そしてその代わり、自分の捨て札から『黒騎士』を一体フィールド上に特殊召喚する」

『黒騎士 闇属性 C1 ユニット 体力50 攻撃力550』

 屍拾いの召喚能力を発動したことによって、翼の折れた天使とのバトルで破壊されて捨て札に送られたはずの黒騎士をフィールド上に特殊召喚した。そしてその代償コストとして、十希は300点のライフポイントを支払う。

 これで十希のライフポイントは残り700点となった。しかし屍拾いの召喚能力に納得がいかない人物が一人いた。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! ユニットカードは一ターンに一体しか召喚できないんじゃなかったの!?」

 バンッ、と両手でテーブルを叩いて文句を言ったのはいづみだ。特殊召喚についての説明をまだしていなかったので、一ターンに一体しか召喚できないのを憶えていたことを褒めるべきかもしれない。

「ああ、確かにユニットカードの召喚は一ターンに一度しかできない。だけどな、通常の召喚とは別に特殊召喚ってヤツがあるんだよ」

「と、特殊召喚ですって?」

「ユニットカードに備わっている能力や魔法カードを発動することによってだな、特殊召喚という名目でユニットカードを召喚することが可能なんだ」

 召喚には通常召喚と特殊召喚の二種類が存在する。

 通常召喚は、一ターンに一度だけ手札からユニットカードを召喚することだ。続いて特殊召喚についてだが、特殊召喚は代償コストを支払わなくてはならないケースが多い。その代わり手札はもちろんのこと、山札や捨て札からフィールド上にユニットカードを召喚することができるのだ。

 特殊召喚することができるユニットカードを主体としたデッキを構築すれば、あっという間にフィールド上を支配することも可能だろう。

「あ、あんたばっかりずるい! あたしも特殊召喚するわ!!」

 いづみは自分の手札を確認してみる。しかしどのユニットカードにも特殊召喚の文字は書かれていない。それならばと魔法カードのテキスト欄を読んでみた。すると一枚だけ特殊召喚について書かれてあるカードを見つけた。

「よーし、見てなさいよね……」

 必ず特殊召喚してみせると意気込むいづみだが、果たしてカードを使いこなすことができるのか、いささか不安な十希だった。

「……ええっと、屍拾いの召喚能力で黒騎士を特殊召喚したから、オレのフィールド上には二体のユニットカードが存在するわけだ。まずは屍拾いで翼の折れた天使を攻撃だ」

 屍拾いの攻撃力は250、対する翼の折れた天使の体力も250だ。

 翼の折れた天使は一ターン目のバトルフェイズに攻撃宣言をしたため、行動済み状態である。

 この場合、いづみの翼の折れた天使を倒さずに直接攻撃をすることができるのだが、十希はフィールド上を支配することを先決とした。

「あたしのフィールド上に出てる翼の折れた天使の体力は250で……あんたのユニットカードの攻撃力も250で同じ値じゃない。これってどっちが勝つの?」

「応戦側の体力が250点引かれるってことだから、翼の折れた天使の体力は0になるわけだ。体力が0ということはつまり破壊されたってことだな」

「うー、あたしが負けたのね……」

 悔しそうに唇を噛み締めて、いづみは翼の折れた天使のカードを捨て札に置く。

 しかしまだ十希のバトルフェイズは終わっていない。屍拾いは翼の折れた天使に攻撃したことで行動済み状態になってしまったが、未行動状態の黒騎士が一体残っている。

「さあ、お待ちかねの直接攻撃だぞ。……黒騎士で玖凪に攻撃だ!」

 今現在、いづみのフィールド上にユニットカードは存在しない。黒騎士の攻撃を防ぐことはできないのだ。手札に起死回生となる魔法カードがあるかもしれないが、いづみにはどれをプレイすればいいのかわからない。黒騎士の攻撃を受け入れるしかなかった。

「黒騎士の攻撃力は550だから、玖凪のライフに550点のダメージを与えるぞ」

 黒騎士の攻撃によって、いづみの残りライフポイントは450点になった。黒騎士一体の攻撃でライフポイントを半分以上減らされたいづみは、恨めしそうに黒騎士のカードを睨みつけている。

