第20話 事態は変遷する
温泉旅館での二日目の朝は妙に早く目が覚めた。ここのベッドは過去一番に寝心地が良かったが、何かが起きる予感がして目覚めてしまった。
外の空気を吸おうと思って廊下に出ると、丁度柊さんが出てきたところだった。
「レイメイ君! こんな朝早くにどうしたんだい?」
「何だか何かが起こる予感がして…。柊さんこそどうしたんですか?」
「吉報だよ! 予想よりも早くロールさんが目を覚ました!」
僕はそれを聞いて、驚きのあまり、
「…本当ですか!?」
と叫んでしまった。あまりうるさくしちゃダメだよと柊さんに少し怒られる。
「ついさっき連絡を受けてね。今からみんなに伝えるところだったんだ。私はナギ君とケンタ君を起こしてくるから、レイメイ君はシュウ君をお願い」
柊さんに言われ、僕は早速部屋に戻り黄昏さんを起こそうとした。
「黄昏さん! 起きてください! 船長が目を覚ましたみたいですよ!」
僕が激しく体をゆすると、黄昏さんは跳び起きた。
「何だよ朝早くから暴れやがって! …って、船長が目を覚ましただと?」
僕たちは柊さんの部屋に集まって詳しい話を聞くことになった。
「担当医の話によると、目は覚ましたけれど激しい混乱状態にあって、誰とも会話できない状態らしい。でも、暴れたりとか激しく錯乱してるという訳でもないらしい。私が医者に送ったレイメイ君の写真を見たら反応を示したらしい。他は何をしても無反応だったけど、写真を見たときだけはうわ言だけど『レイメイ…』とつぶやいたらしい。だから、今彼と話せるのはレイメイ君、君だけだ」
ひとまず船長が無事なことを知り、一安心した。でも、改めて考えると僕はとても恵まれ
ていたと思った。運よく柊さんに拾ってもらえて、住む場所もあって良い仲間とも出会って。
でもやはり、全員が全員そう上手くいくとは限らない。ジョンやカルザ、スザンナだって今もどこかで苦しんでいるかもしれない。早く見つけるためには、船長から何とか情報を聞き出さないといけない。仲間のためにも僕はやるしかなかった。
「任せてください。仲間を見つける為なら何だってやります」
「良い心意気だね。あと、ロールさんはどうやら海を見ていると比較的精神が落ち着く傾向にあるらしいから、担当医との話し合いの結果、海の近くまで来てもらって話すことになった。時刻は今日の十三時だ。少し早めにご飯を食べてこの館を出て全員で向かう。車は借りてあるから問題ない。それまでに準備しておいてね」
柊さんの一言で、その場は一旦お開きとなった。今は十時。あと三時間ほどだ。
ようやく仲間の手がかりが手に入る。そう考えると胸の高鳴りが止まらなかった。
やっと、愛する仲間たちに会えるかもしれない。
離れ離れになってから五日が経った。いつもなら何とも感じないような時間だが、この五日間は醒めない夢でも見ているかのように長かった。でも、ようやく――
「やっぱりソワソワしちゃうよね、分かるよ」
いつの間にか時雨さんが後ろからのぞき込んでいた。僕は驚いて後ろに勢いよく転んでしまった。
「これはとんでもなく大きな局面だ。緊張するのは当たり前だよ。まだ君と会ってから少ししか経ってないけど、君が仲間思いで優しい奴だってのはよく分かったから。だからさ、情報を聞き出すとか小難しいこと考えないで、まずはそのままの気持ちを伝えてみればいいんじゃない? 久しぶりで言いたいことも色々あるでしょ?」
…時雨さんの言う通りだ。船長にはこれまで沢山お世話になった。まずは無事を祝って、感謝を伝えるべきじゃないか。今回の件で、人なんていつ会えなくなるか分からないことはよく分かった。だから、伝えられる時に思いは伝える。もう二度と後悔しないように。
「…ありがとうございます。やっぱり、アマテラスの人達は良い人ですね」
時雨さんはそれを聞くと、満足そうに帰っていった。
去り際に何かつぶやいた気がしたが、僕にはよく聞こえなかった。
昼食を済ませて館を出た僕たちは、柊さんの用意した車で目的地に向かっていた。
「ロールさんは現在も異常なし。あっちも今向かってるみたいだね」
柊さんが言った。あと十五分くらいで着くみたいだ。案外ちょうどいい時間なのかもしれない。
「東雲、外見てみろ」
突然黄昏さんが言うので、僕は窓から外の景色を眺めてみる。
「…きれいだなぁ」
丁度木々が無くなり、視界が開けた瞬間だった。太陽の光を反射して輝く海が、水平線の向こう側まで続いていた。あんな目にあっても、やはり海への恐怖よりも憧れが勝ってしまう。
しばらくして、僕たちの乗る車が停まった。どうやら目的地に着いたようだ。
「知らない人が沢山いるとロールさんも話しにくいだろうから、私とレイメイ君だけで行く。三人はここで待っててくれ」
僕は柊さんと二人で車を降りて歩き出した。
「ロールさんが強く希望するから、今回はこの砂浜で会うことになった。夏でもないのに海にくるなんて、変な感じだね」
僕たちは砂浜にうちつける波を眺めながら、船長の到着を待った。波の音しか聞こえなかった静寂の中に、足音が一つ、また一つと混ざり始める。
そこにいたのは、船長と病院の人だった。
「レイメイ…!」
「船長!」
僕は船長の姿を確認すると、真っ先に走っていって彼に抱き着いた。
「船長…! 無事で良かったよ…!」
「レイメイ、お前も無事だったんだな! 俺の操縦が甘かったせいでお前らには本当に迷惑をかけた…! 本当に、本当にごめん!」
「…謝らないでくださいよ。海はいつだって危険なんですから、事故の予測なんてできませんよ。…それに、この世界も案外悪くないし」
僕たちはしばらくの間、再開を喜び合った。船長の状態も僕と話して良くなってきたみたいだ。
「…船長、船が壊れてここに流れ着いた後、一体何があったんですか?」
僕が核心に迫る質問をする。船長は一瞬苦しそうな表情をしたが、覚悟を決めたように話し出した。
「…俺は、気付いたら魔力の無い見知らぬ場所に流れ着いていたんだ。…、そして、そしたらスザンナが―――」
船長がそこまで言った時だった。突然、バンという音がして、何かが船長の頭を貫いていた。気が付くと、船長は頭から赤い液体を垂らして倒れていた。
「…え? 船長…?」
あまりにも唐突な事態に頭が全く追い付かなかった。故に、気付くのが遅くなってしまった。
次はお前だと言わんばかりに、僕の胸が小さな赤い点で照らされていることに。
東雲時の断罪 第一部 完




