第56話 非情な現実
「スザンナ……? え? どうして君がここに……?」
全く理解が追い付かなかった。あまりに唐突な事態に、僕の頭は固まってしまっていた。
さっきまで敵として戦っていたSの素顔は、スザンナだった。
何故? スザンナが人を無暗に襲うような真似をするはずがない。それじゃあSの顔がスザンナにそっくりなだけ? いやでも、スザンナをずっと見てきた僕なら分かる。間違いなくスザンナだ。
「どういう事なの……? スザンナ、説明してよ!」
僕は喉の奥から声を絞り出すようにして彼女に質問した。でも、彼女から答えは返ってこず、代わりに返って来たのは強烈な蹴りだった。
完全に油断していた。正体がスザンナだと分かっても、Sの圧倒的なパワーは健在で、僕は遥か遠くまで飛ばされてしまった。
「レイメイ君!」
時雨さんと鬼灯さんが吹っ飛ばされる僕を見て、スザンナの元へ向かったようだ。でも彼らも、その姿を見て絶句していた。
「君は……、もしかしてスザンナちゃん? 君がS……? 一体どうなってるんだ!?」
「まさか……! クソッ、鬼畜な事しやがって……!」
二人は驚きつつも、スザンナに向かって攻撃を仕掛けようとした。
でも、彼女の前では一瞬の隙が命取りになる。衝撃で固まってしまっていた二人はあっけなく弾き飛ばされてしまった。
「時雨さん! 鬼灯さん!」
僕は二人の名を呼ぶが、その時には既にスザンナがこちらに向かってきていた。
「スザンナ! 僕だ! レイメイだよ! 分かるだろ!? もうこれ以上人を傷つけるような事はしないでくれ!」
僕は激しい混乱の中、彼女へ向けて全身全霊で叫ぶが、その声は届いていないようだった。ただただ虚ろな表情で、僕を殺そうと迫ってくる。
迎撃しようとしたが、僕の体は震えていた。戦闘を拒絶しているようだった。
体に蓄積したダメージもあるだろうが、やはり一番の理由は相手がスザンナだと分かってしまったからだろう。僕の手で、彼女を傷つける事などしたくなかった。
無抵抗な僕に、スザンナの無慈悲な拳が打ち出される。
「レイメイ君!」
拳が僕の頭に届く本当にギリギリの所で、柊さんが間に入って攻撃を止めてくれた。
「ひ、柊さん……」
「……これは驚いた。Sがスザンナ君だったとは……。レイメイ君の話だと、心優しい少女だと聞いていたが……。イングズの奴らに何かやられたのか? どちらにしろ、君はここで捕まえなくてはならない。レイメイ君、起きれるかい?」
スザンナに刀を向けて警戒したまま、柊さんは僕の様子を気遣ってくれた。
心も体もボロボロだったが、今ここで折れてしまってはずっと折れたままになってしまうかもしれない。そう思い、僕は必死の思いで立ち上がった。
「自分の恋人を傷つけるのは本当にしんどい事だとは思うけど……、今回ばかりは彼女の様子がおかしい。私達で倒して無力化しなければ、彼女はより多くの人々を傷つけてしまうだろう。……レイメイ君、勝手で悪いけど覚悟を決めてほしい。彼女を止めることが、今は彼女を救う事に繋がるんだ」
柊さんの説得を聞いて、僕は覚悟を決めざるを得なかった。
そうだ、いつまでも夢を見るな。目の前の現実を受け入れろ。理由は分からないが、スザンナは今、僕達の敵として目の前に立ちふさがっている。彼女の危険性は、先程の戦闘で十二分に分かっている。放っておくわけにはいかない。
僕はアマテラスの一員だ。市民を守り、イングズを倒す為に何でもすると決めただろう。
今はスザンナを止める。そして、何としても真相を聞き出す。
「……柊さん、ありがとうございます。覚悟、決めました」
「……強くなったね、レイメイ君。私達で絶対にソレイユ君を止めるよ!」
僕は覚悟を決め、柊さんと並んでスザンナと対峙する。
―――だがスザンナは、僕達の事など気にもせずに、大きく跳躍して逃走してしまった。
「―――え?」
「まずい! レイメイ君、追うよ!」
僕達は後を追おうとしたが、木々を軽々と飛び越えながら逃げてしまったので、自分の足では追い付けそうもなかった。
「やばい……、どこに行ったか分かりませんよ!」
「いや、大丈夫だ。さっきスザンナ君と戦った時に、こっそり彼女にGPSを仕込んでおいたんだ。これで彼女がどこへ行ったかすぐ分かる」
流石は柊さんと言うべきか、あの激しい戦闘の合間にGPSを仕込んでいた様だ。見ていて全く気が付かなかった。
僕達が彼女を追うために車に戻ろうとすると、意識を取り戻したシュウさんとジョン、カルザが合流してきた。痛そうにしてはいたが、幸い命に別状は無さそうだ。
「社長!? 一体どうなってるんですか!?」
「S――スザンナ君が逃亡した。GPSで場所は追えるから、今すぐ車で追いかける。シュウ君も運転を頼む!」
「……は? Sがスザンナ? 柊さん、一体何を言ってるんだ!?」
やはりと言うべきか、それを聞いた三人はひどく驚いたような表情を浮かべていた。
「今は時間が無い。詳しい話は車の中でだ。私はナギ君とケンタ君を乗せて行くから、シュウ君はレイメイ君とジョン君、カルザ君をお願い。警察にも応援を要請しておく。とにかく、何が何でもスザンナ君を確保するぞ!」
僕達は急いで駐車場に戻り、車に乗り込んだ。シュウさんが急ピッチで車のエンジンを吹かせて、今までに無い程のスピードで駆けだした。
「レイメイ、聞かせてください。さっきのは一体……?」
後方からカルザが不安そうな震えた声で聞いてきた。彼も大体は察しているのだろう。車内が緊迫した空気に包まれる。
「……Sの仮面の下はスザンナだった。僕達がずっと戦ってたのはスザンナだったんだ……!」
僕の一言で、皆の表情は衝撃で凍り付いた。僕と同じように、事実を受け入れられていないのだろう。勿論、僕だってまだ完全に受け入れられた訳ではない。
ただ、これはスザンナ自身の意志でやった事ではない、スザンナは操られているだけだと、都合の良い思考で自分を埋め尽くして安心させているだけだ。
「おいレイメイ……、一体どういう事だよ!? Sがスザンナ? そんな訳ないだろ! スザンナがそんな事するわけがないって、お前が一番分かってるだろ!?」
「だから僕も困惑してるんだよ! 確かにその姿がスザンナだったから! 僕だって受け入れたくない! ……でも、このまま放っておいたら沢山の被害が出る。だから、覚悟を決めないといけないんだ……」
僕は涙をこらえながら、自分に言い聞かせるようにそう言った。
「レイメイ……、今は俺達にできる事をやろう。スザンナ本人から話を聞くまでは、希望は残ってるはずだ。アイツと対峙して、変な躊躇をしてたら間違いなく死ぬ。そしたら一貫の終わりだろう? 真実を聞くまでは絶対に死ぬな。彼女の口から真実を聞く、それがお前たちのやるべき事だろ?」
シュウさんの言葉に、ジョンとカルザは何も言えずにうつむいてしまった。
僕も、まだ完全に迷いが晴れた訳じゃない。でも、これはやらなくちゃいけない事なんだ。
感情を押し殺して、僕はこの非情な現実と対峙することを決めた。