「これでオレのターンは終了だ。さあ、玖凪。お前のターンだぞ」


二ターンいづみのターン

 十希は二ターン目を終了した時点で、ライフポイントが残り700点。そして手札が四枚となっている。フィールド上には屍拾いと黒騎士が召喚されている。

「言われなくてもわかってるわよ!」

 怒の感情を隠そうともせず、いづみは山札からカードを一枚引いて手札に加えた。

 二ターン目、いづみはまず手札からカードを一枚選択して魔法源にセットする。これでいづみも十希同様に、魔法源にセットされたカードが二枚になった。

「これであたしもコストが二点以下のカードをプレイできるのよね……」

 マナフェイズを終えたいづみは引き続きスタンバイフェイズへと移行する。

 なにか十希をあっと言わせられるような強いカードはないものかと、いづみは自分の手札を凝視してみる。しかし特にこれといったカードは見当たらない。

「……はぁ、やっぱり闇タイプを選んでおけばよかったわ」

「おい、玖凪。手札に発動できそうな魔法カードは一枚もないのか? 残りライフポイントも少ないんだ。早めに発動しておいたほうがいいぞ」

「それってあたしがすぐに負けるって言いたいわけ?」

 ムッとした表情で十希を睨むいづみ。けれどもこのままでは十希の言うとおりの結果になってしまいそうだ。そうならないためにも、いづみは手札にある魔法カードの中で発動できそうなものを探した。

「……これならプレイできるはず! あたしは魔法カード『祝福の雨』を発動よっ!!」

『祝福の雨 光属性 C2 魔法

 あなたは350点のライフを得る』

 いづみが手札からプレイしたのは、コスト二点の魔法カードだった。

「へえ、祝福の雨か……」

「えっとね、この魔法カードの効果によると……あたしは350点のライフポイントを得られるみたいよ?」

 祝福の雨の効果によって、いづみは350点のライフを得る。これでいづみのライフポイントは残り800点にまで回復した。ライフポイントの差だけを比べるならば、十希に優っている。

「ユニットカードは召喚しないのか?」

「するに決まってんでしょ! うーんと……よし、次は『憂鬱な天使』を召喚よっ」

『憂鬱な天使 光属性 ユニット C2 体力50 攻撃力350 特殊:飛翔』

 次第にリズムに乗り出したいづみは、テンポよく手札をプレイする。カードゲームで遊ぶのが初めての素人とは思えない呑み込みの速さだった。

「憂鬱な天使か……そいつは結構強いぞ」

「え? ホントに?」

 自分がフィールド上に召喚したユニットカードが強いと言われただけで、いづみは機嫌が元に戻ったみたいだった。

「そのユニットカードには特殊能力があるな」

 憂鬱な天使には飛翔能力が備わっていた。飛翔を持つユニットカードは、相手のフィールド上に未行動状態のユニットカードが存在していたとしても、そのユニットカードを飛び越えてプレイヤーに直接攻撃することができる能力だ。

 相手のライフポイントをガンガン減らしたい時には有効な能力の一つである。

「飛翔できるなんて……まさに天使に相応しい能力じゃない!」

「……まあ、な」

 どうでもいいから早くバトルフェイズに入ってくれ、と十希は呟く。

「さーて、憂鬱な天使でどれを攻撃しようかしら……」

 十希のフィールド上に存在する二体のユニットカードはいずれも行動済み状態なので、十希に直接攻撃することが可能だ。とはいえ憂鬱な天使は飛翔能力を持っている。つまり相手のユニットカードが未行動状態だろうが行動済み状態だろうが関係ないのだ。

「うん、決めた。あたしはあんたに直接攻撃をするわ!」

「……バカだなお前」

 憂鬱な天使でプレイヤーへの直接攻撃を宣言したいづみに向かって、十希が肩をすくめながら言った。

「なんでバカなのよ? バカはあんたのほうでしょ! この変態!!」

「変態は余計だ阿呆!」

 憂鬱な天使の直接攻撃によって、十希は350点のライフを失った。これで十希のライフポイントは残り350点だ。

 憂鬱な天使の攻撃がもう一度通ればライフを0点にすることができる。

「風前の灯ってヤツね」

「お前がな!!」

 いづみは十希の言葉を無視してターン終了を宣言した。

 二ターン目終了時点で、いづみのライフポイントは800点だ。さらに手札は四枚も残っているし、フィールド上には憂鬱な天使が召喚されている。

 対する十希のライフポイントは350点。手札の枚数はいづみと同じく四枚で、フィールド上に召喚されているユニットカードは屍拾いと黒騎士の二体だ。ライフポイントの差ではいづみが圧倒的にリードしているが、フィールド上に召喚されているユニットカードの数では負けている。


