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赤川灯花

 大好きな図書館に向かう赤川灯花(あけかわとうか)はこの時ばかりはごきげんだ。


 本来なら登校している筈の時間、自転車を押して息切れしながら坂道を進む。

 

 体力の少ない灯花には、この坂は苦行そのもの。


 だけど、頑張る。図書館が好きだから。


 日差しが嫌いな灯花は、なるべく日陰に入るように端へ、端へと寄っていく。


 途中にあるベンチに座り込んだり、水筒の水を飲んだり、カバンにしまった扇子でパタパタと顔を仰いだり。熱中症にならないようにゆっくりと進む。


 蝉の声が余計に暑苦しさを感じさせる。この図書館の唯一の弱点の坂道。こればかりは何回来ても慣れる事は無いだろう。


 バイクがあれば楽なのに、何度そう思ったことか。


 灯花の家は少し厳しく、危ないからの一点張りでバイクの免許を取らせて貰えない。


 クリスマスと誕生日のプレゼントいらないからと言っても、聞く耳持たずの門前払いだった。


 ため息をつきながら、灯花は小高い山をぐるりとなぞる様にぐるぐる登る。


 ぐるぐるぐるぐる。

 

 山を三周だか四周だったかは忘れたが、そうしてやっと辿り着く図書館。


 ここまで来ると灯花もホッとする。何よりも周りに気を使わなくて済む。


 こんな辺鄙な所には誰も来ない。そもそもこの図書館に人は来ないし、ここまでの道中で誰ともすれ違っていない。


 灯花は自転車を駐輪場に止め、図書館の入り口へと向かう。


 ここの図書館は古い、見つけにくい、静かの三拍子揃った灯花にとってのオアシスだ。


 灯花はおさげにしてた髪を解く。


 一番上まで締めていたブラウスのボタンも一つ外し、青いリボンも緩める。


 スカートの下から膝丈のジャージを履き、靴下を脱ぐと用意していたサンダルに履き替えた。


 一応は学校に行ってる事にしてるし、万が一にでもこのラフな格好を、同じくサボっている同級生にでも見られたら大変なのだ。


 学校では目立ちたくない灯花は、普段はおさげと眼鏡で過ごしている。だからここまで我慢した。念には念を入れて。

 

 「良し! 完璧」


 学校にいる灯花とは全くの別人だ。


 図書館は木造建物で壁の周りにはツル植物が生い茂っている。


 よくよく見ると葉の形が違うのでツルの種類が何種類かあるのだろうけど、別につる植物には興味がないので今後も気に留めることはないだろう。


 灯花は図書館の入り口の階段を登る。


 その古い木製の階段がぎい、ぎいと音を立てる。


 私が重いみたいじゃないか。と、つま先立ちでゆっくり登る灯花だが、彼女の細身な体型でも木材が軋む音がするのだから誰が登っても、ぎい、ぎい、と音を立てるのであろう。


 ぎし、ぎし、かもしれないが。


 入り口から入って左に行くと、よく見る一般的な図書室なのだが、灯花はいつも真っ直ぐ進む。


 突き当たりを右に曲がって、右に曲がる。そして左を見ると

『ご自由にどうぞ』と書かれた看板が掛けてある古めかしい扉が現れる。


 灯花がこの図書館に来る目的はこの場所なのだ。


 その扉はこの古い図書館のものとは思えないアンティーク調の扉。


 装飾も施してある。古い事には変わりはないのだが、それにしてもこの場所とは不釣り合いな扉だ。


 灯花の顔に笑みが溢れる。そしてゆっくりとその重い扉を開ける。


 音をたてて開けたドアのその先は灯花の大好きな不思議で温かい空間が広がっている。







 ほら素敵でしょ?ここの部屋は円形になってて中央に向かって階段状に下がっていくの!


 絨毯も敷き詰められてて歩いてて気持ちもいいんだよ。


 え?蟻地獄みたいな形?例えが悪いなぁ。悪いよ、それは。


 まあ、分かりやすいならいいよ。別にそれでもね。


 でね、真ん中にね。へへ、名前は分かんないけど大きな木!


 ね?大きい木があるんだよ!すごいよね!


 季節によって飾り付けがしてあったり、この前のイースターの時もすごい可愛かったなぁ。


 でね!その木を囲むように座って本を読めるベンチがあって、さらにその周りを囲むように本棚があってね。ちなみに部屋に入ってすぐの壁際も全部本棚だからね。 


 でね、本棚の上には可愛らしいアンティーク人形とかね、食器とかティーカップが飾ってあるの!


 そして極め付けはこの高い天井のステンドグラスとあの大きな時計!まるで歌に出てくる時計だよね。ステンドグラスの光も、すっごく綺麗!


