第19話 暖かな願い
「おいおいおいおい東雲起きろ! 電車出ちまうぞ!」
激しく体をゆすられる感覚を覚えた後に黄昏さんの声が聞こえ、僕はそこで意識を取り戻した。
いつのまにか寝落ちしてしまっていたらしい。何故かみんなすごく慌てている。
「…どうしたんですか?」
「あのなぁ…、電車っていうのは、決められた駅ごとに停まって客を降ろしたり乗せたりするんだ。だから早く出ないと置いていかれるってこと!」
黄昏さんに手を引かれ、電車の中の細い道を駆ける。
「あーッ! 扉が!」
眼前には閉まり始めてしまった扉があった。僕はなんとかしようと速度を上げて、閉まりかける扉にギリギリで足を挟み込んだ。
結構な痛みを覚悟したが、扉は僕の足を挟むとすぐに全開になった。
「はぁ、はぁ…、助かったぜ。お前やるじゃねーか」
電車を降りると、柊さんと時雨さん、鬼灯さんはもう既に待っていた。
「危なかったなー。だがレイメイ、最後のアクロバットは中々だったぜ」
鬼灯さんが僕を賞賛してくれた。僕は満面の笑みでピースサインを返した。
「元をたどればお前が寝てたのが原因だろーが」
黄昏さんが僕の頭をこつんと叩いた。みんな一斉に笑い出した。僕もつられて笑ってしまう。
その後、僕たちは駅を出て、例の温泉旅館へと向かった。しばらく歩いているうちに、ほのかに独特な匂いがしてきた気がした。
「着いたよ。ここが私たちが泊まる温泉旅館だ!」
そこにあった建物は、先ほどの駅にも負けず劣らずの大きさを誇る古風な様で佇んでおり、建物の上から出ている突起からは湯気が立ち上っていた。
「部屋割はバディ同士にしておいたよ。私は一人だから、ちょくちょくみんなの部屋に遊びに行くね」
柊さんはチェックインと呼ばれる小難しい儀式を終えて、僕たちを部屋へと案内した。
「バディ…、ってことは東雲と同じ部屋ってことすか!?」
「まあまあ…、これからバディとして一緒に行動することも増えるだろうし、親睦は深めといた方が良いと思うよ」
「…しゃーないっすね」
僕と黄昏さんの部屋、時雨さんと鬼灯さんの部屋、柊さんの部屋は全部隣同士だった。これなら割とすぐに会いに行けそうだ。
「おー! すごいすごいすごいすごい!」
「少しは静かに…、いや、まあ良いか」
部屋に入った僕は、そのあまりの豪華さに感動すら覚えた。ビジネスホテルもすごかったが、それとは部屋に置いてある物たち一つ一つの格が違う。ほぼ全ての物が、いわゆる日本風といった感じになっていて、部屋そのものが一つの芸術作品のようだった。
「やっぱり良いな、温泉旅館は…」
黄昏さんは外の景色を眺めながら黄昏ていた。外には深い緑の山々や木々が広がっていて、大自然の風情という物が感じられた。島もこれくらい自然にあふれていたが、それとはまた違った何かを感じた。
「懐かしい…」
黄昏さんがつぶやいた。その一言からは、過去を思い返すような、悲痛な思いが込められているように感じた。
「黄昏さん…、大丈夫ですよ。僕がいます!」
「誰もお前に慰めてって頼んでねーよ」
黄昏さんがいつも通り辛辣なことを確認すると、部屋に時雨さんが入って来た。
「少し早いけど温泉行くぞ! 二人とも来て!」
外に出ると鬼灯さんも柊さんもいた。みんな準備万端だ。僕たちは意気揚々と温泉へと向かっていった。
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温泉、それは何とも素晴らしいものだった。
今まで入って来た風呂とは格段に違う物だと一目で分かる。浴槽の大きさも段違いで、車が四、五台くらいすっぽりと入ってしまいそうな大きさだった。その広大な浴槽に、湯気が立ち込めるお湯がいっぱいに入れられていた。
いつも通り体を洗った後、みんなで温泉にダイブした。
「あっっっっっつ!」
「まあまあ、慣れれば気持ちよくなってくるから」
柊さんはいきなり肩まで浸かっていてとても気持ちよさそうだ。この熱さをものともしないとは、温泉での戦歴が違うのだろう。
柊さんの言う事を信じて、僕は熱いのを我慢して浸かってみる。最初は熱かったが、体がだんだんと慣れてきて、次第に気持ちよくなっていった。
「おーい、そろそろ露天風呂行かない?」
時雨さんの一言で、意識が現実に戻る。時雨さんは何故か裸のまま外に出ようとしていた。
「時雨さん!? それは流石にまずいと思いますよ!?」
「…? いやいや大丈夫。こっちも風呂だよ」
時雨さんに続いて、僕たちも外に出た。お湯で火照った体が、冷たい風に当てられてまた違う心地よさを感じた。
「もう暗いな。今年も冬になってきたな」
鬼灯さんが言った。この世界では時期によって気候が変わると聞いた。この心地よい風が吹いているのは今が冬だからなのだろう。
「ほら、あれだよ」
時雨さんが前を指さした。そこにあった温泉は、さっきのよりもサイズは小さかったが、周りが岩で囲まれていて、さらに屋根がなかったので空を見上げることができるようになっていた。
今度は躊躇せずに入る。風で少し冷えたところにこの暑いお湯はちょうどよく、外の空気も相まって極上物だった。
「東雲、上見てみろ」
黄昏さんに言われて、僕は空を見上げる。
満天の星空だった。あの日海の上で見た星空に負けないくらい、広大で美しい星々が広がっていた。
「綺麗ですね。…みんなとこの景色を見てみたいな…」
「見れるよ。その希望を掴むために、ここに来たんだ」
僕の口から自然とこぼれ出た言葉に、柊さんが反応してくれた。
「みんな、待っててね」
僕は切なる願いを込めて、湯気が天高く昇っていくのを見守った。
設定こぼれ話
シュウは何だかんだ言って面倒見が良い。彼の前のバディが何か関係しているのだろうか…。