三ターン目(十希のターン)

「このターンで終わりにするぞ」

 ドローフェイズに山札からカードを一枚引きながら、十希はいづみに向かって勝利宣言をする。なにか秘策があるのかもしれない。マナフェイズに手札を一枚魔法源にセットした後、手札からユニットカードをフィールド上に召喚した。

「オレは『闇喰い』を召喚だ!」

『闇喰い 闇属性 C3 ユニット 体力50 攻撃力150

 召喚:対象のプレイヤー一人に300点のダメージを与える。その後、あなたは300点のライフを得る』

 闇属性のコストを三点支払い、十希がフィールド上に召喚したユニットカード。それは屍拾いのように召喚能力を持っていた。

「なによ、また弱そうなユニットカードを出しちゃって――」

「屍拾いの時も言ったけどな、ユニットカードのテキスト欄をよく読んでみろ」

 フィールド上へと新たに召喚された闇喰いは、召喚すると同時にプレイヤーのライフを増減させる能力を持っている。

 まず、対象のプレイヤー一人に300点のダメージを与える。この能力によっていづみのライフポイントは300点減らされて、残り500点になった。それだけではない。さらに闇喰いは、十希のライフポイントを300点回復させる能力も備わっている。

 十希のライフポイントは300点増えて、残り650点にまで回復した。

「で、でも……、まだ負けたわけじゃないわよ!」

「……玖凪、フィールド上に召喚されているユニットカードを確認してみろ」

 言われるがまま、いづみはお互いのフィールド上に召喚されたユニットカードを確認する。十希のフィールド上には攻撃力250の屍拾い、攻撃力550の黒騎士、そして攻撃力150の闇喰いの三体が召喚されている。三体の攻撃力を合計すると、いづみの残りライフポイントを上回っている。

 十希の攻撃を阻止したいいづみだが、いづみのフィールド上に召喚されている憂鬱な天使は行動済み状態なので応戦することができない。

 つまりいづみは直接攻撃を受けてしまうのだ。

「別に闇喰いを召喚しなくても屍拾いと黒騎士の二体で勝てたんだけどな、やっぱり圧勝したほうが玖凪にとってもいい勉強になると思ったわけだ」

 それだけ言い捨てると、十希はバトルフェイズへと移行する。

「黒騎士の攻撃。……これでジ・エンドだな?」

 いづみのライフポイントを0点にするため、十希は黒騎士で攻撃を仕掛ける。しかし妙だ。いづみの瞳の輝きは、まだ勝負を諦めていないように思えた。そしてその予想は見事に的中した。

「絶対に負けないんだから……」

 この時がくるのを待っていたと言わんばかりの表情で、いづみは手札のカードを一枚プレイする。それはまさに起死回生のカードだった。

「あたしは手札から『天使の生け贄』を発動するわ!」

『天使の生け贄 光属性 C2 魔法

 自分の場に召喚されている(天使)と名のつくユニットカード一体を捨て札に置く。あなたは自分の山札からコスト2以下の(天使)と名のつくユニットカード一体を場に特殊召喚する。その後、あなたは山札を切り直す』

「なに――ッ!?」

 その魔法カードに驚いたのは十希だけではない。二人の勝負を見学していた周りのお客たち全員が驚愕していた。

「まさか……このタイミングでそのカードをプレイするとはな……」

 思わず感嘆の息を吐く十希は、天使の生け贄によってどんなユニットカードをフィールド上に召喚するのか、ワクワクしながら待った。

「この魔法カードによって、あたしの憂鬱な天使は捨て札に送られるのよね? でもその代わり山札からユニットカードを召喚できるから……」

 壁となるユニットカードを召喚することが可能なのだ。ユニットカードの種類によっては、形勢を逆転できるかもしれない。

「山札から『気紛れな天使』を特殊召喚よっ」

『気紛れな天使 光属性 C2 ユニット 体力300 攻撃力100 特殊:飛翔

 このユニットカードの特殊召喚に成功した場合、あなたはコイントスを行なう。表が出た場合、相手の場に召喚されている闇属性ユニットカード一体を捨て札に置く。裏が出た場合、あなたの場に召喚されている光属性ユニットカード一体を捨て札に置く』