 私はここで本を読んで生活したいなぁ。絶対幸せだよなぁ。






 なんていう風に紹介できる友達は灯花の学校にはいないし、仮にいたとしても絶対教えないだろう。


 何よりここは図書館なので、上記のように声をキャッキャッ、ウフフの説明の仕方は厳禁であり、お控え頂きたいものなのだ。


 灯花はまだ読みかけの本を手に取りページを捲る。


 ステンドグラスから差し込む光がとても心地よい。


 「灯花ちゃん、灯花ちゃん。久しぶりだね」


 本を読んでいると小声で声をかけてくる少女。


 「久しぶりだね、真美音。元気だった?」


 灯花も小声で応える。


 彼女の名前は構太刀真美音(かまえたちまみね)


 この図書館の、この場所で灯花が最初に出会った少女。

 

 「最近忙しくて会えないから寂しかったよ。灯花ちゃんもこっち来ちゃえばいいのに」


 「そうしたいのは山々なんだけどね。ほら、お母さんがうるさいし」


 二人の会話は小声で続く。


 「灯花ちゃんみたいな可愛い子だったら、そりゃあお母さんも心配するよ。しかし、灯花ちゃん。また少し美人になったんではないかい?」


 「やめて、やめて。私は嫌だよ。こんな顔」


 灯花は顔をしかめて舌を出す。


 するとその時だった。灯花のスカートの端がパックリと切れてしまった。


 「ああ! ごめん! 怪我してない?」


 本当ごめんね、と真美音は急いでスカートの裾を掌で覆った。


 「良いって、切れたとしても少しだし。真美音がいるかも知れないから、いつもスカートの下にジャージ履いてるしね」


 髪は少し怖いから、ポニーテールにしたけどね。と灯花はイタズラに笑う。


 「最近はやらなかったんだけどな。あ、ごめんね、灯花ちゃん。もう行かなきゃ、またね。会えてよかった」


 バイバイ、と手を振り視線を落とすと、スカートの裾は既に元通りになっていた。


 真美音は足速に大きな木の根元にある扉から出ていった。


 真美音はここで出会って仲良くなった灯花の友達だ。


 彼女はその意に反して傷をつけ、その意によって元通りにする。彼女は妖、構え太刀。よく聞く名前は、かまいたち。


 切っては治す、そんな妖怪。灯花の唯一の友達で妖怪。


  「そろそろ閉館ですよ。お嬢さん」


 図書館の膝から下がうっすらと透けている司書が灯花に声を掛ける。


 手に持つ分厚い本を閉じ、もうそんな時間かと灯花は一つ息を吐く。


 「いつもギリギリまでごめんなさい。司書さん」


 灯花は座っていたベンチから腰を上げて伸びをする。


 「さようなら!」


 本を元の位置に戻し、駆け足で図書室を出ようとすると司書は灯花に声をかける。


 「走ると危ないよ。夏とはいえ外もすぐ暗くなる。気をつけて帰りなさい」


 司書は灯花に手を振りその姿を消した。


 灯花は図書館から出るとかなりのご機嫌だった。


 多少の罪悪感が残るものの、登校せずに済んだ事。今日は月曜日の為、明日からまた同じ苦しみが始まる事はさておいといて。

 そして読みかけの本の結末はどうやらハッピーエンドに向かっていたし、久々に大好きな真美音にも会えたからだ。


 「それだけでも学校に行かなかった価値が上がるってものだね」


 そう呟くと図書館の入り口を出て頭の後ろで右手の肘を左手で掴みながらまた一つ伸びをする。


 灯花はこの時、油断していた。


 しかしこの状況から鑑みるに油断してようが、してまいがこの出会いは避ける事は出来なかったかも知れないが。いや、恐らく出来なかっただろう。


 なんにせよ、灯花は唐突に声をかけられた。


 「赤川なのか?」


 後ろから一人の少年に声をかけられた。


 灯花の先程までの幸福感が嘘の様にまるで引き波の様に消えていく。 


 伸びをしたまま固まってしまった灯花の体。代わりに頭はこの場をどう凌ごうかと超高速回転している。


 (苗字を呼ばれた?同級生?)


 学校では隅の方で過ごす灯花は他のクラスからの、まして他の学年の生徒からの認知度は極めて低い。


 そして苗字を知られてると言う事はクラスメイトの可能性が高い。

 仮にこのまま返事もせずに、一目散に走り出し上手く逃げおおせたとしよう。


 体力の無い灯花はすぐに捕まってしまうだろうけど、仮に逃げおおせたとしてだ。


 今日この場ではその場しのぎで逃げ切れるかも知れない。だが、明日教室でこの声の持ち主に声をかけられたらどうだろう?


 教室で誰とも話さず、ずっと下を向き、声を出すと言えば先生に授業中に指名された時のみ声を出す灯花が、クラスメイトから、ましてや男子から声をかけられるなんて前代未聞だ。

 

 しかも今日灯花は学校をサボっている。


 体調崩しがち虚弱少女を演じ、常日頃からサボる方法を念頭に置いている灯花にとって、学校を休んだ日にこんなに訪れるまでに体力を使う山の上で、もう日も暮れるこの時刻に目撃されたとなるとサボりがバレてクラスメイトにさらに注目を浴びる。


 そして噂は広がり、担任から自宅に連絡が入ってしまうかも知れない。


 両親にこっぴどく叱られてバイクの免許の夢は更に遠のく。


 (終わった。さよなら、私のバイク)


 灯花は伸びのまま固まったその姿勢を崩さず、恐る恐るゆっくりと振り返る。


 そこには一昨日交通事故で亡くなった同級生が立っていた。


 そして灯花は心から安堵する。


 良かった、余計な心配をしたと。


  

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