第58話 さよなら
太陽が沈みゆく中、先に動き出したのはスザンナの方だった。
一瞬のうちに僕の目の前まで接近し、容赦ない拳を振るって来た。
ここは岬。吹っ飛ばされれば最悪海の底だ。そうなる訳にはいかない!
僕は神経を極限まで鋭くして、スザンナの拳に反応して受け止めることに成功した。
「レイメイ、ナイスだ!」
僕がスザンナの動きを止めた一瞬の隙に、シュウさん、ジョン、カルザが動き出す。
シュウさんが麻酔銃を構えて、スザンナを眠らせようとする。
「頼むから、大人しく眠ってくれ!」
シュウさんが引き金を引き、麻酔針がスザンナの方へ飛んでいく。
だが彼女は驚くべきことに、迫りくる麻酔針をもう片方の拳で側面から叩き割ってしまった。相変わらず、人間の反射神経を遥かに超えている。
というか、スザンナは強いとはいっても、ここまでではなかったはずだ。やはり、彼女の身には何かが起きているのか?
「スザンナ! 頼むから戻ってきてくれよ!」
「そうですよ! 四人で魔王を倒すんでしょう!? その約束はどうなったんですか!」
ジョンとカルザが同時にスザンナに組み付いて、その動きを止めようとする。だが、スザンナはその怪力でそれを強引に突破しようとしていた。
「レイメイ! 今だやれ!」
シュウさんが僕に決死の表情で指示を出す。僕は麻酔銃の替えの麻酔針を取り出し、それを直接スザンナに刺そうとする。
「スザンナ……、お願い! 戻ってきて!」
麻酔針を握る手に力が入る。僕はそれを思いっきり振り上げて、スザンナに刺そうとする。
―――だが、一歩遅かった。
麻酔針が彼女に届く寸前で、彼女は二人の組み付きを強引に振りほどいて、一瞬のうちに距離を取られてしまった。
でも、僕は見逃さなかった。彼女の頬から、一筋の血が垂れてきていることを。
麻酔針は僅かにかすった。本当に僅かではあるが、すぐにでも麻酔の効力が出てくるはず。そうなれば、少しはこちらにも勝算が出てくる。
スザンナは再び僕の元に駆けだそうとしたが、思うように足に力が入らないようで、僅かによろめいていた。
「よし……、効いてる!」
「今だ! 畳みかけるぞ!」
シュウさんの指示で、僕達は一斉にスザンナの方へと駆けだしていく。
相手がスザンナである以上、あまり傷つけたくはない。だから、僕達の勝利条件は、彼女を麻酔で眠らせて無力化し、取り戻すこと。
ジョンとカルザはまだ銃の訓練を受けていないので、麻酔銃も電撃銃も持っていない。僕とシュウさんのを合わせて、麻酔針は残り二本。
電撃銃で気絶させることも可能かもしれないが、シュウさん曰く、スザンナの暴れっぷりを見るに、もしかしたら電撃銃では気絶させられない可能性があるとの事らしい。
やはり、チャンスはこの二本。ジョンとカルザでスザンナの動きを止めてもらって、その隙にこれを打ち込むしかない。
「ジョン! カルザ! お願い!」
「任せろ!」
二人は一斉に駆け出して、再びスザンナに組み付こうとする。だが、スザンナも学習したようで、ジョンに狙いを定めてキックで遠くまで吹っ飛ばした。
「ジョン!」
僕は叫ぶが、既にカルザとスザンナの攻防が始まっていた。
いくらか麻酔で動きが鈍くなっているとはいえ、やはりスザンナは強く、カルザはボコボコにやられてしまっていた。
「カルザ! カルザはやらせない!」
僕は急いでその乱闘に割り込んで、スザンナの拳を受け止めた。そのあまりの重さに、僕まで吹っ飛ばされそうになる。
「レイメイ、ありがとうございます!」
カルザが僕に礼を言った。
僕が攻撃を受け止めたことで、彼女のラッシュが一瞬止まった。カルザはその隙に腰に差していた木刀を引き抜き、それでスザンナの首元を強打した。
その位置は、柊さんから教わった人を気絶させる時に強打する場所だった。そこに、カルザの木刀の一撃が撃ち込まれる。
「――――ッ!」
初めて、スザンナが小さなうめき声を上げた。しっかりと効果がある事を示すと同時に、久々に彼女の声を聞いて、僕の心と決意はより一層燃え上がっていた。
ここで必ず、彼女を取り戻す!