 いづみが山札から召喚したユニットカード、それは気紛れな天使だった。

「どう? 宣言どおり特殊召喚してやったわ!」

 気紛れな天使の特殊召喚に成功したいづみは鼻高々といった感じだ。しかしその態度に文句をつけることができないほど、いづみが選んだ気紛れな天使は有効なユニットカードである。

「そうか、気紛れな天使が入ってたんだな……」

 気紛れな天使は、憂鬱な天使が持っていた飛翔能力を持っている。しかもそれだけではない。召喚能力も兼ね備えていた。

「このユニットカードの召喚能力は……コイントスをして……」

 いづみがフィールド上に特殊召喚した気紛れな天使は、屍拾いや闇喰いのように召喚と同時に能力が発動されるタイプではない。特殊召喚によってフィールド上に召喚された場合のみ、その効果能力を発動することができるのだ。

「玖凪がコイントスをして、表が出ればオレのユニットカードを一体破壊できるんだ」

「そう、それよ! だからあたしはこのユニットカードを選んだのよっ」

 しかしコイントスを行なうということは、当然のようにデメリットがある。もし、いづみがコイントスをして裏が出てしまった場合、十希のユニットカードを破壊することができないだけでなく、いづみは自分のフィールド上に召喚されている光属性ユニットカード一体を破壊しなければならないのだ。

 コイントスで裏が出れば、いづみは気紛れな天使を破壊するほかない。いわばギャンブル性の強い効果能力といえよう。

 十希は尻ポケットから財布を取り出して、百円玉を一枚いづみに渡した。

「表が出ればいいのよ、そうすれば黒騎士を倒せるわ……」

 息を呑んで見守るギャラリーたち。緊張の一瞬だ。

「それ――ッ!!」

 百円玉が高々と舞い上がり、テーブルの上に落ちてくる。弧を描くように転がった後、やがて動きを止めた。

「……くっ」

 十希が顔を歪める。百円玉の向きは表だ。

「やった! 表が出たわ! 気紛れな天使の効果喚能力で黒騎士を破壊よっ」

 いづみへの攻撃を宣言していた黒騎士は、突如フィールド上に特殊召喚された気紛れな天使の召喚能力によって攻撃を仕掛けることなく破壊されてしまった。主力の一体を失った十希は、表向きの百円玉を視界に捉え、溜息をついた。

「これでまだ勝負はわからないわよ!」

 気紛れな天使がフィールド上に召喚されたことによって、十希はいづみへの直接攻撃を宣言することができなくなった。まずは気紛れな天使を破壊しなくてはならない。

「……屍拾いと闇喰いの二体で気紛れな天使に攻撃だ」

 黒騎士は破壊されてしまったが、十希のフィールド上にはまだ二体のユニットカードが召喚されている。屍拾いと闇喰いだ。

 十希は屍拾いと闇喰いの二体で気紛れの天使の破壊を試みる。攻撃力250の屍拾いと攻撃力150の闇喰い、対する気紛れな天使の体力は300だ。

「一体の攻撃では破壊することができなくても二体の攻撃を合わせれば破壊することも不可能じゃない」

「ああっ、気紛れな天使が……!」

 屍拾いと闇喰いの攻撃力を合わせれば400になる。気紛れの天使の体力を上回っているので、この二体の攻撃によって気紛れな天使は破壊されてしまった。しかしいづみは気紛れな天使を特殊召喚することで、このターンを切り抜けることができた。これは大きな戦果だろう。

