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九十九里陽太

 安堵した灯花はどうしたの?と少年に声をかける。


 「どうしたのって、俺が見えるのか?」


 驚いた様子で少年は灯花を見つめる。


 「あー、ちょっと待って。ごめんね。君の名前は」


 なんとか名前を思い出そうとするも、そもそもクラスメイトに興味が無い灯花は男の子の顔を覚えてる程度だった。


 少年の名前は九十九里陽太(くじゅうくりようた)。同級生()()()少年だ。


 「この前、信号待ちしてたら急に車が突っ込んできて、気付いたら俺が俺の足元に倒れてて。それで怖くなって」

 

 灯花はあっけらかんと話を聞いている。


 「それでしばらくして俺が救急車で運ばて」


 「分かったよ。場所を変えようか」


 灯花は背負っていたバックをカゴに乗せ、自転車に跨りながら自転車の荷台を右手で叩く。


 「乗って」


 九十九里は少し戸惑いながらも、自転車の荷台に腰掛けた。


 灯花は図書館の帰り道も大好きだった。何せこの坂は行きは怖くて、帰りは良い良いなのだ。自転車を苦労して持ってくる理由は、帰りの坂道で自転車を漕ぐのが気持ちがいいからだ。


 陽太は灯花の肩に手を置くと、二日ぶりに感じる掌の感触に感動して、少し涙が出そうになった。


 そのまま、ぐるぐると山を少し降ると途中で灯花は自転車を止めた。


 「さあ、降りて。見てごらん。この夜景! すごいでしょ!」


 陽太が自転車を降りたのを確認し、灯花は自転車のスタンドを立てる。すると道の崖側まで駆け寄り、ガードレールに手をかけた。


 「こっち来て!」


 九十九里が言われるまま後を追うと、目の前には小さな町の夜景が視界全体に広がっていた。


 この町の丁度中央には大きな川が流れており、その川にはライトアップされた大きな橋がかかっている。車のライトや街の光が不規則に流れ、ここから見るとまるで夜のパレードを貸切で見ている気分になる。


 更にここは港町なので奥には真っ暗な海が広がっており、遠くには灯台の光も見える。ほんのり潮風も香ってくる。

 

「……なんだ」


「え?」


「だからここなんだって。私はここが大好きなの。綺麗でしょ?」


 「そ、そうだね」


 灯花は戸惑う陽太にお構いなしの様子だ。


 陽太は幽霊と話すのが慣れっこの様な灯花に、そしてあまりにも学校とはかけ離れたその姿と喋り方に戸惑って返事する。


 「君は? えっと、ごめん。名前は?」


 「九十九里だよ、九十九里陽太。赤川は同級生の名前覚えてないの?」


 「あはは。陽太ね、覚えたよ。灯花でいいよ。私も陽太って呼ぶし」


 「う、うん」


 「陽太はお気に入りの場所ってないの?」


 「あるけど」


 「じゃあ、行こうよ。今から」


 陽太は灯花のマイペースに戸惑い通しだ。


 「ちょっと待てよ! なんで俺が視えるんだ? なんでそこまでいつも通りに、いや違うか。いつも通りではないか」


 陽太は質問をしたつもりが途中から訳が分からなくなっていた。


 「私だって学校で死んでいる様なもんだったでしょ? 陽太と私は同じようなもんだよ」


 あっけらかんと、そして笑いながら灯花は告げる。


 「私、金木犀なの。銀木犀と人間のハーフ」


 唐突な、そして衝撃の発言。もう陽太はは言葉が出なかった。


 「妖だよ。私」


 灯花は長い美しい髪を潮風にたなびかせて笑っている。


 金木犀は隠世の花で、灯花の仕事は橋渡し。


 そう、迷えるモノの橋渡しだ。


 流れる灯花の髪からは金木犀の香りがした。


 灯花は驚く陽太に構わずに問う。


 「どうすんの?


 「どうするって?」


 「決まってんじゃん! どこに行くかって事!」


 早く決めてよね、と灯花が急かす。


 「分からないんだ。大切な場所はあったし、思い出の場所もあった。でも段々記憶がなくなっていくんだ。怖いんだよ」


 うつむく陽太に相変わらずにマイペースな灯花。


 「仕方ないよ。それは陽太のせいじゃないもん。誰でもそうなんだよ。不必要な記憶から消えていって、最後に残るのが未練なんだ。でもね、陽太」


 灯花は九十九里に近づき、まるで警告の様に語尾を強めた。


 「一歩間違えれば地縛霊だよ? 自分が誰だか分からなくなって、苦しんで、苦しくて、悲しくて、そして消えて行く」


 「地縛霊? 俺が?」


 「てかさ。その状態でよく私の事わかったね」


 「気持ち悪るがらないでくれるかい?」


 「その態度で大体分かったよ。香りでしょ? 金木犀の。よくよく考えたら陽太って私の後ろの席だったもんね」


 「まぁ、そうなんだけど。すごいそれが印象的だったから。でも学校にいる雰囲気と全然違ったし、最初見かけた時は正直戸惑ったよ」


 「どうしてもね、鼻がいい人はたまに気づくみたい。でも気付くだけ」


 んじゃ、行こうか。と灯花は陽太の手を引く。


 「ど、どこに?」


 慌てる陽太の手をグイグイと引っ張る灯花。


 「私達位の歳の子はさ、未練が残るのは家族の所だよ。大体はね」


 陽太の手を引きながら自転車まで近づくと、再びポンポンっと荷台を叩く。


 「家教えて。いこ」


 陽太は言われるがままにするしかなかった。勿論、自分では何も出来ないし、何も分からないから。


 灯花は陽太の指示の元、家の近くまで自転車を漕ぐ。途中灯花の髪が陽太にに直撃するので、灯花は髪型をお団子に変えた。


 ぐるぐるとペダルを回し、ぐるぐる山の周りを下って走る。


 山を降ると陽太の指示の元、灯花は自転車を走らせる。


 「止まって! ここだよ」


 「ここ? ねえ、どっかに体隠せる場所ないかな?」


 「隠せら場所? あ、あそこなら」


 すると陽太は家の庭に全然使ってない物置があると言い、指を差す。


 「そしたらさ、少しだけ御家族さんの気を逸らさないと庭には入れないね」


 灯花は鞄の中を漁さりながら小声で話す。


 陽太がその様子を見ていると、灯花は鞄の中から白い紙で出来た人形の様なものを一枚取り出した。


 「式神出すね。チャイム押してもらって、少しご家族の相手をしてもらおう」


 灯花は地面に五芒星を描き、そこに人形を置いた。


 そして人形に手を当てながら「出て置いで」と言うと白い紙が動き出し、そしてそれは徐々に大きくなり、白い狐が出現した。


 「ぽん太、うちの副担任になれる? ほら、あの嫌なやつ」


 灯花が嫌そうな顔をしながら、ぽん太と呼ばれた狸みたいな名前の白い狐に話しかける。


 するとぽん太は、灯花が嫌いな人に変化したくないなあ。と愚痴りつつも副担任の姿に変化した。


 陽太は開いた口が塞がらなかった。


 「よし! ターゲットは陽太の家の物置だ! あ、ちなみに私の運動神経の悪さはマジで舐めない方がいいよ」


 灯花の陽太が学校では見せた事のない笑顔。


 思わずその天真爛漫な笑顔につられ、交通事故後、初めて陽太の顔から笑みがこぼれた。



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