第45話 全てに絶望した少女
彼女の言う事は、全く要領を得なかった。
元居た世界とは別の世界かもしれない。まるで全く別の世界が存在しているような、そんな物言いだった。
二人は少女の言った事を受け入れられていなかったが、先程の穴の件もあり、最早何が何だか分からなくなっていた。
「……別の世界って、それは一体どういう事? ふざけてるのか?」
「ちょっとジン、言いすぎだよ。もしかしたら、本当に別の世界から迷い込んできたのかもしれないじゃん」
全く理解が追い付かず、僅かな苛立ちを覚え始めたジンをマイが静かになだめた。
「ねぇ、少女ちゃん。私は九十九マイ。まずは、あなたの名前を教えてくれない?」
マイは少女を落ち着かせるように、静かな声で問いかけた。
「……私は、ソレイユ・ライズ。魔王を倒すために故郷の島——イリベルタ島を旅立った戦士の一人です」
ソレイユと名乗った少女は、深呼吸を繰り返して、喉の奥から必死に声を絞り出すようにして話した。
「ソレイユちゃん、それじゃあなんであなたは、ここが自分のいた世界とは別の世界だと思うの?」
「……イリベルタ島には空気中に魔力があって、それを吸って魔法が使えて、でもここにはそれが無いから……。あと、二人がイリベルタ島を知らないって言うから……」
さっきまでは何を言っているか全く分からなかったが、落ち着いて話したことにより少しずつ何が起こったのか理解できていた。この突飛な事態を受け入れるだけの心の余裕ができ始めていた。
「……ソレイユちゃん、あなたはさっき、空に現れた穴からびしょ濡れで降って来たんだけど、ここに来る前に何かあったの?」
「……今日、私たちは魔王を倒すために島を出たんです。そしたら、突然船が渦潮に巻き込まれて、気が付いたらここに……。私だけじゃないんです! 仲間は!? 仲間もここにいるんですか!?」
ソレイユは突然大声でまくし立てた。マイは彼女から、自分も大変な状況にも関わらず、仲間の心配をする優しさを感じ取った。
「……本当にごめんなさい。穴から降って来たのはあなた一人なの。他の人たちは見てないわ」
マイの一言を聞いて、ソレイユは一気に体中の力が抜けて、ベッドから転げ落ちてしまった。
「ソレイユちゃん、大丈夫!?」
「……全然大丈夫じゃないですよ! 魔王を倒すどころか、別の世界に迷い込んで、仲間とも離れ離れになって! 大丈夫なわけないじゃないですか! ……もう、私なんかいなくなっちゃえば良いんですよ!」
ソレイユは突然、ヒステリックに叫びだした。そしてそのまま、部屋を飛び出してどこかに行ってしまった。
「ソレイユちゃん!」
マイは呼び止めるが、彼女は止まらなかった。
「ジン! 追いかけよう! ……ジン?」
「あ、ああごめん。ちょっと頭が追い付かなくて。でも、もう大丈夫。追いかけよう」
ジンは頭を押さえながら立ち上がり、ソレイユを追いかけた。
「ソレイユさん! ……え、いない?」
二人は道場の外に出たが、そこにソレイユの姿は無かった。
「どこいったの!? 私はこっち探すから、ジンはそっちをお願い!」
「了解!」
二人は二手に分かれて、ソレイユを追いかけた。
「あれ、ジンさんじゃん。やっほー」
ジンが走った方向には、下校中のナギがいた。
「ナギ! お前、さっきこの辺りで金髪の少女を見なかったか?」
「金髪の……。ああ、その人ならついさっきあっちに行ったよ」
ナギが指さすと、ほぼ同時にジンは駆け出した。
「うーん、あの人って誰なんだろう? 新しい道場の生徒かな?」
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少し走って、ジンはようやくソレイユの姿を捉えることができた。
「ソレイユさん! 待ってくれ!」
ジンは叫んで彼女を止めようとするが、一切反応が無い。そして彼女は圧倒的に足が速かった。
「足速いな! でも、あと少しだ……!」
足の速さにはジンも自信があった。彼は足に鞭打ってラストスパートをかけ、ソレイユの手を掴んだ。
「きゃっ!?」
「ソレイユさん! 一旦落ち着いてくれ!」
ジンは再び走り出そうとするソレイユの手を強く掴んだ。彼女はしばらくもがいたが、やがて勝てないと悟ったのか突然大人しくなった。
「ソレイユさん……、俺もまだ理解が追い付いてないからさ、何を言えば良いのかなんて分からない。マイだったら、もっと何か言えたかもしれないけど。でも、これだけは言わせてほしい」
ジンはそこで一呼吸置くと、慎重に言葉を選びながら語りだした。
「君が今の状況に絶望してるのは分かってる。でも、だからといって自分の命を自分で絶とうとするのは間違ってると思う。さっき君が穴から落ちてきたみたいに、逆にこっちから君のいた世界に戻ることもできるかもしれない。そして何より、ここで君が死んでしまったら、仲間たちに申し訳ないと思わないのか!? 君の仲間も、今君と同じように、知らない世界に突然放り込まれて絶望しているかもしれない。もし仲間と再会できたとしても、君がいなかったら意味がないんじゃないか!?」
ジンの言葉を聞いて、ソレイユの動きが止まった。
「……だからさ、もう少しだけ生きてみようよ。俺たちも、できる事は何でもするからさ」
それを聞いたソレイユは、その深紅の瞳から透き通った涙をこぼした。
「……また、みんなに会えるかな?」
「会えるさ、きっと」
ジンに手を握られながら、ソレイユは子供のように泣き崩れていた。