「ターン終了だ。……さあ、カードを引け」

 バトルフェイズを終了し、エンドフェイズに移行した十希はターン終了を宣言する。これで十希の三ターン目は終わった。

 現時点で、十希のライフポイントは650点。フィールド上には屍拾いと闇喰いが召喚されている。対するいづみのライフポイントは500点で、フィールド上にユニットカードが召喚されていない。依然としていづみは窮地に立たされているというわけだ。


三ターンいづみのターン

 山札からカードを引く前に、いづみは自分の手札を確認してみる。

 手札にはユニットカードが一枚もない。つまりこのターンのドローフェイズでユニットカードを引かなければ負ける。

「カードを……引くわ……」

 負けたくない。絶対に負けたくない。

 心の中で何度も呟く。いづみは目を瞑り、そしてそっと山札の一番上にあるカードに手を置いた。もし仮にこのカードがユニットカードだとしても、危機を脱することができるほど強いユニットカードではないかもしれない。ここで切り札となるユニットカードを引ける確率はあまりにも低い。

 だけど負けたくない。

 いづみはただそれだけを心の中で叫び、勇気を出してカードを引いた。そして――

「――ねえ、あんたの名前ってなんだったっけ?」

「? まだ憶えてなかったのかよ。これで三度目だぞ……?」

 対戦中になにを言い出したかと思えば、いづみは十希の名前を聞こうとしていたのだ。

「敦賀十希だ。忘れるなよ?」

「敦賀十希ね……、うん。憶えた」

 十希の名前を呼んだ後、いづみは悪戯な笑みを浮かべる。その笑顔の理由は、いづみが勝利を確信したからだ。

「十希、あたしはあんたを倒すわ」

 いづみは初めて十希の名前を呼んだ。

 マナフェイズに手札からカードを一枚魔法源にセットする。これでいづみの魔法源には光属性カードが三枚になった。いづみが先ほどのドローフェイズにおいて、コストが三点以下のユニットカードを引いていれば召喚することが可能だ。

「切り札でも引いたのか?」

「ええ、あたしが引いたのはこのカードよ……」

 十希の問いかけに、いづみは手札を一枚十希に見せる。そのカードは五点のコストが必要なユニットカードだった。

「……あのさ、玖凪。格好つけてるところ悪いんだけどな、お前の魔法源にはカードが三枚しかセットされてないんだぞ?」

 十希が指摘したとおり、いづみの魔法源には三枚のカードしかセットされていない。コストが五点も必要なユニットカードは召喚することができないのだ。しかし、

「もし、あたしの手札に……もう一枚切り札があるとしたら……?」

 その台詞にドキッとした十希は、いづみの手札に視線を向ける。

 いづみは自分の手札からカードを一枚選ぶと、それを十希に見せる。

「『天使の儀式』を発動よ」

『天使の儀式 光属性 C1 魔法

 ターン終了時まで(天使)と名のつくユニットカードは(コスト‐2)の修正を受けた状態で場に召喚することができる』

 いづみが手札からプレイした魔法カードは、天使の儀式。それはまさに、第二の切り札と呼ぶに相応しいカードだった。

「くっ、なるほどな……そのカードをプレイすれば、さっきのユニットカードも……」

 天使の儀式を発動することによって、いづみはこのターン中、天使と名のつくユニットカードのコストを二点減らした状態でフィールド上に召喚することが可能となる。

 二点のコストを減らせるということはつまり、魔法源にセットされているカードは三枚あるため、このターンに限りコストが五点以下のユニットカードをフィールド上に召喚することができるのだ。

「さあ、いくわよ……」

 このターン、いづみの召喚を止めるすべはない。いづみが引いた切り札がフィールド上に召喚されるのを黙って見ているしかないのだ。

「あたしは『舞い降りた天使ルナ』を召喚するわ!!」

『舞い降りた天使ルナ 光属性 B5 ユニット 体力200 攻撃力700 特殊飛翔

 あなたは手札から(天使)と名のつくユニットカード三体を捨て札に置くことで、このユニットカードを手札から場に特殊召喚することができる』

 いづみが召喚したのは、舞い降りた天使ルナ。攻撃力700の高コストユニットカードだ。効果能力も備わっているが、これは特殊召喚をする時に必要な効果能力なので、今は関係ない。