「今だ、喰らえッ!」
彼女が一瞬だけ白目を剥いたその隙に、シュウさんが麻酔銃で彼女を撃った。
今度は麻酔針は彼女の首に直撃し、麻酔が体内に入っていくのを確認できた。
「ウッ……! ガァッ!」
スザンナは苦しそうな声を上げたが、それでもまだ意識を保って立っていた。
「……やっぱり常人の量じゃ眠らないか。でも、確実に効果はある! レイメイ、最後頼んだぞ!」
「了解です! 絶対帰ってきてもらうよ、スザンナ!」
僕は彼女に麻酔針を打ち込もうとした—――。その時。
スザンナはカルザの腕を掴んで、最後の力を振り絞るようにして勢いよく投げ飛ばした。
そして、その軌道上には……。
「シュウさん!」
僕は慌てて叫んだが、投げ飛ばされたカルザとシュウさんは激突してしまい、二人とも吹っ飛ばされて失神してしまったようだった。
「……僕一人でやるしかないのか」
スザンナは麻酔一本を打ち込まれて、先程とは比べ物にならない程ふらついていた。でも、カルザを吹っ飛ばせる程のパワーが残っていたから、油断はできない。
僕とスザンナは睨み合い、最後の勝負が始まった。
正面から麻酔銃を当てるのはほぼ不可能だ。僕は銃から麻酔針を取り出して、それを右手に握った。
この手で、彼女を取り戻す。あの日、伸ばしても届かなかった手。今度こそ、その手で彼女を取り戻す。
「スザンナ。まだ君に伝えたいことが沢山ある。だからさ、戻ってきてよ」
彼女への想いがフラッシュバックし、涙が溢れそうになる。僕はそれを拭って、スザンナと格闘を繰り広げる。
彼女の拳を避けながら、僕は麻酔針を打ち込む機会をうかがう。やはり麻酔の効果が大きいようで、彼女の拳の勢いは遥かに落ちていた。次第に僕のペースになっていき、太陽が沈みかけている海の方へと少しずつ動いていく。
スザンナは咆哮を上げて、僕の顔面に渾身の一撃を喰らわせた。そのボロボロの体から放たれたとは思えない程の圧倒的な一撃に、僕の意識は飛びそうになってしまう。
だが、仲間達や姉さん、そして何よりスザンナの事を思い、必死の思いで意識を現世にとどめる。
そして、力を出し切った彼女に麻酔針を打ち込む。
「これで、終わりだ! 戻ってこい、スザンナ!」
スザンナが避けることは叶わず、二本目の麻酔針が彼女の首に撃ち込まれた。
麻酔が体の中に入り、彼女は脱力したかのように前に倒れた。
―――が、小鹿のように震えながら再び起き上がって来た。
多分麻酔は効いている。あと少しすれば、眠ってくれるはず。実際、彼女にはもう抵抗するほどの力は残っていなさそうだった。
僕は安心して、肩の力を抜―――
「――――え?」
スザンナの心臓近くを、赤い小さな光が照らしていた。
この光、間違いない。船長が殺されたあの時と同じ!
スザンナも殺される! そんな事させてたまるか!
そう思った僕は、反射的に彼女の前に立ちふさがっていた。
そして次の瞬間、僕の体が弾丸で貫かれた感覚を覚える。具体的な位置はよく分からないが、どこかから流れ出る大量の血に、今度こそ意識が飛びそうになる。
そして、僕は脱力して倒れ込んでしまい、―――最悪な事が起きた。
よりにもよってスザンナのいる方に倒れ込んでしまい、彼女も僕に押されて倒れてしまう。
そして、その先には—――地面は無く、海へと落ちるだけだった。
「―――スザンナ!」
僕は決死の想いで彼女に手を伸ばした。またあの時と同じようにはなってほしくない。今度こそ、この手で彼女を救い出したい。
そう思い手を伸ばしたが、そこで僕の意識は途絶えてしまった。
「―――レイメイ、ありがとう」
幻聴かもしれないが、スザンナがそう言った気がした。
僕が見た最後の景色は、海へと落ちていくスザンナの姿だった。