「十希のフィールド上のユニットカードは二体とも行動済みよね」

「……未行動だとしても、舞い降りた天使ルナには飛翔能力があるからな」

 十希は舞い降りた天使ルナの直接攻撃を防ぐことができない。このターン、いづみが舞い降りた天使ルナで十希を攻撃すれば勝利が決まるのだ。

「十希、あんたもなかなかな強かったわ。でもあたしには敵わなかったみたいね」

「攻撃するなら早くしろ」

 調子に乗るいづみの言葉にカチンときた十希は、攻撃を急かす。

「言われなくてもわかってるわよ」

 初めての勝負で十希を相手に健闘したことを褒めてほしかったのだろうか、いづみは頬を膨らませている。

「よーし、舞い降りた天使ルナで十希に直接攻撃よっ」

 バトルフェイズに移行した後、いづみは舞い降りた天使ルナで攻撃を宣言する。だがしかし、十希はその瞬間を見逃さなかった。

「舞い降りた天使ルナが攻撃を宣言した瞬間、オレは手札から魔法カード『闇鏡』を発動させる!!」

『闇鏡 闇属性 C3 魔法

 あなたは自分の場に召喚されている闇属性ユニットカード二体を捨て札に置く。あなたが戦闘によってダメージを受けた場合、対象のプレイヤー一人に同じ値のダメージを与えることができる』

 いづみが舞い降りた天使ルナで十希に直接攻撃を宣言した瞬間、十希は自分の手札から魔法カードを発動させた。そのカードは闇鏡。

「……え?」

 口を開けたまま、いづみは固まっている。よもや十希がなにか仕掛けてくるとは思ってもみなかったのだろう。

「オレは闇鏡を発動することによって、フィールド上に召喚されている屍拾いと闇喰いを破壊する。その代わり、オレが受けたダメージは玖凪、お前も受けることになるぞ!」

 闇鏡を発動する追加コストとして、十希は自分のフィールド上に召喚されていた二体のユニットカードを捨て札に送った。しかしそのお陰で、舞い降りた天使ルナの攻撃によって受けることになるダメージを、いづみ自身にも与えることができるようになったのだ。

「え? ……えっ? どういうこと……!?」

 闇鏡の能力がいまいち理解できないのだろう。いづみは眉根を寄せている。

「オレは舞い降りた天使ルナの攻撃を受けて700点のダメージを受けるけど、闇鏡を発動したことによって、玖凪も700点のダメージを受けることになるんだ」

「そ、そんな……」

「つまり、引き分けってことだな」

 両者共に700点のダメージを受けたことで、十希といづみは同時にライフポイントが0点になった。このゲームの勝者はいないということになる。

「あたし、負けちゃったの……?」

「お前は今オレが言ったことを聞き逃したのか? 引き分けだって言ってるだろ」

 溜息をつく十希を見やり、いづみはなにも言い返さなかった。

「久しぶりに時の迷宮で遊んでみたけど、やっぱ面白いな。……玖凪、せっかくだしそのカードはお前にやるよ」

「え……、あ、ちょっと待ってよっ」

 席を立って店の外に出て行く十希の背中を見て、いづみは我に返った。

 十希からもらったデッキを持ったまま追いかける。

「ちょっと待ちなさいってば!」

 いづみが十希を引き止めるのは、本日二度目だ。

 十希は振り向いてみると、そこにはデッキを大事そうに握っているいづみの姿があった。

「ん? なんだ、まだなんか用があるのか?」

「あ、あの、あの……」

 何故、自分は十希の背中を追いかけたのだろうか。いづみにはよくわからなかった。それは無意識のうちだったのかもしれない。すると十希は「ああ、そうか……」となにかを思い出したかのように頷く。

「秘密はちゃんと守っておいてやるよ」

「え……? 秘密ってなんのことよ?」

 なんのことを言っているのかわからないらしく、いづみは頭を悩ませる。

「おいおい、オレと玖凪が対戦してた理由を忘れたのか?」

「あ!」

 そういえばそうだった、といづみは思い出す。十希との勝負に負けたら、玖凪屋で働いていることを言い触らされてしまうところだったのだ。しかしいづみは勝負に負けていない。もちろん勝ったわけでもない。

「やれやれだな……てっきりオレはそのことを言いにきたんだと思っていたが……」

「う、うるっさいわね……、ちょこっとだけ忘れてたのよっ」

 捨て台詞を吐くように、いづみはそっぽを向いた。

「引き分けは想定外だったけど……まあ、楽しかったから約束は守るよ」

 十希はそれだけ言うと、魔の石段のほうへと向かった。いづみはその後姿が見えなくなるまで、店の前でずっと見続けていた。そしてだれにも聞こえないように、そっと呟く。

「……また明日ね、敦賀十希」


 次の日。

 十希は遅刻しないように早めに家を出た。教室に入って自分の席に着くと、ホームルームが始まるまでの間、窓の外に広がる景色を眺めながらのんびりと寛いでいた。

 チャイムが鳴るまであと数分に迫ったころ、ふと後ろのほうから殺気めいたものを感じた。慌てて振り向いてみると、いづみが憤怒の形相を浮かべて佇んでいるではないか。

「よ、よお……」

 片手を挙げて挨拶をしてみる。しかしいづみが表情を緩めることはなく、十希を睨みつけるのをやめようとしない。

「……あ、あのさ、オレ……なにか怒らせるようなことしたっけ……?」

 恐る恐るといった感じで問いかけてみる。

 いづみは自分の席に着いて鞄を机の横に掛けた。それから大きな溜息をついたかと思えば、再び十希の顔を睨む。

「なんでいないのよ……」

 ぼそりと呟いた。

 しかし十希にはなんのことだかわからない。

「あんたさ、昨日あたしの家から帰る時……階段を上っていったじゃない……」

「え? ……あ、ああ、魔の石段のことか」

 十希の家は玖凪屋よりもさらに魔の石段を上ったところに建てられている。玖凪屋は小金井坂駅と十希の家のちょうど真ん中に位置しているのだ。

「……今朝、あんたが階段から下りてくるのをずっと待ってたのよ」

 ぷくっと頬を限界まで膨らませて、上目づかいに十希の顔を見つめる。

「ふむふむ、だから今日は遅刻ギリギリ――はぐっ!?」

 笑いながら返事をする十希は、足のすねを思い切り蹴られた。

「ぐっ……。あのな、昨日はたまたま魔の石段を上って帰ったけどよ、いつもはなだらかな坂道のほうを歩いてるんだよ」

「なんでよっ」

「疲れるからだ」

 幼稚な理由である。

 いづみは「うー」と唸り声を上げていたが、しばらくすると十希から視線を外して口をモゴモゴさせ始める。なにか言いたいことがあるらしい。

「き、昨日は……楽しかったわ」

 その台詞を聞いた十希は目を丸くする。まさかいづみの口からそんな言葉が飛び出してくるとは予想していなかったのだろう。

「えっと……楽しかったというのは、時の迷宮でオレと勝負したことが……ですか?」

 何故か敬語になる十希。

 語尾にいづみは眉をしかめるが、特に指摘することもなく、小さく頷いた。気のせいではないとすれば、いづみの頬は赤みがかっている。

「幼稚なおもちゃとか言ったりして、悪かったわ……」

「お、おう……」

「そ、それでね……お願いがあるんだけど……」

 昨日とは打って変わり、まるで人が変わったみたいにしおらしい態度をみせるいづみ。

「……あたしに、もう一度遊びかたを教えてほしいんだけど……」

 逸らしていた視線を十希のほうへ戻してみる。いづみの目に映った十希の顔は、どうやら驚嘆しているようだ。しかしそれは勘違いなどではない。

 十希はいづみの言った台詞に口元を緩めると、満面の笑顔を浮かべて返事をする。

「ああ、もちろんだ」


 昨日、あたしは十希と時の迷宮に出逢った。

 そして不覚にも、もっと遊んでみたい、もっと強くなりたいと感じてしまった。

 幼稚だと思っていたおもちゃは心をくすぐり、つまらなかった日常からあたしを解き放ってくれた。今のあたしは憂鬱なんかじゃない。新しい扉を開くことに成功したんだ。

 これからの日々が、ちょこっとだけ楽しみになった。


 そうね、まずは十希に勝てるようになること。

 それが今あたしの掲げる目標ということにしといてあげるわ――…


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